原材料調達の気候変動リスクをどのように評価していますか?

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2019/9/18

 2019年8月8日時点で、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)への賛同企業・団体数が世界全体で810を超え、そのうち日本の賛同組織は186に上っています。TCFD の最終報告書では、「シナリオ分析は、気候関連のリスクと機会が企業の戦略に与える影響を理解するための重要かつ便利なツールである」(1)とされており、シナリオ分析を実施し、分析結果を公表する企業も増加してきました。
 排出規制や炭素価格など移行リスクについてのシナリオ分析の事例の蓄積が急速に進む一方で、物理的リスク、特に気候変動の進行が農作物などの原材料調達に与える影響についての分析事例は限られています。しかし、食品・飲料メーカーや商社などでは、自社の品質基準を満たした原材料を必要な量・タイミングで調達できなくなれば、事業への影響は避けられません。そのため、今後は原材料調達の気候変動リスクについてシナリオ分析を実施することの重要度が増していくと考えられます。

 弊社では、気候変動の進行に伴う農作物の収量変化データを、企業の事業活動への影響評価に活用するご支援を行っています。例えば、小麦の場合、気候変動シナリオを用いた小麦の面積単位収量シミュレーションモデルのアウトプット(2)を適用し、国ごとに収量変動を予測しています。このシミュレーションモデルでは、RCP6.0などの気候変動の進行に関するシナリオ(3)と、SSP2などの社会経済に関するシナリオ(4)が適用されており、気温やCO2濃度による影響だけでなく、開発途上国での既存の増収技術の普及度も考慮されています。企業においては、調達先国において、将来の収量変動はありそうか、あるとするとどの程度で、それはいつ頃からかという情報を、事業活動への影響の把握に活用することができます。

 また、2019年8月、IPCC特別報告書が公表されましたが、農林水産省によるSPM(土地関係特別報告書の政策決定者向け要約)の仮訳によると、気候変動により、SSP2シナリオにおいて2050年には穀物価格が7.6%(中央値、範囲は1~23%)上昇する可能性があるとされています(5)。企業での気候変動シナリオ分析における原材料調達価格の変動については、現時点では精緻な定量評価が難しい状況ですが、例えば、調達割合が高い国における将来の収量の減少傾向とその時期の情報を活用して、一定の対策を検討することや、収量の大幅な減少といった深刻な影響の顕在化が数十年先である場合は、検討時間が十分にあるとして、現在の事業戦略に直ちに影響はないとステークホルダーに説明することが必要になるかもしれません。

 原材料調達の気候変動リスクの評価については、このような収量変動のほかにも、品質の悪化など考慮すべき事項があります。弊社では、農作物だけでなく、畜産物など他の原材料も含め、関連する調査研究の最新動向の把握や原材料調達の気候変動リスク評価手法の更なる開発を進めていきます。

 

気候変動シナリオ分析支援コンサルティング

          

(1)Final Report Recommendations of the Task Force on Climate–related Financial Disclosures Taskforce on Climate-Related Financial Disclosures
(https://www.fsb-tcfd.org/wp-content/uploads/2017/06/FINAL-2017-TCFD-Report-11052018.pdf)

(2)国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構プレスリリース「気候変動により将来の世界の穀物収量の伸びは鈍化する」(http://www.naro.affrc.go.jp/project/results/4th_laboratory/niaes/2017/niaes17_s06.html)

(3)「代表的濃度経路(Representative Concentration Pathways: RCP)」をベースとしたIPCCシナリオで、IPCC第5次評価報告書(AR5)で採用されている温室効果ガス排出シナリオ。

(4)「共通社会経済経路(Shared Socioeconomic Pathways: SSP)」:統合評価モデルコンソーシアムが中心となって開発された社会経済シナリオ。IPCC第6次評価報告書等で使用されている。

(5)農林水産省プレスリリース「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)「土地関係特別報告書」の公表

執筆コンサルタントプロフィール

大熊 弥生                           犬塚 俊之
製品安全・環境本部 CSR・環境ユニット 主席研究員      企業財産本部 企業財産リスク第一ユニット 上級主任研究員

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