SSBJサステナビリティ開示に関する基準草案―気候関連の移行計画について
- 経営・マネジメント
2024年4月5日付コラム(※1)および2024年6月4日付コラム(※2)において、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)より公表された「気候関連基準(案)」(以下、「気候基準案」)(※3)と、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)による「気候関連開示基準(IFRS S2号)」(※4)にフォーカスを当てました。今回は、気候基準案における移行計画に関連する部分を紹介します。
気候基準案における移行計画の定義とは
気候基準案によると、移行計画は、以下のように定義されています。
「気候関連の移行計画」とは、温室効果ガス排出の削減などの活動を含む、低炭素経済に向けた移行のための企業の目標、活動又は資源を示した企業の全体的な戦略の一側面をいう。(SSBJ気候基準案第5項(1))
この定義自体は、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)における定義と同様のものとなります。実際に、「気候関連財務情報開示タスクフォース提言の実施(2021年10月改訂、日本語版)」には以下のように記載されています。(※5)
移行計画は、組織の全体的な事業戦略の一側面であり、GHG排出量の削減など、低炭素経済への移行を支援する一連の目標と行動を定めている。
ここで大事なことは、移行計画は企業の事業計画の一部であり、低炭素経済(パリ協定に整合するなら脱炭素またはカーボンニュートラルと言って差し支えありません)へ対応するための目標、活動、資源を示す必要があるということです。目標と活動がある程度見えているのならば、必要な資源を特定することも可能になります。もちろん、脱炭素目標に対する活動が将来の技術進展等に頼るものであれば、適度な中間目標を定め、そこに向かって活動をする中で、定期的または適宜、目標を見直して活動の軌道修正を行っていくことになります。
気候基準案における移行計画の要素とは?
実は、気候基準案には、上に紹介した移行計画の定義はあるものの、移行計画の具体的な要素について何を示せばいいかが具体的に触れられていません。
そこで、移行計画の要素として参考になるのが、CDPが発行したテクニカルノート(“CDP Technical Note: Reporting on Climate Transition Plans”)に示す「信頼できる気候移行計画(credible climate transition plan)」の要素の整理です。2024年6月にCDPが公表した2023年回答を基に移行計画に関する開示状況を分析したレポート(“The State of Play - 2023 Climate Transition Plan Disclosure”(※6))において、移行計画に関するCDP2023気候変動の設問における要素と、開示フレームワークとの関係が示されています。気候基準案においては、CDPが移行計画の要素と考える主な項目のうち、ネットゼロ目標と政策エンゲージメントの2つの要素に関する規定がないことが分かります。
表 移行計画の要素と気候基準案との対応(括弧内は各基準における項番号) | ||
CDPが示す「信頼できる気候移行計画」の要素 | 気候基準案 | (参考)IFRS S2号 |
ガバナンス | 規定あり。 (10、11、80-84、87、88、BC40) |
規定あり。 (6、29(b)-29(g)) |
シナリオ分析 |
規定あり。 (31-33、38、39) |
規定あり。 (22) |
リスクと機会 |
規定あり。 (19-23、25、27、BC56、BC58、BC59) |
規定あり。 (10、13、15‐17、21) |
戦略 |
規定あり。 (20、28、29、BC56、BC60、BC61) |
規定あり。 (13、14) |
財務計画 |
規定あり。 (22、28、29、BC58、BC59-BC61) |
規定あり。 (14、16) |
目標 |
規定あり。但し、ネットゼロ目標については規定されていない。 (28、29、94-97、99-101、BC60、BC61) |
規定あり。但し、ネットゼロ目標については規定されていない。 (14、33‐36) |
炭素会計と検証 |
規定あり。 (49-51、55-58、60、63-65、BC126) |
規定あり。 (29(a)) |
政策エンゲージメント |
規定なし。 |
規定なし。 |
バリューチェーンエンゲージメントと低炭素取組み |
規定あり。 (28、29、BC60、BC61) |
規定あり。 (14) |
CDP “The State of Play - 2023 Climate Transition Plan Disclosure”、CDP “Mapping IFRS S2 to CDP’s 2024 Questionnaire”(※7)、及びサステナビリティ基準委員会「IFRS サステナビリティ開示基準と本公開草案の項番対照表」(※8)を基に弊社作成。要素ごとに厳密に切り分けができない場合は項目が重複している。 |
なお、CDP2023気候変動において、移行計画に関するすべての要素に関する回答が有効であった企業はグローバルで23,195社中140社(0.6%)、日本は32社という結果でした。
企業の開示担当者の方々においては、TCFD提言等のガイダンスを参照しつつ、CDP気候変動の設問における移行計画の要素と貴社の開示の現状とを比較しギャップを特定することで、開示にあたって移行計画のどの要素を補う必要があるかを検討する際の参考とできるものと思われます。
(※1)コラム「サステナビリティ開示に関する基準草案の公開と対応について」、2024年4月5日
https://www.tokio-dr.jp/publication/column/110.html
(※2)コラム「SSBJサステナビリティ開示に関する基準草案―気候関連のシナリオ分析について」、2024年6月4日
https://www.tokio-dr.jp/publication/column/119.html
(※3)サステナビリティ基準委員会「サステナビリティ基準委員会がサステナビリティ開示基準の公開草案を公表」、2024年3月29日
https://www.ssb-j.jp/jp/domestic_standards/exposure_draft/y2024/2024-0329.html
(※4)国際サステナビリティ基準審議会による基準の詳細は下記リンクをご参照ください
https://www.ifrs.org/issued-standards/ifrs-sustainability-standards-navigator/
(※5)TCFD「気候関連財務情報開示タスクフォース提言の実施(2021年10月改訂、日本語版)」(TCFD コンソーシアム、特定非営利活動法人サステナビリティ日本フォーラム訳)
https://tcfd-consortium.jp/pdf/about/2021_TCFD_Implementing_Guidance_2110_jp.pdf
(※6)CDP “The State of Play - 2023 Climate Transition Plan Disclosure”、2024年6月
https://www.cdp.net/en/reports/downloads/7783
(※7)CDP “Mapping IFRS S2 to CDP’s 2024 Questionnaire”(2024年4月30日版)
https://cdn.cdp.net/cdp-production/cms/guidance_docs/pdfs/000/005/007/original/Mapping-IFRS-S2-to-CDP-questionnaire_-_2024.pdf?1714053540_
(※8)サステナビリティ基準委員会「IFRS サステナビリティ開示基準と本公開草案の項番対照表」
https://www.ssb-j.jp/jp/wp-content/uploads/sites/6/2024ed01_06.pdf
執筆コンサルタントプロフィール
- 村上 俊男
- 製品安全・環境本部 主任研究員