自動車運転における安全教育の本質② ~安全運転だけではなく危険回避教育の重要性~

Tokio dR-EYE

2016/8/3

目次

  1. 危険回避と事故
  2. 危険回避とは何か
  3. 危険審査という魔物
  4. 危険回避の教育法
  5. 危険回避教育は社会性を育てるもの

※2021年7月1日付の社名変更に伴い、TRC EYEはTokio dR-EYEに名称が変更となりました。

自動車運転における安全教育の本質② ~安全運転だけではなく危険回避教育の重要性~ - TRC EYEPDF

北村 憲康
主席研究員

はじめに

企業内の交通安全教育では、専らドライバー自身の安全運転を徹底させることに終始しがちである。安全運転は速度をはじめとする道路交通法遵守から車間距離維持などの運転態度などが重視される。事故防止では、ドライバー自身の安全運転は重要であり、必須の要素であるが、必ずしも十分ではない。自身の安全運転に加え、他車(者)への安全な対応が求められるからだ。いわゆる危険回避を安全に行うことである。このことは前提になっているようだが、実際には安全な危険回避を行っていないことが原因と思われる交通事故も少なくない。本稿では、危険回避教育の重要性について述べる。

1.危険回避と事故

危険回避とは、危険を見つけたらすぐに回避するということである。これ自体、当然のことなので、回避についてよりも危険を見つけることを重視した安全教育が多い。危険予測トレーニングなどは、その典型である。ところが、実際に事故を見ると、必ずしも危険の認知に原因があるわけではなく、その回避に課題がある場合が少なくない。たとえば、次のような事故例である。

<事故例>
信号のある交差点において、信号が青の状態で直進するトラックと、交差点手前で脇の歩道をトラックの前方を走行していた自転車が急に歩道から車道へ飛出してきたため衝突した。この時、トラックは自転車に対してクラクションを鳴らしたが危険回避が間に合わなかった

このような交差点手前における自転車による歩道から車道への急激な飛び出しで、車との衝突、接触事故になるケースは多くみられる。このような事故では自転車側の急な飛び出しということが主因であるとされやすい。ところがトラック側から見ると、本ケースのような場合、トラックから見て、前方を走行していた自転車の存在は交差点進入前にすでに認識されており、交差点進入前にトラック側でも自転車を安全に回避することは可能であったとも考えられる。

2.危険回避とは何か

危険回避の目的は危険から直ちに離れることである。したがって、危険を見つけたら、すぐに減速をするか停止をすることである。このため追越しは危険回避ではない。なぜなら、追越しは危険にもっとも接近をしてから離れることで、直ちに離れることではないからである。また、先の事故例にもあるようにクラクションを鳴らすことも危険回避にはあたらない。クラクション自体が回避するわけではなく、相手に危険を知らせる機能に留まるからである。先の事故例でいえば、脇に自転車が走行していることを見つけたら、交差点手前で進入してくることを予測し、危険回避の準備を行い、実際に減速により交差点進入をすることが望まれる。

3.危険審査という魔物

危険は予測し、認知し、減速か停止で回避するものだ。ところが、クラクションで相手に知らせることに留まり、追越しにより最も危険に接近して加速で離れることも実際には多く、つまりは危険回避が行われていないことが少なくないということだ。では、なぜ、直ちに減速や停止による危険回避ができないのだろうか。その問いに対する一つの考え方が図1に示す危険審査というものだ。

図1 危険回避のイメージ
○ 予測→認知→回避(減速・停止)
× 予測→認知→審査→回避(減速・停止によらない回避を含む)

図1に示したのは危険回避の正しいものと正しくないもののイメージである。正しい危険回避は、走行中に危険を予測しながら、実際に危険を見つけたら、すぐに減速や停止で回避を行うというものである。ところが、正しくないケースでは、走行中に予測をしながら、実際に危険を見つけるも、直ちに回避をせず、審査をしてしまっているというものだ。審査とは遭遇した危険に対して、自車側か、相手側か、どちらが適切ではない運転や交通行動かを評価しているということである。この審査過程が加わることにより、相手が悪いと審査し、評価すると、ただちに回避ではなく、クラクションを鳴らす、あるいは減速をしないなどの運転行動に出てしまう。これが危険回避の遅れにつながるのである。たとえば、相手側の強引な割込み事故などは、もちろん、相手側に原因の多くがあるが、自車側が予測、認知をしていても、減速をせず、クラクションで相手の割込みをやめさせようとする行動があり、結果的に自車側の回避が遅れていることも原因に含まれていることが少なくない。

4.危険回避の教育法

交通安全教育では、ほとんどの交通事故は、ドライバー自身の運転により防止できることを前提としなければならない。それは、ドライバー自身の道路交通法遵守や安全運転状況だけではなく、他車(者)への対応も含まれるという前提が重要である。従って、たとえば強引な相手車の割込みなど、相手が適切ではない運転行動をしていれば、自ら回避行動をとる前に、クラクションを鳴らすなどの相手をただす行動を取るべきという考え方などは払しょくしておかなければならない。大事なことは、相手がどのような行動を取っているかは関係なく、見つけた危険はすべて自ら積極的に回避するということである。

たとえば、管理者が部下に同乗して営業などを行うケースは多いが、このとき、部下の運転をチェックする際に、道路交通法の遵守状況をチェックするだけではなく、危険から積極的に離れる運転をしているかを重視することを奨励したい。図 2にある危険回避のチェックポイントを参考にされるとよい。

図2 危険回避のチェックポイント
①  交差点手前など割込みが予測される場面で予測→認知→回避が直ちにできているか
②  自転車を追越す際、左方脇をあけるだけではなく、加速をして追越すことをしていないか
③  自転車や歩行者の違反(信号無視、通行区分誤りなど)に対して、回避よりも前にクラクションを使うことを先行させていないか
④  自車優先の交差点(特に信号のない交差点)を通過する際、エンジンブレーキを使った減速をせず、むしろ加速傾向ではないか
⑤  高齢者、子供など交通弱者への対応が常に譲る態度になっているか

上記のポイントを、日常運転中にチェックすることが望ましいが、企業内の交通事故において、図 2のチェックポイントにある他車(者)から割り込まれたというもの、自車からの追越し、自転車や歩行者が相手、交差点での自車優先時の事故場面が多い、あるいは発生している場合は、事故の過失割合の多寡に関係なく、自社のドライバーが安全な危険回避行動を取っていたかどうかを詳細にチェックし、もし危険回避行動に問題があれば、この点を丁寧に教育することが重要である。

5.危険回避教育は社会性を育てるもの

危険回避をドライバー自らが行うことは事故防止教育でもっと重視されなければならない。自動車運転は密室空間下にあるという特性から他車(者)とのコミュニケーションが乏しくなるため、ドライバー自身の安全運転の徹底に偏重しやすい。また、密室空間下であることは、ドライバーも自身の運転だけに関心を持ち、他車(者)への配慮や迅速な対応ということを積極的に行わなくなることにもつながりやすい。また、最近よく行われる安全運転対策では、ドライブレコーダを用いた急操作をなくす運転の励行や省エネ運転などがある。これらの対策は、他車(者)をあまり想定しない、ドライバー自身の運転方法に留まりやすい。そもそも交通環境は見ず知らずのドライバー、歩行者、自転車乗りの混交である。ここに入るためには、まず自身の安全運転は前提であるが、環境の中にいる他車(者)への気配りや配慮、危険回避は本来不可欠なものである。社会性とは、集団を作って生活しようとする人間の持つ本能的なものといわれる。一方で、運転は密室空間であり、この社会性を自ら遮断するものともいえる。

危険回避教育は、見つけた危険を、その原因を問わず、直ちに減速や停止で回避することだ。これは危険に入らないという教育であるが、このためには、危険を審査したり、他車(者)を責めたり、正したりという前に、見守る、譲るというマインドを持つことでもある。このような考え方を企業内で徹底することは、単に安全運転教育に留まらず、自社の社員の社会性を育てるものでもある。社会性を育てることは、その社員の思いやりをする力、コミュニケーションする力を育て、ひいては企業活動の社会的責任や意義を実感してもらうよい教育機会にもつながるものである。交通安全教育は、企業内での位置づけをより広範囲なものとして、安全運転方法だけではない社会性を育てるものでもあり、企業として重要な取組みであることとしたい。このように考えれば、交通安全教育は、社外へすべてアウトソースするものではなく、期間限定で行うものでもなく、自社内で日常的に行うべきものだと考えられるはずである。このことこそが安全教育の本質そのものである。

以上

本稿は『安全と健康』「管理者版 交通安全教育の心得~浸透のためのテクニックと覚悟~ 危険回避とは何か」(中央労働災害防止協会、2014年 12月号)に掲載された内容を加筆・修正しています。

(2016年8月3日)

参考情報

執筆コンサルタント

北村 憲康
主席研究員

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