CSRDの行方を左右するEUオムニバス法案

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コラム

2025/6/4

■CSRD簡素化を含むオムニバス法案の公表

 2023年1月、EU域内で事業活動を行う企業に対して、サステナビリティ報告を義務付ける企業サステナビリティ報告指令(CSRDCorporate Sustainability Reporting Directive)が発効し、EU加盟国は20247月までの国内法制化が求められていました。20255月時点で、国内法制化が完了している国はEU全体の63%に留まり、ドイツやスペインなど国内法制化が完了していない国では、未だに義務化されていない状況となっています1
 EU加盟国の足並みが揃わないなか、欧州委員会は、2025年2月26日にサステナビリティおよびEU投資プログラムに関する規制を大幅に簡素化するオムニバス法案を公表しました2。オムニバス法案のうち、CSRDに関連するものは“ストップ・ザ・クロック”法案(COM(2025)80)および“簡素化”法案(COM(2025)81)の二つです。前者は2025414日に欧州理事会で可決、同16日に官報に掲載され、既に発効しており、202512月末がEU加盟国の国内法制化期限となっています。後者は、欧州議会と欧州理事会にて審議中であり、2025年後半以降に政治的合意に至る予定です。

■オムニバス法案の目的と内容

 オムニバス法案におけるCSRD改正の目的は、人々と環境に多大な影響を与える可能性が高い大規模企業にサステナビリティ報告義務を集中させる一方で、バリューチェーン内の中⼩企業の報告負担を軽減することにあります。CSRDの適用開始時期をストップ・ザ・クロック法案によって延長することで、本目的を達成するための法案が含まれた、簡素化法案の実施までの時間を確保しています。
 オムニバス法案における主な改正内容は下表のとおりです。

表 オムニバス法案の概要
法案 主な改正内容
ストップ・ザ・クロック法案 ●適用開始時期の2年間の延期
✓  2025年(第2波:NFRD※3対象以外の大規模企業およびそのグループのEU親会社)および2026年(第3波:上場中小企業等)からの適用を予定されていた企業が対象。
簡素化法案 ●CSRD対象企業の適用基準の引き上げ
✓  EU域内企業:従業員数の基準を250人超から1,000人超へ引き上げ。これにより、従業員数1,000人超の大規模企業・グループ(総資産2,500万ユーロ超または純売上高5,000万ユーロ超)が適用対象となる。
✓  第三国企業:グループ・個社レベルでのEU域内の純売上高の基準(2期連続)を1億5,000万ユーロ超から4億5,000万ユーロ超へ引き上げ。また、EU域内支店の純売上高の基準(2期連続)も4,000万ユーロ超から5,000万ユーロ超へ引き上げ※4
●欧州サステナビリティ報告基準(ESRS:European Sustainability Reporting Standards)の引き下げ
✓  ESRSの簡素化に向けた改訂
 ・  CSRDに準拠した開示を行う際の基準であるESRSを簡素化・合理化するための委任法令を採択予定。具体的には、情報の重要性、定量的データの優先、および義務・任意の情報の区別などを踏まえたデータポイントの大幅な削減など。
✓  セクター別基準に関する規定の削除
✓  中小企業向け基準に関する規定の削除
 ・  中小企業(従業員数1,000人以下)はCSRDの適用対象外としたため、中小企業向け基準に関する規定を削除。
 ・  欧州委員会は、任意の開示基準であるVSME(Voluntary Sustainability Reporting Standard for SMEs)を委任法令として採択する予定で、中小企業が利用できるほか、CSRD適用対象企業が適用対象外企業に要求できる情報を同基準に沿って制限する運用とする。
●合理的保証への移行を見送り、限定的保証に留める。
(出所)European Commission, COM(2025)81 finalを基に弊社作成※5

 オムニバス法案のとおり対象企業の適用基準の引き上げが行われた場合は、現在のCSRDの適用対象企業の約5万社が、8割減の約1万社になる見込みです5。また、開示内容については、ダブルマテリアリティ評価は変更がなかったものの、ESRSの簡素化に向けた改訂に伴い1,000以上ともいわれているデータポイントが大幅に削減される可能性があります。

■日本企業に求められる対応

 フォン・デア・ライエン欧州委員長は、法規制の簡素化を実現するオムニバス法案によってEUが「脱炭素化目標に向かってしっかりと進むことができる」6のであり、目標を弱めるものではないと説明していますが、負担軽減を歓迎する企業を中心とした支持層とEU全体のサステナビリティ取り組みの後退を危惧するNGO等を含めた反対層の間で議論が続いています7。反対層のうち特に投資家は、オムニバス法案がEUのサステナビリティ開示を弱め、投資と経済競争力を損なう可能性があると警告しています8
 このように様々なステークホルダーを巻き込んだ議論が必要になることから、簡素化法案については、提案された法案が維持されるか、強化もしくは緩和されて最終化されるか不透明な状況ですが、現時点で日本企業が行うべきことは、簡素化法案に照らして、自社が対象企業となるかどうかの確認です。一方で、自社が対象外となった場合でも、対象企業のバリューチェーン上の企業として、対象企業からサステナビリティ情報の提供を要請され、間接的に影響を受ける可能性はあります。
 そのため、簡素化法案の審議の動向に留意するのはもちろんのこと、この後、年内に発表が予定されている改訂ESRSVSMEのドラフト、関連資料の内容を確認し、報告基準と自社の現在の開示内容との比較を行い、未充足基準への対応計画を検討しておくことが望まれます。

  

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1 European Commission, Transposition status - Corporate Sustainability Reporting Directivehttps://finance.ec.europa.eu/regulation-and-supervision/financial-services-legislation/enforcement-and-infringements-banking-and-finance-law/monitoring-banking-and-finance-directives/corporate-sustainability-reporting-directive_en?prefLang=hr#additional-information)(最終閲覧日2025527日)
2 オムニバス法案の対象は、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)、EUタクソノミー規則、企業サステナビリティデューディリジェンス指令(CSDDD)、炭素国境調整メカニズム(CBAM)、およびEU投資プログラム(InvestEU等)。
3 非財務情報開示指令(NFRDNon-financial Reporting Directive)(2018年から施行)
4 第三国企業が適用対象となるには、EU域内の純売上高の基準の充足に加えて、EU域内の支店の純売上高の基準、またはEU域内子会社が大規模企業であることのいずれかを充足している必要がある。EU域内子会社については、現在のCSRDでは、大規模企業またはEU規制市場で上場している中小規模企業であるという基準となっているが、オムニバス法案では、「大規模企業であること」のみに変更されている。
5 European Commission, COM(2025)81 final, Proposal for a DIRECTIVE OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL amending Directives 2006/43/EC, 2013/34/EU, (EU) 2022/2464 and (EU) 2024/1760 as regards certain corporate sustainability reporting and due diligence requirements”.
6 European Commission, Press release Commission simplifies rules on sustainability and EU investments, delivering over 6 billion in administrative relief.
7 Euronews, Will fewer corporate reporting obligations jeopardise the EU Green Deal?” (https://www.euronews.com/my-europe/2025/03/18/will-fewer-corporate-reporting-obligations-jeopardise-the-eu-green-deal)(最終閲覧日2025527日)
8 PRI, “Investors warn Omnibus package could weaken EU sustainability disclosures, harming investment and economic competitiveness” (https://www.unpri.org/news-and-press/investors-warn-omnibus-package-could-weaken-eu-sustainability-disclosures-harming-investment-and-economic-competitiveness/13023.article)(最終閲覧日2025527日)

執筆コンサルタントプロフィール

大熊 弥生
製品安全・環境本部 主席研究員

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