企業間取引データにおける課題とその解決方法~データで迫るサプライチェーンリスク④~
- 経営・マネジメント
2025/11/11
前回のコラム[1]では、企業の取引関係を収録したデータセットと、そこから任意の企業・製品に対するサプライチェーンを推定する方法について紹介しました。
今回のコラムでは、企業間取引データセットにおいて重要でありながらもデータが不足している「取引額」という情報を推定するための方法について、最新のAI技術を用いた弊社の研究成果[2]を簡潔に紹介します。
サプライチェーンリスク評価と企業間取引額
サプライチェーンリスク管理における重要な問題として、企業の取引関係を介した“ショックの波及”(災害等により生じた企業活動の停止が、取引先の事業活動にまで影響を及ぼすこと)があります。そして、このショックの波及の大きさは、企業同士がどの程度の“太さ”(すなわち取引額)でつながっているかに大きく依存します(下図参照)。すなわち、被災企業(企業A)と太い取引をしている企業(企業C)は、そうでない企業(企業B)に比べて、ショックの波及が大きくなる傾向があります。

図 1 企業間における取引の太さとショックの波及の大きさの関係
(弊社作成)
このように、サプライチェーンリスクを考える上で、取引額というのは重要な要素の一つです。一方で、企業間取引データセットにおける取引額のデータは、その秘匿性の高さから情報の収集が困難であり、欠損値(データセット上「不明」となっていること)が非常に多いことが、リスク評価を行う上で課題となっていました。
企業間取引額の高精度な推定方法
そこで求められるのは、何らかの情報を基に取引額を推定し、欠損を補完する技術です。これについては長い間、「重力モデル」という、国家間の貿易量の推定で用いられる推計式を応用したアプローチがとられていましたが、シンプルである分、推定精度には限界がありました。そこで弊社と国立情報学研究所・水野貴之氏[3]の共同研究において、機械学習により、限られた取引額の情報を学習データとして、欠損している取引額の値を推定する方法を構築しました。
具体的には、グラフニューラルネットワーク(GNN)と呼ばれる深層学習手法と、決定木の発展型であるLightGBMという手法の組み合わせを用いました。GNNの最大の特徴は、対象企業自身の情報だけでなく、周辺の離れた取引先企業の情報までを含んだ特徴量を集約・生成できる点にあります。このGNNを様々なパターンで適用した結果、以下のことがわかりました。
1. GNN単体とLightGBM単体の精度比較では、従来手法であるLightGBMの精度が優れていること
2. 一方で、GNNで集約・生成した特徴量を、LightGBMに“追加の”特徴量として与えることで、全体での推定精度が向上すること(下図参照)
3. GNNの層を深くするほど精度が向上するが、5層(すなわち5つ先までの取引先企業の情報を集約する)の場合が最も高精度であること

図 2 GNNとLightGBMを組み合わせた取引額推定モデルの構成
(弊社作成)
このようにして、企業間取引データセットにおいて大部分が欠損している「取引額」の情報を、高精度に推定する手法を構築することができました。加えてこの結果は、「5つ先までの取引先企業の情報を取り入れることで、その企業の取引額を効果的に推定できる」という知見を示しています。これは、企業間ネットワークにおける構造的特徴の活用における意義深い発見であり、ネットワーク分析の新たな可能性を示したものといえます。
終わりに
以上、本コラムでは、企業間取引データにおいて非常に重要な要素である「取引額」を推定・補完するための最新の技術について紹介しました。弊社では今後もこうした分析により、サプライチェーンリスクの実態を明らかにする研究に取り組んでまいります。
また、弊社では、サプライチェーンにおけるリスクの可視化と取引先とのコミュニケーション強化のためのクラウドサービス「Chainable」を提供しています。Chainableの詳細は下記サービス紹介ページをご覧ください。
[1] 企業間取引データにおける課題とその解決方法~データで迫るサプライチェーンリスク③~
[2] Sato, R., Yano, R., Mizuno, T.: Estimation of Transaction Values in Firm-LevelSupply Networks using a Hybrid GNN-LightGBM Approach(査読中)
[3] 国立情報学研究所 水野研究室 HP
執筆コンサルタントプロフィール
- 佐藤 遼次
- 企業財産本部 主任研究員
