「南海トラフ地震臨時情報」発表を受けた企業の対応

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コラム

2024/8/9

気象庁は2024年8月8日夜、宮崎県南部を震源とする最大震度6弱の地震発生を受け、「南海トラフ地震の想定震源域1では、大規模地震の発生可能性が平常時に比べて相対的に高まっていると考えられる」とし、「巨大地震注意」の「南海トラフ地震臨時情報(以下臨時情報)」を初めて発表しました。首相官邸・危機管理センターには官邸対策室が設置され、各自治体が災害対策本部を設置、鉄道会社・電力会社等が緊急対応を発表しています。初めてとなった臨時情報発表を受け、企業の防災担当として求められる対応をまとめます。

臨時情報発表の枠組みは、国の中央防災会議「南海トラフ地震防災対策推進基本計画」の変更を踏まえ、2019年5月に開始されました。従来長年にわたり運用されてきた「東海地震警戒宣言」が、地震予知の困難性・不確実性に関する有識者の指摘・提言から大幅に見直されることとなり、専門調査会や大規模な住民・関係者ヒアリング等を経て開始したものです。南海トラフ地震の発生可能性が相対的に高まったと評価された場合に、地方公共団体、指定公共機関、企業等が、とるべき防災対応を示すものであり、企業の防災担当としては、臨時情報の意味するところを正確に把握し、適切な注意喚起等、必要な対応を実施することが求められます。

今回、報道等でたびたび目にするようになった臨時情報ですが、一般の認知度は、残念ながらあまり高くないことが指摘されています。内閣府が2023年に公表した調査結果では、南海トラフ地震防災の対象地域住民で臨時情報を「知っている」と回答したのは28.7%にとどまりました 2。今回の臨時情報発表では、政府・自治体等が、速やかに対策本部を設置した他、東海旅客鉄道が、東海道新幹線の一部区間減速運転を1週間程度続けることを発表するなど、企業においても迅速な対応が行われており、臨時情報に対する十分な計画が整備されている例も多くみられました。一方、「一体何をどこまですれば良いのかわからない」「イベントを中止すべきかどうか」等、対応方針・計画が十分整備されていない企業も散見されています。

企業の防災担当としては、これを機に改めて臨時情報等発表時の対応について、自社の対応を確認・点検し、必要に応じて対応計画・マニュアルの改善・拡充に取り組む必要があります。そもそも、臨時情報を受けて、どの程度まで警戒すべきなのでしょうか?少なくとも防災担当としては正確に理解し、経営層・社内各部門に対して、周知・徹底していく必要があります。

気象庁の説明は「大規模地震の発生可能性が相対的に高まっているが、必ず発生するものではない」でした。臨時情報発表にあたり開催された、専門家による評価検討会の平田直会長は「南海トラフではマグニチュード8~9の地震が起こる確率は極めて高い。今回の地震で、普段より数倍可能性が高くなった」と説明しました。よく知られているように過去の南海トラフ地震では、大規模地震発生の32時間後3 や2年後 4に再び大地震が発生しており、世界的にも同様の事例がみられるため、「数倍可能性が高い」との表現になっています。一方で、再び地震が起きない例の方が圧倒的に多く、再び起きた事例は「数百回に1回程度」ともされています。つまり、すぐに起きる可能性がある一方、再び起きるのはいつになるのかわからない、3日後かも3年後かもしれない、そして全く起きないかもしれない、それほど不確実性があるというのが実態なのです。かつての「東海地震警戒宣言」では対象地域において学校は休校、公共交通機関は運行停止が義務付けられていましたが、こうした警戒を長期間継続するのは非現実的なため、各主体の「自主判断に委ねる」臨時情報に改定が行われた経緯があるのです。

臨時情報の枠組みが作成された2019年当時の政府専門調査会では、津波避難対象地域等の住民アンケート・ヒアリング等が行われ、どの程度の期間までであれば避難所滞在等の警戒対応が許容できるかを調査し、「概ね1週間まで」という結果が導かれました。ここから今回の臨時情報「巨大地震注意」の注意継続期間が「1週間」とされています。「巨大地震警戒」の場合も同様で、最初の1週間は「警戒」、その後1週間は「注意」となっています。ここでいう「1週間」は科学的根拠があるというより、「どの程度の期間までであれば、社会的に許容できるか」を基に決定されているものです。仮に1週間後に「巨大地震注意」が解除されても、地震の脅威が去ったわけではない、という点はよく理解しておく必要があります。

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1  政府の南海トラフ地震対策においては、「防災対策推進地域」「津波避難対策特別強化地域」が指定されています。「防災対策推進地域」は、茨城県から沖縄県までの1都2府26県の707市町村、「津波避難対策特別強化地域」は、千葉県から鹿児島県までの1都13県の139市町村が指定されています。(平成26年3月28日現在。内閣府「南海トラフ地震防災対策推進地域指定市町村一覧」参照。)

2  内閣府「地震防災対策の現状調査に係る住民アンケート結果(南海トラフ地震編)」(令和5年11月)

3  1854年11月4日に東海沖で発生した安政東海地震(M8.4)の約32時間後に紀伊水道沖で安政南海地震(M8.4)が発生した。

4  1944年12月に紀伊半島沖で発生した昭和東南海地震(M7.9)の約2年後の1946年12月に同じく紀伊半島沖で昭和南海地震(M8.0)が発生した。

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執筆コンサルタントプロフィール

深津 嘉成
ビジネスリスク本部 上級主席研究員

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