令和6年台風第10号の特徴とその被害
- 自然災害
令和6年台風第10号(アジア名称:サンサン(Shanshan))は、2024年8月29日朝、鹿児島県薩摩川内市付近に上陸しました。上陸時の中心気圧は955hPa(速報値)でした。この台風により、全国各地での長期にわたる豪雨被害に加え、宮崎県では竜巻による被害が発生しました。本コラムではこの台風の特徴や、それによる被害の様相についてまとめます。なお、本コラムは9月4日時点の情報に基づきます。
1. 台風10号の概要
(1)概況
台風10号は、8月22日にマリアナ諸島で発生、熱帯の海上を日本南海へ接近しながら発達し、27日午前9時には奄美市の東の海上で「非常に強い」台風となりました。その後も勢力を維持しながら北上し、29日午前8時頃に「強い」勢力で薩摩川内市付近に上陸。その後、毎時15kmという非常にゆっくりとした速度で九州・四国地方を横断した後、9月1日正午に東海道沖で熱帯低気圧に変わりました(図 1)。
(2)風の状況
鹿児島県枕崎市で最大瞬間風速51.5m/s、屋久島で46.8m/sを観測するなど、鹿児島県を中心に暴風に見舞われました(図 1)。また、宮崎において竜巻が複数発生しました。気象庁の調査によると、竜巻による風速は約65m/sと推定され、日本版改良藤田スケール1ではJEF2(木造住宅の壁や屋根構造が損壊するレベル)に該当するものでした。
(3)雨の状況
台風が通過した九州・四国地方のみならず、台風から離れた関東地方においても豪雨が発生しました。8月27日から9月2日の期間における累積降水量を図 2に示します。九州地方から関東地方にかけては7日間で400mm以上の降水に見舞われ、宮崎県えびの高原では911mm、神門で983mm、静岡県天城山で983mmと、1,000mm近い大雨となりました。
2. 被害の状況
(1)住家被害の状況
消防庁による9月4日午前9時時点の被害状況を図 3に示します。全国で住家の全半壊30棟、一部損壊1,069棟、床上・床下浸水1,280棟が生じました。竜巻が発生した宮崎県で損壊被害が多数発生し、大雨に見舞われた静岡県を中心に浸水被害が多数発生しました。
(2)インフラの被害状況
表 1に示すように、各種インフラにも被害が生じました。特に、台風の進行速度が非常に遅かったこともあり、東海道新幹線は8月30日から9月1日までの3日間にわたり計画運休となりました。
表1 ライフライン・インフラ等の被害状況(8月27日~9月1日の最大ケース)(内閣府3) |
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種類 | 被害概要(最大時点) |
水道 | 九州の14事業者において919戸が断水(8月30日7:00時点) |
電力 | 九州電力管内を中心に、全国で約283,679戸が停電(8月29日11:00時点) |
ガス | LPガスについて、宮崎県において一部充填所での停電、一部販売店の車両等損壊あり (8月31日9:00時点) |
道路 |
高速道路:4路線 5区間が被災による通行止め (8月31日8:00時点) |
鉄道 |
新幹線:3事業者 4路線が運転見合わせ (8月30日5:30時点) |
航空 |
欠航836便(8月29日)、878便(8月30日) (8月31日7:30時点) |
3. 現地調査
弊社では8月31日から9月1日にかけて、竜巻に見舞われた宮崎県宮崎市・西都市、および台風による強風に見舞われた鹿児島県枕崎市・南さつま市を調査しました。そこでみられた被害の様相についてまとめます。
(1)宮崎県
宮崎市では宮崎空港の北から南宮崎駅、さらには大淀川の北岸にかけて、南東から北西へほぼ直線状に竜巻により被災した建物が並んでいました。また、宮崎市佐土原町や西都市ではそれぞれ別の竜巻により数軒の建物に被害がみられました。被害は竜巻が通過したと考えられる経路周辺に集中しており、1ブロック離れた建物は、ほとんど無被害である様子が目を引きました。また、被災地域でも隣接する建物同士で被害の有無が分かれた例がみられ、築年や建て方の違いが影響したものと推察されます。
最も被害の大きい例としては、工場の壁と屋根の大部分がはがれてしまっている様子が見受けられました(写真 1)。工場被害では、他にシャッターが破損した例(写真 2)や、飛散物によって壁面に穴が開いた例がみられ(写真 3)、倉庫などにおいても同様の被害が見受けられました(写真 4)。
住宅では、工場と同様に壁や屋根がはがれた様子のほか、屋根瓦の落下(写真 5)や飛散物による窓や壁面の被害(写真 6)、カーポートの飛散などがみられましたが、被災した建物に住まわれている方のお話では、竜巻には気がつかなかったとのことでした。このほかにも飛散物(写真 7)や倒された道路標識(写真 8)がいたるところにみられましたが、その方向は定まっておらず、ここから当時の風向きを推測することは困難でした。
(2) 鹿児島県
枕崎市では台風による強風で、宮崎市と同様に、工場などの壁や屋根が飛散したり(写真 9・写真 10)、住宅の屋根瓦が落下したり(写真 11)といった被害が散見され、被災した建物には築古のものが目立ちました。一方、被災の程度は宮崎市と比べると軽微なものが多く、軒数としては無被害の建物の方が多いようでした。
南さつま市の沿岸部は入り江となっていることから風速が抑えられた影響か、屋根瓦が一部落下した建物が数軒見られる程度でした。吹上浜の南西に位置する太陽光発電設備では、がけ崩れや風圧によってソーラーパネルが傾いたり、めくれ上がったりしている様子がみられました(写真 12)。また、調査時(9月1日)には停電はほとんど復旧していましたが、電力会社の作業車をいたるところで見かけました。
4. 台風の特徴
台風10号には、通常の台風と異なる特徴が数多くみられました。それぞれの特徴と、それらに対して温暖化が影響している可能性について考察します。
(1)最強クラスの勢力
台風10号は8月25日午後9時時点で、中心気圧980hPaであったのが、その後急発達し、8月28日午前8時には屋久島近海で935hPaに達しました。そのまま九州に上陸ということになれば、上陸時の中心気圧が歴代4位タイという最強クラスの台風になると危惧されました。しかし実際は、海水温の低下などによってその後やや弱まり、上陸時(8月29日午前8時)の中心気圧は955hPaとなりました。
(2)複雑な経路
台風10号の予想経路は、8月22日時点では南海上から紀伊半島へ上陸し、東寄りに曲がっていくといった典型的なものでした。その後、日に日に経路が西寄りに移動し、実際は九州の西側からの上陸になりました。また、上陸後の進行も遅く、九州を抜けて四国に上陸し、太平洋へ出て停滞した後さらに北上するといった複雑な経路を取りました。
この要因は複数あったと考えられます(図 4)。具体的には、①台風の西側に寒冷渦と呼ばれる寒気を伴った低気圧の渦があり、これが予想よりも強かったこと、②太平洋高気圧も当初予想よりも強かったこと、③大陸上にも高気圧が張り出していたこと、④ジェット気流(偏西風)が通常より北側を通っていたため、台風がこれに乗れなかったことなどが挙げられます。
(3)離れた地方での豪雨
前述の通り、台風は非常に長い時間九州、四国周辺にあり、このため、東海から関東南岸の太平洋側には海から陸へ長時間大気が流入する状態になりました。台風と太平洋高気圧に挟まれた南海上では、クラウドクラスターと呼ばれる活動の激しい雲の塊が多数生成されており、これが次々と日本南岸に流入したため、台風の近くのみならず、遠隔地でも豪雨が多発しました。
(4)竜巻の発生
宮崎県の平野部で、8月28日から29日にかけて、同時多発的に竜巻が発生しました。竜巻は台風に伴って発生するケースが全体の2割を占め、また台風の北東側で発生しやすいという統計データもあります4。ちょうど、竜巻が発生した日時は台風が鹿児島県に上陸した頃に相当し、竜巻発生位置は台風中心からみて北東にあたっていました。
(5)気候変動の影響
さて、これらの台風10号の特徴には気候変動の影響があるのでしょうか? 詳細はイベントアトリビューションとよばれる、個々の事象に対する気候変動の影響を調べる研究を待つ必要があります。ただ、状況的には気候変動影響研究で言われている内容と整合的な傾向が示されています。
「気候変動に関する政府間パネル第六次報告書」5 では、日本周辺を含む北西太平洋の台風は気候変動によって強いものの割合が増加し、最強となる緯度が高緯度側へ移動することや、世界的に熱帯低気圧の移動速度が低下すること、ジェット気流が極寄りになることが示唆されています。また、気候変動そのものが進展している証拠として、2024年8月までの年平均気温は歴史上最高を更新6 し、日本付近の海面水温も平年よりも高温のエリアが広がっています7。これらの状況から、台風10号には全く気候変動の影響がない、という研究結果にはならないことが推測されます。
なお、英国の研究室では、「台風10号は気候変動の影響で、強度が7.5%増し、26%発生しやすくなっていた」という速報を出しています8。注意が必要なのは、こうした研究での比較対象は「現在」でなく、「産業革命(18世紀半ば)以前」であることや、我々が「通常状態」と考えている20世紀後半から21世紀初頭の状態からの変化ではないことです。また、あくまで速報的なもので研究論文ではないことにもご留意ください。
5. まとめ
本コラムでは、台風10号とそれによる被害の様相を現地調査も踏まえてまとめるとともに、台風自体やそれに付随する事象の特徴について考察しました。
台風の進路や竜巻・豪雨の発生箇所は、風の局地的な吹き方によるため、それらを完全に予測することは困難です。発生当初の予測を大きく外れる進路をとったり、台風から離れた箇所で豪雨になったりといった特異な現象は、むしろ今回のような強風や豪雨が、全国どこでも起こり得ることを表しているといえます。一方、被害の様相は令和元年房総半島台風など、近年の台風でもみられたものでした9。企業においては、台風などによる強風や豪雨にはいずれ見舞われるとの認識のもと、平時からの備えを改めて確認、補完していくことが求められます。
1 気象庁「日本版改良藤田(JEF)スケールとは」
2 消防庁「令和6年台風第10号による被害及び消防機関等の対応状況」(第18報)
3 内閣府「令和6年台風第10号による被害状況等について」(令和6年8月28日8:00現在~令和6年9月4日9:00現在)
4 小林ら「最近10年間のわが国における竜巻の統計的特徴」日本風工学会誌 第32巻第2号 pp.155-156(2007)
5 The Intergovernmental Panel on Climate Change, Sixth Assessment Report
6 Copernicus, Copernicus: Summer 2024 – Hottest on record globally and for Europe
7 気象庁「日本近海の海面水温」(2024年8月30日発表)
8 Grantham Institute, Typhoon Shanshan IRIS attribution analysis
9 リスクマネジメント最前線「令和元年台風15号の特徴とその被害」
執筆コンサルタントプロフィール
- 篠原瑞生 主席研究員 大垣内るみ 上級主任研究員 安嶋大稀 主任研究員
- 企業財産本部