事例から見る洪水ハザードマップの読み方(上級者向け)

  • 自然災害

2023/9/1

洪水とハザードマップ

 日本では河川氾濫による洪水をはじめ、毎年何件もの水害が発生しています。このような水害は、水濡れによる電気機器などの損害や、泥の清掃、自動車の水没など多くの被害を引き起こします。

 そのような中、水害対策のために参考にすることが多いのが各自治体のハザードマップです。ハザードマップは地域住民に避難方法を周知するものであり、2001年の水防法の改正により浸水想定区域の指定が始まって以来、日本中の自治体で整備されています。また、水害には、
・計画規模 – 10~200年に1回程度以下の確率で発生する水害[注1]
・想定最大規模 – 1000年に1回程度の確率で発生する水害
の考え方があり、ハザードマップは主に想定最大規模をベースに、地域の実情に応じ計画規模や過去の浸水実績を加えたものが作成されています。

 ハザードマップでは浸水可能性のあるエリアに色が塗られており、これをもとに見たい場所の水害リスクを判断することもあるかもしれません。しかし、色のみの判断ではリスクが正しく把握できないケースもあります。
本コラムでは、実際に起こった洪水とハザードマップを照らし合わせることで、より詳しく適切なハザードマップの読み方について考えていきます。

2020年8月の豪雨
 今回見ていくのは、2020年8月に発生した新潟県・山形県・福島県の大雨による新潟県村上市の洪水事例です。8月3日より雨は降り始め、朝日南東部付近では1時間に110ミリの猛烈な雨が降ったとみられます[2]。この地域では1,000年に一度の降水量として48時間に713mmの降水が設定されており、歴史的に見ても多量の雨が降っていたと言えます。新潟県では2,434件の建物が被害を受け、村上市では荒川周辺が一部浸水し、最大浸水深は2メートル近くに達したと推定されています。[3]

ハザードマップと実際の被害範囲

 上図左が洪水の被害に遭った村上市荒川周辺のハザードマップ、上図右が豪雨の際の洪水被害図となります。ハザードマップでは荒川周辺が浸水域として色付けされており、荒川周辺の浸水リスクが高いように思われます。しかし実際には河口南側の他、荒川から少し離れた坂町駅周辺で被害が発生しました。しかし、この坂町駅周辺エリアのハザードマップの浸水深は0.5~3.0mと周囲の地域と差はありません。
 ではなぜ、荒川周辺ではなく坂町駅周辺が被害を受けることになったのでしょうか。今回はこれをハザードマップから読み解いていきます。

ハザードマップの詳細
 ハザードマップには、想定浸水深が色付けされている他、様々な情報が記載されています。①には浸水深や土砂災害、記号の凡例、②にはハザードマップの根拠となる水害情報、③には避難所の情報が書かれています。②によると、ハザードマップは以下の3ケースの浸水深を重ね合わせたものであることが分かります。
・荒川の1000年に1度程度の確率
・乙大日川と烏川の50年に1度程度の確率
・堀川の30年に1度程度の確率

坂町駅周辺の被害
 続いて坂町駅周辺の被害状況を見ていきます。下図は浸水被害を受けた坂町駅周辺のハザードマップと被害図です。被害図を見ると、浸水区域は烏川の重要水防箇所(堤防が低い箇所など、洪水の際に危険が予想される箇所)付近を起点に広がっており、荒川ではなく烏川が原因となり洪水が発生した可能性があります。また、田の用水路や排水溝により坂町駅周辺に水が到達し、被害が拡大した可能性も考えられます。

 ここでハザードマップの前提を再確認すると、荒川氾濫による想定浸水深は1,000年確率であったのに対し、烏川氾濫による想定浸水深は50年確率に基づくものでした。つまり、荒川周辺は1,000年に一度の浸水深が0.5m~3mなのに対し、坂町駅周辺(烏川氾濫)は50年に一度の浸水深が0.5m~3mであり、非常に水害リスクが高い箇所であったと言えます。ハザードマップは一目で浸水被害を把握できる非常に便利なものですが、水災を考える際には注意深く読み解く必要があります。

ハザードマップを見るときに気を付けるべきところ
➀5種類の水害を確認する。
 ハザードマップには、洪水、内水、高潮、津波、土砂災害の5種類があります[注3]。仮に洪水では浸水区域でなくても、他の災害にて被害を受ける可能性があります。この5種類の水害をご確認ください。なお、国土地理院の「ハザードマップポータルサイトhttps://disaportal.gsi.go.jp/」では、各災害のハザードを重ねて確認することができます。

②周囲のそれぞれの河川についての浸水深と、前提となる確率・破堤点を確認する。
・付近の河川すべてについて、水害の根拠をご確認ください。仮に30年確率などが根拠になっている場合は、1000年確率の地域より被災しやすい可能性があります。[注2]
・想定浸水深の表示されていない地域でも、浸水シミュレーションが終わっていないため公表されていない場合もあります。(2019年の台風19号の際、栃木県足利市では想定浸水深が公表されていなかった旗川が氾濫し甚大な被害を受けました)

終わりに
 本コラムでは、2020年の洪水事例とハザードマップを重ね合わせることでハザードマップの内容を読み解いてきました。洪水対策を行う上でハザードマップは非常に便利なものですが、十分な対策を行うにはハザードマップが意味することを適切に理解しなければなりません。

 東京海上ディーアールでは、工場や大型施設に対して氾濫シミュレーションと現地調査による水害リスクの評価と対策のアドバイス、水害に遭った際の被害額の算出などのサービスを実施しております。詳細は下記サービスページをご覧ください。

水リスクコンサルティング|東京海上ディーアール株式会社 (tokio-dr.jp)
リスク評価(水災)|東京海上ディーアール株式会社 (tokio-dr.jp)

[注1] 大都市を流れる大きな川の計画規模は100~200年に一度とされている場合が多いのですが、中小河川では100年よりも短い期間で発生する期間を想定しているケースもあります。
[注2] 現在、国土交通省により、10・30・50・100・200年規模ならびに0.0m・0.5m・3.0m以上の浸水確率を示した多段階浸水想定図の整備が進められています。国管理河川についてはこれらの水害リスクマップが用意されていますので、下記ページをご確認ください。
水害リスクマップ一覧 - 国土交通省水管理・国土保全局 (mlit.go.jp)
[注3] 地域によっては、「ため池ハザードマップ」が公表されています。また水災害以外では「火山ハザードマップ」などが公表されている場合もあります。

[1] 平成30年7月豪雨の写真・動画 国土交通省中国地方整備局
https://www.cgr.mlit.go.jp/photo/h3007gouu/higai/00006.html
[2]市報むらかみ 2022年9月 174号
[3] 令和4年8月3日からの大雨等による被害状況等について : 防災情報のページ - 内閣府 (bousai.go.jp)
https://www.bousai.go.jp/updates/r4_08ooame/index.html
[4] 村上市洪水・土砂災害ハザードマップ - 村上市公式ウェブサイト (murakami.lg.jp)
https://www.city.murakami.lg.jp/site/bousai/bousai-map.html
[5] 令和4年(2022年)8月3日からの大雨に関する情報 | 国土地理院 (gsi.go.jp)
https://www.gsi.go.jp/BOUSAI/R4_0803_heavyrain.html

弊社提供参考文献
リスクマネジメント最前線 令和元年台風19号による被害と水害への備えについて 東京海上日動リスクコンサルティング 2019
pdf-riskmanagement-225.pdf (tokio-dr.jp)

執筆コンサルタントプロフィール

奥田 莞司
企業財産本部 企業財産リスクユニット 主任研究員

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