東南アジアにおけるヘイズ(煙害)のリスク
- 海外展開
2025/4/10
東南アジア地域では例年、乾期に当たる5月頃から10月頃にかけて、大規模な野焼きや森林・泥炭層の火災により生じた煙あるいは排気ガスの微粒子等が季節風(モンスーン)により煙霧となって拡散されるヘイズ(煙害)が発生しやすくなる。ヘイズによる影響として最も懸念されるのは健康被害であり、東南アジアに進出する企業においては、従業員の健康被害リスクを最小限に抑えるための対策を講じることが求められる。
※本コラムは、契約企業向け有償レポート「グローバルリスクレポート」(2023年10月2日発行)の記事を抜粋・要約・再編集したものです。
1. ヘイズ(煙害)の原因と影響
東南アジアでは、インドネシアのスマトラ(Sumatra)島やカリマンタン(Kalimantan)島、マレーシアのサバ(Sabah)州やサラワク(Sarawak)州等でプランテーション(輸出用大規模農場)の開発業者らが違法に野焼きを行うことが主な原因の1つとされる。例年、乾期にインドネシアやマレーシアを中心に野焼きや森林火災の発生地点とみられる高温地点(ホットスポット)が増加しヘイズが発生しやすくなるが、ホットスポットの場所や規模、モンスーンの風向き等により他の東南アジア諸国にヘイズが拡散される場合もある。
ヘイズによる影響として最も懸念されるのは健康被害である。大気汚染の程度を示す指標である大気汚染指数(Air Pollutant Index:API)は各国・地域で基準に多少の違いはあるものの、一酸化炭素(CO)・オゾン(O3)・二酸化窒素(NO2)・二酸化硫黄(SO2)・微小粒子状物質(PM2.5)・粒子状物質(PM10)から数値化したものを使用しており、特に呼吸器の奥深くまで入りやすいPM2.5の1時間当たりの数値に注意する必要がある。低度の健康被害が発生する可能性があるレベルとして「API=101」を目安としている。
短期的な暴露では主に喉の痛み、結膜炎症状(充血・かゆみ)、鼻炎症状(鼻水・くしゃみ)、咳、においを原因とする気分の悪化、循環器・呼吸器疾患を有する人の症状の悪化などがみられ、大気汚染の改善により回復するとされる[1]。一方、長期的に継続して暴露した場合、循環器・呼吸器疾患の発症や悪化、肺がん発症リスクの増加等の影響が懸念され、さらに、高齢者・子ども・心肺器官に持病のある者・妊娠中の方等は症状が悪化する場合もある。
ヘイズが深刻化し呼吸器系疾患等の患者が急増した場合は経済活動に影響が及ぶ可能性も懸念される。排気ガスの微粒子も大気汚染の悪化の要因となるため、状況次第で企業の生産活動が制限される、観光ツアー等が一時的に中止される、交通機関の運行(運航)が見合わせとなる等の措置が取られることが予想される。
2.近年の被害・対策状況等
2023年7月頃から、約4年ぶりに発生したエルニーニョ現象の影響により高温で乾燥した気候が長引き、インドネシアやマレーシアで森林火災が増加した。インドネシア当局はジャカルタ(Jakarta)首都圏内の大気汚染源となる発電所や工場等の監視を行ったほか、ハイブリッドワーク制度(在宅勤務と出勤を半々とする勤務体制)の導入、通勤車両の制限、公共交通機関の利用推奨等の大気汚染対策の強化を進めた。
また、2013年~2015年、2019年にはシンガポールを中心に東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟諸国でヘイズの越境汚染による深刻な被害が発生した。ASEAN加盟各国は2016年に越境ヘイズによる被害を2020年までに根絶するために連携を強化することを盛り込んだロードマップ(行程表)を採択したが、依然として被害は続いている[2]。
3. 企業として求められる対策
例年ヘイズは雨季に入ると収まるが、エルニーニョ現象が発生した場合は降雨量が少なく乾燥した気候が長引く可能性があることに留意し、進出企業においては本社・拠点が連携してヘイズに関する情報を収集し動向を注視する必要がある。また、ヘイズによる視界不良で航空機等の交通機関の運航(運行)に混乱が生じる可能性があることを認識し、駐在員や出張者、及び現地の従業員らに対して健康被害のリスクを含めて予防対策(以下参照)を講じるよう指示することが肝要である。
- 各国の気象局等が発表するAPIをモニターし、APIが101を超える場合、あるいは大気汚染の悪化が予想される場合は不要不急の外出や屋外での長時間作業を控える。
- N95等のPM2.5対応の高機能マスクを配布し、外出時の着用を推奨する。着用する際に隙間があると効果が低減するため、注意するよう促す。なお、長時間の使用には適していない。
- 手洗いやうがいを徹底する。健康診断時に肺・呼吸器系検査の実施を強化する。
- 空気清浄機を設置する等の室内環境を整備する。空気清浄機を配給する、あるいは購入支援制度を確立する。
- 建物のドアや窓などの風が通る隙間を閉鎖する。掃除(特に濡れ拭き)の回数を増やす。
- 特に子どもや既往症のある者は個人で健康管理を徹底し、大気汚染の状況に応じて一時的な避難を検討する。
- 体調に異変を感じた場合は早期に信頼のおける医療機関を受診する。
- 各種交通機関に関する最新情報の入手に努め、時間に余裕を持って行動する、あるいは代替手段の確保や旅程変更の検討を行う。
以上
脚注
[1] | シンガポール環境省(NEA):Air Pollution FAQs D. Impact of haze on health https://www.nea.gov.sg/our-services/pollution-control/air-pollution/faqs |
[2] | JETROレポート「2023年はASEAN南部広域で深刻なヘイズ(煙害)の見通し」 https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/06/35ff8bb5508eec55.html |
執筆コンサルタントプロフィール
- 寺田 礼子
- ビジネスリスク本部 主任