軽視されやすい「やせ」の不健康 チルゼパチド(マンジャロ)濫用問題

  • 人的資本・健康経営・人事労務

コラム

2026/7/31

1.はじめに

糖尿病治療薬である「マンジャロ」のダイエット目的での濫用が問題となっています。マンジャロの有効成分「チルゼパチド」は肥満症への処方も認められていますが、その適応対象はBMIの高い(最低でも27以上の)人に限られています。ところが、現在マンジャロは自由診療を通じて適応外の人々、中でも「とにかくやせたい」と願う適正体重あるいはやせの人への処方が広がっているのが実態です[1]。本コラムではチルゼパチド濫用の実態を整理し、保険者・企業が健康経営を主導するにあたっての注意点について論じます。

※本コラムは一般的な情報提供を目的としています。個別の治療・投薬に関しては、必ず医師や薬剤師等の専門家にご相談ください。

2.チルゼパチドとはどのような薬なのか
GIPGLP-1の作用

チルゼパチドはGIP(グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド)/GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)受容体作動薬の一種です。この薬はGIPおよびGLP-1というホルモンとよく似た働きをします。

通常、GIPGLP-1は食べ物の栄養素が吸収される際、主に小腸の細胞から分泌されます[]。消化吸収が行われている最中、これらホルモンの分泌が起こると、臓器はそれぞれ以下のような反応をします。

◆ 胃:排出を抑制して小腸への食べ物の移動を減らす
◆ 膵臓:血糖値を下げるインスリンを分泌しやすくなる
◆ 脳:満腹感を生じさせることで食欲を抑制する

GIPとGLP-1は小腸などから分泌され全身に作用します。しかし、これらは体内のDPP-4(ジペプチジルペプチダーゼ4)という酵素により数分以内に分解されるため、作用が長く続くことはありません。

図. GIPとGLP-1の分泌部位

チルゼパチドの特徴と効果

GIPGLP-1両方と同じ効果を持ちつつ、DPP-4による分解を受けにくい構造となるように人工的に合成された物質がチルゼパチドです[2]。チルゼパチドを投与すると、本来は数分以内に分解されるはずのGIPGLP-1と同じ作用をする物質を長時間体内に留めておくことができます。週1回の注射で、食後に分泌されるホルモンが作用している状態を持続させることができ、結果として食欲抑制・食事量の減少につながります。

この作用は血糖を下げることに役立ちます。日本人の2型糖尿病患者に週1回チルゼパチド15 mgを投与した試験では、52週でHbA1c(過去1~2ヵ月の血糖値の平均を反映する指標)の変化量が-2.8 %、体重が-10.7 kgと既存のGLP-1受容体作動薬よりも血糖改善、並びに体重減少の効果がみられています[3]。その後、この体重減少効果が注目されて行われた肥満症患者を対象とした臨床試験でも、高い体重減少効果が確認されました[4]

2026年6月現在、日本では2型糖尿病の治療薬として「マンジャロ」、肥満症の治療薬として「ゼップバウンド」が承認されています。この名前の違いは適応疾患の違いによるもので、有効成分はどちらも同じチルゼパチドとなっています[5][6][表]

表. マンジャロとゼップバウンドの比較
製品名 マンジャロ ゼップバウンド
一般名 チルゼパチド
適応症 2型糖尿病 肥満症
中等症以上の閉塞性睡眠時無呼吸症候群
承認時期 2022年9月 2024年12月
(肥満症)
2026年5月
(中等症以上の閉塞性睡眠時無呼吸症候群)

執筆者作成

チルゼパチドの肥満症に対する保険適応

ゼップバウンド(チルゼパチド)は肥満症の治療薬として承認された薬ですが、保険適応の条件は以下の通り設定されています[6]

◆ 高血圧・脂質異常症・2型糖尿病のいずれか

かつ

◆ 食事療法・運動療法をすでに行っていても効果がない

さらに

● BMI27以上であり、2つ以上の肥満に関連する健康障害がある
● BMI35以上

のいずれかを満たす

BMI35というと、身長160 cmの人なら体重89.6 kg、身長180 cmの人なら体重113.4 kgとなります。この体重の人であっても、処方の前には合併症や食事・運動療法の効果の確認が必要であり、単に「今すぐやせたい」という理由では処方されないことに注意が必要です。

3.チルゼパチドの使用実態と問題
SNSで広まるダイエット目的の使用

チルゼパチドは治療効果の証明された医薬品ですが、近年はダイエット目的での濫用が問題となっています。特に糖尿病治療薬として承認されたはずのマンジャロは「やせ薬」としての知名度が高く、SNSで「マンジャロ」と検索すると「体重45 kgからさらにやせるダイエットのためにマンジャロを使う」といった、適応外の使用をしている投稿が散見されます。マンジャロのダイエット目的の転売も問題となっており、20266月2日にはマンジャロを販売目的で保管や転売したとして、男女3人が医薬品医療機器法違反の疑いで書類送検されています[7]

こうした個人間の不正売買は当然違法ですが、医師が自由診療として適応外処方をすること自体は違法ではありません。美容・ダイエット等を目的とした処方を宣伝するクリニックも存在しています。

美容・ダイエット目的のチルゼパチドの処方は、オンライン診療のみで完結する場合もあります。このような診療では本来行うべき血液検査などの事前の検査もなく、副作用の説明も不十分になることがあります。

チルゼパチドには吐き気や嘔吐、下痢などの消化器症状が副作用として出ることが多く、頻度は少ないものの急性膵炎や胆嚢炎など重篤な症状が出ることもあります[5]。また、服薬を中断した場合に体重再増加が起こることも報告されています[8]

これらの副作用は2型糖尿病あるいは肥満症の患者に投与された場合に確認されたものであり、適応外の人が使用した場合の副作用は未知です。適応外使用の場合は重篤な副作用が出た際にも医薬品副作用被害救済制度の対象とならないという問題もあります。

こうした状況を受けて、2026616日、厚生労働省はマンジャロについて医療機関などに適正な使用を周知するように自治体に通知を出しています。同日の会見で上野賢一郎厚労相は「本来の目的以外で使用した場合、思わぬ健康被害が生じる可能性がある」と述べています[9]

4.健康を損なう「やせ志向」に対して保険者・企業はどう向き合うべきか
根付いてしまっているやせを推奨する文化

チルゼパチドが適応外処方される背景には、「やせている方が美しい」という認識が若い女性を中心に広く共有されていることがあります。2023年(令和5年)「国民健康・栄養調査」では20~30代女性のやせ(BMI < 18.5)の割合は近年20 %前後を推移しています [10]。これは先進国の中では日本が突出して高く、日本特有の問題です[11]。日本肥満学会では、統計的に最も病気になりにくいBMI22を適正値としています[12]。BMI22は身長155 cmなら体重52.9 kg、身長160 cmなら体重56.3 kgです。思ったより重いと感じた方も多いのではないでしょうか。2022年度に行われた「女性のやせのインターネット調査」では、回答者の39.8 %が理想BMIを18.5未満であると回答しました。やせを理想とする人のきっかけとしては「やせている方が同性の友人に称賛されるから」「やせている方が恋人、パートナー、好きな人に称賛されるから」という理由が多くなっています[13]。男女問わず「やせ」を推奨する言動を取りがちであることが、女性の理想体重に影響していることが分かります。

「やせ」の健康リスクと求められる健康経営施策

これからの健康経営には、やせの健康問題を軽視する認識を少しでも変えていくことが求められます。もちろん、肥満は数々の健康障害を引き起こします。しかし、低体重も短期的には月経異常[14]、筋肉量の低下[15]など、長期的には骨粗鬆症[16]、糖尿病[17]のリスクを高めます。日本において低出生体重児の割合が高いのも若い女性のやせが関連していると考えられています[18]

チルゼパチドの濫用はやせ問題の氷山の一角にすぎず、健康を度外視したやせが美の基準とされていることが問題の根本にあります。保険者・企業はそうした現状を把握し、従業員の健康を守るための施策を打つべきでしょう。具体的には、産業医や保健師がやせのリスクについて発信する、極端な食事制限が疑われる従業員に対して産業医・保健師が適切に関与できる体制を整えるなど、特定保健指導の対象とならない従業員の健康状態にも目を向けることが、企業の健康支援には必要です。健康経営施策を検討する際には、施策に偏りがないか今一度見直してみてはいかがでしょうか。

弊社では、健康経営に関するご支援を行っております。下記のリンクから詳細をご確認ください。

引用文献

[1] 糖尿病治療薬「マンジャロ」のダイエット目的使用が横行…吐き気や膵炎、重篤な副作用リスク : 読売新聞 https://www.yomiuri.co.jp/national/20260702-GYT1T00381/(cited 2026/07/03)
[2] Coskun, T., Sloop, K. W., Loghin, C., Alsina-Fernandez, J., Urva, S., Bokvist, K. B., ... & Haupt, A. (2018). LY3298176, a novel dual GIP and GLP-1 receptor agonist for the treatment of type 2 diabetes mellitus: from discovery to clinical proof of concept. Molecular metabolism, 18, 3-14.
[3] Inagaki, N., Takeuchi, M., Oura, T., Imaoka, T., & Seino, Y. (2022). Efficacy and safety of tirzepatide monotherapy compared with dulaglutide in Japanese patients with type 2 diabetes (SURPASS J-mono): a double-blind, multicentre, randomised, phase 3 trial. The Lancet Diabetes & Endocrinology, 10(9), 623-633.
[4] Jastreboff, A. M., Aronne, L. J., Ahmad, N. N., Wharton, S., Connery, L., Alves, B., ... & Stefanski, A. (2022). Tirzepatide once weekly for the treatment of obesity. New England Journal of Medicine, 387(3), 205-216.
[5] 日本イーライリリー株式会社. マンジャロ皮下注アテオス添付文書. 医薬品医療機器総合機構(PMDA). 2026年5月改訂.
[6] 日本イーライリリー株式会社. ゼップバウンド皮下注アテオス添付文書. 医薬品医療機器総合機構(PMDA). 2026年5月改訂.
[7] 「マンジャロ」を無許可で販売・保管か、大学生ら男女3人を異例の書類送検…「やせ薬」として広まる. 読売新聞 https://www.yomiuri.co.jp/national/20260602-GYT1T00075/(cited 2026/07/02)
[8] Aronne, L. J., Sattar, N., Horn, D. B., Bays, H. E., Wharton, S., Lin, W. Y., ... & Murphy, M. A. (2024). Continued treatment with tirzepatide for maintenance of weight reduction in adults with obesity: the SURMOUNT-4 randomized clinical trial. Jama, 331(1), 38-48.
[9] 上野大臣会見概要 令和8年6月16日(火)8:58~9:13 省内会見室. 厚生労働省. https://www.mhlw.go.jp/stf/kaiken/daijin/0000194708_00939.html (cited 2026/07/02)
[10] 令和5年「国民健康・栄養調査」. 厚生労働省. https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_45540.html (cited 2026/07/02)
[11] World Health Organization The global health observatory. https://www.who.int/data/gho/data/indicators/indicator-details/GHO/prevalence-of-underweight-among-adults-bmi-18-(crude-estimate)-(-) (cited 2026/07/02)
[12] 日本肥満学会.肥満症診療ガイドライン2022.ライフサイエンス出版,2022
[13] 予防・健康づくりに関する大規模実証事業(令和2~4年度) 女性のやせのインターネット調査 (結果概要). 厚生労働省. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000120172_00015.html (cited 2026/07/02)
[14] Huhmann, K. (2020). Menses requires energy: a review of how disordered eating, excessive exercise, and high stress lead to menstrual irregularities. Clinical therapeutics, 42(3), 401-407.
[15] 今井祐子, & 久保晃. (2019). 若年女性における体組成と栄養状態の関係. 理学療法科学, 34(2), 259-263.
[16] Tanaka, S., Kuroda, T., Saito, M., & Shiraki, M. (2013). Overweight/obesity and underweight are both risk factors for osteoporotic fractures at different sites in Japanese postmenopausal women. Osteoporosis International, 24(1), 69-76.
[17] Tatsumi, Y., Ohno, Y., Morimoto, A., Nishigaki, Y., Maejima, F., Mizuno, S., & Watanabe, S. (2012). U-shaped relationship between body mass index and incidence of diabetes. Diabetology international, 3(2), 92-98.
[18] Nakanishi, K., Saijo, Y., Yoshioka, E., Sato, Y., Kato, Y., Nagaya, K., ... & Kishi, R. (2022). Severity of low pre-pregnancy body mass index and perinatal outcomes: the Japan Environment and Children’s Study. BMC Pregnancy and Childbirth, 22(1), 121.

参考文献

  稲垣暢也. (2023). 4) GLP-1 受容体作動薬の最前線. 日本内科学会雑誌, 112(9), 1613-1618.
  須田里佳, & 馬場園哲也. (2024). (2) 生理活性物質としてのインクレチンから糖尿病治療薬としてのインクレチン関連薬の開発. 東京女子医科大学雑誌, 94(2), 27-34.
  長島由佳. (2023). 日本における若年女性のやせに関する諸問題. 慶應保健研究, 41(1), 071-076.
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執筆コンサルタントプロフィール

鈴木 結子
ビジネスリスク本部 研究員

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