東京海上dR GXレポート「欧州連合におけるクリーン産業の競争力強化に向けた取り組み」
2025/7/1
目次
- グリーンディール産業計画からの流れ
- 欧州議会選挙と新たな5年間:一層、競争力強化に軸足を移すEU
- クリーン産業ディールと手頃なエネルギーに向けた行動計画
- EUの動向の産業への影響
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(一財)日本エネルギー経済研究所 資源・燃料・エネルギー安全保障ユニット
主任研究員 下郡 けい
協力:東京海上dR「GXの産業界への影響と対応」研究プロジェクトメンバー
脱稿日:2025年6月23日
2025年2月、欧州連合(以下、EU)の行政執行機関である欧州委員会は、脱炭素と競争力強化の両立を目指す「クリーン産業ディール(Clean Industrial Deal)」を発表しました。EUでは、2023年頃から政策の軸足が「競争力の強化」に移りつつあり、「クリーン産業ディール」はその具体的な取り組みを示すものとして大きな注目が集まっていました。また、「クリーン産業ディール」の重要な要素の一つとして同時に発表された「手頃なエネルギーに向けた行動計画(Action Plan for Affordable Energy)」は、市民や産業界が特に高い関心を寄せるエネルギー価格の低減に向けた取り組みを提示しています。
EUでは、5年ごとに実施される欧州議会選挙に沿って、立法サイクルが設定されています。2024年は欧州議会選挙の年であり、今後5年間のEUの政策的な優先事項や政策方針が新たに定められました。2024年から2029年は、EUの政策的な優先事項として「競争力の強化」が掲げられています。本稿では、クリーン産業ディールを中心に、競争力強化に向けたEUの取り組みについて概説します。
図表1. 本稿で紹介する政策文書、規則・指令等の関係性(筆者作成)
1. グリーンディール産業計画からの流れ
上述の通り、「競争力の強化」は、2024年から5年間のEUの政策的優先事項の中心に位置づけられていますが、この流れは、2024年の欧州議会選挙以前から見られます。本節ではその中でも重要と考えられる「グリーンディール産業計画」、「ネットゼロ産業法」、「重要原材料法」について概説します。
(1)グリーンディール産業計画
欧州委員会は、2019年12月に「欧州グリーンディール」を発表して以降、2050年気候中立実現に向けた詳細な規則や指令の改正・策定を含む「Fit for 55」政策パッケージ1や、化石燃料の脱ロシア依存を目指す「REPowerEU計画」2を発表してきました。
欧州グリーンディールの一環として、2050年気候中立の実現に貢献する産業の競争力を強化するための計画として2023年2月に発表されたのが、「グリーンディール産業計画」です。同計画発表の背景として、2050年気候中立というEUの目標達成のみならず、域外の国によるクリーンエネルギー産業への投資や支援強化が挙げられます。特に欧州委員会は、米国のインフレ削減法(IRA)に対して、補助金や補助金支給の条件が欧州企業を不利な競争にさらす可能性や生産拠点の域外移転につながりかねないとして強い懸念を示してきました。
グリーンディール産業計画では、①予測可能で簡素化された規制環境、②資金調達へのアクセスの迅速化、③技能の向上、④公正な貿易と強靭なサプライチェーン、という4つの柱を掲げました。①は、ネットゼロ産業が成長するための適切な規制環境の整備を指し、この中で「ネットゼロ産業法(Net Zero Industry Act)」、「重要原材料法(Critical Raw Materials Act)」、「電力市場設計の改革」を提案しました。②は、官民投資促進のための資金支援スキームとして既存のスキーム(インベストEU、EUイノベーション基金、復興レジリエンス・ファシリティ)の活用を提案しました。③は、ネットゼロ産業を支える熟練した人材の育成・確保です。④では、WTOの枠組みに基づき、EUのFTAネットワークや他の形態での協力発展を継続すること等を指摘しました。同計画自体は政策文書で法的拘束力がありませんが、同計画で提案された後述の「ネットゼロ産業法」、「重要原材料法」は法的拘束力を有しています。
(2)ネットゼロ産業法
グリーンディール産業計画を踏まえ、2023年3月に提案されたのが「ネットゼロ産業法」です。同法は、気候中立達成のカギとなる技術や主要部品の製造拡大を目的としています。2030年までに、ネットゼロ技術3 について、EUの2030年目標の達成に必要となる年間導入ニーズの少なくとも40%の製造能力を域内で確保することを目標として掲げています。同法は2024年6月に発効しました。
ネットゼロ産業法は、技術の製造エコシステムの競争力強化のため、6つの柱を打ち出しています:①行政・許認可プロセスの合理化、②CO2貯留能力の向上、③ネットゼロ技術の需要喚起、④熟練労働力の確保、⑤イノベーションの促進、⑥Net Zero Europe Platformを設立し欧州委員会と加盟国に対して相互支援と助言を実施)。企業活動に影響を与える柱として、特に①と③が考えられます。例えば、①は、ネットゼロ技術の製造施設(計画、既設の拡張・転用)に関する行政・許認可プロセスを合理化することで製造能力拡大を図るものです。再生可能エネルギーやCCSプロジェクトを中心に、許認可プロセスに要する時間の長さがかねてから課題として指摘されてきました。域内の規制環境を整え、ネットゼロ産業への投資をさらに呼び込むとともに、エネルギー安全保障の観点からも域内製造能力を強化したい考えと言えます。また、③については、ネットゼロ技術の需要喚起として、公的機関が公共調達等を通じてネットゼロ技術に対する安定した需要の創出・維持を支援することが盛り込まれました。需要を確保することで、欧州市場向けの製品生産拡大が魅力的なビジネスとなることが期待されています。具体的には、ネットゼロ技術に関する公共調達や再生可能エネルギー導入の入札において、持続可能性及びレジリエンスに関する基準を考慮しなければなりません。例えば、レジリエンスに関する基準では、供給源分散化への貢献度が考慮されます。これは、現在EUがネットゼロ技術の純輸入国であり、特に太陽光発電技術や部品はその大部分を中国に依存する状況への懸念の現れと言えます。
(3)重要原材料法
重要原材料法は欧州委員会によって2023年3月に提案され、重要原材料の供給確保を目的とした初めての規制的な枠組みです。同法は、重要原材料の安全かつ持続可能な供給へのEUのアクセスを確保することを目的とし、より具体的には、バリューチェーンの各段階におけるEUの能力強化、安全で強靭なサプライチェーンの確立、モニタリングとリスク軽減能力の向上、重要原材料の持続可能性と循環性を改善、そして原材料輸入の多様化を目指しています。同法は2024年5月に発効しました。
同法では、今回初めて重要原材料リスト(34種)が法的に位置づけられ、特に重要なものが戦略的原材料(17種)として定義されました。また、バリューチェーンにおけるEUの能力強化に向けて、2030年までにEUが達成すべき戦略的原材料に関するベンチマーク(それぞれの戦略的原材料について年間消費量をベースにした基準、法的拘束力はない)が設定されています:i) 域内年間消費量の少なくとも10%を域内で採掘(採掘能力)、ii) 域内年間消費量の少なくとも40%を域内で加工(加工能力)、iii) 域内年間消費量の少なくとも25%をリサイクルでまかなう(リサイクル能力)。さらに、輸入多様化の観点から、加工段階にある個々の戦略的原材料について、2030年までに最大の域外輸入相手国のシェアが域内年間消費量の65%を超えないようにすることが設定されています。現在、EUは第三国からの重要原材料の輸入に大きく依存しています。例えば、2023年の数値をみると、EUのマグネシウム(自動車や航空宇宙、電子機器等で利用)輸入の99%は中国由来であり、ガリウム(スマートフォンや衛星、太陽光発電等で利用)輸入の79%も中国由来となっています。
戦略的原材料リスト | (a)ボーキサイト/アルミナ/アルミニウム、(b)ビスマス、(c)ホウ素(冶金用グレード)、(d)コバルト、(e)銅、(f)ガリウム、(g)ゲルマニウム、(h)リチウム(蓄電池グレード)、(i)マグネシウム金属、(j)マンガン(蓄電池グレード)、(k)グラファイト(蓄電池グレード)、(l)ニッケル(蓄電池グレード)、(m)白金族金属、(n)永久磁石用レアアース元素(Nd、Pr、Tb、Dy、Gd、Sm、Ce)、(o)シリコン金属、(p)チタン金属、(q)タングステン |
脚注
1 2030年までに温室効果ガス排出量を1990年比で少なくとも55%削減するという目標に向けた政策パッケージ。
2 省エネルギー、エネルギー供給の多様化、再生可能エネルギー普及の加速を柱に、天然ガス消費量の削減を目指す計画。
3 対象となる技術として、19の技術が列挙されている。(a)太陽光技術(PV、太陽熱発電、太陽熱技術を含む)、(b)陸上風力発電及び洋上再生可能エネルギー技術、(c)バッテリー・エネルギー貯蔵技術、(d)ヒートポンプ及び地熱エネルギー技術、(e)水素技術(電解装置及び燃料電池を含む)、(f)持続可能なバイオガス及びバイオメタン技術、(g)CCS技術、(h)電力網技術(運輸向け充電技術及び電力網のデジタル化技術を含む)、(i)核分裂エネルギー技術(核燃料サイクル技術を含む)、(j)持続可能な代替燃料技術、(k)水力発電技術、(l)前項のカテゴリーに該当しない再生可能エネルギー技術、(m)エネルギーシステムに関連するエネルギー効率化技術(熱供給網技術を含む)、(n)非生物由来再生可能燃料技術、(o)バイオテクノロジーを活用した気候・エネルギーソリューション、(p)前項に該当しない脱炭素化のための変革的な産業技術、(q)CO2輸送・利用技術、(r)運輸向け風力推進技術及び電気推進技術、(s)前項に該当しない原子力技術。
2. 欧州議会選挙と新たな5年間:一層、競争力強化に軸足を移すEU
(1)欧州議会選挙
2024年6月、5年に一度の欧州議会選挙(定数720議席)が実施されました。5年前の選挙では緑の党が大きく躍進して「緑の波」と特徴づけられましたが、新型コロナウイルス感染症拡大の影響、ウクライナ戦争以降のインフレ、EU域内産業の競争力の低下といった情勢の変化を踏まえ、今回は議会が「右傾化」したと言えます。
選挙の結果、緑の党を中心としたGreens/EFA(緑・欧州自由同盟)は53議席と大きく議席を減らしました。親EUの政党グループとして中道右派のEPP(欧州人民党)が第一会派(188議席)、中道左派のS&D(欧州社会民主進歩同盟)が第二会派(136議席)を維持しましたが、両者で過半数には達しませんでした。中道リベラルのRenew(欧州刷新)は、議席を大きく減らして第五会派(77議席)に留まりました。一方、EUに懐疑的な立場をとる勢力では、ECR(欧州保守改革)が議席を伸ばして第四会派(78議席)に、また複数の極右政党が参加するPfE(欧州の愛国者)が新たに立ち上げられ一気に第三会派(84議席)へ浮上しました。
欧州議会は、多くの分野でEU理事会4 と共同で立法権を持ち、欧州委員会が提案するEU法の採択やEU予算の承認、欧州委員長と欧州委員会の承認等の権限を有します。二期目となるフォン・デア・ライエン委員長(EPPに所属)が率いる欧州委員会は、上述の通り議席構成が5年前から大きく変化した欧州議会の政治的なバランスも踏まえつつ、今後各種の立法提案を行うこととなります。
(2)2024~2029年の政策方針
新たな5年間(2024年~2029年)におけるEUの政策的な優先事項を定めた「戦略的アジェンダ2024-2029」では、競争力の強化に焦点が当てられています。戦略的アジェンダは、欧州理事会5 が5年ごとに策定するものです。戦略的アジェンダ2024-2029の策定プロセスは、2023年10月に開催された欧州理事会非公式会合から始まりました。同会合では「グラナダ宣言」が採択され、優先事項の原案が示されました。その後も加盟国首脳による議論を経て、最終版が2024年6月末の欧州理事会で採択されています。2024-2029年版では、「自由で民主的な欧州」、「強固で安全な欧州」、「豊かで競争力のある欧州」の3つが掲げられました。なお、2019-2024年版では、優先事項の一つとして「気候中立、グリーン、公正、社会的な欧州の構築」が明記されていました。後述の欧州委員会の政策方針のように、EUとして気候中立やエネルギー転換を推進する姿勢は堅持されていますが、域内外の情勢変化を踏まえて、競争力の強化に軸足が移っていると言えます。「豊かで競争力のある欧州」の中では、エネルギーや金融、通信分野における単一市場の深化や、多様で安全な戦略的サプライチェーン、将来の主要技術における能力向上、グリーン・デジタルへの移行といった内容が掲げられました。これらの内容は、後に続く政策文書において同様に言及されています。
フォン・デア・ライエン委員長が2024年7月に提示した、欧州委員会の今後5年間の方針では、欧州グリーンディールで掲げた目標を維持すべきとしつつ、優先事項(7つ)のトップとして「持続可能な繁栄と競争力」が挙げられました。ビジネス環境の改善として単一市場の深化や行政上の負担の削減、「クリーン産業ディール」を就任100日間で策定することに加えて、「産業脱炭素化促進法」を策定して特にエネルギー集約部門向けのインフラや産業へ投資を誘引すること、欧州気候法に2040年のGHG排出削減目標(1990年比90%削減)を明記すること、公共調達において欧州製品へ選好を与えることを可能とするよう関連指令を改正提案、「欧州競争基金」の創設を予定、といった内容が盛り込まれました。
欧州委員会が「クリーン産業ディール」を策定するにあたって参考とした報告書の一つが、「ドラギ報告書」(2024年9月発表)です。同報告書は、ドラギ前欧州中央銀行総裁が欧州委員会から依頼を受けて作成したもので、欧州が生産性の低さと低成長の谷から抜け出すには、2025年から2030年の期間に年間7,500億~8,000億ユーロ、2023年のGDP比4.4~4.7%に相当する追加投資が必要と指摘しています。同報告書は、エネルギーや重要原材料、エネルギー集約型産業、クリーン技術、自動車といった10の分野別に詳細な現状分析と競争力の強化に向けた提言を示しました。特にエネルギー分野では、エンドユーザーのエネルギーコストを下げること、技術中立的なアプローチを通じて利用可能なあらゆる解決策を活用し、コスト効率の高い方法で脱炭素化を加速させるという2つの目標を同時に追求すべき、と指摘しています。
ドラギ報告書を基盤として、欧州委員会は、競争力に関する今後5年間の取り組みをロードマップとして示しました。これが「競争力コンパス」(2025年1月)です。ここでは、3つの重要な柱と5つの横断的な措置を掲げています。3つの柱は、①イノベーションギャップの解消、②脱炭素と競争力に向けた共同ロードマップ、③過剰な依存の削減とセキュリティの強化で、それぞれの柱について主要な取り組み(欧州委員会による立法提案や計画・戦略の発表、既存法令の改正)が実施目標期日とともに示されています。このうち、②に関する主要な取り組みの一つが「クリーン産業ディール」、そして「手頃なエネルギーに向けた行動計画」です。また、5つの横断的な措置として、i) 規制の簡素化、ii) 単一市場のスケールメリット活用、iii) 資金調達、iv) 技能と質の高い雇用促進、v) EUと加盟国の政策のよりよい調整、が挙げられました。今後は、例えば、iii)について次期多年度財政枠組み(MFF、2028-2034年)において競争力確保を支援する予算割当がどのように検討されるか、v)との関連で産業・研究政策や投資についてEUと加盟国間の取り組みを調整する枠組み(Competitiveness Coordination Tool)がどのように機能するか等が注目されます。
脚注
4 EUの主な立法、意思決定機関。EU加盟国政府の閣僚で構成される。議長国は半年ごとの輪番制。立法の他、加盟国の政策調整や共通外交・安全保障政策の策定、国際協定の締結、予算の採択を行う。
5 EU加盟国首脳、欧州委員会委員長、常任議長で構成される最高政治機関。年4回以上の会議を開き、EU全体の政治的方向性や政策の優先順位を決定する。立法権は有さない。
3. クリーン産業ディールと手頃なエネルギーに向けた行動計画
2025年2月に欧州委員会が発表した「クリーン産業ディール」は、エネルギー集約産業(鉄鋼、金属、化学等)とクリーンテック分野の支援に焦点を当て、技術中立の原則を尊重しつつ、欧州における生産を拡大するための対策を盛り込んでいます。下表に示すように、6つの要素について、実施のタイムラインとともに主要な取り組みが掲げられました。また、クリーン産業ディールでは、循環性(リサイクル・リユース・持続可能な生産を通じた廃棄物の削減や材料の寿命の延長を目指す)も重要な要素として位置づけられています。
6つの要素 | 主要な取り組み |
エネルギーを手頃な価格に |
手頃なエネルギーに向けた行動計画、ガス貯蔵規則の延長に関する立法提案 等 |
クリーン製品の需要を促進 |
産業脱炭素化促進法で公共・民間調達に基準(持続可能性、レジリエンス、EU域内調達率)を導入。同法で工業製品向けの自主的な炭素強度ラベルを導入(鉄鋼から開始)等 |
官民投資による資金調達 |
イノベーション基金を強化し、産業脱炭素化銀行を提案(投資可能額は1,000億EURを目指す)。クリーン産業ディール国家補助枠組みを新たに採択し、国家補助措置の承認を簡素化・迅速化する、等 |
原材料・資源へのアクセス確保、循環性を戦略の中心に据える |
重要原材料法の実施を優先。2025年3月に戦略的プロジェクトの最初のリストを特定。EU重要原材料センターを設立し共同調達・戦略的備蓄管理を行う。2026年に循環経済法を採択する、等 |
世界の市場へのアクセス、パートナーシップの締結 |
既存・新規FTAの早期締結、新規FTAの進展。クリーン貿易・投資パートナーシップの締結。炭素国境調整メカニズム(CBAM)の簡素化・行政手続き負荷の軽減、CBAMレビュー報告書の作成、等 |
熟練労働力の確保 |
包括的なスキル戦略としてUnion of Skillsを策定、質の高い雇用ロードマップの作成、等 |
クリーン産業ディールでは、競争力の源泉は手頃なエネルギー価格であるとして、第一にエネルギー価格の低減が打ち出されています。その一環として、欧州委員会は「手頃なエネルギーに向けた行動計画(Action Plan for Affordable Energy)」を採択しました。同行動計画では、クリーンエネルギーの普及促進や電化の加速、物理的な接続を含めた域内エネルギー市場の完成、そしてエネルギー効率の向上と輸入化石燃料への依存低減を目的に、おおよそ現在から2027年を実施目安とした8つの行動が示されています。
4つの柱 | 8つの行動 |
エネルギーコストの低減 |
①電気料金を手頃に(ネットワーク料金・電力税の低減等) |
エネルギー同盟の完成 |
⑤2025年:エネルギー同盟タスクフォースの発足、クリーンエネルギー投資戦略の発表、原子力説明プログラムの更新 |
投資を誘引 |
⑥公共部門、クリーンエネルギー生産者、エネルギー消費産業による三者間契約 |
潜在的なエネルギー危機に備える |
⑦価格安定のための安定供給確保(エネルギー安全保障の規制枠組みの改定) |
4. EUの動向の産業への影響
このように域内産業の競争力強化に向けて、EUは関連する方針や戦略を相次いで発表してきました。ウクライナ戦争を契機としたエネルギー価格の高騰は、産業の流出を含め欧州の産業の競争力に大きな負の影響を与えており、喫緊の課題と認識されています。EUの一連の提案は、再生可能エネルギーや電力網の拡大を念頭に置いたものと言えますが、例えばインフラ許認可手続きの加速や電力網の近代化、システム柔軟性の向上等がコスト低減の効果をもたらすまでには時間を要することにも留意する必要があります。
また、クリーン産業ディールで言及された、クリーン製品の需要創出に関する取り組み(例として、公共・民間調達にEU域内調達率を含む基準の導入を提案)は、欧州企業のクリーン製品に対する投資に予見可能性を与えます。しかし一方で、これは保護主義的な側面も否定できず、日本企業への影響が懸念されるところです。
加えて、クリーン産業ディールにおいて言及された新たな国家補助の枠組み(再生可能エネルギーの普及、産業の脱炭素化、クリーンテック製造能力拡大の加速に向けて国家補助の承認を簡素化・迅速化する)の設計がどのようなものとなるのか、また、至近の情勢の変化によって欧州の防衛力強化が急がれる中で、長期的なEU予算枠組みにおいて競争力の強化にどれだけの予算を割り当てることが可能なのかが注目されます。
執筆者プロフィール
下郡 けい
(一財)日本エネルギー経済研究所 資源・燃料・エネルギー安全保障ユニット 主任研究員