関東大震災から100年~次の直下型地震に備えて~

  • 自然災害

リスクマネジメント最前線

2023/9/29

目次

  1. 関東大震災について
  2. 震災史と想定地震 ~複合災害の観点から~
  3. 次の大地震に備えて
  4. おわりに

関東大震災から100年~次の直下型地震に備えて~- リスクマネジメント最前線PDF

執筆コンサルタント

高橋 幸宏
企業財産本部 CATモデリングユニット 研究員
専門分野:地震工学

 

1923年9月1日、我が国の首都圏は激烈な揺れに襲われた。大正関東地震と呼ばれるこの地震は、揺れだけではなく、津波や土砂災害、火災などを引き起こした。これらの複合的な災害(複合災害)[1]は甚大な被害をもたらし、「関東大震災」と呼ばれることになった。2023年は関東大震災から 100年の節目にあたる。今一度この震災について整理し、将来発生する直下型地震に対する企業の備えを「複合災害」という観点から考えたい。 

1. 関東大震災について

本章では、関東大震災の概要(表1)について概説する[2]。地震による揺れに加えて、被害規模を大きくした原因である複合災害について示し、その被害の一例を記す。

表1 関東大震災の概要
発生時刻  1923年9月1日 午前11時58分
震源位置 神奈川県西部
震源域 相模トラフ沿いの広範囲(神奈川県~房総半島南部) 
地震規模(マグニチュード) 7.9
最大震度 震度7相当(現在の基準) 
津波 最大12m(静岡県熱海市)
三浦半島から伊豆半島東岸を中心に1m以上の津波が到来
土砂災害 関東南部を中心に土砂崩れや液状化などが発生 
火災  東京、横浜を中心に発生
当時の東京市では約34.7㎢が焼失[3]
死者・行方不明者数 約10万5000人(このうち9割弱の約9万2000人は火災が原因)
全潰[4]・全焼流出家屋数 約29万棟
経済被害額 約55億円(現在の紙幣価値で約30兆円)

出典:中央防災会議(2006)「1923関東大震災報告 第1編」、内閣府(2023)「令和5年版防災白書」、気象庁「『関東大震災から100年』特設サイト」

(1) 大正関東地震

大正関東地震の推定震度分布を図1に示す。大正関東地震は、相模トラフ(フィリピン海プレートと北アメリカプレートとの境界)沿いで発生した[5]。最大震度は現在の震度に換算して震度7相当であるとされ、震度5強以上の強い揺れが南関東を中心に広がっていた[6]。これ以降、東京都(島しょ部を除く)で震度6弱以上の地震は観測されたことがなく、2011年東北地方太平洋沖地震(以下、「東北地震」という)でも、東京都内で観測された最大震度は5強であった。このことからも、この大正関東地震のすさまじさが伺える。

では、なぜここまで大きな揺れとなったのであろうか。それは、この相模トラフ沿いで発生した地震は、東北地震と同様に海溝型地震でありながら、南関東の真下に震源域があり、直下型地震のような側面も持っていたためである[7]。つまり、非常に強いエネルギーを持った地震波が、その真上の軟弱地盤が広がる関東地方の人々・建物を襲ったのである。

図 1 1923 年大正関東地震の推定震度分布

図1 1923 年大正関東地震の推定震度分布
出典:諸井孝文・武村雅之(2002)「関東地震(1923年9月1日)による木造住家被害データの整理と震度分布の推定」、日本地震工学会論文集、Vol.2、No.3.

(2) 関東大震災で猛威を振るった複合災害

関東大震災では、地震による激震がほかの災害も誘発し、関東南部を中心に被害エリアの拡大や被害内容の深刻化を招いた。具体的には、地震と土砂災害や津波、火災による複合的な被害である。関東大震災ではどのような複合災害が発生したのか、以下に概説する。 

土砂災害

震源地に近い神奈川県を中心として多数の土砂崩れが発生した。特に、小田原市(当時、片浦村)の根府川地区は、岩屑なだれによって集落が埋没した(死者数:289人)。さらに、地すべりによって、同地区の鉄道駅や列車などが土砂に飲み込まれ、その一部は海まで押し流された。これらの被害による死者数は420人と推定されている。これだけの被害を出した一因として、地震前の降雨によって地盤が緩んでいた可能性が指摘されている[2]

土砂災害は、9月1日だけにとどまらなかった。地震発生から2週間後、関東地方に台風が接近した。神奈川県伊勢原市では、地震で緩んでいた土砂が台風の大雨により崩壊し、集落を襲った。ほかにも、この台風の大雨によって関東地方を中心とした計166箇所で土砂災害が発生し、死者数は1000人を超えた。 

津波

相模トラフ沿いが震源域であったため、近傍の陸地(三浦半島~伊豆半島東岸)では地震発生後 5~10 分程度で津波が襲来した。津波の高さは静岡県熱海市で 12m であった。しかし、1703 年元禄地震(震源:相模トラフ沿い、関東大震災の 220 年前)や 1854 年安政東海地震(震源:南海トラフ沿いの東海沖、関東大震災の 69 年前)による津波被害があった地域(伊豆半島の伊東市(当時、宇佐美村)と下田市)では、過去の経験・伝承[8]が活かされた結果、家屋の流出などはあったものの人的被害は最小限にとどまった。 

火災

関東大震災の全死者数(約10万5000人)のうち、9割弱(約9万2000人)が火災による死者であるとされている。火災は東京や横浜の市街地を焼き、多くの死者を出し、家屋や工場などを焼き払った。

火災が広まった原因としては、木造家屋が密集していたこと、地震の発生時間が昼食時であったことや、出火箇所の多さと水道の断水によってポンプを用いた近代的な消火活動が行えず、消防能力の限界を超えたことなどが挙げられる[9]。また、火災旋風や火災に起因する強風が発生[10]し、火災被害を深刻化させた。 

図 2 関東大震災における東京市の最終的な焼失地域と延焼範囲ならびに死者分布

図2 関東大震災における東京市の最終的な焼失地域と延焼範囲ならびに死者分布
出典:中央防災会議 災害教訓の継承に関する専門調査会(2011)「災害史に学ぶ 海溝型地震・津波編」

関東大震災の代表的な災害事例として、土砂災害、津波および火災の3つを挙げた。これら3つの災害が単独もしくは合わさり、被害を深刻化させていたことが伺える。また、地震前後の台風によって、被害が甚大化したことについても併記した。さらに地震後の台風は土砂災害だけではなく、河川氾濫も引き起こしており、被災地に大きな傷を残した。このように、地震とそれによって引き起こされる災害による複合災害、地震と台風による複合災害など、関東大震災では、想定しうる災害のなかでも特に「ワーストシナリオ」であったことがわかる。

表2 関東大震災と台風における代表的な災害

表 2 関東大震災と台風における代表的な災害

(3) 関東大震災がもたらした経済被害[11]

関東大震災による経済被害額の約55億円は、当時の国家予算の4倍弱にも上る。すなわち、関東大震災による経済被害は国家を揺るがすものであり、多くの企業にも致命傷を与えた。

震災当時、東京には多くの企業や工場が存在した。震災によって、多くの建物・設備が全壊・焼失・流出し、大規模な工場であっても再建されないケースや、企業自体が廃業となるケースも多かった。一方で、関東以外にも主要な拠点を持っている企業では、復旧・復興がスムーズに進んだケースもあった。例えば、拠点・資産が関西や東海などに分散していたことで、複数拠点の同時被害を免れることができた[12]。また、他地域の拠点から人や資材、機械などが東京の拠点に届くことで、復旧における大きな一歩となった。この事例から、拠点・資産を分散させておくことの重要性が伺える。また、商品を大阪で仕入れ、東京で販売することで利益をあげたケースや、需要に対応した企業形態の変化(例:営業内容が製造から修理へ変化)による企業の存続、自動車の普及をはじめとした新しい需要の創出・拡大なども関東大震災後に現れた。このように震災によって生まれた新たなビジネスチャンスを活かし、経済的な復旧・復興につながったケースもある。

2. 震災史と想定地震 ~複合災害の観点から~

(1) 関東大震災以降の震災史

日本は、関東大震災から現在までのわずか100年の間にも多くの震災に見舞われた。1995年兵庫県南部地震は、都市直下型の地震であり、液状化や火災などが同時多発的に起こった(災害名:阪神・淡路大震災)。

2011年東北地方太平洋沖地震は海溝型巨大地震であり、東日本を中心に大きな被害をもたらした(災害名:東日本大震災)。東北地方の沿岸部を中心とした高さ10m以上の大型津波の襲来、関東を含む東日本の広範囲で発生した液状化現象など、複合災害の様相を呈した。

このほかにも、2004年新潟県中越地震は地震と豪雪、2016年熊本地震は地震と豪雨による複合災害をもたらした。なお、地震以外に起因する複合災害の例としては、令和2年(2020年)7月豪雨(集中豪雨と新型コロナウイルスによる複合災害)が挙げられる。

(2) 想定地震~首都直下地震と海溝型地震~

内閣府や東京都は、首都およびその周辺で発生する地震を想定し、想定震度分布や被害想定内容を公表している。本節では、東京都が 2022年に公表した「首都直下地震等による東京の被害想定」(以下、「東京の被害想定」という)について示す。東京の被害想定では、以下の地震による被害が公表されている。

表3 東京の被害想定一覧[13]

内閣府や東京都は、首都およびその周辺で発生する地震を想定し、想定震度分布や被害想定内容を公表して いる。本節では、東京都が 2022 年に公表した「首都直下地震等による東京の被害想定」(以下、「東京の被害 想定」という)について示す。東京の被害想定では、以下の地震による被害が公表されている。

出典:東京都防災会議(2022年)「首都直下地震等による東京の被害想定」 

東京の被害想定では、地震による震度分布に加え、液状化危険度や地盤沈下、急傾斜地崩壊危険度、津波による浸水、家屋倒壊・焼失、停電・断水率など様々な被害想定内容が公表されている(図3)。さらに、100年前の関東大震災発生時より格段に高度となったライフラインや医療機能、保健衛生などの被害様相が地震発生から数日もしくは数週間程度のシナリオが想定されている。震災による企業活動への影響としては、本社機能の停止やサプライチェーンの寸断、経営体力の弱い企業の倒産などが挙げられており、国自体の国際競争力の低下についても言及がされている。これらの情報は企業が被害想定・防災対策を講じる際に役立てたい。

(a) 大正関東地震の液状化危険度分布 (b) 都心南部直下地震による断水率
図3 東京の被害想定における被害想定内容の例
(a) 大正関東地震の液状化危険度分布[14] (b) 都心南部直下地震による断水率

出典:東京都防災会議(2022年)「首都直下地震等による東京の被害想定」

(3) 地震と複合災害

東京の被害想定では、地震に対する3つの複合災害について記載がある。「浸水被害の拡大(高潮・河川氾濫)」「火山噴火」「感染症拡大」である。過去の震災においても、土砂災害や津波、火災、豪雪、大雨などによる複合災害が発生している。このように、一口に「震災」と言っても、その中身は複合的な災害であることがわかる。上記以外でも、東日本大震災では津波曝露による低体温症も見られた。また、近年の夏の暑さは災害級であると例えられるが、もし夏に災害が発生した場合には被災者の熱中症についても対策が求められる。震災後についても問題はある。避難所生活では、健康問題(例えば、低体温症や熱中症による健康状態の悪化)から災害関連死につながることもある[15]

さらに、令和2年7月豪雨や東京の被害想定の「感染症拡大」のような、その時代特有の複合災害も現れている。今後も災害によるリスクは多様化・複雑化していくことが考えられる。

一方、企業においても、独自の複合的なリスクが生じる可能性がある。ここで、東日本大震災における食品製造業を例にみてみる[16]。食品製造業では、自社工場およびサプライチェーンの被災やライフラインの途絶による供給網の停止によって、製造能力の低下・停止が発生した。さらに、東日本大震災では原子力発電所の事故によって、食料品への風評被害という問題も出現した。東日本大震災を通して、「調達先の分散」「拠点の分散」など「分散」の重要性と、緊急時における事業継続計画(BCP)の有効性が再度認識された。また、それと同時に既存のBCPの見直しと改訂の必要性に迫られた企業も少なくなかった。論文中[16] では震災時に同業他社間で情報共有がされていなかった反省から、企業の枠を超えた連携による復旧について提案されている。

- (4) 東京湾や相模湾での津波の特徴(寄稿:関東学院大学理工学部 福谷陽准教授)

首都直下では今後発生し得る様々なタイプの地震が想定されていますが、そのうち、「相模トラフ沿いのM8クラスの地震」の発生確率は30年以内にほぼ0%~6%[17]、同領域で発生するそれより少し規模の小さい「プレートの沈み込みに伴うM7程度の地震」の発生確率は30年以内に70%程度[17]と想定されており、M7程度の地震の発生確率が特に高いことが分かります。これらの発生確率は、過去に同様な領域で発生した大地震の発生間隔を基にした確率モデルを適用して見積もられています。

この「相模トラフ沿いのM8クラスの地震」に相当する最新の地震は、ちょうど100年前の1923年に発生した大正関東地震であり、死者・行方不明者が約10万5000人の大被害となりました。震源直下の相模湾の沿岸では最大12m(熱海)、房総半島西岸では9m(館山)の津波が沿岸に到達し、津波による被災者は200~300人に上ったと言われています[18][19]。震源域に近い熱海では地震発生後約5分という早さで大津波が到達しました。

相模トラフ沿いで地震が発生して津波が発生した場合、津波は相模湾や房総半島西部の沿岸に、早いところで数分という早さで到達するため、避難時間の猶予が殆どないことが特徴です。一方、三浦半島南部や房総半島南西部などでは、地震発生による地殻変動により、地盤が1.0m~2.0m程度隆起し[20]、この影響で津波による被害が比較的抑えられた地域もありました。また、東京湾は、湾の入口(浦賀水道)が狭く、水深が比較的浅いという地形的特徴により、津波のエネルギーが減衰しやすく、波高は高くても1.0m~2.0m程度でした。

2013年には、国の首都直下地震モデル検討会が、相模トラフ沿いで発生する最大クラスの海溝型地震(M8.7)とそれによる津波の想定を公表しました。これによると、相模湾沿岸で最大約15mの津波が地震発生後数分で到達し、甚大な被害が発生すると想定しています[21]。想定は厳しいものですが、沿岸の防潮堤などのハード整備に加えて、過去にこの地域に津波をもたらした1923年大正関東地震、1854年安政東海地震、1703年元禄地震等による災害の経験や知識を後世に語り継ぎ、備えることで、今後起きうる被害を最小限に抑えることができると考えられます。

3. 次の大地震に備えて

1章では、関東大震災は、地震や土砂崩れ、津波、火災、台風などの単独の被害が重なりあうことで、広域での甚大な被害へとつながったことを記した。2章では、過去の震災も複合災害であること、「猛暑」や「感染症」のような新たな複合災害の要因が出現していることを述べた。しかしながら、次の大災害に対する備えを考えた時、「地震は地震」、「洪水は洪水」とそれぞれ切り離されて考えられていることが多い。それでは、多様化・複雑化していく複合的な自然災害リスクに対して、今後企業はどのように向き合い、対策を講じる必要があるのだろうか。本章では、次の都市直下型の地震(もしくは大きな被害を与えうる様々な地震)に対する 3 つの備えについて提案したい。

(1) 備え1:自然災害リスクの認知

企業防災について考えるにあたり、自社が抱える自然災害リスクを正しく認知することは必須要件である。ここで、「正しく認知する」とは、「自然災害(例えば、地震とそれに起因する津波や土砂災害)が発生した際に、どのような被害が生じるのか把握し、そのリスクに対してどのような行動をとるべきなのかを想定する」ことを意味している。しかし、「自然災害リスクを認知しているが、リスクへの対処行動を取らない」という自然災害リスク認知のパラドックスの存在がいくつかの論文[22]で指摘されている。ここでは、備え1として「認知」方法について述べる。災害に対する「対処」方法と、企業において重要となる「事業継続」のための備えについては、次項の備え2で述べる。

自然災害リスクを認知するうえで最も身近なものは、国や地方自治体が公表するハザードマップであろう。例えば、国土交通省が運営する「ハザードマップポータル」[23]には「重ねるハザードマップ」と「わがまちハザードマップ」の2種類がある。前者では、「津波」や「洪水」、「土砂災害」などの情報を重ねて表示でき、複数の災害リスクをまとめて知ることができる。このため、複合災害について検討する際には、まずはこちらを利用されたい。後者では市町村が作成・公開しているハザードマップとリンクしており、様々な市町村のハザードマップへのアクセスがスムーズに行える。また、国立研究開発法人防災科学技術研究所は地震・津波ハザードステーション(J-SHIS・J-THIS)[23] を公表している。ここでは、日本全国の活断層で発生する地震や南海トラフ沿いで発生する大地震による津波など、地震・津波に関するハザード情報が網羅的に公表されており、各社が対処すべき地震・津波がどこの何であるのかが把握できる。これらの情報を見れば、自社が保有する様々な自然災害リスクを簡単に認知し、単独の災害シナリオだけではなく、複数の災害による複合的なワーストシナリオについて考えるきっかけになるであろう。そして、今後の災害シナリオの設定に際して、少なくとも地震と台風との複合災害については想定しておくことが望ましいであろう。

ここで、認知の範囲を自社の所在地だけに留めないでいただきたい。認知の範囲は、従業員の住居・通勤経路、そして自社の周辺地域や取引先などのステークホルダーにまで広げることが望ましい。企業が最も優先すべきことは、従業員自身(店舗を持つ企業の場合は、店舗に滞在する顧客)の安全である。一方で、災害時に取れる経済活動は従業員・自社の被災状況だけではなく、地域社会や取引先などのステークホルダーにも依存する。備え2の「対処」と「事業継続」の方法について検討するためにも、従業員・自社を中心とした幅広いリスク認知が重要となる。 

(2) 備え2:防災対策・BCPと事前復興

ここでは、自然災害に対処し、経済活動を継続するための備えについて記載する。代表的な備えとしては、防災対策(耐震補強や避難訓練など)と事業継続計画(BCP)の策定がある。これらについては、多くの企業がすでに実行していると思われる。また、これまでにも弊社レポートや書籍でこれらの内容に関して紹介している(本稿末にて紹介しているので参照されたい)。このため本項では、以下の重要な3つのプロセスについてのみ記載する。

    1. 複合的な自然災害リスクを認知し、自社にとってのワーストシナリオを設定
    2. 費用対効果を考慮して優先順位を決め、ハード・ソフト両面からのアプローチを実施
    3. 社会情勢や会社形態の変化などに合わせて適宜更新・再検討を実施

さらに備え2として、これまでの防災対策と BCP に加えて、震災後の将来を考えた「事前復興」を取り入れることを提案したい。ここでは事前復興を「被災後のスムーズかつ迅速な復興(新たな価値を創造すること)を目的とし、事前に復興ビジョンを定め、そのための準備を行うこと」と定義する。このため、本項での事前復興は BCP が定める「復旧(平時の状態に回復すること)」とは異なる点に注意されたい[24]。事前復興は一般的には行政における考えであるが、本項ではこの考えを企業にも応用させている。事前復興の具体的な例としては、以下 2 点が挙げられる。

    1. ①企業の将来計画(現領域の拡大・深化および新領域の創出、拠点更新や増築)を策定する際に防災計画
      (例えば、拠点の分散や移転、データのバックアップ、新設備導入のための金銭的な備え)の考慮
    2. ②地方自治体が掲げる事前復興計画に沿った取り組みの実施

特に①について検討する際には、企業自体の方針はもちろん、従業員とともに将来ビジョンを形成することが望ましい。また、事前復興はBCPと同様に、時間的にも精神的にも余裕のある平時に熟考し計画を立てることで、被災時の負担を減らし、被災時を意識した長期的な視点を持つことができることに価値がある。特に、複合災害では業務への長期的な影響が考えられるため、復旧・復興のスピードは被災前の目標設定と準備・行動に大きく依存する。

企業における事前復興の取り組みとしては、「生産拠点の太平洋沿岸以外(日本海側や内陸)への分散」や「物量拠点の増設」、「電源設備の高台移設」などがある。次に、行列の取り組み事例について紹介する。東北地方の三陸縦貫自動車道は津波を考慮して高台に建設されていたため、東日本大震災では津波被害を免れ、避難・復旧のための緊急道路として機能した[25]。企業・行政の取り組み例をいくつか挙げたが、これらの取り組みには莫大な費用を要することが多い。このため、企業は被災による損失や復旧・復興にかかる費用と事前復興にかかる費用とを比較しながら、長期的な計画として取り組む必要がある。

備え1で記した自然災害リスク認知のパラドックスでは、行動を促すことの難しさを指摘している。パラドックス解消には、備え1にあるように従業員一人一人がリスクを改めて認知したうえで、備え2の防災対策と定期的な防災活動/訓練による判断能力の向上、災害を意識した将来計画によって、会社全体に防災を浸透させる必要がある。

(3) 備え3:互助復興

最後に、「互助復興」[26]という視点を提案したい。これは企業自体の復興ではなく、地域社会を中心としたステークホルダーとともに復旧・復興を目指すという考えである。代表的な行動としてはボランティア活動であるが、ステークホルダーとともに復興するビジョンを持つというものであり、備え2の事前復興に含まれる視点である。例えば、平時に被災時の互助活動について検討を進めておき、そのための備えを講じておくことが考えられる。

災害が激甚化するなかで、自助互助の防災意識の広がりがビジネスと掛け合わさり、新たな企業価値を創造する可能性がある。実際に、関東大震災では食品企業が被災者に商品を配ったことで、震災翌年の売り上げ・株価が大きく向上した例もある。また、震災後にその利便性が認知され需要が急増するケースもある。この動向を捉えるためにも、積極的にステークホルダーと関係を保つことが重要であろう。加えて、ボランティア活動によるポジティブなハロー効果[27]が、被災後の経済活動に対してプラスの影響を与えることも期待できる。現在、災害時には多くの企業が被災地への支援活動を行っている。企業の支援活動については、上記のような自社製品などの「物品提供」のほかにも、企業の本業による「人材・サービス・ノウハウの提供」や社員が参加する「企業人ボランティア活動」、義援金などの「資金の提供」などがある[28]。内閣府は、行政主導による被災地支援・対策のみでは激甚な災害に対処することが困難であるとしており、被災地と行政・ボランティアとが連携することの重要性や、平常時から連携体制を構築することの必要性などを強調している [28]。平常時からの連携は、被災時における迅速かつ的確なボランティア活動につながる。企業にはぜひとも「互助復興」という視点を持ち、行政や NPO を中心とした平常時からの連携について検討していただきたい。

(4) 3つの備えを講じるにあたり 

本章で提案した3つの備えは、地震(災害)に対する自社の備えだけにはとどまらず、結果として地域社会を含むステークホルダーの社会課題解決への貢献につながることが考えられる。このような側面からしても、これらの備えは気候変動や人権に対する活動と同様に非常に重要である。しかしながら、これらを企業単体で進めていくには難しいことも多いと思われる。その際には、ぜひ専門家に依頼することを検討していただきたい。そして、企業と専門家とが一丸となることで、現状とリスクを認知し、リスクを分析・評価することで必要な事項を判断することが可能となる。それらの結果を受けて、企業は適切なリスク対応について検討・実施することで、将来の災害に対して備えることができる。 

4. おわりに

100年前の1923年9月1日に関東大震災が発生した。この震災は、「地震と土砂災害と津波と火災と台風」といった複合的な災害が掛け合わさったことで、甚大な被害をもたらした。本稿では「複合災害」という観点から、関東大震災とその後の震災、また東京都の「首都直下地震等による東京の被害想定」について整理し、次の大地震に対する備えについて提言した。

関東大震災から100年が経った今でも災害による被害は収まることを知らない。むしろ、複合災害が社会に与える影響は、100年前よりも複雑化したといえる。この 100周年の年に、改めて複合的な自然災害リスクを認知し、事前・互助復興という視点を持って、防災に取り組んでいただきたい。本稿が、貴社における自然災害に対するリスクマネジメントへの意識を高める一助となれば幸いである。

付録

(1) 地震防災に関して記載がある過去のリスクマネジメント最前線

過去の地震による被害を知ることは防災を行う上で重要となるため、本稿と併せて以下の弊社レポート(2018年以降)も参照されたい。特に4番目の「東日本大震災から10年(今後の企業防災を考える)」については、防災の観点とBCPの観点から今後必要な対応について記載がされており、ぜひ参照していただきたい。 

  1. リスクマネジメント最前線 2018 No.6「2018年6月18日大阪府北部の地震について~都市直下型災害への備え~」
  2. リスクマネジメント最前線 2018 No.13「2018年9月6日北海道胆振東部地震について」
  3. リスクマネジメント最前線 2020 No.1「大規模地震発生時の帰宅困難者対策~従業員等の安全確保のために企業に求められること~」
  4. リスクマネジメント最前線 2021 No.2「東日本大震災から10年(今後の企業防災を考える)」
  5. リスクマネジメント最前線 2022 No.12「東京都「首都直下地震等による東京の被害想定」見直しの概要(令和4年5月25日公表)と、企業防災に与える影響」 

このほかにも、台風や大雨など自然災害に対するレポートを多く公表しており、必要に応じて参照いただきたい。

(2) 事業継続に関する書籍

弊社が著者である書籍の中には、下記の2冊をはじめ、事業継続に関する書籍が複数ある。これらの書籍についても、必要に応じて参照いただければ幸いである。なお、1番目の「東京海上リスクコンサルティング」は弊社の旧社名である。 

  1. 東京海上日動リスクコンサルティング(2018)「実践 事業継続マネジメント(第4版)」
  2. 東京海上ディーアール(2022)「これだけは知っておきたい リスクマネジメントと危機管理ガイドブック」

参考情報

執筆コンサルタント

高橋 幸宏
企業財産本部 CAT モデリングユニット 研究員
専門分野:地震工学

脚注

[1] 本稿では、複合災害を次の2つで定義している。①地震を起因にする津波のような 2 次災害、②地震と台風のような、異なる現象が組み合わさった災害。
[2] 本章では基本的に以下の3つの文献を参考としている。中央防災会議(2006)「1923関東大震災報告 第1編」、中央防災会議 災害教訓の継承に関する専門調査会(2011)「災害史に学ぶ 海溝型地震・津波編」、内閣府(2023)「令和5年版防災白書」
[3] 現在の東京都葛飾区の面積が約34.8km2であり、関東大震災では広大な範囲が火災に見舞われたことがわかる。
[4] 関東大震災における木造住家の被害形態が「壊れる」よりも「潰れる」であったとされている。「全潰」という表現は中央防災会議(2006)「1923関東大震災報告 第1編」に即している。
[5] 相模トラフでは、1703年にも大地震(元禄地震:マグニチュード(M)7.9~8.2)が発生しており、関東大震災と同様に津波被害を含む大震災となった。それ以前にも1495年の明応地震をはじめ、相模トラフは180年~590年程度の間隔でM8クラスの地震が発生している。
[6] 気象庁「気象庁震度階級関連解説表」
[7] 地震の揺れは、基本的に以下の3要素によって支配されている。
・震源特性:地震を引き起こす断層に関する要素。特に、地震の規模感を表すマグニチュードが大きいほど、地震波として放出されるエネルギーの総量も大きくなる。
・伝播経路特性:断層から放出された地震波が、地上に到達するまでの経路に関する要素。断層からの距離が近いほど、揺れが大きくなる。
・サイト特性:地震波の強さに影響を与える硬い岩盤から地上までの堆積層に関する要素。埋め立て地などの柔らかな地面では揺れが大きくなる。
[8] 過去の津波被害の教訓から、住民同士が声を掛け合い、高台や山などに逃げたとされている。(出典:中央防災会議(2006)「1923関東大震災報告 第1編」)
[9] 鈴木淳(2019)「戦前東京の消防 町火消から警防団まで」、地域防災、No.25.
[10] 藤部文昭(2018)「関東大震災と東京空襲の火災に伴う中央気象台の高温と強風」、天気、Vol.65、No.5.この論文では、火災と火災によって生じた風との複合的な作用による被害の深刻化を指摘している。
[11] 内閣府(2009)「災害教訓の継承に関する専門調査会報告書(1923年関東大震災第3編)」、今泉飛鳥(2014)
「関東大震災後の東京における産業復興の起点 ―人口と労働需要の動向に着目して―」、社会科学論文集、No.142.
[12] 当時は現在よりも東京(首都圏)一極集中が少なかった。相対的に関西、東海圏の経済力、人的資源力が大きかったことも復興余力があることにつながっている。
[13] 表中の直下地震における地震発生確率「今後30年以内70%」は、南関東地域を震源とする地震(M7クラス)に対して評価されたものであり、表中の直下地震のいずれかが70%の確率で発生するという意味ではない。
[14] 凡例の PL(液状化指標値)と液状化危険度との対応関係は以下の通りである。PL=0:危険度は極めて低い、0<PL≦5:低い、5<PL≦15:やや高い、15<PL:高い。
[15] 建物倒壊による圧死など、災害によって直接的な原因で亡くなることを「直接死」と呼び、被災後の心身の健康状態の悪化による病死や自死など、間接的な原因で亡くなることを「災害関連死」と呼ぶ。2016年熊本地震では、直接死(50人)よりも、災害関連死(218人)のほうが多かった(出典:熊本県「熊本災害デジタルアーカイブ」)。災害関連死は地震だけではなく、風水害でも問題となっている(風水害の災害関連死に関する参考文献:山田忠ら(2021)「2015年から2019年の風水害における災害関連死の特徴-新聞記事をもとに-」、九州産業大学建築都市工学部研究報告、Vol.4.)。
[16] 鎌田譲(2014)「東日本大震災における食品製造業の被害状況と復旧対応 ?専門紙からみた被災実態・被災への対応と操業停止期間の計量分析-」、農林水産政策研究、No.22.
[17] 政府地震調査研究推進本部:相模トラフ沿いの地震活動の長期評価(第二版)について、https://www.jishin.go.jp/main/chousa/kaikou_pdf/sagami_2.pdf
[18] 内閣府防災:災害教訓の継承に関する専門調査会報告書、第一編発災とメカニズム第3章地変と津波第3節津波、
https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1923_kanto_daishinsai/pdf/1923--kantoDAISHINSAI-1_06_chap3.pdf
[19] 内閣府防災:1923(大正12)年関東大震災-揺れと津波による被害、広報 ぼうさい、No.39、
https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/pdf/kouhou039_20-21.pdf
[20] 行谷佑一・佐竹健治・宍倉正展:南関東沿岸の地殻上下変動から推定した1703年元禄関東地震と 1923 年大正関東地震の断層モデル、https://www.gsj.jp/data/actfault-eq/h22seika/pdf/namegaya.pdf 
[21] 首都直下地震モデル検討会:首都のM7クラスの地震及び相模トラフ沿いのM8クラスの地震等の震源断層モデルと震度分布・津波高等に関する報告書
[22] 例えば、次の3編の論文に関連する記載がある。Gisela, W. et al. (2013) “The risk perception paradox ?Implications for governance and communication of natural hazards.” Risk Analysis, Vol. 33, No. 6.諫川輝之ら(2012)「津波発生時における沿岸地域住民の行動-千葉県御宿町における東北地方太平洋沖地震前後のアンケ
ート調査から-」、日本建築学会計画系論文集、Vol. 77、No. 681.柿本竜治ら(2017)「自然災害リスク認知のパラドックス解消に向けた減災行動の地域性の検証」、土木学会論文集D3 (土木計画学)、Vol. 73、No. 5. 
[23] 本稿で挙げたハザード情報のURLを以下に記す。
・国土交通省「ハザードマップ」:https://disaportal.gsi.go.jp/
・国立研究開発法人防災科学技術研究所「J-SHIS」:https://www.j-shis.bosai.go.jp/map/
・国立研究開発法人防災科学技術研究所「J-THIS」:https://www.j-this.bosai.go.jp/map/2020
[24] 事前復興の定義は様々あり、事前復興にBCPを含めるという考え方もある。なお、本項では防災対策を「発生時の被害を減らす」「被災状態から平常状態へ復旧するための準備」と定義し、事前復興を「被災を回避する」「平時から企業(もしくは地域社会)の将来計画/目標に沿った上での実践する対策」と定義している。
[25] 国土交通省(2012)「東日本大震災の記録―国土交通省の災害対応―」
[26] 互助復興は本稿の造語である。互助とは、「インフォーマルな相互扶助。例えば、近隣の助け合いやボランティア等。」とされている。(鍵括弧内「」の引用元:地域包括ケア研究会(2013)「地域包括ケア研究会 報告書~今後の検討のための論点整理~」)
[27] 認知バイアスのひとつで、評価対象の特徴的な印象が、ほかの評価項目にも影響を与える心理的効果。好感度の高いタレントを採用した広告の商品が好印象であることや、権威のある人物の発言をありがたがることも、ハロー効果によるものである。
[28] 内閣府(2018)「防災におけるNPO・ボランティア等との連携・協働ガイドブック」、内閣府(2020)「多様な被災者支援主体の連携体制の構築・強化ガイドライン(案)」

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関東大震災から100年~次の直下型地震に備えて~PDF

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