高齢ドライバーのリスク② ~踏み違え事故にどのように備えるか~
2017/1/5
目次
- 踏み違え事故の実態
- 踏み違え事故の原因
- 高齢ドライバーへの対応
※2021年7月1日付の社名変更に伴い、TRC EYEはTokio dR-EYEに名称が変更となりました。
高齢ドライバーのリスク② ~踏み違え事故にどのように備えるか~ - TRC EYEPDF span>
北村 憲康
主席研究員

はじめに
2016年10月から11月にかけて、高齢ドライバーによる重大交通事故が続発した。中でも、アクセル・ブレーキの踏み間違えによる暴走事故(以下、踏み違え事故)が目立つ。本稿では、踏み違え事故の内容を俯瞰し、特に高齢ドライバーに潜むリスクを洗い出し、このリスクにどのように高齢ドライバーや周囲が備えるべきかについて述べることとする。
1. 踏み違え事故の実態
踏み違え事故は、これまで年間で6,000件から7,000件程度発生している。交通事故全体の中の比率では1%程度と少なく、年齢別の発生率では若年層と高齢者で高い。また、どのような交通環境下で事故が多いかという点では、発進時が30%程度、直進時が50%を超えている。その他では、右左折が7%程度で、交代時が5%弱程度となっている。このように、踏み違え事故は全体の交通事故の中ではわずかな割合に過ぎないが、高齢者では、全事故に比べ発生率が高い。また、事故時の自車の状態では、発進時と直進時で多くを占めている。
2. 踏み違え事故の原因
踏み違え事故の原因は何かについて、踏み違えそのものに至る直接的な原因とその背景にある原因に分けて整理をする。
(1) 直接的な原因
踏み違えはヒューマンエラーである。このヒューマンエラーの直接的な原因は以下のようなことが考えられる。これは高齢ドライバーに限らずすべてのドライバーに通ずるもの(①②)と、高齢ドライバーに関するもの(③)の双方を述べる。
① アクセル操作下の運転時
前項の事故時の自車の状態では、発進時と直進時で80%を超える比率であった。この発進時と直進時は、運転時にアクセルペダルの上に足が乗っている状態である。つまり、アクセルペダルに足が乗っている状態で、咄嗟の判断を強いられるようなケースでは、そのままさらにアクセルを踏み込んでしまうということが考えられる。
② アクセル操作時間が長いこと
運転中は車が進行している状態が基本である。直進状態が走行の大半を占める。この中で右左折や発進、停止があるが、その場面にかかる時間は直進に比べ大幅に少ない。このため、ドライバーはアクセル操作を踏んでいる時間が、ブレーキを踏んでいる時間に比べ長いことになる。このことはドライバーがアクセル操作に強化されやすいベースを作っている。従って、咄嗟の判断を強いられた時にアクセル操作を選択してしまうことが想定される。
③ 高齢ドライバーのミスが多い
国際交通安全学会が著した踏み違えに関するエラー分析を行った研究(大阪大学 篠原一光教授がプロジェクトリーダー)では、被験者に課題を与え、その対応をペダル操作により行う実験を試みている。これによれば、高齢者は課題への反応時間が若年層に比べ長く、課題が複雑化すると、そのミスも多くなることを示している。
これらから、踏み違え事故のエラーを起こす直接的な原因は、高齢者に限らない、事故が起きやすい環境やもともとアクセル操作量がブレーキ操作量よりも多いことがベースにあり、高齢者では、反応時間や複雑な課題への対応でミスが起きやすいことが重なり、事故につながるヒューマンエラーを起こしやすいと考えられる。
(2) 背景的な原因
前項のように、踏み違えのリスクを抱えながらも、それを理解し十分な注意行動を取っていれば事故にはならない。ところが、注意行動を取りにくい状況も運転中には起きやすい。ここでは、運転中に注意行動を取りにくい状況を以下の3つに分けて整理する。これらのことが背景となり、前項で述べたヒューマンエラーを招きやすい原因と重なり踏み違え事故となっていると考えられる。
① 漫然運転
漫然運転は運転とは別のことを考えていたり、呆然とした状態で運転を続けたりする状況で、運転には集中できていない状態を指す。踏み違え事故においても、呆然としていて、自車が直進時に急に飛び出してきた自転車を回避するために、ハンドルを切って、さらに誤ってアクセルを踏み込み路上に乗り上げるなどがある。
② 運転の中断
事故では発進時や後退時、その途中で荷物や人を降ろすなど、一貫して発進や後退をするのではなく、その途中で別のタスクが発生し、本来の発進や後退を中断せざるを得ないような状況下を指す。これにより、中断後すぐに正しい運転操作を取り戻すことができない場合があり、急ぎや焦りも相まって、誤ったペダル操作につながることがある。
③ 「ながら運転」
事故ではシートベルトをしながら発進することなどがよくあるもので、運転操作中に別の作業をしてしまうことで、本来の運転操作が疎かになり、誤ったペダル操作につながる場合がある。
これらから、踏み違え事故の背景的な原因では、円滑な運転操作を削ぐものが該当し、これらはドライバー自らが、これまでの運転習慣やその時の心理、体調の状況から呼び込んでしまっているものといえる。
このように、踏み違え事故の原因は、(1)の直接的な原因では、人や車の特性から出やすいもので、ある程度不可避なものと考えなければならない。一方で、(2)の背景的な原因は、ドライバー自身が注意を払うことで除去できるものであると考えられる。踏み違え事故は、背景的な原因が直接的な原因をリスクとして露出させると考えられるもので、特に事故発生率の高い高齢ドライバーでは、ここで示した背景的な原因を除去する訓練をするなどで、注意ができる習慣作りに臨む必要があると考えることが望まれる。
3. 高齢ドライバーへの対応
高齢ドライバーでは、前述の通り、複雑なタスクへの円滑な対応が若年層に比べ難しくなっている。この点は踏み違え事故に限らず、全事故の分析でもいえる。年齢層別の事故分析では、加齢に伴い増える事故は右折、後退、出会い頭事故である。ここでも、これらの事故の環境に共通することは、追突事故などに比べ、交通環境の中で複数の箇所で注意を払う必要があり、やはり交通環境や運転タスクが複雑化すると事故も多くなることがいえる。
踏み違え事故を含み、高齢ドライバーの事故対策の基本は、運転作業を複雑化しないことである。踏み違え事故でいえば、前出の中では、特に別のタスクを引き込む中断や「ながら運転」を防止する意識を強く持つ必要がある。たとえば、次のような交通事故例では「ながら運転」を防止するための健全な安全運転習慣が求められる。
【事故事例】
施設駐車場の出口において、自車は停止し、運転席横の精算機で精算手続きを行い出庫する際、精算機の操作に気を取られ、ブレーキが緩み、それに気づいた高齢ドライバーが咄嗟の判断で、誤ってアクセルを踏み込んでしまい事故となった。
【必要な安全習慣】
この場合、精算機の横で停止する場合は、フットブレーキだけではなくサイドブレーキの活用を習慣とする必要がある。また、ギアはパーキングに戻すこともセットにして考えなければならない。このように、停止場面では、できるだけフットブレーキだけには頼らず、サイドブレーキを使う意識が重要である。
さらに、「ながら運転」や中断を防ぐことだけではなく、ブレーキ操作への意識を高める訓練も有効である。この点を先ほどのシートベルトをしながらの発進時事故で述べる。
【事故事例】
コンビニエンスストアの駐車場から出庫する際、出庫してすぐの信号が青だったので、発進を早めるために、シートベルトをしながら発進をしたが、必要以上に強くアクセルを踏み込んでしまった。
【必要な安全習慣】
まずは「ながら運転」の防止がいえる。シートベルトをしながらの運転操作は慎まなければならない。さらには、発進時の運転習慣である。前出の事故の状況でも、踏み違え事故の30%程度は発進時に起きている。このことから、発進時の運転習慣は重要と考えなければならない。たとえば、この場合では、コンビニエンスストアや施設からの出庫時は、意識をして、まず強くフットブレーキを踏み込むという癖をつけることは有効である。ブレーキを操作とともに強く意識して発進ができるため、踏み違えのリスクは軽減する。漫然と流れの中で発進を行うのではなく、発進時はブレーキを強く踏むことから始まるように自身をリードするとよいだろう。これは後退時にもいえる。後退時は切り返しを行うこともあり、後退が完了するまでにアクセル操作を伴うことが少なくない。このため、切り返し時はやはりまずブレーキを強く踏むことから始めることがよいだろう。また、後退そのものにアクセルを使用しないことも徹底する必要がある。後退時はアクセル操作を最小限に留めることを意識しなければならない。
このように、事故時が起きやすい環境下で必要な安全運転習慣を持つことは重要である。ここでは、これまで述べた内容も含め、事故が起きやすい環境と必要な安全運転習慣を以下にまとめる。
【踏み違え事故防止のためのミニマム安全運転習慣】
・施設からの出庫時(精算などを行う場合)
精算機横で停止、停止時はフットブレーキだけではなくサイドブレーキを使う。ギアはパーキングに戻す。「ながら運転」はしないこと。
・発進時(施設からの出庫時、信号のある交差点の発進時を含む)
停止時はサイドブレーキを使い、ギアはパーキングに戻す。サイドブレーキを解除し、ギアをドライブにする前に、まずフットブレーキを強く踏み込む、その後に踏み込んだ状態でサイドブレーキを解除し、ギアをドライブに戻す。
・後退時
まずアクセルを使って後退をしない。切り返し時は、すぐにアクセル操作に移行せず、強くフットブレーキを踏んで意識をすること。
・直進時
危険回避はブレーキを使った停止であることを意識する。危険を見つけたら、ハンドル操作により左右によけたり、加速して追い越したりするのではなく、ブレーキにより回避することを意識し、危険回避の方法を複雑化させないこと。このことから停止により回避を完遂するため、日常の危険予測運転もより意識をすること。
・右左折
右左折は他方向への安全確認と連続した運転操作があり、そもそもミスが出やすい箇所である意識を持つこと。さらに、複雑化した作業タスクにならないように、右左折の工程をなるべく分けて行うこと。たとえば、左折時、コーナー付近で安全確認と左折操作をすべて行うのではなく、進入前に巻き込み確認を終え、進入時は前方をよく確認し、左折自体も一度にハンドルを切らず、ゆっくりとハンドル操作を行い、できるだけ複数のタスクを一度に行わない工夫をすること。
さいごに
踏み違え事故は車側の技術革新により防止が期待されている。これも重要である。たとえば急発進ができない装備をすることなどは、直接的に事故防止につながる。このような技術が高齢ドライバーの車には標準装備されることが今後に期待されることである。ただ、技術ですべてを解決するということは難しいだろう。事故の原因でも、比較的ある程度のリスクは前提としなければならない直接的なものと、ドライバーの心がけでかなりのリスクが低減できる背景的なものがあるので、後者のリスクは技術だけに任せるのではなく、ドライバー自身の日常の心がけによる安全運転を今後も求めなければならない。技術は、このようなドライバー自身の努力を前提に、それがうまくいかなかった場合のサポートであるべきで、ドライバー自身の安全運転意識と努力が欠如した技術先行の状況をもとめるべきではないだろう。
以上
(2017年1月5日)
参考情報
執筆コンサルタント
北村 憲康
主席研究員

参考文献
■ | 公益財団法人 国際交通安全学会「アクセルとブレーキの踏み違え エラーの原因分析と心理学的・工学的 対策の提案」報告書(平成23年3月) |
■ | 公益財団法人 交通事故総合分析センター「イタルダインフォメーション」No,107(平成26年) |
■ | 北村憲康『シニアドライバーのための安全運転習慣10』企業開発センター交通問題研究室(平成25年) |