コロナ禍における企業の水害対策

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リスクマネジメント最前線

2020/6/24

目次

  1. コロナ禍での水害リスクとは
  2. 企業に求められる水害対策
  3. 防災情報活用への期待
  4. おわりに

コロナ禍における企業の水害対策- リスクマネジメント最前線PDF

執筆コンサルタント

池田 昌子
企業財産本部 企業財産リスクユニット エキスパートリスクエンジニア
専門分野:自然災害、火災リスク

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新型コロナウイルス感染症の感染拡大により企業だけでなく世の中全体が大きな転換期を迎えている最中、日本は台風シーズンに突入した。近年、日本では甚大な水害が多く発生している。今後も地球温暖化の影響で水害が激甚化すると言われており、企業における水害対策強化のニーズが高まっている。

本稿では、コロナ禍という厳しい状況の中で、企業が講じるべき水害の防災・減災対策の重要性について解説する。

1. コロナ禍での水害リスクとは

(1) 近年の風水害の傾向

近年、国内では風水害が多発している。過去3年を振り返るだけでも、2017年には「平成29年7月九州北部豪雨」、2018年には「平成30年7月豪雨」、2019年には「令和元年房総半島台風」[1](台風15号)、「令和元年東日本台風」[1](台風19号)と顕著な災害を起こした気象現象が毎年発生している。

特に令和元年東日本台風(台風19号)では、東日本の広い範囲で400mm以上の降水に見舞われ、170を超える全国のアメダス観測所で、72時間降水量の観測史上1位が更新された。数年に一度程度しか発生しないような短時間の大雨情報である「記録的短時間大雨情報」が神奈川県および岩手県で発表され、数十年に一度程度の降水量となる大雨が予想される場合に発表される「大雨特別警報」が13都県において発表され、結果として多くの地域で水害が発生した[2]

□ 将来に向け強い雨は増加傾向にある

こうした水害発生には、地球温暖化の影響が指摘されている。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第5次評価報告書では、今世紀中に中緯度陸上の大部分で大雨が増加する可能性が非常に高くなること、熱帯低気圧の最大風速や降水強度は強くなる可能性が高いことを予測している。

国内で近年発生した気象現象から見ても、強い雨の発生回数増加、猛烈な台風の出現頻度の増加と経路が北上する傾向、局所豪雨の発生回数と降水量増加、長時間降雨の降水量増加の傾向が顕著だと言える(図1)。

国は、気候変動による水害の増大傾向を踏まえて社会全体で水害リスクの低減に取り組む必要性を訴えており、従来の河川整備を進めると共に、水災害リスクを考慮した土地利用や流域が一体となった治水対策を組み合わせていくことを提言している。

図1 顕在化している気候変動の影響と今後の予測
出典:国土交通省「気候変動を踏まえた治水計画のあり方 提言~参考資料~ R1/10」より抜粋

(2) 顕在化する企業の水害リスク

令和元年東日本台風(台風19号)においては、関東・東北を中心に計140箇所の堤防が決壊し、国管理河川だけでも25,000haが浸水した [3]。浸水被害は甚大であり、住宅やインフラの被害による生活への影響も非常に深刻であったと同時に、多くの企業も水害に見舞われた。過去の水害による一般資産被害額を見ると10個の台風が上陸した2004年(平成16年)には約12,000億円、西日本豪雨のあった2018年(平成30年)が次いで8,000億円となっている。2019年(令和元年)については公表されていないが、非常に多額となることが予想される(図2)。

□ 工業団地の約3割が浸水域に立地している

北関東、東北などの工業団地では冠水により多くの“ものづくりの現場”が被害を受けた。製造現場が水害を被った場合、罹災した拠点の物理的損害や、操業中断による当該企業の利益損害が発生する。主力生産拠点である場合や代替生産拠点がない場合などでは、その影響は計り知れない。さらに、製品の納入先、原材料の仕入元であるサプライヤー、物流の担い手である運送業など影響を及ぼす範囲も多岐にわたることになる。

全国2,055の工業団地(面積10ha以上)と浸水想定区域図をGISツールで重ね合わせて集計した結果[4]、約3割の570の団地で浸水のリスクがあることが分かった。そのうち半数以上の工業団地では最大浸水深が2.0m以上となっている。また、都道府県別にみると、富山県、埼玉県、新潟県では約7割以上の工業団地で浸水のリスクがある(図3)。

工業団地は潜在的な水害リスクの高い場所に立地している場合がある。例えば、土地の成り立ちとして、水田地帯や過去に河川敷であった様な、まとまった場所に団地を造成した場合である。企業によっては工場建設時に自社敷地に十分な盛土を行い水害リスクに備えることもあるが、費用の面から容易なことではない。また、工業団地建設時に浸水想定区域図等が公表されていない場合などは、水害リスクを認識せずに立地を決めた企業がいることも考えられる。

令和元年東日本台風で大きな被害を受けた福島県の工業団地では、罹災した多くの企業が復旧し生産活動を再開している。その一方で、工場移転を決断する企業もあり、今後の自然災害リスクにどのように付き合っていくか、多くの企業は重要な判断を迫られている。

図2 過去20年間の一般資産水害被害額の推移
出典:水害統計調査(2020/3/25)、過去20年間水害被害額(平成23年価格換算値)をもとに弊社作成

図3 工業団地における浸水リスクの状況
出典:弊社作成

(3) コロナ禍で懸念されるネガティブ要素

2020年初頭より新型コロナウイルスの世界的感染拡大が起こり、日本でも働き方の変容や経済活動の鈍化等、多くの企業にとって非常に難しい局面を迎えている。このような“コロナ禍”において水害が発生した場合のリスクについて考えてみる。

新型コロナウイルスと、前項までで述べてきた“災害を起こす気象現象の増加傾向”や、“一部の企業が潜在的な水害リスクの高い立地点に位置すること”には直接の関わりはない。コロナ禍で水害が発生した場合に最も懸念されるのは、以下に挙げるような災害対応の柔軟さが低下することである。

  • 防災計画策定・見直しなど“災害事前準備”に十分なリソース(人、資金)が割けない
  • “災害直前期”に感染者発生や交代出社などで対応者が減ることで十分な災害対応が行えない
  • 罹災後の“復旧段階”では、国内外の他地域からの人・モノの移動が鈍化し、資金調達が困難に

非常に厳しい状況だからこそ、基本に立ち戻った水害への備えが必要になる。

2. 企業に求められる水害対策

(1) 自然災害ハザードを正しく知る

まず重要なのは、自社拠点で想定される水害ハザードつまり想定浸水深等を正しく認識することにある。

2015年の水防法改正以降、行政からは洪水に関して2種類の浸水想定が作成・公表されており、国管理河川(区間)の他、都道府県管理河川でも公表が進んでいる(表1)。浸水想定区域図は、国土交通省のハザードマップポータルサイト(https://disaportal.gsi.go.jp/)や各河川管理者(国土交通省の“○○川河川事務所”や都道府県など)のホームページからも確認ができる。

表1 浸水想定区域図の想定シナリオ

シナリオ 降雨の目安 防災減災の考え方
想定最大規模 1,000年以上に1回程度の雨 少なくとも命を守り、社会経済に対して
壊滅的な被害が発生しない対策を推進する
計画降雨規模 100~200年に1回程度の雨
(一級河川の場合)
施設による防御を基本とする

※国土交通省「新たなステージに対応した防災・減災のあり方」より

自社拠点が複数ある場合には各拠点の水害リスクを比較することをお勧めしたい。ハザードに加えて予想される損害や事業における重要度などを加味することで、その後のリスク対策検討の基礎資料になる(図4)。さらに、取引先、サプライヤーに至るまで正しく把握することで事業継続上のリスクの見積もりに活用することも可能となる。

図4 複数拠点の想定浸水深の把握の例
出典:弊社作成(GISツールを用いたコンサル例)

なお、洪水浸水想定区域図には次の3種類がある。こうした情報を自社の防災計画や対応根拠とすることも考えられる。

a. 最大浸水深: 人・モノの避難に必要な高さ、建物・設備の水損の見積もりに重要
b. 浸水継続時間: 災害復旧対応を本格開始するまでの目安として把握することが望ましい
c. 家屋倒壊等氾濫想定区域: 氾濫流を起因とする建物倒壊の危険地域を図示。垂直避難が適さない建物の把握が可能(解析上は木造家屋を想定)

なお、沿岸部については高潮浸水想定区域図による被害想定の把握を行うことが望ましい。2015年の水防法改正に伴い、全国の主要港湾の管理者(都道府県)が「想定最大規模」の高潮浸水想定区域図を公表している[5]。沿岸部に拠点を持つ企業においては洪水と併せて確認されたい。

(2) 水害リスク対策の経済性評価

対象拠点の水害ハザード(水深、浸水継続時間など)を把握したあとは、想定浸水深に応じた具体的な水害対策を整理することとなる。例えば、“〇m”までの浸水深に対しては防水板や嵩上げなど、主にハード対策で施設防護を図り、それ以上の浸水深に対しては浸水被害の発生を前提とした人命安全や早期事業復旧のためのソフト対策で対応するという整理である。

対策目標とする浸水深は、守るべき施設の重要度と対策のコストから判断することが考えられる。対策実施で期待される効果とコストの整理、すなわち経済合理性の評価は、ステークホルダーへの説明責任や中長期の事業計画の参考資料の一つとなると考えられる。

(3) 水害タイムライン・初動対応マニュアルの検討

台風・大雨等の災害は一般的に「進行型災害」とされ、事前に起こりうる状況を想定し、いかにリードタイム(防災行動に必要な時間)中に対策を講じることができるかが重要となる。

災害・危機対応は8割が定型化できる業務と言われている(図5)。水害タイムラインや初動対応マニュアルを策定し関係者間で共有しておけば、発災前後の慌ただしい状況でも現場が主体的に行動することが可能となる。これにより災害対策本部や決定権限者は、残り2割の新しい課題に柔軟に対応できるようになる。

図5 災害対応の標準化に関する概念図
出典:内閣府、災害対策標準化検討会議 資料5:災害対応の何をどう標準化するのか より

弊社が推奨する企業版水害タイムラインでは、災害発生時点を「ゼロ・アワー」と定め、ゼロ・アワーから時間をさかのぼり必要な防災行動を役割ごとに分担、具体的な行動例と行動開始の時間的目安、情報伝達のフローを整理している。「いつ」、「誰が」、「何をするか」を時系列に沿ってあらかじめ示しておくことで、関係者の適切な行動が期待できる。

  • 水害タイムライン〈製造業版〉における役割分担の例
    対策本部:全体の統括、意思決定機関
    情報班:情報収集、整理、発信
    施設班:ユーティリティ設備などの点検、浸水対策
    製造班:製造設備、原料等の浸水対策 など

水害タイムラインは具体的な行動内容やフローを分かりやすくまとめたものである。台風シーズンを目前に、まずは自社のタイムライン策定に取り組むことを勧めるが、検討の過程で出てくる各役割の位置づけや判断基準、指示内容は、別途「初動対応マニュアル」として文書でまとめておくことが望ましい(図6)。

図6 水害タイムラインと初動対応マニュアル策定の流れ(例)
出典:弊社作成

(4) 水害を想定したBCP[6]の検討

水害を想定したBCP策定の必要性は認知されつつある。前項の水害タイムラインや初動対応マニュアルは、主に人命や資産の保護と自社の早期復旧に着目して災害発生前後の具体的行動を明確にしている。それに対し、BCPはより俯瞰的に事業に影響を及ぼす脅威を特定し、優先事業や重要業務の継続や被害からの早期復旧に必要な戦略をあらかじめ検討し、必要な対策を講じる点に違いがある。BCP を策定することは、災害やその他危機に対するレジリエンス(復元力)を高めるだけではなく、ステークホルダーからの信頼を得ることにもつながる。

国内企業では地震を想定した BCP 策定が進んでいるが、近年の大水害による被災においては、既存のBCPでは対応できず、甚大な被害を受けている実態がある。一方、水害を想定したBCP 策定が進んでいる企業では、その効果が見られている。災害対策本部立ち上げ、自社拠点の被害状況の把握、顧客対応、社員対応、広報対応などをあらかじめ明確にしておいた企業では、事業継続が速やかであったという報告がある[7]

こうした事例からも、企業規模の大小にかかわらず水害を想定したBCPの検討は喫緊の課題であり、コロナ禍で柔軟な対応が難しい中、企業が存続するためにも重要な対応となる。コロナ禍で水害想定BCPを見直す中では特に、以下の事項も加味した検討が必要となる。

表2 検討すべき事項の例

■コロナ禍において必要な対策
 ● 出社できる人数が限られる中、在宅勤務社員との連絡手段が確保されていること
 ● 在宅勤務社員が複数人いて、日によって交代出社となっている場合に重要業務を遂行できるかどうかの確認と、必要に応じて代替要員の確保や事前対策の       見直しがされていること
 ● 対策本部の設置場所や、3密(密閉・密集・密接)を回避する室内レイアウト等が検討されていること
 ● 従来の集合型の対策本部運営と比べて意思決定権者との意思疎通、情報連携が取りにくくなるため、コミュニケーションツールが確保されていること
 ● 執務室や事業所で感染防止対策を施しながら事業継続対応を行えること
 ● 従業員等の避難場所での3密防止(感染防止)に努めていること
 ● 感染防止対策のための資機材や備蓄品の常備に加えて、コロナ禍では調達や輸送ができない、または遅延する恐れがあることについて考慮されていること
■水害固有の被害への対策
 ● 在宅勤務社員の居住地が浸水被害を被ったり、停電によって業務遂行不可となったりする可能性を踏まえていること
 ● 水害によって資機材や備蓄品の保管場所が浸水し、土砂に流されるなどして使用できなくなる恐れがあると想定されていること

出典:弊社作成

BCP策定と維持管理のステップを図7に示すので、参考にされたい。

図7 BCPの策定と維持管理のプロセス
出典:弊社作成

3. 防災情報活用への期待

昨今、デジタル技術や通信インフラ整備の進展により、有用な情報コンテンツや配信アプリケーションが多く誕生している。防災分野に関しても同様であり、信頼性の高い気象・防災情報がリアルタイムで配信されるようになった。任意で登録した地点の気象情報や災害速報などをPUSH通知するアプリは多くのユーザーが活用していることと思う。得られる情報が豊富になった一方、判断に必要な情報を適切に選択・入手することは容易ではない。

□ 意思決定に必要な情報の選択・入手が重要

気象災害時のタイムラインや初動対応は、多くの場合、防災関連の情報をトリガー(行動開始基準)として設定する。このため、拠点の位置情報に応じた情報を迅速・適切に取得することが判断上重要となる。

台風や豪雨などの気象現象はその都度経路や強度が異なるため、防災行動のトリガーが想定のタイムスケジュールで起こることは決して多くないと考えられる。このため、自社拠点が被害を受ける可能性がある場合に影響度の大きい事象、例えば、最寄り河川の氾濫危険水位などをあらかじめ確認しておき、意思決定の重要基準の1つとして備えることで、経験のない気象現象の際にも臨機応変な対応が期待できる。

また、近年の甚大な水害の発生を受け、気象庁では洪水等の「危険度分布」(図8)を1日先の雨量予測を用いて発信することを検討しており[8]、実現化されれば現状より長いリードタイムで災害発生に備える行動をとることが可能となる。

災害時行動の基本は空振りをおそれないことにある。様々な情報や技術を活用して災害時の意思決定を行い、その結果を反映させていくことで、コロナ禍においても企業のレジリエンス力がより一層高まることを期待している。

図8 洪水危険度分布
出典:気象庁ホームページ

4. おわりに

本稿では、近年の気象災害の激化から、企業が水害リスクを正しく把握し、事前に備えることの重要性について述べた。コロナ禍での自然災害は、企業活動に大きなダメージを与えることは明白である。台風シーズンを前に、多くの企業が水害の防災・減災対策意識を高めることで、この難局を乗り切る一助となれば幸いである。

[2020年6月24日発行]

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執筆コンサルタント

池田 昌子
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脚注

[1] 2020年2月に気象庁が顕著な災害を起こした自然現象として定めた名称。台風に限定すると1977年の「沖永良部台風」以来42年ぶり。
[2] リスクマネジメント最前線2019No.9「令和元年台風19号による被害と水害への備えについて」(東京海上日動リスクコンサルティング)
https://www.tokiorisk.co.jp/publication/report/riskmanagement/pdf/pdf-riskmanagement-225.pdf
[3] 堤防決壊数:国管理河川14水系29河川で12箇所、県管理河川59水系255河川で128箇所、出典:「令和元年台風第19号による被害等」R11.22、国土交通省資料)
[4] 国土数値情報「工業用地」(平成21年度版)、「浸水想定区域」(平成24年度版)を用い工業団地コード単位で集計
[5] リスクマネジメント最前線2018No.11「高潮リスクを考える」(東京海上日動リスクコンサルティング)
https://www.tokiorisk.co.jp/publication/report/riskmanagement/pdf/pdf-riskmanagement-212.pdf
[6] 事業継続計画(Business Continuity Plan:BCP)
[7] リスクマネジメント最前線2019No.5「平成30年7月豪雨」に学ぶ、水害を想定した BCP 策定のすすめ」(東京海上日 動リスクコンサルティング)
https://www.tokiorisk.co.jp/publication/report/riskmanagement/pdf/pdf-riskmanagement-221.pdf
[8] 気象庁「防災気象情報の伝え方に関する検討会」令和2年3月報告書より

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