企業に求められる気候移行計画:開示要求の動向とフレームワークの整理
- サステナビリティ
2026/2/27
気候移行計画(Climate Transition Plan)(以下、「移行計画」といいます)とは、2050年ネットゼロ等中長期的な気候関連目標の達成に向けた企業の取組戦略を示すものです。ただし、単に気候変動にフォーカスした取り組みの計画というだけでなく、企業の事業戦略や財務戦略等との整合が求められる点が特徴です。
近年ではこの移行計画の策定と開示が企業に要請される度合いが強まっており、それに伴い、策定・開示に際して参照できるフレームワーク、ガイダンスや開示要請事項を示すその他の文書(以下、まとめて「フレームワーク」といいます)が金融系イニシアティブや官民共同組織、ESG評価機関等によって多数公開されています。
本コラムでは、これらのフレームワークをご紹介するとともに、その背景として移行計画の策定や開示がなぜ・どのように要請されているのかについてご紹介します。
1.移行計画をめぐる経緯と現状
1-1. なぜ移行計画が求められるのか
2017年に気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)によって気候関連情報の開示枠組みが公表された後、多くの企業が気候関連の中長期目標を策定・開示するようになってきました。しかし、投資家・金融機関からみると、開示された目標が本当に実現可能で信頼できるコミットメントとなっているのかを判断することは容易ではありません。もちろん、TCFDの枠組みでは戦略やガバナンス等の関連情報も開示されますが、これらの情報と目標達成とのつながりは必ずしも明示されておらず、目標の実現可能性を判断するには十分ではありませんでした。
そのため、目標達成に向けた信頼できる経路・戦略を示す一連の体系的な情報として「移行計画」の開示が求められているといえます。
1-2. 移行計画の策定・開示要請の現状
こうした状況を受けて、様々な制度や基準において移行計画の策定や開示が企業に要請されるようになってきました。
例えば、日本のサステナビリティ開示基準(SSBJ基準)およびその大元であるIFRSサステナビリティ開示基準(ISSB基準)において移行計画の開示が求められています。また、企業等の環境に関する情報開示を評価しているCDPにおいても2024年度からは移行計画を策定済みまたは策定の予定があることが一定以上の評価を獲得する要件となっています。ただし、SSBJ基準、IFRS基準、およびCDPのいずれにおいても移行計画の具体的な構成要素は明示されていません。そのため、何をもって「移行計画」と見なすかについては企業の判断に委ねられています。
一方で、移行計画に要求する事項を明らかにしたうえで、提出や開示を求めるケースも見受けられます。科学に基づく目標設定(SBT)では、現行のネットゼロ基準においても既に移行計画の開示が「推奨」されていますが、2027年度より適用開始予定の改訂版ネットゼロ基準案においては、SBT認証の取得に際してカテゴリーA企業(主に大企業)には移行計画の策定が義務付けられる見通しです。具体的には「化石燃料を段階的に廃止する方法の説明」や「計画に要するコスト試算と資金調達方法に関する説明」等の項目を含めることが挙げられ、対象企業はこれらの要素を含む移行計画を5年ごとに見直すことが求められます。
また、日本の排出量取引制度であるGX-ETSでは、2026年4月から始まるフェーズ2において、参加対象企業に移行計画の提出を求める見通しとなっていま
す 。具体的には、「排出量の目標・実績」、「設備投資の計画・実績」等に加えて、場合によっては「研究開発への投資状況」を記載した移行計画の提出が毎年度要求されることとなります。
2.移行計画に関する開示要請事項を含むフレームワーク
移行計画に特化した事業会社向けのフレームワークは、2022年ごろから多数公開・アップデートされてきています。公開されている主要なフレームワークとそれぞれの概要をまとめると次のとおりです。
| フレームワークの基本情報 | 概要 | |||
| 名称 | 発行主体 | 発行年 | ||
| Expectations for Real-economy Transition Plans | Glasgow Financial Alliance for Net Zero(GFANZ) | 2022 | 事業会社の移行計画に関して、「投資家・金融機関が事業会社に開示を期待する内容」として初めて詳細な枠組みを示した。 | |
| Disclosure Framework | UK Transition Plan Taskforce(TPT) | 2023 | GFANZによるフレームワークを発展させ、より詳細な移行計画の要件を定めている。 当初はイギリスの財務省を中心として作成されたが、2024年にIFRS財団によって引き継がれたため国際的な適用可能性が高まっている。 |
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| 移行計画ガイドブック | TCFDコンソーシアム | 2024 | 日本企業を想定し、TCFDの開示枠組みに沿って開示項目を整理している。 | |
| Transition Finance Guidelines: Draft entity-level Transition Finance Guidelines | UK Transition Finance Council | (2025) | TPTによるフレームワークを発展させ、トランジション・ファイナンスによる資金調達を行う場合に開示すべき事項として移行計画の開示項目を整理している。 ただし、現状ではドラフトにとどまっており、確定版の公開は2026年春を予定している。 |
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| Climate Transition Finance Handbook: Guidance for Issuers | International Capital Market Association | 2025 (初版:2020) |
トランジション・ファイナンスによる資金調達を行う場合に開示すべき事項として、移行のための戦略関連の項目を整理している。 | |
| Disclosing information about an entity's climate-related transition, including information about transition plans, in accordance with IFRS S2 | IFRS Foundation | 2025 | ISSB基準に基づいて企業が移行計画等を開示するためのガイドラインとして作成された。ただし、ISSB基準に移行計画の要件を追加するものではない。 TPTによるフレームワークを基礎として、ISSB基準の開示枠組みに沿って、移行計画の開示項目となりうる要素等を整理している。 |
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| CDP Technical Note: Reporting on Climate Transition Plans (ver. 3.1) | CDP | 2025 (初版:2023) |
CDP気候変動質問書の内容と紐づける形で、信頼できる移行計画に必要な8つの要素を示している。 | |
出典:当社作成
なお、企業の状況によっては表に挙げたフレームワークのほか、前述したSBTのネットゼロ基準案やGX-ETSの要求事項を参照し、それらの提示する要件を満たす形で移行計画を策定することも考えられます。
3.まとめ
ここまで見てきたように、移行計画の策定にあたって参照しうるフレームワークは多数公開されており、その中でもCDPやTPT等、複数の企業が依拠しているフレームワークが存在します。とはいえ、現時点では明確なスタンダードとなる特定のフレームワークがあるとはいえません。そのため、各企業は自社の策定目的や状況に適したフレームワークを選定し、選定後はそのフレームワークに則って移行計画を策定・開示していくことが求められます。
また、移行計画は策定・開示することがゴールではありません。中長期目標の達成に向けてその計画を「実行」することが重要です。そのため、目標の達成経路に不確実性が伴う中で、計画が実行可能なものであり続けるよう適宜見直しを行うことが欠かせません。実際に、例えばTPTのように①戦略的野心の設定、②行動計画の策定(更新)、③計画の実行(開示を含む)、および④現状と計画の評価(再評価)といった循環プロセスを示しているフレームワークも存在します。
したがって、企業は自社に適したフレームワークを選定した後、そのフレームワーク等を参考にしつつ移行計画の策定、実行および見直しのサイクルを回し続けることが重要と考えられます。
執筆コンサルタントプロフィール
- 近藤 悠生
- 製品安全・環境本部 研究員
