阪神・淡路大震災から30年②_地震モデルの今後

  • 自然災害

コラム

2025/3/7

1.はじめに

 平成7年(1995年)兵庫県南部地震、およびこの地震による阪神・淡路大震災から今年で30年が経過しました。戦後の我が国において、数千人を超える死者の発生を経験した初めての都市直下型地震といえます。阪神・淡路大震災は、それ以降に研究機関や地震観測網の整備、地震被害の調査が進展した、我が国の地震学・地震工学研究における大きな転換点と位置付けられます。
 前回のコラムでは、リスクモデルを構成する3つの要素:エクスポージャー・ハザードモデル・脆弱性評価モデルの3点に分け、阪神・淡路大震災からの30年において工学的手法に基づく地震モデルがどう発展・変遷してきたかを概観しました。本コラムでは、これを踏まえ、今後の地震モデルがどのように発展していくか、前回同様に地震モデルの要素別に概観します。

2.予想されるエクスポージャーの変化

 我が国では高度経済成長期から続く都市化により、東京圏に人口が一極集中しており、大都市では今後も高層化、地下部の活用が進められると考えられます。これは、人口密度が高い地域では地震発生時の建築物やインフラの損壊による人的、物的被害が増える可能性を示しています。一方、過疎化が進む地域では、エクスポージャーが全体的に減少することも考えられますが、古い建物が残り、インフラの老朽化が進むことで、他の地域と比較して相対的に地震の被害を受けやすくなる可能性があります。
 また、スマートシティの進展により、エクスポージャー情報は高度化・複雑化していきます。しかし、これらの情報をデジタルに集約することにより、周辺建物の被害に伴う建物被害など、周辺との関係性をより精緻に評価できる可能性があります。
 その他、テレワークの進展が、地震発生時の人的被害を減らす可能性もあります。一方で、通信インフラの損壊による事業継続や、従業員の被害状況把握に影響を及ぼす可能性も認識しておくことが重要になります。
 地震の発生を事前に予測することは困難ですが、近年では南海トラフ地震臨時情報をはじめとした地震リスクの高まりに関する情報発信がなされています。これらの情報発信後に、人々や企業が事前かつ短期的に対策を行うことによるエクスポージャーの変化が見込まれます。
 また、高齢化により、昼間人口の分布に変化がみられる可能性があります。高齢者が多く住む地域では昼間でも人口が多く、医療福祉施設など高齢者にとって重要な施設に人が集まることが予想されます。
 これらの観点から、地震モデルは、社会の変化に対応し、より精緻で公正な評価を提供するために、エクスポージャーの変化を正しく捉え反映していくことが期待されます。

3.予想されるハザードモデルの発展

 現在、地震に関連するデータ、例えば地震動波形や地盤情報などが大量に蓄積されています。今後これらのデータの集約と公開が進んでいくことで、地震ハザードの予測精度が向上することが期待されます。地震動ハザードの算出には、地震動予測モデル(Ground Motion Model, GMM)が用いられることが多く、一般的なGMMは観測データを統一的に扱い、作成されるため、データの充実はGMMの予測精度の向上に直接寄与します。さらに、データの充実によって、地域的な特性を反映したGMM(非エルゴードGMM)や人工知能(機械学習や深層学習)を用いた新しいGMMの開発が促進され、一般的なGMMの予測結果よりもローカルかつ柔軟で、より現実的なハザードを算出することが可能となります。また、地震リスク評価に用いる確率論的地震ハザードを作成する際には、地震を引き起こす断層破壊の多様性や様々な手法における不確実性を捉えたロジックツリーの構築が求められていくと考えられます。そして、このロジックツリーを新しいGMMと組み合わせることで、様々な不確実性を考慮した、より高精度なハザードモデルを作成することが可能となります。
 SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)では災害リスクの管理と災害発生後でも持続が可能な社会を構築することが求められています。これまで、地震ハザードでは地震動・津波・液状化・地震火災といった地震に関する現象のみを対象としていました。しかし、実際には大雨で緩んだ地盤が地震によって崩壊するなど、様々な災害が連鎖した複合災害によって被害が拡大し、社会活動の停止を引き起こす恐れがあります。このため、水災×地震のような複合災害を考慮したハザードをリスク評価に用いることで、包括的なリスク管理が強化され、SDGsが掲げる持続可能でレジリエントな社会の実現に貢献できます。
 以上のように、社会の変化に伴い、ハザードの内容は精緻化かつ複雑化していきます。さらには、新たなハザードを基にした評価が必要となる可能性もあります。

4.予想される脆弱性評価モデルの発展

 都市化・過疎化、スマートシティ、データ共有、SDGs、テレワークの進展、事業継続に対する意識の高まり、高齢化といった観点から見た地震脆弱性の変化について考えてみましょう。

<都市化・過疎化>
 都市化により人口が集中する地域が増えると、地震発生時の被害が一部地域に集中する可能性が高まります。これは、都市部の建築物やインフラが地震に対する脆弱性を持つことを意味します。一方、過疎化により地域コミュニティの崩壊や人口減少が進む地域では、地震発生時の初動対応や復旧作業が遅れる可能性があります。これは、過疎地の人的リソースや情報網の脆弱性を示しています。

<スマートシティ>
 スマートシティの進展により、ICTを活用した地震対策が可能となります。しかし、一方で、ICTインフラの地震によるダメージが社会全体の機能停止を引き起こすリスクも増えます。これは、スマートシティのICT依存度の高さが新たな脆弱性となることを示しています。 

<データ共有>
 データ共有の観点で、モデルの高度化を進めるためには、リスク評価に資するデータの共有化とそのためのデータ基盤の構築が鍵といえますが、昨今、パブリックセクター主導で防災分野に関するデータ共有の動きが見られています。内閣府では、新総合防災情報システム(SOBO-WEB)として、防災関係機関が横断的に共有すべき防災情報を集約・共有する防災デジタルプラットフォームを構築中です。東京都では、東京データプラットフォーム協議会にて、防災行政施策や関連サービスなどへ資する官民データ連携基盤の構築が進められています。経済産業省では、自治体防災業務における電力データの利活用を、より有効かつ円滑にするために、自治体防災業務における電力データ利活用マニュアルを作成しています。

 SDGs>
 SDGsの観点からは、地震対策が持続可能な社会の実現に寄与します。しかし、耐震性の高い建築物の普及や、地震発生時のエネルギー供給の安定化などが進まなければ、これらの目標達成に対する脆弱性が露呈します。

<テレワークの進展>
 テレワークの進展により、地震発生時でも事業継続が可能となります。しかし、一方で、自宅がオフィスとなることで、自宅の地震対策の重要性が増します。これは、テレワークの普及に伴う住宅の地震対策の脆弱性を示しています。

<事業継続に対する意識の高まり>
 事業継続に対する意識の高まりにより、企業の地震対策が進むでしょう。しかし、BCP(事業継続計画)が不十分な企業では、地震発生時の事業継続に対する脆弱性が問題となります。

<高齢化>
 高齢化により、地震発生時の高齢者の安全確保が重要となります。高齢者の避難行動の支援や、高齢者向けの地震情報の提供が不十分な場合、高齢者の地震対策の脆弱性が問題となります。

 以上のように、社会の変化に伴い、地震に対する脆弱性も変化しています。これらの変化を踏まえた地震対策の進展が求められます。

表1 今後の地震モデルの発展
(参考文献を基に弊社作成)

想定される社会変化

影響を受ける

モデル要素

想定される影響内容
地震に関する様々な観測網の拡大・データの充実

 

エクスポージャー

設計基準の改定、設計段階における適切なハザード・波形の利用

3次元の建物情報

ハザード

予測モデルとハザードロジックツリーの高度化

脆弱性

被害関数の高度化(機械学習や詳細データを用いた式の高度化・一般化)

都市化・過疎化

エクスポージャー

建物分布の変化、都市部の高層化・地下部の活用

 脆弱性

都市部における被害の集中化、過疎地における人的リソースと情報網の脆弱化

スマートシティ

エクスポージャー

情報の高度化に伴う周辺との関係性(周辺の建物被害に伴う被害など)を考慮可能

脆弱性

建物構造などの物理的脆弱性の低下、ICT依存に起因する機能的脆弱性の増大

データ共有

リスク評価全体

防災分野のデータ連携の進捗によるリスク評価の活用可能性の拡大、需要の高まり

SDGs

リスク評価全体

レジリエンスを踏まえたリスク評価、インフラの空間的な広がりを踏まえたリスク評価需要の高まり

 ハザード

複合災害の考慮

 脆弱性

レジリエンスな社会の実現、風水災などによる被害履歴の有無による構造物の脆弱化の考慮

テレワークの進展

エクスポージャー

人口動態の空間的変化、事業所・拠点の縮小化

脆弱性

住居とインフラ設備の脆弱性への対策の必要性が増大

事前準備

エクスポージャー

脆弱性

(南海トラフ地震臨時情報の発表などを受けた)大地震発生リスク上昇の認識に伴う、事前準備・対策

事業継続に対する意識の高まり

リスク評価全体

(インフラやステークホルダーへの影響を含めた)事業損失分析の必要性増大

エクスポージャー

インフラやステークホルダーを考慮したリスク分散の実施

脆弱性

地震対策の進展
高齢化

エクスポージャー

逃げ遅れによる傷害・死亡の増加、高齢者住宅施設の増加

脆弱性

高齢者に関する支援・情報提供などの脆弱性

5.終わりに

 本コラムでは、阪神・淡路大震災から30年を経て、今後の地震モデルがどのように発展していくのかについて、地震モデルの要素別に概観しました。地震モデルの発展が地震リスク評価のさらなる利活用に繋がることを期待するものとして本稿を閉じます。

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参考文献

執筆コンサルタントプロフィール

宮本 龍 主席研究員、岩波 発彦 主任研究員、高橋 幸宏 研究員
企業財産本部

コンサルタントの詳細

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