企業間取引データにおける課題とその解決方法~データで迫るサプライチェーンリスク③~

  • 経営・マネジメント

コラム

2025/11/10

 サプライチェーンは経済活動の基盤であると同時に、様々なリスクを伝播するネットワークという側面を持ちます。そうしたサプライチェーンの構造を俯瞰的に把握することは、例えば自然災害や地政学リスクに対する自社の脆弱性を理解し、対策を講じることに繋がります。
 サプライチェーンの構造を把握することは容易ではありませんが、企業間の取引関係を収録したデータセットを活用することで、その構造の概要を把握することができます。一方、世の中には異なる特性を持つ様々なデータセットが存在していますが、いずれも不完全な部分(課題)を抱えており、リスク評価に活用するためにはそれを解決する工夫が必要です。
 本コラムでは、こうした取引関係データセットの全体像を概観した上で、リスク評価に実用化するために弊社が国立情報学研究所と連携している2つの取組みについて、2回にわたり簡潔に紹介します。

企業間取引データとは

 企業間取引データとは、企業ごとの仕入先↔納入先(サプライヤー↔カスタマー)の関係を収録したデータセットのことをいいます。こうしたデータセットは、データの収集方法やカバレッジ(対象範囲)の違いから、以下の4つに大別されます[1]
 (1)    上場企業の年次報告書やニュース記事などの公開情報に基づくもの
 (2)    信用調査機関による企業へのインタビューに基づくもの
 (3)    税務当局に提出された付加価値税(VAT:Value-Added Tax)申告書に基づくもの
 (4)    銀行における企業間の支払い記録に基づくもの
 日本国内を対象とした分析では主に(
2)が、グローバルを対象とした分析では(1)が利用されています。 弊社でもグローバルな取引関係の分析のために(1)を利用しています[2]。特に、海外企業のTier2以降の情報を、リスク分析のために個々の企業が調査するのは容易ではないため、まずは概要を把握するためにこうした公開情報ベースのグローバルデータセットを使うことが第一歩になります。

企業間取引データ≠サプライチェーンデータ

 上述した企業間取引データの中身を見てみると、A社とB社に取引がある、A社とC社に取引がある…といった取引関係を羅列したものになっています。これを連結することで、任意の企業のサプライチェーンを把握できるように思えますが、実はそう単純ではありません。
 下図(図1)左側の例をご覧ください。ここではA社が、B社とC社から仕入れた財(原材料や半製品)を加工し、D社とE社に製品を納入しているように見えます。しかし、図1右側のように製品レベルで見てみると、実態は異なることがわかります。すなわち、実際のE社のサプライチェーンとは「C社(牛乳)→A社(加工)→E社(ヨーグルト)」のみであり、B社はE社のサプライチェーンとは無関係です。このように、単純に企業間取引データ(図1左側)をそのまま繋げるだけでは、サプライチェーンに関して正しい分析を行うことはできないのです。

図 1 企業間取引データの構造(企業レベル、および製品レベルで見た場合の違い)
(弊社作成)

企業間取引データからサプライチェーンデータへ

 この問題は、「その製品を作るのに、その財(原材料や半製品)を必要とするか?」を考えることで紐解くことができます。上図の場合であれば、まずサプライチェーンを把握したいE社の製品(ヨーグルト)を設定します。そして、その製品の製造に小麦粉/牛乳は必要か?を判定し、不必要な取引関係を除外します。これにより、「C社(牛乳)→A社(加工)→E社(ヨーグルト)」という取引関係を抽出することができ、これこそがE社の製品に関する“サプライチェーン”になります。
 以上は非常に単純かつ小さな例で説明しましたが、実際の取引関係データには数十万件以上の取引関係と製品情報が羅列されており、これを人の目と知識で一つひとつ判定していくのでは膨大な時間と労力がかかります。そこで、この判定に生成AIの力を借りることで、任意の企業・製品に関するサプライチェーンを、Tier2, Tier3,…と深いところまで、半自動的に推定することができます(弊社と共同研究を実施している、国立情報学研究所・水野貴之氏らにて開発したシステム[3])。
 このように、膨大な取引関係データから、本当の意味で繋がっている“サプライチェーン”を抽出し、企業のリスク評価に活用する技術的基盤が整ってきているのです。

終わりに

 以上、本コラムでは、世に流通している企業間取引データの概要と、そのデータから任意企業のサプライチェーンを推定する技術について紹介しました。次回コラムでは、企業間取引データにおいて非常に重要な要素である「取引額」を推定する方法について、弊社の最新の研究実績を基に紹介します。
 また、弊社では、サプライチェーンにおけるリスクの可視化と取引先とのコミュニケーション強化のためのクラウドサービス「Chainable」を提供しています。Chainableの詳細は下記サービス紹介ページをご覧ください。

関連サービスページ

[1] Pichler, A., Diem, C., Brintrup, A., Lafond, F., Magerman, G., Buiten, G., Choi, T.Y., Carvalho, V.M., Farmer, J.D., Thurner, S.: Building an alliance to map global supply networks. Science 382, 270–272 (2023)
https://doi.org/10.1126/science.adi7521
[2] 国立情報学研究所との共同研究契約の下、研究開発目的に限り、データを連携いただいて利用しています
[3] 大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 他, 特開2025-115955, 情報処理装置、情報処理方法、および、情報処理プログラム

  

執筆コンサルタントプロフィール

佐藤 遼次
企業財産本部 主任研究員

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