不動産分野でニーズ高まる気候リスクデューデリジェンス
- 自然災害
2024/10/25
1. 気候リスクの増加
近年、河川氾濫や台風、豪雨や熱波などの気象災害が頻発しています。今年2024年の7月には東北地方日本海側で、9月には石川県を中心に大雨が発生し、大きな被害をもたらしました(弊社コラム「令和6年7月25日からの大雨による被害と水害への備え」、TdR-EYE「令和6年9月20日からの大雨の被害と特徴」参照)。このような災害の激甚化や頻度の増加の一因として、地球温暖化による気候リスクが挙げられます。これにより、私たちの日常生活に深刻な影響が出ており、世界の気象災害による経済的損失は増加傾向にあります(図1参照)。この増加には、地球温暖化の影響だけでなく、経済成長や都市化の進展による資産の増加、復旧費用の増加も含まれます。しかし、温暖化による影響がさらに顕著になると、損失が加速度的に増加することが懸念されています。
2. 不動産における気候リスク
不動産は、長期的かつ固定的な資産であるため、リスクを完全に回避することは難しいとされています。そのため、リスクの性質を見極め、低減、保有、または移転することが重要です。例えば、不動産投資や取引では、物理的なデューデリジェンスの一環として、「建物状況調査」・「建物環境リスク」・「土壌汚染リスク」・「地震リスク」などのエンジニアリングレポートが作成・取得されます。これらのレポートでは、専門的かつ科学的な立場から具体的なリスクの内容、発生確率、影響度、リスク低減や移転の施策が示され、これに基づき、ステークホルダーがリスクコミュニケーションを行って判断を下します。
しかし現在、気候リスクが高まっているにもかかわらず、不動産の標準調査には気候リスクが含まれていません。それでは、不動産で想定される気候リスクはどのようなものがあるでしょうか。各種資料例えば2~3によると主なリスクは以下が挙げられます。他には沿岸エリアの建物では海面上昇による水没、ホテルなどの宿泊施設では観光資源である砂浜や積雪の減少による施設の稼働率低下のリスクなども挙げられます。
■ 建物(躯体、内外装材、設備など)の損傷
■ 事業停止による損失
■ 運営コストの増加
■ 資産価値の減少
今後、気候リスクがさらに高まると、国の支援や保険制度変更などの影響も出てくるかもしれません。現在、日本国内の投資に適した不動産において、台風や豪雨、洪水などの大きな気象災害の被害にあった事例はほとんどなく4、仮に被害に見舞われるとしても損害保険の加入によってリスクを転嫁することが可能です。しかし、気候リスクが高まる中で、被害の激甚化や保険料の上昇が予想されます5。例えば、アメリカでは気候変動による洪水リスクの上昇が不動産業界に影響を与えています。FEMA(アメリカ連邦緊急事態管理庁)は、2024年7月11日にFFRMS(アメリカ連邦洪水リスク管理基準)を改正し、将来の洪水リスクも考慮するようになりました6。沿岸地域では海面上昇や海岸線の侵食、河川地域では500年に1回の洪水に対応することが求められています(以前は100年に1回)。これにより、浸水エリアの建物は嵩上げや移転などの高い浸水対策コストが発生する恐れがあります。
現状、風水災を中心とした気候リスクの影響は限定的です。しかし将来的には、地震リスクと同様に、リスクの移転から保有のフェーズへ移行していくことが考えられ、新たな防災対策への投資が必要になるかもしれません。
3. 不動産分野における気候デューデリジェンスの高まり
近年、不動産業界では気候リスクへの懸念が高まり、評価や開示のニーズが増えています。代表的な評価や開示制度には、TCFD(現在はISSB7 /SSBJ8)、CDP9 、GRESB10、LEED v511、ResReal12(現在、河川氾濫のみ対象)などがあります。
これらの評価や開示の目的は、主にサステナビリティ報告や事業およびサプライチェーン全体の気候変動財務影響、不動産投資におけるESG評価に焦点を当てています。そのため短~中期で顕在化が想定されるCO2排出コストの増加やエネルギー価格の上昇などのリスク、不動産の環境性能に焦点が当たっています。一方、気候物理リスクに着目した評価基準は定まっておらず、対策を推進する機運が高まっていないのが現状です。以上の他、建物の気候リスク評価の最新の事例としては、ASTM InternationalがProperty Resilience Assessmentのガイド策定を検討しています13。ASTMは、世界最大・民間・非営利の国際標準化・規格設定機関として、日本のJIS規格に相当する工業規格を提供しています。ASTMは、気候リスクが高まる中で、より安全で安定した不動産供給を目指し、建物単体の気候リスクに焦点を当てた評価ガイドを検討しています。このガイドでは、気候リスクだけでなく、従来の地震リスクなどの自然災害も含めて評価し、建物の包括的なレジリエンス性能を評価する見込みです(2024年10月コラム執筆時点で詳細な評価ガイドは未公表)。
現在、気候リスクは急速に拡大、深刻化しています。先のFEMAの事例にあるように、制度改定によって急にリスクが顕在化することもあります。今後は、従来のデューデリジェンスに加えて、将来を含めた気候リスクのデューデリジェンスも必須になることが想定されます。
4. おわりに
ビジネスの時間軸と気候リスクの時間軸にはギャップがあるといわれており14、ステークホルダー間でビジネス期間中に気候リスクが顕在化するという共通認識が得られていませんでした。しかし、気候リスクは増加の一途を辿っています。予期せぬ気候リスクは運用や管理コストの上昇につながり、ビジネスの利益を減少させる恐れがあります。特に不動産は長期的な資産であるため気候リスクの影響は無視できません。まずは気候リスクを把握し、投資対効果を踏まえた対応戦略を構築することが重要です。不動産は環境保全や社会のレジリエンス性向上に大きく貢献できるため、気候変動への対応はリスクであると同時に機会でもあります。これらへの対応は不動産の新たな価値創造に繋がることが期待されています例えば15。
1. EM-DAT, Economic damage by natural disaster type
https://www.emdat.be/
2. 国立研究開発法人国立環境研究所, A-PLAT
https://adaptation-platform.nies.go.jp/private_sector/infographic/index.html
3. SSBJ, S2基準案 付録B「産業別開示要求」
https://www.ssb-j.jp/jp/activity/exposure_draft_ssbj/y2022/2022-0331/2-b.html
4. 2018~2023年の主な洪水発生時におけるJ-REIT銘柄の被災開示情報を調査
5. GFIA, Global protection gaps and recommendations for bridging them, 2023
https://gfiainsurance.org/mediaitem/652a6f95-5bf6-4f61-9bb7-3095a247a29d/GFIA%20report%20Global%20protection%20gaps%20and%20recommendations%20for%20bridging%20them.pdf
6. FEMA Policy: Federal Flood Risk Management Standard (FFRMS),https://www.federalregister.gov/documents/2024/07/11/2024-15170/fema-policy-federal-flood-risk-management-standard-ffrms
7. ISSB, https://www.ifrs.org/issued-standards/ifrs-sustainability-standards-navigator/ifrs-s2-climate-related-disclosures/
8. SSBJ, https://www.ssb-j.jp/jp/news_release/400713.html
9. CDP, https://japan.cdp.net/
10. GRESB, https://www.gbj.or.jp/others/gresb/
11. LEED v5, https://www.usgbc.org/leed/v5
12. ResReal, https://resreal.jp/
13. ASTM International, ASTM WK62996, New Guide for Property Resilience Assessment
https://www.astm.org/workitem-wk62996
14. Bank of England, Breaking the tragedy of the horizon - climate change and financial stability - speech by Mark Carney
https://www.bankofengland.co.uk/speech/2015/breaking-the-tragedy-of-the-horizon-climate-change-and-financial-stability
15. 国土交通省, 不動産分野の社会的課題に対応するESG投資促進検討会, 社会的インパクト不動産の実践ガイダンス, 2023
https://www.mlit.go.jp/tochi_fudousan_kensetsugyo/tochi_fudousan_kensetsugyo_tk5_000001_00005.html
執筆コンサルタントプロフィール
- 坂場 律和
- 企業財産本部 主席研究員