ウェルビーイングマネジメントについて

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2022/5/20

 近年、様々な分野で「ウェルビーイング(Well-being)」が注⽬されています。「ウェルビーイング」は古くて新しい⾔葉であり、1948年に発効されたWHO憲章では「身体的、精神的、社会的に良好な状態にあること」とされています。企業領域においては、「健康経営」を拡張・進化させ、心身の健康増進だけでなく、働きがい、職場や仕事への愛着、ワークライフバランスなどを含めた活動として「ウェルビーイング経営」を掲げる企業が徐々に増えています。欧⽶では、ウェルビーイング戦略、ウェルビーイングポリシーをHP等で公表している企業や団体が多数あります。

 「ウェルビーイング」が注⽬されている要因として、SDGs・ESGへの関心が高まる中で従業員の知識やスキル、能力を経営に必要な「人的資本」(※1)と捉えるようになってきたこと、従業員ウェルビーイング(Employee Well-being)と従業員エンゲージメント、生産性やパフォーマンスとの関連性についての研究結果が報告されていること、新型コロナウイルスの感染拡大とリモートワークの導入に伴い従業員の運動不足やメンタルヘルス不調、従業員同士の意思疎通・相互理解の不足等によるストレスを訴える従業員が増えたことが挙げられます。また、雇⽤の流動性の高まりと⼈材獲得競争の激化によりタレントマネジメントの高度化が求められていることも影響しています。

 これまでウェルビーイングは、心理学や医学、経済学、ITなどの分野で非常に数多くの基礎研究や応用研究がなされてきました。心理学における研究の系譜はヘドニズム主義(快楽主義・Hedonism)とユーダイモニア主義(幸福主義・Eudaimonism)の二つに大別されます。前者は現時点でのウェルビーイングの水準・結果(Outcome)に焦点を当てており、主観的ウェルビーイング(Subjective Well-being)を重視しています。一方、後者はウェルビーイングを高めるための生き方やプロセスに焦点を当てており、人間の潜在能力が十分に機能している状態としての心理的ウェルビーイング(Psychological Well-being)に着目しています。主観的ウェルビーイングと心理的ウェルビーイングの構成要素は質問紙調査等に基づき様々な理論や概念が提示されていますが、その一例を図表1に示します。また、ポジティブ心理学の創設者とされるマーティン・セグリマンは、PERMAモデルの中で「持続的幸福(Flourishing)」という概念を提示し、構成要素としてポジティブ感情(P)、エンゲージメント(E)、ポジティブな関係性(R)、意味・意義(M)、達成感(A)を挙げています(※2)。近年は、これらの理論・概念を統合した評価・測定方法も検討されています。

 企業が「ウェルビーイングマネジメント」を経営戦略の⼀つと位置づけ、その維持・向上に全社的に取り組むには、その特性を理解しておく必要があります。主観的ウェルビーイングは変化しやすいものです。マズローの欲求段階説が⽰すように、人は低位の欲求が満たされると、より高位の欲求を持つようになるため、例えば金銭的な報酬や福利厚生等の従来的な「従業員満⾜度」の取組みだけでは、ウェルビーイングは次第に低下してしまう可能性があります。また、ウェルビーイングに影響している要因の約60〜70%は家庭を含む生活環境などの環境的影響であるとされています(※3)。また、組織文化や上司のリーダーシップスタイルが従業員のウェルビーイングに及ぼす影響も大きいことが知られています。これらのことから、従業員一人ひとりの状況を考慮した施策に加えて、組織開発にも目を向ける必要があります。また、場当たり的な施策ではなく、中長期的の視点で総合的な取組みを行うことが必要です。

 ここで弊社が提供してきた「健康経営」「人材・組織マネジメント」のコンサルティングを通じて得てきた知⾒と、近年のウェルビーイング研究や欧米での事例を基に、当社が考える「ウェルビーイングマネジメント」において考慮すべき要素を整理しました(図表2)。「取引先・コミュニティ・社会」に関しては、仕事を通じてのステークホルダーコミュニケーションや社会貢献だけでなく、地域のボランティアや越境学習などの社外活動も重要な要素です。また、「心身の健康・安全」に関しては、従業員本人や家族が病気や怪我をした場合の休業や復帰の支援、育児や介護と仕事の両立といった要素を含みます。なお、ISO45003:2021(※4)や⽶国⼼理学会やEU-OSHAが提⽰している「Psychological Healthy Workplace(⼼理的健康職場)」(※5)の考え方も参考になります。

 「ウェルビーイングマネジメント」を実践していくには、全社の推進役を担うことが多い人事部門や経営企画部門の役割が重要であるのはもちろんのこと、従業員の職場、つまり現場部門の主体的な取組みが必要であり、その実効性を高めるためには人事部門等が現場部門のサポートを行う体制の構築が必要となります。このことは、人事部門が「戦略人事」におけるHRビジネスパートナー(HRBP)を担うことを意味します。しかし現在、多くの企業において、人事部門が日々の業務処理に追われ、中長期的視点での取組みに時間を割けないために「戦略人事」がなかなか推進できていないと指摘されています。ウェルビーイング経営の実践には、人事部門の役割変革と現場部門の取組みを後押しするための経営者の理解と積極的な関与が不可欠であるといえるでしょう。

 

(参考文献)

(※1)青地忠浩,人的資本に関わる情報開示について,東京海上ディーアール株式会社(2021/9/27)

https://www.tokio-dr.jp/publication/column/050.html

(※2)マーティン・セリグマン(著),宇野カオリ(監修・翻訳),「ポジティブ心理学の挑戦 “幸福"から“持続的幸福"へ」,ディスカヴァー・トゥエンティワン(2014)

(※3)Ed Diener, Shigehiro Oishi and Louis Tay, Advances in Subjective Well-being Research, NATURE HUMAN BEHAVIOUR, VOL. 2 (2018)

(※4)ISO45003:2021, Occupational health and safety management - Psychological health and safety at work - Guidelines for managing psychosocial risks

(※5)Matthew J. Grawitch, David W. Ballard, The Psychologically Healthy Workplace: Building a Win-Win Environment for Organizations and Employees, 1st Edition, American Psychological Association (2015)

執筆コンサルタントプロフィール

青地 忠浩
ソリューション創造本部 上級主席研究員

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