サステナビリティ開示に関する参照情報―SASBスタンダードについて
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2024/10/24
前回のコラム(「SSBJサステナビリティ開示に関する基準草案―参照情報源(「産業別ガイダンス」など)について」)で、IFRS S1号・S2号(※1)やSSBJ基準案(※2)を適用する際に考慮しなければならない要素の一つに、産業別の開示トピックスがあることをお伝えしました。このうち、特に重要と考えられているのがSASBスタンダードです。本稿では、SASBスタンダードの概要について説明します。
SASBスタンダードとは何か
SASBスタンダードは、投資家の意思決定に最も関連のあるサステナビリティ課題を特定した開示基準で(※3)、11セクター・77産業で編成されています。(大きく分けて11業界(sector)の分類があり、各業界をさらに細かく分類したものが産業(industry)という構造で、SICSⓇ(Sustainable Industry Classification System)(※4)に基づきます。)
例えば、「消費財業界(Consumer Goods sector)」においては、「アパレル、アクセサリー及びフットウェア」「家電製品の製造」「建築・内装資材」などの7産業が含まれます(表1)。そのそれぞれに、サステナビリティトピックスと産業特性を踏まえた関連課題(マテリアリティ)が示されます(表2)。これら課題は一般課題カテゴリ(General Issue Category)と言われ、産業に依存しない(Industry-agnostic)分類です。これをさらに細分化して産業特定的(Industry-specific)にしたものを開示トピックス(Disclosure Topics)と呼び、SASBスタンダードに反映されています。
表1:業界と産業の例 |
消費財業界(Consumer Goods sector)の産業(industry) |
1. アパレル、アクセサリー及びフットウェア(Apparel, Accessories & Footwear) |
出典:SASBスタンダードHPのMateriality Finderより、弊社作成 |
表2:一般課題カテゴリ一覧(黄色ハイライト部分が「家電製品の製造」産業の該当する課題) |
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テーマ |
一般課題カテゴリ |
環境 |
1. GHG排出 2. 大気質 3. エネルギー管理 4. 水及び下水管理 5. 廃棄物及び危険物管理 6. 生態系への影響 |
社会資本 |
1. 人権と地域社会とのつながり 2. 顧客のプライバシー 3. データセキュリティ 4. アクセスとアフォーダビリティ 5. 製品の品質と安全性 6. 顧客の福祉 7. 販売慣行と製品のラベリング |
人的資本 | 1. 労働慣行 2. 従業員の健康と安全 3. 従業員エンゲージメント、多様性とインクルージョン |
ビジネスモデルと |
1. 製品設計とライフサイクル管理 |
リーダーシップと |
1. 経営倫理 2. 競争行動 3. 法規制環境の管理 4. クリティカルインシデントリスク管理 5. システミックリスク管理 |
出典:SASBスタンダードHPのMateriality Finderより、弊社作成 |
「家電製品の製造」産業における一般課題カテゴリは、上表の通り2つあります。これらのうち、「製品設計とライフサイクル管理」の開示トピックスについて見ていきます。
同産業における「製品設計とライフサイクル管理」の開示トピックスは「製品ライフサイクルの環境影響」となっています(表3)。「製品ライフサイクルの環境影響」においては、3つの指標が指定されています。これらのうち2つは、一定の基準を満たす環境性能を備えた製品を対象として、売上高に占めるそれらの割合を示すもので、これらの割合が高いほど、企業は自社の販売製品の環境性能に関する競争力が高いと言えるかもしれません。3つ目の指標は他の2つとは内容が異なり、製品処分についての環境影響を管理する取組の説明であり、定性的な情報が求められる項目です(なお、本稿で紹介しているのは内容の一部であり、以上のほか、各指標で考慮すべき内容の詳細を記載した技術的プロトコルなどが含まれています)。
表3:開示トピックスと指標(「製品ライフサイクルの環境影響」) |
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開示トピック | 指標 | 分類 | 単位 |
製品ライフサイクルの環境影響 |
エネルギー効率認証を受けた製品の売上高の割合 |
定量 |
% |
環境製品ライフサイクル基準に準拠した製品の売上高の割合 |
定量 |
% |
|
製品の最終処分の影響を管理するための取組の説明 |
議論と分析 |
― |
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出典:IFRS Sustainability, “SASB Standards: Apparel, Accessories & Footwear”より弊社作成
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ここに紹介した開示トピックスは全体の一部であり、開示トピックスの開示・利用をする場合には開示トピックスの全体を把握することはもちろんのこと、企業自体の置かれている状況(国・地域、業界でのポジション、ステークホルダーからの評価など)を踏まえることが求められます。
SSBJ基準やIFRSサステナビリティ基準といった開示基準の適用にともなって、SASBの活用も必要になることが将来的に見込まれます。自社の事業をサステナビリティのレンズを通して眺めてみて、現状の把握はもちろんのこと、今後どのような情報を開示していくのが適切と考えられるか、また、そのためにどのような取組が必要か、といったことを一度立ち止まってじっくりと考えてみることが重要と考えます。
(※1)国際サステナビリティ基準審議会による基準の詳細は下記リンクをご参照
https://www.ifrs.org/issued-standards/ifrs-sustainability-standards-navigator/
(※2)サステナビリティ基準委員会「サステナビリティ基準委員会がサステナビリティ開示基準の公開草案を公表」、2024年3月29日
https://www.ssb-j.jp/jp/domestic_standards/exposure_draft/y2024/2024-0329.html
(※3)SASBスタンダードの概要
https://sasb.ifrs.org/standards/
(※4)SICSⓇの概要
https://sasb.org/wp-content/uploads/2018/11/SICS-Industry-List.pdf
開示トピックスを適用する際には、自社がどの産業に属するのかを把握する必要があります。SICSⓇはSASBスタンダードを適用する産業を特定するのに用います。GICS(グローバル産業分類基準)や日本取引所グループの業種別分類とは異なる点に注意が必要です。SICSⓇに基づく産業の特定については下記の資料をご参照ください。
JPX ISSBセミナーシリーズ 第2回(第3部)「SASB Standards:産業の特定」
https://www.jpx.co.jp/corporate/sustainability/esgknowledgehub/disclosure-framework/issbseminar2howtoidentifyindustry.pdf
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執筆コンサルタントプロフィール
- 村上 俊男
- 製品安全・環境本部 主任研究員