『防災基本計画』の修正と企業に求められる対応
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2025/7/17
2025年7月1日、中央防災会議より『防災基本計画』1の修正が発表されました。我が国の災害対策の根幹をなす当計画は2014年以降、毎年見直し・改定が行われてきましたが、災害対策基本法をはじめとする関連法の改正や能登半島地震、大船渡市林野火災を踏まえた今回の修正は、最近の修正の中でも比較的大きなものといえます。
以下では、『防災基本計画』の修正内容の概要を整理するとともに、特に重要と考えられる内容をピックアップし、企業において今後求められる対応の例を紹介いたします。
1.修正の概要
『防災基本計画』は、総則(第1編)、各災害に共通する対策(第2編)、諸災害の対策(第3編~第15編)の記述からなる、我が国の総合的・長期的な防災計画を定めた文書です。今回の修正では計画を構成する全編の見直しが行われていますが、特に大きな変更がみられるのは第2編(「各災害に共通する対策編」)及び第15編(「林野火災対策編」)です。それぞれの背景には、2025年6月の災害対策基本法改正と、同年2月から4月にかけて発生した岩手県大船渡市の林野火災があると考えられます。
また、第6編(「火山災害対策編」)では、2025年3月に公表された『首都圏における広域降灰対策ガイドライン』2を踏まえた変更がありました。大規模噴火後に降り積もる可能性がある火山灰の対策について、「可能な限り降灰域内に留まって自宅等で生活を確保することを基本としつつ、状況によっては直ちに命に危険がある場合も想定して避難等の行動をとる必要があることを考慮するものとする」(197頁、強調は引用者による)という文言が加筆されています。
なお、第3編(「地震災害対策編」)では、第2編でも言及されている保健医療福祉支援の拡充と物資の備蓄に関連した記載の追加を除き、大きな変更はありません。一方で震災対策に関しては、南海トラフ地震被害想定見直し3を踏まえた『南海トラフ地震防災対策推進基本計画』の修正が、『防災基本計画』の修正と同日に公表されています4。
『防災基本計画』の主な変更内容は、下表の通りです。
変更箇所 | 第2編 | 第6編 | 第15編 | (参考)『南海トラフ地震防災対策推進基本計画』 |
内容 |
各災害に共通する対策
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火山災害対策 |
林野火災対策 |
南海トラフ地震対策の政府方針・目標 |
背景 | 災害対策基本法の修正・令和6年能登半島地震 | 『首都圏における広域降灰対策ガイドライン』の策定 |
大船渡市林野火災 |
南海トラフ地震被害想定見直し |
主な変更内容 |
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(出所) 内閣府「防災基本計画修正 新旧対照表(令和7年7月)」・内閣府「南海トラフ地震防災対策推進基本計画変更 新旧対照表、
(令和7年7月1日)」を基に弊社作成
2.企業による対応の例
本節では、『防災基本計画』の主な変更内容に関連する、民間事業者(企業等)の災害対策の取組例について紹介します。
①防災DXを通じた官民連携への対応修正後の『防災基本計画』では、災害時における対応機関間の情報共有に用いられる「新総合防災情報システム(SOBO-WEB)」や、効率的な物資調達・輸送をサポートする「新物資システム(B-PLo)」等の具体的なデジタル技術が明記され、それらの利活用促進に向けた施策が前面に出されています。
関係機関間での情報共有に関しても、災害対応に必要な情報項目をまとめた災害対応基本共有情報(EEI)に基づく迅速な情報連携体制の整備が、新たに方針として掲げられました。災害対策基本法が定める指定公共機関等においては、政府の防災関連デジタル・システムとの連携も視野に入れたシステム整備が必要となることが予想されます。
また、災害対策や事業継続計画(BCP)を考えるすべての企業にとって、自社防災体制のDX推進や、公的機関の防災関連システムから発出されるデジタル情報の利活用等は、今後一層重要なテーマとなるでしょう。
②各地方公共団体の防災対策方針の把握と連携
今回の修正では、国全体の防災計画に対して、地方公共団体が主体的に果たすこととされる役割の明確化がみられました。例えば、修正前は「国〔国土交通省〕は、地方公共団体が被災後に早期かつ的確に市街地復興計画を策定できるよう、復興事前準備の取組を推進するものとする」5とされていた復興事前準備についての記載は、「地方公共団体は、被災後に早期かつ的確に復興まちづくりを行えるよう、事前復興まちづくり計画策定等の復興事前準備に努めるものとし、国〔国土交通省〕は、これを推進するものとする」(54頁)と、地方公共団体が主体的かつ事前に、復興計画の策定を進める旨へと変更されています。
また、地方公共団体は、物資の備蓄、避難所環境の整備、官民連携の強化等を通じ、地域防災力の向上に取り組むという旨の記述も追加されています(22頁)。今後は、修正された『防災基本計画』に則り、各自治体による地域防災計画の修正や復興まちづくり計画の策定が進んでいくものと考えられます。
企業においては、自社拠点の所在する各都道府県・市町村が定める防災計画や復興計画等も参照しながら、従業員の安全確保、地域の防災への貢献、事業継続等について、計画を事前に策定しておくことが重要です。また、複数地域に拠点をお持ちの企業では、各地方公共団体が発表する防災対策方針や防災情報を確認しながら、全社的なリスクマネジメント体制を構築することが望ましいでしょう。
③降灰発生に向けた備え
降灰が社会・経済に対して与える影響は多岐にわたります。停電、上水道の水質悪化や下水管の閉塞、通信の不安定化等、多くのライフラインに問題が生じることが懸念されます。また、鉄道の運行停止や自動車の走行不能により、人の移動も阻害されうることが想定されています6。
以上のような被害が見込まれる中で、『防災基本計画』では改めて、降灰域内においても生活を継続することが基本方針として明記されました。降灰の影響を受ける可能性がある地域の事業者においては、噴火発生後の従業員や関係者の安全確保及び事業継続の方針をあらかじめ定めておくことが求められます。
例えば、降灰発生時には移動や参集が困難となることを踏まえ、平時から従業員に対する在宅避難の方針の共有、物資備蓄の推奨・啓発を行い、前兆段階からは可能な限りテレワークへの切り替えを進めるとよいでしょう。さらに、業務時間内に噴火が発生した場合の従業員等の社内待機を想定し、事業所に十分な備蓄を確保しておくことも重要です。
また、在宅避難が基本方針とはされているものの、降灰の状況によっては木造家屋の倒壊や土石流等により直ちに生命に危険が及ぶこともあるため、避難についても検討を行うことが望ましいでしょう。
3.まとめ
この度の『防災基本計画』の修正では、政府の災害対策方針に関する様々な新記述が盛り込まれました。企業においては、従業員やサプライチェーン企業の安全確保、地域防災への貢献、事業の継続等、様々な観点から、政府の災害対策活動とも連携しつつ、主体的に防災活動に取り組むことが求められます。政府方針が見直されたこのタイミングで改めて、自社の防災体制の再検討・災害対策の推進を行うことを推奨いたします。
1 内閣府「防災基本計画」、https://www.bousai.go.jp/taisaku/keikaku/kihon.html。以降、本文における頁数の記載は同文書によります。
2 内閣府「首都圏における広域降灰対策ガイドライン(令和7年3月28日公表)」、 https://www.bousai.go.jp/kazan/shiryo/index.html。
3 内閣府「南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ(令和5年~)」、https://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/taisaku_wg_02/index.html。
4 内閣府「南海トラフ地震防災対策」、https://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/index.html。なお、本コラムでは『南海トラフ地震防災対策推進基本計画』の詳細な修正内容は扱わず、『防災基本計画』の修正及び企業への示唆に焦点を当てています。
5 内閣府「防災基本計画修正 新旧対照表(令和7年7月)」30頁、https://www.bousai.go.jp/taisaku/keikaku/kihon.html。
6 富士山大規模噴火及び広域降灰に対する企業の備えに関しては、佐藤太一、高田悠輝「富士山大規模噴火に対し首都圏企業に求められる対応~内閣府『首都圏における広域降灰対策ガイドライン』の策定を受けて」『リスクマネジメント最前線』(東京海上ディーアール、2025年5月29日)、https://www.tokio-dr.jp/publication/report/riskmanagement/riskmanagement-402.html でより詳細に解説しています。
執筆コンサルタントプロフィール
- 山根 晴貴
- ビジネスリスク本部 研究員