リアルタイム型シミュレーション訓練の勧め

Tokio dR-EYE

2017/2/2

目次

  1. リアルタイム型シミュレーション訓練の概要
  2. 訓練効果が確認できた事例と企業価値の向上等にも活用した事例

※2021年7月1日付の社名変更に伴い、TRC EYEはTokio dR-EYEに名称が変更となりました。

リアルタイム型シミュレーション訓練の勧め - TRC EYEPDF

執筆コンサルタント

濱口 隆史
主席研究員

 

緊急事態の発生に備え、多くの企業で緊急対応マニュアルや緊急対応組織等を整備・構築し、緊急対応力を高めるために訓練を実施している。日本においては業種や業態を問わず、緊急事態の対象事象として地震災害を取り上げることが多く、地震災害を想定したBCPを策定している。そして、BCPを策定している企業の一部はBCMの必要性を認識し、そのPDCAサイクルの一環として訓練を定期的に実施し、緊急対応力の継続的な向上を図っている。

本稿では最初に、地震災害に限ったことではないが、様々な緊急事態発生時の組織対応力を高めることができるリアルタイム型シミュレーション訓練について概要を紹介する。そして、訓練に係る費用対効果(人・予算・時間等)を計り切れず、多大な費用を掛けてまで訓練を通じた継続的な改善活動に踏み切れない企業の参考にしてもらう主旨で、実際に訓練効果が確認できた事例や、訓練を緊急対応力の向上だけでなく企業価値の向上等にも結び付けて捉えている事例を紹介する。

1.リアルタイム型シミュレーション訓練の概要

(1) 概略

弊社で提供しているリアルタイム型シミュレーション訓練は、1998年に株式会社サン・クリエイティブ・パブリシティ(東京都中央区)と弊社で共同開発した訓練で、政府100%出資の特殊法人や、大手製造業、大手金融機関、総合商社、石油会社等において、これまで200回以上実施している訓練である。

この訓練で得られる効果を一言で説明すると、企業が緊急事態に遭遇した時、実際に意思決定や判断を行う責任者や対策本部メンバーの実践的な対応力や判断力を向上させるものである。

訓練の概念図は図表1の通りで、電話や模擬テレビ放送等を使用し、実際の緊急事態の際に発生し得る様々な情報や状況等を実際の緊急事態の流れに沿って対策本部に付与し、その様々な情報や状況等から起こり得る問題点や課題を検討、或いは推察し、責任者や対策本部メンバーが意思決定や指示・命令・報告等を行う訓練である。なお、対策本部にもたらされる様々な情報等は、訓練対象者には事前開示されないシナリオ・ブラインド方式で実施する。消火栓を実際に使ってみると言った実地訓練[1]ではなく、頭の訓練と言える。

一連の緊急事態の流れの中で、訓練対象者がそれぞれの役割と機能を発揮し、組織的活動や判断を行う訳であるが、リアルタイム型シミュレーション訓練を実施することで、その対策本部の意思決定や判断等のプロセスを検証したり、既存の緊急対応マニュアル等の不備や問題点等を発見することもできる。

図表1:リアルタイム型シミュレーション訓練の概念図

(2) リアルタイム型シミュレーション訓練を通じて発見できる代表的な改善事項

以下の項目は、緊急事象を地震災害とした場合に多くの企業に見られる改善事項である。詳細は割愛するが、実践的な緊急対応力を身に付けるためにはどのように改善すれば良いのか、その具体策が見えて来るようになる。

  • 対策本部内の役割分担の再整理
    対策本部内の各々の対応組織の在るべき姿を明確に把握できるようになることから、対応組織の分掌を適切に改訂できる。
  • 対策本部内の要員計画の見直しと要員の柔軟な配置
    緊急事態発生時の初動期においては、状況変化に合わせて要員を柔軟に再配置した方が良いことに気付く場合が多い。再配置される要員に対して必要となるスキル等を平時から習得させておく行動に繋がる。
  • 情報整理の様式の事前決定
    入手した様々な情報等を取捨選択し、情報の種類に応じて整理して記録する必要性に気付く場合が多い。予め情報を整理する様式(模造紙の様式等)を決めておくことに繋がる。
  • 情報共有の仕組み造り
    重要な情報等を入手しても対策本部全体で共有できない場合があり、情報共有の仕組み造りの検討に繋がっていく。
  • 備蓄品の配布ガイドラインの策定
    備蓄品を整備しているが配布基準を決めていない場合が多い。特に備蓄量が配布対象者数に満たない場合は、配布ガイドラインを策定しておかなければならないことに気付く場合が多い。

図表2:リアルタイム型シミュレーション訓練の様子

(3) 机上型訓練[2]との違い

リアルタイム型シミュレーション訓練と同様に、頭の訓練として多く活用されているものに机上型訓練がある。

リアルタイム型シミュレーション訓練は机上型訓練と比べ、組織対応力や組織間の連携を向上させ易い他、想定外の事象への柔軟性も強化することができる。特に、収集すべき情報に対する訓練参加者の感度とその情報の整理・共有・発信力は、机上型訓練とは比較できない程、強化することができる。また、実際の緊急事態のリアル感も机上型訓練とは比較にならず、即応力や瞬発的な判断力の強化にも向いている。以上のことから、緊急事態発生時の対応力が既に高いレベルにある企業向けの訓練と言える。

一方、机上型訓練はリアルタイム型シミュレーション訓練と比べ、基礎的な対応力をしっかり向上させることやマニュアル類に記載の対応事項の習熟度を向上させることに向いている。対策本部の新任メンバー向けの訓練としては机上型訓練が適切である。また、既存のマニュアル類やBCPの有効性の検証の他、例えば経営層の役割であるBCP戦略案の決定等、多少時間を掛けて検討すべき事項を訓練の中に入れる際にも向いている。

なお、リアルタイム型シミュレーション訓練のデメリットとしては、訓練シナリオを緊急事態発生直後の混沌期の内容にせざるを得ない点や就業時間外に緊急事態が発生するシナリオで訓練を運営することは難しい点があげられる。

図表3は訓練の目的別にどちらの訓練が適切かを比較した表である。訓練の目的の他、訓練対象者のレベルや訓練の所要時間等を踏まえ、どちらの訓練を実施することが適切かを判断される際に参考にされたい。

訓 練 の 目 的 等
リアルタイム型訓練が適当 机上型訓練が適当
情報収集・整理・共有・発信等の情報管理能力の向上 基礎対応力の向上 
組織対応力・連携の向上 マニュアル類・BCPの習熟度の向上
想定外の事象に対する応用力・柔軟性の向上 マニュアル類・BCPの有効性の検証
即応力・瞬発力の向上 課題に対する深い検討・考察
実際の緊急事態のリアル感 就業時間外の緊急事態発生を想定した訓練

図表3:訓練の目的と訓練の適正性

2.訓練効果が確認できた事例と企業価値の向上等にも活用した事例

リアルタイム型シミュレーション訓練に限ったことではないが、訓練を実施する企業の共通の目的は、緊急事態発生時でも自社(従業員や関係者等を含む)を守り企業を存続させるため、また事業継続の観点で訓練を実施する場合は早期に事業を復旧・継続させることを目的にしている。しかし、訓練効果を高めるために訓練を高度化させればさせるほど、訓練の企画や運営に必要となる費用(人・予算・時間等)が大きくなり、それに見合った訓練効果や経済的合理性を追求したくなる訳だが、その一方で、平時において訓練効果や経済的合理性を検証することは極めて難しく、訓練に多くの費用を掛けられない企業が多いのが実情である。

ここでは、実際に訓練効果が確認できた事例と、緊急事態発生時でも自社の主要業務やサービスを途絶えさせないことを顧客や取引先、そして社会に対して訴求する観点を含めて訓練を実施している事例を紹介する。訓練の費用対効果を計り切れず、訓練実施に躊躇している企業は参考にされたい。なお、各事例とも当該企業から許諾を得たもの、ホームページ上で公に開示され誰もがアクセスできる事例を取り上げた。

また、本稿では詳細を割愛するが、ISO 22301、レジリエンス認証[3]、金融機関等の防災格付融資、SRI[4]等、防災に取り組む企業が社会的に評価される仕組みも、緊急対応力向上以外の観点で訓練を実施するモチベーションになっている場合があることも付記しておきたい。

(1) 東日本大震災で訓練効果が確認できた事例

日産自動車は、2007年の新潟県中越沖地震で部品の供給が停止したことを契機に毎年訓練を実施しており、対策本部長であるCOO(最高執行責任者)も多忙の合間を縫って訓練に参加している。東日本大震災発生時は、訓練と同一の場所で対策本部を設置し、訓練と同様の組織編制で対応に当たり、対策本部メンバーは訓練での行動をなぞるように活動した。

地震発生の約1時間後には、サプライチェーンの担当者が生産に影響する可能性のあるボトルネックの確認を終え、供給の主な問題点を把握していた。また、訓練で使用したものと同様の様式で震災当日には自社の被災状況をホームページに掲載することができ、日本自動車工業会加盟企業の多くが週明けの14日になってリリース[5]していることと大きく差を付ける結果になった。

震災対応を振り返ると、訓練を事前に行っておくことの効果が確認できる。例えば、訓練で出題された内容で実際の震災でも対応した事項(一部のみ抜粋)は以下の通りである。

  • 当日のプレスリリース
  • 目標再開時期の設定
  • 甚大な被害が発生した主要取引先の支援
  • 主要工場のライン停止
  • 帰宅困難者対応
  • 従業員の帰宅指示(タイミング)

精緻なシナリオに基づく訓練で震災を模擬体験しておくことで、実際の震災対応に予見性を与え、迅速性と適切性、更には柔軟性を向上させることができたと言える。なお、2012年3月5日に開催した訓練の動画[6]が公開されているので是非参照されたい。

 

東日本大震災発生前後の国内主要自動車製造業の月別生産推移


 

図表4は、2011年の東日本大震災発生前後の国内主要自動車製造業の月別生産台数の対前年比の推移である。


地震発生から2ヶ月後の5月を見ると、三菱自動車・日産自動車・ダイハツ工業はほぼ生産活動が復旧したことが見て取れる。三菱自動車の主要な生産拠点は愛知県・岐阜県・岡山県であり、ダイハツ工業は滋賀県・京都府・大阪府・大分県であることから、この2社は激甚災害地から一定の距離が離れており、傘下のサプライチェーンの多くも同様に激甚災害地から離れていることから、生産活動へのダメージが他社よりも大きくなかったと推察される。6月になるとマツダもほぼ復旧しているが主要な生産拠点は広島県・山口県であることから、三菱自動車・ダイハツ工業と同様に大きなダメージを受けていないと考えられる。


一方、日産自動車は激甚災害地である福島県にエンジンの組立工場が、そして隣接する栃木県に生産拠点があり、岩手県と宮城県に生産拠点があるトヨタ自動車のグラフの推移や、東北地方太平洋側及びその隣接県に生産拠点を置いていない富士重工・スズキ・本田技研工業が6月時点でも未だ復旧途上にあった状況を踏まえれば、日産自動車が大きなダメージを受けていたことは容易に推察できるが、地震発生の2ヶ月後の5月にはほぼ復旧していることが分かる。なお、各社の推移の比較においては、自動車業界全体で半導体等の部品供給調整を実施していた点を踏まえて読み解く必要があることに留意願いたい。

図表4:2011年2月から6月までの自動車等生産台数の対前年比
(各社及び日本自動車工業会のホームページより著者が作成)

(2) 企業価値の向上やCSRも兼ねた事例

損害保険会社はいかなる巨大災害が発生したとしても、基幹業務である保険金の支払は停滞させることはできない。特に巨大地震発生時においても短時間で事業活動を復旧させることが社会的使命とも言え、東京海上日動火災保険では緊急対応力の向上を図るため、これまで全国の様々な事業所で何度も訓練を実施して来ている。

従来実施して来た訓練は社外に開示しない社内行事のような位置付けであったが、損害保険会社としての企業価値の向上や社会的責任に取り組む姿勢をPRする観点から、2016年11月に訓練を報道機関に開示する試みを実施した。従来からの緊急対応力向上の他に、企業価値の向上やCSRの観点から訓練を捉えたのである。

ここでは中部経済新聞[7]と中日新聞[8]で記事にされた事例を図表5と図表6に示すが、他にも日本経済新聞(2016年11月26日朝刊)で記事にされた他、NHK名古屋放送局でテレビ放映[9]された。

図表5:中部経済新聞に掲載された訓練の記事
(中部経済新聞 2016年11月26日)

図表6:中日新聞に掲載された訓練の記事
(中日新聞 2016年11月26日)

(3) 訓練内容の詳細を公に開示している事例

訓練を実施した旨を短文でホームページにリリースしている企業は多いが、以下の3事例はリアルタイム型シミュレーション訓練と同様のタイプと思われる訓練について詳細をホームページに開示している。真摯に大災害に向かおうとする企業の姿勢が窺い知れ、企業価値の向上や信頼性に繋がっている。訓練を実施する企業においては、訓練内容を公に開示することを検討されてはどうだろうか。

① コスモエネルギーホールディングス

首都直下地震を想定したBCP訓練を実施した旨を開示している。東京の本社機能が低下した場合に関西圏で臨時の対策本部を設置して事業継続させることを目的とした訓練である。重点課題として以下の3点を掲げている。

  • 各対策班における役割や行動の理解
  • 情報収集から報告までの情報連携の確認
  • グループ供給検討会議内での情報共有および当面の供給、販売対応方針の審議

詳細はプレスリリース[10]を参照されたい。

② 昭和シェル石油

南海トラフ地震(M8.0級)が発生し、グループ内製油所の石油精製や製品出荷機能や東海地方から中国地方までの広範囲にわたる各事業所において電気・通信・交通インフラなどに障害が発生したとの想定で、危機管理総合訓練を実施した旨を開示している。

この訓練では、危機管理対応能力向上や危機管理計画書の実効性の検証の他、被災情報及び情報分析結果に基づいた被災後の事業継続計画策定を目的している旨が記述されている。詳細はプレスリリース[11]を参照されたい。

③ 戸田建設

早朝に各地で複数の大規模地震が発生したと想定(首都圏はマグニチュード7.3の東京都心南部直下地震を想定)し、災害時に予想される様々な状況に対し、各部門の役割や対応を確認する総合震災訓練を実施した旨を開示している。

発災後2時間の通信途絶や公共交通機関の不通のシナリオで、拠点の被災調査メンバーが参集し、限られた人員で被災調査、衛星電話による連絡、災害対策本部の立ち上げ訓練の他、役員を対象としたリアルタイム型のシミュレーション訓練を実施し、災害発生後5~8時間を訓練対象想定時間として、初動期の限られた情報の中での意思決定プロセスの強化を目的として実施している。詳細はプレスリリース[12]を参照されたい。

以上、リアルタイム型シミュレーション訓練の概要と、訓練効果が確認できた事例や訓練を企業価値の向上等にも活用している事例について紹介した。

企業において実践的な緊急対応力を継続的に向上させるには定期的な訓練が欠かせないが、特に対策本部メンバーにおいては一般従業員とは違う高度化された訓練(本稿ではリアルタイム型シミュレーション訓練を推奨)を実施しなければならない。訓練を高度化させれば費用(人・予算・時間等)に見合う訓練効果や経済的合理性の検証が必要になる場合もあるが、本稿がその解の一部を提供していれば幸いである。

(第310号2017年2月2日発行)

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執筆コンサルタント

濱口 隆史
主席研究員

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脚注

[1] 実地訓練:消防訓練、避難訓練、徒歩参集訓練等。
[2] 机上型訓練:図上訓練、ワークショップ型訓練と呼ばれることもある。
[3] レジリエンス認証:内閣官房国土強靭化推進室のガイドラインに基づき、一般社団法人レジリエンスジャパン推進協議会が審査し、認証する制度。
[4] SRI(社会的責任投資):企業の収益性や成長性だけでなく、その企業の社会性や倫理性も考慮した投資。TRC-EYE vol.14「企業倫理 と投資信託」(https://www.tokio-dr.jp/publication/report/trc-eye/pdf/pdf-trc-eye-014.pdf)をご参照。
[5] 2011年3月11日の震災当日のリリース:他社で震災当日にリリースしたのは本田技研工業だけであった。
[6] 訓練の動画:「防災訓練が行われました」(http://blog.nissan-global.com/JP/?p=2165)、「日産、東日本大震災から 1 年を迎えるにあ たり、防災訓練を実施」(http://reports.nissan-global.com/JP/?p=2237
[7] 中部経済新聞(2016年11月26日付)。この記事は中部経済新聞社の許諾を得て転載しています。
[8] 中日新聞(2016年11月26日付)。この記事は中日新聞社の許諾を得て転載しています。
[9] NHK 名古屋放送局 総合テレビ「ほっとイブニング」2016年12月5日(18:10-19:00)放映。
[10] コスモエネルギーホールディングスのプレスリリース:「首都直下地震を想定した BCP 訓練実施について」(http://ceh.cosmo-oil.co.jp/press/p_151117/index.html
[11] 昭和シェル石油のプレスリリース:「南海トラフ地震を想定した「危機管理総合訓練」を実施」(http://www.showa-shell.co.jp/press_release/pr2016/070802.html
[12] 戸田建設のプレスリリース:「全社一斉の総合震災訓練を実施」(http://www.toda.co.jp/news/pdf/20151217.pdf

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