サプライチェーン分断の教訓—2024年のインシデントから学ぶ日本の挑戦

  • 経営・マネジメント

コラム

2025/1/20

近年、世界のサプライチェーンを揺るがす重大なインシデントが次々と発生しました。これらは、戦争、地政学的リスク、自然災害、労働争議など、現代社会が抱えるリスクを浮き彫りにすると同時に、日本企業の供給網に潜む課題をも再確認させるものでした。本稿では、具体的な事例を振り返りながら、未来に向けた解決策を提示します。

1.2024年、サプライチェーンに影響を及ぼした主なインシデント1

紅海危機:物流の大動脈が停止

2023年末から2024年初頭にかけて発生した紅海危機は、近年で最も深刻なサプライチェーンの混乱の一つでした。
この危機では、紅海とスエズ運河が封鎖され、世界貿易の15%に影響を及ぼしました。
船積みの遅延は平均10〜14日に達し、輸送コストが大幅に増加。自動車や電子機器産業に深刻な影響を与えました。

パナマ運河の干ばつ:気候変動の脅威

パナマ運河の水位低下により、2024年は航行可能な船舶の数が大幅に制限されました。米国の年間コンテナ貨物の40%以上がこの運河を利用しているため、大規模な供給チェーンの混乱を引き起こしました。重要な貨物の最大21日間の遅延につながったことで、コスト増加が発生し、特にエネルギー部門への甚大な影響をもたらしました。

ロシア・ウクライナ戦争:長期化する影響

2024年で3年目に突入したロシア・ウクライナ戦争は、農業、エネルギー、製造業に広範囲な影響を与えました。
例えば、ウクライナの農業生産は35%減少し、エネルギー価格の高騰が製造業全体に波及。世界経済における累積損失は3年間で1.6兆ドル以上と推定されています。

米中貿易摩擦:レアアースを巡る攻防

米中間の貿易摩擦がエスカレートし、電子機器や半導体産業に大きな混乱を招きました。ピーターソン国際経済研究所によると、米国は3,000億ドル相当の中国からの輸入品に新たな関税を課し、平均関税率を25%に引き上げました。国際エネルギー機関(IEA)が指摘したように、中国は報復として、電気自動車の生産や高度な電子機器に不可欠なレアアースの輸出制限を実施し、世界の供給量を15%削減しました。
この論争は2025年に入っても更に続くものと考えられ、供給網の多様化と再編の必要性が浮き彫りになっています。

  

2. 日本のサプライチェーンが直面する課題と対策

これらの主要インシデントは海外で発生していますが、ボーダレス社会である現代においては、日本企業のサプライチェーンにも甚大な影響を与えました。レジリエントな供給網を構築するためには、日本国内のみならず、海外を含めた自社・取引先の置かれる状況について地理・産業構造、人口動態などの特徴を考慮する必要があります。

サプライチェーンの多様化と地域分散

事業環境の不確実性は近年、予測不能で大規模ショックを伴うものとなっています。一方、日本のサプライチェーンは、比較的変化が緩やかだった20世紀に開発された「ジャスト・イン・タイム(JIT)」モデルに依存しています。21世紀の経済下でJITを成功させるには、サプライチェーンの可用性をさらに高めなくてはなりません。

[対策例]
1.調達先の多重化: アジア一極集中型から、南米やアフリカを含む多地域調達への転換。具体的には、現地パートナーとの連携強化や、中小企業向けの調達支援プログラムの活用が鍵となります。
2.地方分散型ハブの構築: 国内物流拠点を地方に分散配置し、災害時の冗長性を確保。災害リスクの高い地域を避けた配置や、複数輸送手段を組み合わせた輸送ネットワークの構築が求められます。

サプライチェーンのデジタル化と可視化

日本は世界一の高齢化社会2 であり、労働力人口は減少を続けています。特に、運輸セクターでは高齢化が顕著であり、2023年時点で労働者の11.5%が65歳以上となります。従って、世界に先駆けてデジタル技術を活用した自動化や可視化を行うことが、日本がレジリエントなサプライチェーンを構築する際に特に求められます。

[対策例]
1.デジタルツイン技術の活用: サプライチェーン全体を仮想空間で再現し、迅速なリスク対応を実現。具体例として、在庫不足を事前に検知し、生産調整をスムーズに行うシステムの導入が挙げられます。
2.情報共有プラットフォームの整備: 在庫や輸送状況をリアルタイムで把握し、関係者間で迅速に共有。特に、中小企業が利用しやすい共通プラットフォームの整備が課題解決の鍵となります。

自然災害リスクへの対応

日本は災害大国であり、地震や台風など自然災害が頻発しています。このため、供給網の寸断リスクが常に高い状況です。さらに、気候変動により災害の頻度や規模が増大し、社会や経済への影響も深刻化しています。この状況を踏まえ、災害対策や供給網の強靭化が一層求められます。

[対策例]
1.気象リスク可視化ツールの導入: 世界全体の気象や自然災害に関するリスクを可視化するシステムにより、輸送計画や調達計画を柔軟に調整。これにより、突発的な気象変動への対応能力を向上させることが可能です。
2.持続可能な輸送手段の推進: EV配送車やCO2排出削減技術の導入に加え、カーボンニュートラルを目指したインフラ整備を進めることで、長期的な環境負荷軽減を目指します。

  

3.日本企業が目指すべき未来

ここ数年で発生したサプライチェーン分断のインシデントは、効率性を優先してきた日本のサプライチェーンの脆弱性を浮き彫りにしました。

これを教訓に、日本企業は柔軟性と回復力を兼ね備えた供給網の構築を急ぐべきです。そのためには、地域や国際的なリスクに適応する仕組みを整えるとともに、デジタル技術やイノベーションを活用した次世代型のサプライチェーンを形成する必要があります。

このような取り組みによって、持続可能性と競争力を両立させた経済基盤を確立し、国内外での新たな成長機会を創出することが期待されます。

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1 Supply Chain Disruptions 2024: A Year in Review

2 内閣府, 2023, 「令和5年版高齢社会白書(全体版)」総務省統計局, 2024, 「人口推計(2024年(令和6年)3月確定値、2024年(令和6年)8月概算値」

執筆コンサルタントプロフィール

大野 有生
CDOユニット チーフデジタルオフィサー

コンサルタントの詳細

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