東京海上dR GXレポート「次世代太陽電池(ペロブスカイト太陽電池)と産業」
2025/4/22
目次
- 国内における太陽光発電の現状と普及の課題
- ペロブスカイト太陽電池とその特徴
- ペロブスカイト太陽電池の開発動向
- ペロブスカイト太陽電池のサプライチェーンの課題
- ペロブスカイト太陽電池の開発・製造・普及に向けた政策動向
- ペロブスカイト太陽電池普及の社会的影響と今後の見通し
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東京海上ディーアール株式会社 製品安全・環境本部
サステナビリティユニット 主任研究員 村上 俊男(所属・役職は脱稿日時点のもの)
協力:東京海上dR「GXの産業界への影響と対応」研究プロジェクトメンバー
脱稿日:2025年3月31日
1. 国内における太陽光発電の現状と普及の課題
我が国におけるエネルギー転換部門のGHG排出量はエネルギー起源CO2排出量の44%(2022年)を占めており1 、日本のGX推進のためには、発電部門における脱炭素化が欠かせません。2025年2月18日に閣議決定された「第7次エネルギー基本計画」と同時に公表された関連資料である「2040年度におけるエネルギー需給の見通し」では、2040年度までに発電電力量の4~5割を再生可能エネルギーが占め、全体の23~29%程度を太陽光発電とする見通しが記載されています。2023年度の太陽光発電電力量の比率は9.8%であるため、この見通しを実現するためにはこの比率を3倍程度に増やす必要があります。
太陽光発電の発電電力量に占める比率は、新しいFIT制度(再生可能エネルギーの固定価格買取制度)2 が導入された2012年の翌年の2013年度の1.2%から2023年度の9.8%へと増加しました3。同時期に、太陽光パネルの価格は半値程度4となりましたが、比率の増加は10年間で8ポイントに留まります。この要因として、日本は太陽光発電の設置に適した土地が比較的少ないことが挙げられます。実際に、単位面積当たりの発電容量は他国と比べて突出して高い状況にあります(図表1)。太陽光発電を導入するにも、メガソーラーのように大きな平地や切り開いた山地に大量の太陽光パネルを広げるといった、これまでの延長線上の発想で行っていては、景観や自然環境への影響も懸念され、おのずと限界が訪れるでしょう。従来は設置が難しいとされていた場所にも展開できるような製品の開発が行われることで、こうした状況を打開する契機が生まれると考えられます。
脚注
1 環境省「2022年度(令和4年度)温室効果ガス排出・吸収量について」
2 新しいFIT制度ができるまでの2009年から2012年の間は、家庭や発電施設(ソーラーパネル)がある各事業所が太陽光発電により生み出した電力のうち、余剰になったものを一定の価格で10年間、電気事業者が買い取るということを国が約束する制度(太陽光発電余剰電力買取制度)が存在しました。
3 資源エネルギー庁「総合エネルギー統計」
4 発電容量1kW当たりの価格は2012年28.4万円から2022年には14.9万円へと低下。https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/perovskite_solar_cell/20241128_report.html
日本 | ドイツ | イギリス | 中国 | スペイン | フランス | インド | 米国 |
514 | 243 | 65 | 42 | 47 | 40 | 20 | 18 |
(出典)次世代型太陽電池の導入拡大及び産業競争力強化に向けた官民協議会
「次世代型太陽電池戦略」(令和6年11月)より数値のみ引用
現在普及している太陽光発電に利用されるパネルはシリコン型といわれ、原材料にケイ素(シリコン)が使用されています。耐久性が高く大型化も容易であるため、住宅や商業施設だけでなく、農地や山地を利用して設置されるケースも多く見られます。設置に適した土地がすでに少なくなっていると考えられていることに加え、シリコン型の太陽光パネルは重量があるため、耐荷重の低い工場の屋根や一部の住宅の屋根等は設置に適さないといわれているため、これも普及の障壁になっていると考えられます。
ペロブスカイト太陽電池は軽量・薄型で、路面やビルの壁面、強度が十分でない屋根への設置が可能となっており、従来のシリコン型の太陽光電池では設置が難しいとされている場所に設置が可能となるものとして期待を集めています。
同太陽電池は、「次世代型太陽電池戦略」において、2030年までにGW級の導入を目指すこととし、2040年には約20GWを目指す(大幅なコスト低減等が進んだ場合は約40GW~)ものとして目標が掲げられています。
2. ペロブスカイト太陽電池とその特徴
ペロブスカイト太陽電池は、化学式ABX3(A、B、Xは3種類のイオン、代表的にはA:有機アンモニウム、B:鉛、X:ヨウ素)で表現されるペロブスカイト結晶構造で配列する材料を発電層に用いた太陽電池の総称です。材料をフィルム等に塗布・印刷して作成することができるため、フィルムのように折り曲げることが可能な、薄型で軽量なパネルの実現が可能となります。その性質から、シリコン型では設置することが難しい壁面や電柱といった場所にも導入できるものとして期待されています。
太陽電池は、発電層に太陽光等の光エネルギーが入ることで発電層の電子と正孔を動かし、電流を発生させる仕組みです(図表2および図表3)。発電層に用いる素材によって特徴が異なり、「シリコン系」「化合物系」「有機系」の3つに分類されます。ペロブスカイト太陽電池は有機と無機が混合した材料を用いますが、「有機系」に分類されます(図表4. 太陽電池の発電層による分類)。
図表2. シリコン太陽電池の仕組み
(出典)太陽光発電協会「太陽光発電の基礎知識」を基に当社作成
図表3. ペロブスカイト太陽電池の仕組み
(出典)太陽光発電協会「太陽光発電の基礎知識」及び次世代型太陽電池の導入拡大及び
産業競力強化に向けた官民協議会「次世代型太陽電池戦略」(令和6年11月)を基に当社作成
図表4.太陽電池の発電層による分類
(出典)葭本(2024)5 を基に当社作成
太陽電池の性能を表す重要な指標として、太陽エネルギーを電気エネルギーに変換する効率性(変換効率)が注目されますが、ペロブスカイト太陽電池の変換効率は2024年11月時点で26.7%程度まで向上しており、シリコン型に近い水準にまで到達しています。
変換効率だけを見ると性能は現在の主要製品であるシリコン太陽電池に匹敵するように見えますが、実際には、ペロブスカイト太陽電池には、酸素、水、紫外線等による劣化が起こりやすく寿命が短いという点、極薄の層を均等な厚み、均質な物性を持つように成膜する技術的ハードルのため大型化が難しいという点が弱点であり、今後の技術開発の成否が重要になります。
脚注
5 葭本隆太(2024)、『素材技術で産業化に挑む ペロブスカイト太陽電池』、日刊工業新聞社。
3. ペロブスカイト太陽電池の開発動向
ペロブスカイト太陽電池には、セルの作成方法に応じて、フィルム型、ガラス型、タンデム型(ガラス)の3種類があります。日本が技術的優位性と導入ポテンシャルが高いとされているのはフィルム型とガラス型です。特に、耐久性の確保や大型化のための要素技術において日本がリードしているとされているのがフィルム型になります。前述したように、フィルムのように折り曲げることが可能で軽量・薄型であるため、建物の壁面等の従来は設置が困難な場所への導入が期待されます(図表5)。
図表5.ペロブスカイト太陽電池の種類
(出典)次世代型太陽電池の導入拡大及び産業競争力強化に向けた官民協議会
「次世代型太陽電池戦略」(令和6年11月)を基に当社作成
海外においてもペロブスカイト太陽電池の開発が行われており、開発競争は激化しています。中国においては、2015年頃からスタートアップ企業が複数設立され、多数の企業や大学において中国国内での特許取得が進められている状況です。開発の中心はガラス型であり、タンデム型も含め量産に向けた動きがみられます。欧州においては、独立系メーカーにおいてフィルム型・タンデム型の開発が進められており、量産ラインの整備に向けた動きもみられる状況です(図表6)。
図表6. 海外企業における開発動向について
(出典)次世代型太陽電池の導入拡大及び産業競争力強化に向けた官民協議会
「次世代型太陽電池戦略」(令和6年11月)から引用
4. ペロブスカイト太陽電池のサプライチェーンの課題
ペロブスカイト太陽電池のセルは様々な材料から、多数の製造段階を経て作成されます。ペロブスカイト太陽電池のサプライチェーンを製造工程で分解すると、原材料(発電層)⇒基板・電極形成⇒セル/モジュール形成⇒デバイス形成、となります。
発電層(ペロブスカイト層)に用いられるペロブスカイト結晶はABX3の化学式で表現されます。代表的なものとして、Aには有機アンモニウム、Bには鉛、Xにはヨウ素が入ります。このうち、発電層の主要な原材料となるヨウ素が注目されています。
ヨウ素については、日本が生産量で世界シェアの約3割を占め(6割のシェアを占めるチリに続いて世界第二位)、埋蔵量の推計は500万トンで世界第一位です6 。資源に乏しいといわれる日本で自給が可能な貴重な資源です7 。
また、発電層以外の部材に使用する代表的な素材は日本での自給はできず、自国内でモジュール製造のサプライチェーンを構築する場合には多くを輸入に頼ることになります。実際に、ペロブスカイト太陽電池の部素材となる資源について、日本が主要産国となっている部素材は限られています(図表7)。例えば、電極形成で利用される透明電極の代表素材であるITO(酸化インジウムスズ)に含まれるインジウムはレアメタルの一つです。日本はインジウム地金の世界最大の消費国(約半分を消費)でありながら、日本国内での生産量のシェアは6%程度8 で、自給をすることはできず、多くを輸入に頼っています。リサイクル品の使用や代替材料の開発等、原材料調達のリスクを低減することが課題です。
ペロブスカイト太陽電池の製造に係る要素技術の確保に留まらず、部素材確保のための取組みや代替素材への置き換え技術の開発についても行っていく必要があることが伺えます。
図表7.部素材と資源の主要生産国
(出典)次世代型太陽電池の導入拡大及び産業競争力強化に向けた官民協議会
「次世代型太陽電池戦略」(令和6年11月)を基に当社作成
脚注
6 株式会社合同資源ホームページ、“ヨウ素の鉱床、世界の生産量”
7 日本のヨウ素は水溶性天然ガス鉱床に付随する、高濃度のヨウ素を含むかん水から生産されます。千葉県や新潟県、宮崎県で生産されています。特に千葉県には国内最大規模の水溶性天然ガス鉱床「南関東ガス田」があり、国内の約80%のヨウ素を生産しています。かん水は地下500~2,000mから汲み上げられますが、急激な増産で地下水を大量に汲み上げると地盤沈下のリスクが高まるため、汲み上げ量は制限されています。このため、需要増加に応じて埋蔵資源を自由に使うというわけにはいかず、適切な資源の再利用の途を確保しておくことが重要になります。
8 JOGMEC「鉱物資源マテリアルフロー2022 インジウム」
5. ペロブスカイト太陽電池の開発・製造・普及に向けた政策動向
ペロブスカイト太陽電池の普及に向けた取組みは、部素材の研究開発や製品の実証実験等、様々に行われています。新技術の開発や関連製品のサプライチェーンの確保、量産体制の確立には大きな不確実性が伴うため、企業単独での取組みが困難なケースも想定されるなか、適切な政策支援が求められます。
ペロブスカイト太陽電池に関する基盤技術の開発や、製品レベルの大型化を実現するための各製造プロセスの要素技術の確立に向けた研究開発については、NEDOに創設されたグリーンイノベーション基金(GI基金)における事業として、2021年度から様々なプロジェクトが行われています9。2024年5月時点でGI基金から、次世代太陽電池の基盤技術開発に対しては39億円の支援規模(事業規模39億円)、実用化事業に対しては155億円の支援規模(事業規模203億円)となっています10。また、2024年には量産技術開発やフィールド実証といった取組みを通した、発電コストの低減や設置方法、施工方法を含めた性能検証を目的とした事業(実証事業)が採択され、2028年度までの取組みとして事業規模約183億円に対し約125億円の支援規模となっています。なお、GI基金では、従来型シリコン太陽電池と同等の発電コスト(14円/kWh)以下の達成を2030年までに目指しています。
また、ペロブスカイト太陽電池はGX推進戦略における今後の対応の一つとして掲げられている「再生可能エネルギーの主力電源化」の中に記載が見られ、重要な技術の一つと考えられます。経済産業省のGXサプライチェーン構築支援事業11においては、2024年にペロブスカイト太陽電池製造(総事業費3,145億円、補助金1,572億円)や製造に係るレーザー加工装置製造(総事業費68億円、補助金34億円)が事業として採択されました。同支援事業の予算額4,212億円に比して、ペロブスカイト太陽電池関連事業の重要性が伺えます。
ペロブスカイト太陽電池の社会実装に向けては、投資予見性を向上させる需要創出も必要になります。需要創出には、発電設備自体の価格の低減、設備購入者が負担するコストの引き下げ、発電設備の設置費用(投資コスト)の回収の不確実性の低減、といった方法が考えられます。
設備自体の価格の低減は、製造コスト低減につながる要素技術の開発や量産化と表裏一体の関係にあります。技術開発や量産化の取組みは既述のとおり、GI基金やGXサプライチェーン構築支援事業等による製造コスト低減や実証事業を通じて進展することが期待されます。
また購入者の負担を引き下げる方法としては、購入補助金等の直接的な政策的支援の導入が考えられます。設備購入のための直接的な補助金については、現時点では具体的な制度は存在しません。導入の際には、終了による効果剥落が普及速度に悪影響を与えないよう、慎重に導入検討を進めていく必要があるでしょう。
投資コスト回収の確度を高めるためには、売電収入の安定化が重要ですが、ペロブスカイト太陽電池をFIT制度の対象に含めることが検討されており12、設備導入のインセンティブとして機能することが期待されます。
脚注
9 プロジェクト実施企業等が、事業終了後の期間を含めて見積もった社会実装に向けた取組み(GI基金事業による支援を含む)にかかる関連投資額を含めるとプロジェクト全体の関連投資額は2,558億円と見込まれています。
10 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「グリーンイノベーション基金事業/次世代型太陽電池の開発 2024年度WG報告資料」、2024年5月31日
11 2050年のカーボンニュートラル実現及び国際競争力強化につなげるため、中小企業を含む製造サプライチェーンや技術基盤の強みを最大限活用し、GX実現にとって不可欠となる、水電解装置、浮体式等洋上風力発電設備、ペロブスカイト太陽電池、燃料電池等をはじめとするGX分野の国内製造サプライチェーンを、世界に先駆けて構築することを支援する事業。
12「次世代型太陽電池戦略」において、政府はペロブスカイト太陽電池に関する新設区分の創設、そのタイミングについて、引き続き、検討するとしています。
6. ペロブスカイト太陽電池普及の社会的影響と今後の見通し
ペロブスカイト太陽電池の量産化に成功すれば、影響の裾野は大きく広がることになります。従来の太陽電池へのリプレースだけでなく、従来は適地とされていなかった耐荷重の小さい屋根等への設置、軽量性や柔軟性を活かしたビルの壁面や窓ガラス、ドーム屋根、車両の屋根への設置といった、様々なものへの展開が期待されます。
もちろん、良いことばかりではありません。例えば、建物の壁面に設置する場合、建物の耐用年数に比べ太陽電池の方が寿命は短いことから、リプレース時の影響を考慮して設置しなければなりません。特に屋外設置の場合、台風等による災害時に設備に損壊が生じるなどの起こりうる様々な事態を想定し、それらへの対応を予め検討しておく必要があります。
かつて、我が国では、1973年のオイルショックを契機に、石油代替エネルギーの開発に向けた取組みとして1974年にサンシャイン計画が発足しました。計画の下、日本企業は太陽光パネル技術開発を進め、2000年代初頭にはパネル生産の世界シェアが50%に達しました。ところが、その後、中国等の海外勢が台頭し、日本企業のシェアは1%程度まで低下しました。
本稿の冒頭で触れたように、日本における発電電力量に占める太陽光の比率は10年間で8%ポイント増加しました。電力に占める太陽光比率の増加の一方で、日本のパネルメーカーにおける国内出荷に占める割合が37%程度(2023年度)13 であることを考慮すると、国内においても海外勢に大きくシェアを奪われていることになります。
ペロブスカイト太陽電池の普及に向けて必要な対応は、部素材の調達から製造企業(供給企業)、需要側の企業、政府といった様々なプレーヤーにおいて多岐に亘るものと考えられます(図表8)。本稿で取り扱った内容はその一部であり、これらを含め今後の動向を注視しつつ、適切な対応を検討し実施することが重要です。
図表8.ペロブスカイト太陽電池の社会実装に向けて求められる対応
(出典)各種情報を基に当社作成
脚注
13 一般社団法人 太陽光発電協会による出荷統計を基に計算
執筆コンサルタント
村上 俊男
製品安全・環境本部 サステナビリティユニット 主任研究員(所属・役職は脱稿日時点のもの)