温暖化で増加する熱波による世界各地での被害 ~ 熱波に関連する事業リスク
- 環境
2024/8/20
2023年7月、アメリカ南西部やメキシコ、ヨーロッパ南部、中国など、北半球のいくつかの地域で熱波が発生し、多くの気象観測所で史上最高気温の記録が更新されました。過去の気候予測やIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書でも予想されていた通り、今日こうした現象は珍しいものではなくなっており、北アメリカ、ヨーロッパ、中国では、人間活動による温暖化の結果、ここ数年、熱波の発生頻度が高まっています。近年の熱波は、現在気候下においても、アメリカ・メキシコ地域では約15年に1回、南ヨーロッパでは10年に1回、中国では5年に1回の頻度で発生すると予想されています※1。
■ 熱波による影響
熱波とは、通常予想される気温よりも異常に高い気温が長期間続くことであり、数日から数週間に亘ることがあります。国や地域を問わず、気象関連の重要な死亡原因となっており、世界的に見て1950年代以降に観測された熱波の頻度と強度の増加は、気候変動との関連が見られます。熱波は、低湿度における干ばつの悪化や、高湿度における熱中症などの熱関連ストレスによる健康被害の悪化によって特徴づけられます※2。
熱波に関連する事業リスクは多岐に亘るため、中でも代表的なものを以下に記します。
・ 夏季に高湿度の場合、熱中症の増加による労働災害の増加や生産性の低下
・ 夏季に低湿度の場合、森林火災や干ばつの増加による罹災や操業率の低下
・ 冷房用の電力需要増に伴う電力使用制限による工場の操業率の低下や操業停止
・ 精密工作機器や材料の熱膨張による生産効率や製品精度の低下
・ 原材料(農作物)の価格高騰や調達困難
■ 熱波による近年の被害
熱波は最も致命的な自然災害の一つで、毎年何千人もの人々が熱に関連した原因で亡くなっています。しかし、熱波の影響の全容は、死亡証明書が集められるか、科学者が超過死亡を分析できるまで、数週間または数か月後にしかわかりません。また、多くの場所では、熱に関連した死亡の記録が適切に保管されていないため、現在入手可能な熱波による世界の死亡者数は過小評価されている可能性があります※1。
以下は近年報告された熱波による被害の例です。
・ 2022年
ヨーロッパで記録された中で最も暑い夏となり、一連の激しい熱波を特徴として、高気温、干ばつ、火災などの極端な状況がもたらされた。欧州統計局(ユーロスタット)は2022年の夏の死亡率が異常に高かったと報告しており、熱波による超過死亡者数は6万人以上と推計された※3。
・ 2023年
アメリカ国内では数名が、メキシコでは200人以上が暑さのために死亡した。スペイン、イタリア、ギリシャ、キプロス、アルジェリア、中国でも暑さによる死亡が報告され、熱中症による入院が大幅に増加した。イタリアとスペインでは人口の大部分、アメリカ南部では1億人以上に対して暑さ警報(heat alert)が発表された。これらの3地域のすべてで電力需要が急増し、スペインのオリーブオイルや中国の綿花など、多くの重要な作物が悪影響を受けた※1。
■ 地域によって大きく異なる高気温日の将来増加予測
温暖化による世界的な平均気温の上昇が予測されていますが、熱波は夏季に高気温の日が連続して発生する事象であることから、その将来予測は地域によって大きく異なります。
表1は、IPCC Working Group 1 Interactive Atlasの日最高気温に関するCMIP6の予測データに基づいて弊社が作成したものです。日本の5都市において高気温(35℃以上、40℃以上)となる年間日数が、SSP1-2.6(世界平均気温が産業革命前と比べて21世紀末に1.8℃上昇するシナリオ)、SSP5-8.5(同4.4℃上昇するシナリオ)のそれぞれにつき、現在気候下、2050年、2090年の3時点で何日となるかを調査しました。東京、大阪、博多では日最高気温が35℃以上となる日数が増加傾向を示し、特にSSP5-8.5の2090年時点で年間30日以上となることが予測されています。一方で、前述の3都市に比べて低緯度に位置する那覇は、日最高気温が35℃以上となる日が出現しない予測となっている点が特徴的です。図1は東京と那覇の日最高気温の平年値(1991~2020年)を示しており、那覇は東京と比べて年間の日最高気温の変化の幅が小さく、熱波が問題となる年間の日最高気温についてはあまり差が無いことがわかります。図2は、同じ2都市の2023年の日最高気温を示しており、同年の7月から9月にかけて東京の日最高気温が、那覇のそれを上回る日が多かったことがわかります。温暖化の進行により、夏季に東京の日最高気温が那覇よりも高くなることは、温暖化による平均気温の上昇幅が緯度が高いほど大きい傾向にあること、および那覇が周囲を海に囲まれていることで海風により夏季の最高気温が上昇し難い環境にあることが主な理由です。これは、熱波によるリスクは、緯度の高低で単純に判断できないことを示す一例といえます。



表2は、表1と同様に、世界の都市における日最高気温の予測について調査した結果です。日本の都市と同様に、熱波の将来影響を評価する際は、所在地の緯度に拘わらず所在地ごとの調査が必要とされることがわかります。

■ 熱波による事業影響の評価
熱波による事業影響を評価する際は、前述した日最高気温という気温に関する情報に加え、湿度に関する情報が重要になります。例えば、夏季に湿潤な日本では、熱中症の増加を想定することが重要となりますが、海外の夏季に乾燥する地域については森林火災や干ばつなどによる影響の想定が重要となります。弊社コラム「気候変動はいよいよ文明社会未体験の世界へ。リスク管理の見直しを!」やレポート「熱波から従業員を守るために」を合わせてご参照ください。
温暖化の進行に伴い、今後も増加が見込まれる熱波による事業影響は多岐に亘ります。特にグローバル企業や原材料(農作物)調達を海外に依存している企業においては、熱波による事業影響を評価し適応策の検討を進めるとともに、想定される事業影響が大きい場合には、適切な気候関連情報開示が必要です。
○ 参考文献
※1 Zachariah, M; Philip, S; Pinto, I; Vahlberg, M; Singh, R; Arrighi, J; R; Barnes, C; Otto, FEL (2023). Extreme heat in North America, Europe and China in July 2023 made much more likely by climate change. DOI: https://doi.org/10.25561/105549
※2 Beugin, Dale, Dylan Clark, Sarah Miller, Ryan Ness, Ricardo Pelai, and Janna Wale. 2023. The case for adapting to extreme heat: Costs of the 2021 B.C. heat wave. Canadian Climate Institute. Ottawa, ON
※3 Ballester, J., Quijal-Zamorano, M., Méndez Turrubiates, R.F. et al. Heat-related mortality in Europe during the summer of 2022. Nat Med 29, 1857–1866 (2023). https://doi.org/10.1038/s41591-023-02419-z
執筆コンサルタントプロフィール
- 羽柴 利明
- 企業財産本部 主席研究員