企業の緊急事態対応強化のための机上訓練の重要性
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2025/3/28
気象災害・地震などの大規模自然災害に加え、サイバー攻撃や政情不安による緊急事態に備えるべく、事前の緊急事態対応訓練に対する関心が高まっています。企業としては、平時から事業継続計画(Business Continuity Plan: BCP)や標準業務手順書(Standard Operating Procedures: SOP)などの文書・マニュアル類を定めたうえで、緊急事態時の対応を社内全体に浸透させていくことが必要です。
本コラムでは、緊急事態対応を強化するためには「机上訓練」が重要であることを説明します。
1.企業のBCP策定状況とリスク対応上の課題
内閣府の「企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」(2023年度)によると、企業のBCP策定率は全体として上昇傾向にあります。東日本大震災が発生した次年度の2011年度(平成23年度)のBCP策定率と比較すると、2023年度(令和5年度)のBCP策定率はすべての業種で上回っており、企業によるBCP策定の動きが活発化していると言えます。
図表1 業種別事業継続計画(BCP)策定状況
出所:内閣府政策統括官(防災担当)付防災計画担当参事官室「令和5年度
企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」(2024年3月)、8頁より抜粋、https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kigyou/pdf/chosa_240424.pdf. (2025年3月13日閲覧)
一方で、事前に緊急事態対応の文書・マニュアル類を整備していたとしても、実際に対応が必要になった場面で計画通り活動できるかを考える必要があります。同調査によると、災害をはじめとしたリスクへの対応を実施していく上での課題について、全体的に「自社従業員への取組の浸透」が課題だと回答した企業の割合が最も高い結果を示しました。
リスク対応の実効性を高める取り組みを進め、緊急事態対応の整備に積極的な企業の80%以上が、従業員への取り組みの浸透がハードルだと考えていることが分かります。
図表2 リスクへの対応を実施していく上での課題
出所:前掲「令和5年度企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」、11頁より抜粋。
2.机上訓練とは
社内に緊急事態対応の取り組みを浸透させることによって、緊急事態対応体制を強化するには、定期的な訓練が重要になります。
米連邦緊急事態管理庁(Federal Emergency Management Agency: FEMA)によると、規模を問わず各組織が実施する訓練は、討議型訓練(Discussion-Based Exercises)と実動型訓練(Operations-Based Exercises)に大別されます。机上訓練は討議型訓練に分類され、「訓練シナリオに基づいて出題される課題について、訓練参加者が議論する」ものとされています。
図表3 FEMAによる訓練の分類
出所:下記資料をもとに弊社作成
FEMA, “Homeland Security Exercise and Evaluation Program(HSEEP),” 2020, pp.5-11(Chapter 2), https://www.fema.gov/sites/default/files/2020-04/Homeland-Security-Exercise-and-Evaluation-Program-Doctrine-2020-Revision-2-2-25.pdf. (2025年3月13日閲覧)
FEMAは、漸進的アプローチ(Progressive Approach)に基づき、複数の訓練(図表3)の中から、組織が適切な演習を選択し、複数年にわたり訓練を発展させていくプログラムを作成することができるとしています1 。また簡単な研修型であるセミナーやワークショップから、より複雑なフルスケール訓練までステップアップしていくことを推奨しており、その中で机上訓練は数時間で実施できるという点で、コスト・パフォーマンスに優れていると説明しています2 。机上訓練は、訓練参加者が自らの役割と責任に対する理解を深め、計画と手順を実証することが目標であり、現行の計画、方針、手続きに対する改善提案が成果物の一つとして位置付けられています3 。
以上を踏まえると、企業における緊急事態対応の強化も着実にステップアップしていくことが推奨されます。災害対応をこれから始める企業は、セミナーやワークショップにより、訓練参加者に災害対応の基本や文書・マニュアル類の策定の必要性を理解させることが奨励されます。文書・マニュアル類を整備した企業は、机上訓練によって、参加者の主体的な参加のもとで緊急事態対応をシミュレーションし、緊急事態対応手順を社内に浸透させ、策定した計画を実証し、改善することができると考えられます。
3.机上訓練による期待効果
机上訓練は、緊急事態対応手順を文書・マニュアルなどである程度定めている企業が、社内に対応手順を浸透させ、緊急事態対応を充実させるステップに進むための訓練になります。机上訓練により、以下のような効果が期待されます。
① 緊急事態対応要員の対応力の強化
机上訓練では、「○○のような状況下では、どのような行動をとるか?」など、緊急時に想定されうる課題に対し、訓練参加者が明確な答えを出す必要があります。難しい決断を迫られる場合に備え、あらかじめ意思決定・判断を疑似体験しておくことができます。 また、課題に対する答えを参加者同士で発表しあうため、他の参加者の発表を参考にして自らの対応の不足点に気がつくこともできます。講師から一方向的に知識を授受するのではなく、参加者同士の双方向的な気づきにより、緊急事態対応を深化させていくことができます。
② 計画の検証・ブラッシュアップ
机上訓練によって、策定した緊急事態対応に関する文書・マニュアル類の検証・ブラッシュアップを行うことができます。実際の緊急事態を想定したシナリオに沿って行動を検討するため、計画策定時の抜け漏れや、計画を実行する際の障壁を洗い出すことにより、さらなる対応の改善が見込まれます。緊急事態対応訓練全般に当てはまりますが、定期的な訓練による検証と計画の見直しのPDCAサイクルを回していくことが重要になります。
③ 訓練参加者の意識啓発
訓練参加者が緊急時の対応を主体的にシミュレーションする机上訓練は、緊急事態対応を「自分ごと」としてとらえるきっかけを提供します。緊急事態対応の手順を訓練参加者が理解するだけでなく、緊急事態対応の重要性を認識し、平時からの危機意識を高めることにもつながります。また訓練を継続して実施することにより、会社として緊急事態対応の準備に積極的であることを示し、社内外での信頼の向上を図ることができます。
4.最後に
本コラムでは、緊急事態対応の準備における机上訓練の重要性について説明しました。文書・マニュアル類を整備した先のステップとして、緊急事態対応の実効性を高めるため、机上訓練の導入を検討してみてはいかがでしょうか。
1 FEMA, “Homeland Security Exercise and Evaluation Program(HSEEP),” 2020, pp.5-6(Chapter 2).
2 FEMA, “Fact Sheet 3: Benefits of Pre-Event Exercises and Training,” 2018, pp.3-4, https://www.fema.gov/sites/default/files/2020-08/fact-sheet-3_pre-event-exercizes-training.pdf. (2025年3月13日閲覧)
3 FEMA, “Homeland Security Exercise and Evaluation Program(HSEEP),” 2020, pp.7-8(Chapter 2).
執筆コンサルタントプロフィール
- 市川 太郎
- ビジネスリスク本部 研究員