路線バスの「車内事故」その原因と対策について

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コラム

2025/5/23

「車内事故」という言葉はご存じでしょうか? 車内事故とは、バスやタクシーにおいて、車両自体が接触事故を起こしていないのに、乗車中のお客様が負傷してしまう事故を指します(*1)。 広義の車内事故にはドア操作でお客様を挟んでしまう事例や、急ブレーキでお客様が座席から転げ落ちるような事例も含まれますが、最も多くみられる車内事故は路線バス車内で立席のお客様が転倒してしまう事例です。その車内事故は、全国では令和3年に303件、令和4年には246件発生しており(*2)、社会問題になっています。

 車内事故は何も急ブレーキをかけた場合だけ発生するわけではありません。通常の発進・停止操作や、段差の通過等でも、足腰の弱いお客様は転んでしまうことがあります。

 そして、この車内事故は、法律上は通常の交通人身事故と同様に扱われます。したがって状況により運転者には刑事上、民事上、行政上の責任が課せられることがあります。また会社によっては運転者に社内的な懲戒処分を課すところもあるでしょう。このように車内事故は運転者の責任と考えられる傾向にあります。

 乱暴運転や不注意運転による急ブレーキは論外としても、お客様の乗降完了を確認せずにドアを閉めたり、着席等を確認せずに発進したりすれば、車内事故に結び付く可能性が高いです。逆に言えば、運転者にとってはお客様の動向確認が車内事故防止にとって最も重要です。お客様が立っているのに手摺等に掴まっていなかったり、走行中に立ち歩いたりする場合に車内事故は発生しやすいと言えます。

 車内事故を防止するためには、お客様には「席が空いていれば必ず座る」「立席乗車の場合は必ず掴まる」を励行していただき、運転者は「発進前にお客様がしっかりと着席したか、立席の場合は掴まっているかを確認する。」「掴まっていない場合は車内アナウンスで促す。」「ドア開閉時にはお客様が周囲にいないか必ず確認する。」ことが必須です。

 しかし、人間にとって「確認忘れ」や「確認時の見落とし」を完全にゼロにすることは難しいでしょう。事業者によって多少の差はありますが、路線バスの運転席には車内・車外を合わせて6~10枚くらいのミラーが備えられており、運転者は直接目視に加え、これらのミラーを場面に応じて使い分けて車内外の状況を常に把握しなければなりません。これは容易なことではありません。

 そこで、確認精度の向上のために用いられるのが「指差呼称」(*3)です。駅のホーム等で、駅員さんが指を指しながら「ヨシ!」と声を出して安全確認するのを見たことがあると思います。あれが指差呼称です。元々は旧国鉄で開発された手法で、安全確認の際に確認対象物を指で指し示し、安全であった場合は「ヨシ!」と声を出して確認するものです。この指差呼称によって、確認忘れや見落としが大幅に減らせると言われています。ある効果検定実験によれば、指差呼称を全く行わなかった場合の操作ボタンの押し間違いの発生率が2.38%だったのに対し、呼称のみ行った場合の押し間違いの発生率は1.0%、指差しのみ行った場合の押し間違いの発生率は0.75%、そして完全に指差呼称を行った場合の押し間違いの発生率は0.38%となりました(*4)。つまり指差呼称によって確認ミスを約1/6に減らしており、指差呼称の効果を示す貴重な資料と言えます。

 これをバスの運転に当てはめてみますと、車内事故の防止のためには、停留所や交差点で発進する際に、車内ミラーで乗客が着席しているか、吊り革等に掴まっているかを確認する必要がありますが、この車内確認をミスなく行うためには指差呼称が効果的です。

 また、バスの運転者がこのような指差呼称を、たまにやる、気が向いたときにやる、危なそうなときにやる、では十分な効果は得られません。必ず行うことが大切です。そのためには車内に安全ポスターを貼るなどして、指差呼称を「習慣化」することが重要です。

    

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*1自動車事故報告規則第2条7項では「操縦装置又は乗降口の扉を開閉する操作装置の不適切な操作により、旅客に自動車損害賠償保障法施行令第五条第四号に掲げる傷害が生じたもの」を車内事故と定めています。
*2 出典:(公財)交通事故総合分析センター  事業用自動車の交通事故統計
*3 指差呼称(しさこしょう)は、会社によっては指差喚呼(しさかんこ)、指差し確認(ゆびさしかくにん)等、さまざまな呼び方があります。
*4  出典:1996年(財)鉄道総合技術研究所 「指差呼称」のエラー防止効果の室内実験による検証

執筆コンサルタントプロフィール

青木 俊憲
運輸・モビリティ本部 調査役

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