自動車運転における安全教育の本質① ~企業の実情とあるべき本質のモデル~
2015/12/24
目次
- 多発事故パターン
- 事故原因
- 交通安全教育に求められる方向性
- よくある事故防止対策の盲点
- 望ましい安全教育の要点
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執筆コンサルタント
北村 憲康
主席研究員

はじめに
国内の交通事故は減少を続けている。2003(平成15)年に120万件近くあった交通事故は2013(平成25)年には80万件を下回り、交通事故の死者数も2003年には8,000人近くあったものが2013年には4,000人台前半まで減少した。
この要因は様々に考えられるが、もっとも大きな要因として、飲酒運転、危険運転等、悪質なドライバーへの厳罰強化がされたことを契機として、国内全体に運転モラルの引き上げ機運が高まったことが考えられる。これにより、警察による取り締まりが強化されただけでなく、企業内でも運転モラルをより求めるようになり、さらに社会、マスコミ等でも悪質なドライバーを許さない環境ができあがった。結果として、重大事故、死亡事故が大きく減少することにつながった。これは交通事故防止において、大きな成果であると評価してよい。
一方、飲酒運転、危険運転等、運転モラルの向上だけに事故防止の注目が集まることは、モラル向上に着実な成果が上がるが、交通安全教育に課題を残す可能性もある。それは「事故は危険運転者が起こすものだ」と考えてしまうことだ。もちろん危険運転者が事故を起こしやすいというのは明らかだが、交通事故全体から見れば、その比率がむしろ少ない。
本稿では、飲酒運転、危険運転等、運転モラルが原因と考えられる事故対策へコンセンサスと成果が見られている現状の中で、むしろ比率としては大半を占める、日常誰にでも起きるミスやヒューマンエラーによる事故対策についてまとめる。
1.多発事故パターン
交通事故は、厳密にいえば100件あれば100通りの状況や原因があるが、実際には同じような事故が繰り返されていることが多い。特に同じ業務を担う企業内事故では、このことが顕著に表れることが少なくない。図1は、白ナンバーで社有車を営業に活用している企業14社を集めて、その1年間の事故・約2万件をパターン別に表したものである。
図1 企業の白ナンバー営業車の事故パターン
これを見ると、頻度の高い順に「駐車場構内でのバック事故」「信号のある交差点での追突事故」「一般道直進時の追突事故」「駐車場入口での左折事故」「信号のない交差点での出合い頭事故」で、全事故の50%を超えていることがわかる。つまり、交通事故のリスクを大掴みにすると5つのリスクで半分を超えてしまうことになり、そのリスクには大きな塊があるといえる。
2.事故原因
交通事故リスクには塊があるが、その事故原因はどのようなものが多いかを考える。ここでは事故の直接的原因となったものを「警察庁データ」「企業データ」のそれぞれから抽出した。図2a、bを見ると、事故原因が安全確認に関するもの――つまり、きちんと見て運転していれば事故になっていないというものが双方ともに60%を超えることがわかる。
図2a 事故原因の内訳(警察庁データ)
【出典:警視庁交通局「平成 22年中の交通事故の発生状況」をもとに弊社作成】
図2b 事故原因の内訳(企業データ)
60事業所 企業内事故の原因内訳(4,733件分)
事故原因は、たとえばバックの事故等では運転技能と思われやすいが、実際にはその比率はむしろ低く、きちんと見て確認していれば事故になっていないものが大半を占めるといえる。
3.交通安全教育に求められる方向性
これまで述べた多発事故パターン、事故原因の内訳を見ると、交通安全教育に求められる1つの方向がわかる。それは、事故が起きやすい環境における安全確認を強化することである。一方で、いつも安定的に安全確認を行うことは容易ではない。たとえば、急いでいたり、焦っていたり、疲れていたりするだけで、ドライバーの安全確認の安定性は崩れてしまうものだ。いかなる時も安定的に安全確認を行うためには、安全確認そのものが習慣として身についていなければならない。そして習慣として身につけるためには、年に1回、あるいはときどき安全教育を行えばよいということではなく、日常的な安全教育が必要であるということだ。
4.よくある事故防止対策の盲点
安全確認の習慣づけを日常的に教育で行う必要性がある一方、実際の企業現場では、このような視点が欠けていて、一時的な安全意識の啓発に留まってしまっていることが少なくない。次に掲げるのは、企業内でよく行われている安全対策の具体例と盲点である。
●運転技能強化支援(事故惹起者、新人向け)
【内容】対象者への集中技能訓練(半日~一日程度)
【盲点】実際には半日程度あるいは一日程度、決まったコースで学んだ技能が、すぐに実際の日常運転環境で飛躍的に発揮できることは稀である。さらに、技能習得したうえで求められる安全確認の励行をフォローする場面がほとんどないため、当該ドライバーのリスクはそれほど変わらないということが起きやすい。ちなみに図3は全教習時間と違反者率、事故者率との関係を示したもので、これを見ても、技能上達が順調な人が必ずしも事故や違反を起こしにくいとはいえない。技能上達が早いドライバーはともすると自己評価が上がりやすく、必要な安全確認を抜いてしまうとも考えられ、一方、技能が未熟でも、何度も安全確認をするドライバーは、決して運転はスムーズではないが事故につながりにくいこともある。
図3 全教習時間と違反者率・事故者率との関係
【出典:自動車安全運転センター「初心運転者の実態に関する調査研究報告書」をもとに弊社作成】
●ドライブレコーダ等による日常運転データ収集
【内容】社有車へのドライブレコーダ装着と運転データに基づく安全教育
【盲点】実際には取得できるデータの数、量ともに膨大であり、日常的にデータに基づく振り返り教育を行うことは困難なことが多く、装着しているだけということに留まりやすい。結果的に事故時に振り返る、または装着していることでの危険運転への抑止効果を期待することになり、実際の事故があまり減らないこともある。また内容面においては、ドライブレコーダのデータを活用した教育は、運転の荒さを中心とした運転態度に言及することに留まりやすく、事故原因でも多かった「安全確認の重要性」を教育することに至らないこともある。このことは、省エネ運転だけを励行するときにもいえる。省エネ運転は「穏やかな運転」であるが、あくまで安全確認をしやすい状態をつくっているもので、安全確認が確実にできている状態とは評価できない。したがって、穏やかな運転により全体の交通環境を見やすくして、実際に安全確認を安定的に行う教育を普及させていく必要がある。省エネ運転だけでは安全確認の安定を求めていないことも少なくなく、結果として、燃費は改善するが事故件数の変化はあまりないという企業もある。
このように、よく行われている交通安全対策の中には、実際の企業リスクや安全不確認等の主たる事故原因には届いていない可能性があることを知っておくことは重要なことだ。
5.望ましい安全教育の要点
実際の安全教育では、当該企業リスク(事故の状況等)を踏まえ、事故原因の多くを占める安全不確認のない、安定した運転態度の習慣づけを行うことが望ましいといえる。ここでは、運転中に安全不確認になりやすい、よくある典型的な場面を取り上げ、望ましい安全教育の要点をまとめる。
(1) 形式認知
<事故場面>
片側一車線道路で信号のある交差点を右折する際、その対向車が路線バスであった。自車が右折時、対向車を確認したところ、ゆっくりと走行していたバスなので右折できると判断したが、右折後の横断歩道前方から進入してくる自転車と衝突してしまった。
<安全教育の要点>
右折時の対向車の確認時、多くのドライバーはその脇の前方側道、歩道から進入してくる車両等の確認も同時にしている。これが終わると、右折しながら後方から進入してくる車両等への確認を行う。しかしながら、対向、前方脇の同時確認は見落としを招きやすい。次に右折しながら後方確認するのも「ながら確認」となり、その精度は低くならざるを得ない。さらに、この場合「形式認知」という安全不確認が起きていることを知っておきたい。対向、前方脇の確認時、対向がバスのような大型車の場合、通常は脇の危険を見ることはできない。それは大型車の死角になるからである。つまり、対向は見えて、脇は見えていないという状態にもかかわらず、多くのドライバーは見たことにしてしまうものだ。これが形式認知で、自身が見ることが可能なタイミングで見たものをもって確認としてしまうことであり、見落としによる交通事故につながる。可能なものを見ればよいのではなく、全体を見渡すこと、危険を見通すことができなければ安全不確認であるという認識を強くもたせることが重要である。
(2) 安全確認の省略と操作の先行
「見る」だけでは、運転時の安全確認にはならない。あくまで全体を見渡したうえでの確認が前提となる。さらに、安全確認の省略と操作の先行があってはならない。図4でイメージを示す。
図4 省略と先行のイメージ
・「安全確認の省略」とは、必要な安全確認が省略されている状態を指す。
・「操作の先行」とは、安全確認は行われているものの、すでに運転動作が開始されている状態を指す(動きながらの安全確認)。
<安全教育の要点>
たとえば、右車線への進路変更時、右後方へ早く移りたいため、右への合図(ウインカーを出す)→右後方確認→右へハンドルを切るという中で、確認よりもハンドルを切ることが先になってしまうことが日常運転ではよくある。つまり、確認が終わる前に右へ移っているという現象を指す。これが先行の典型例である。ほかにも左折時、確かに巻き込み確認はしているものの、そのタイミングは交差点進入後のコーナー付近であった等もよくあることだ。これも左折前の安全確認よりも交差点進入が先になってしまった先行の状態といえる。さらに省略も数多くある。バック時、右方しか見ない、つまり左方が省略されている状態である。また右折時、対向、その後方は見ているが、右折後の横断歩道確認はしないで右折をはじめる等もこれにあたる。安全教育では、安全不確認をなくす教育が求められるが、一方で、教育の段となると「よく見て運転」というスローガンになりやすい。むしろどのような場面で不確認になりやすいのか、特にドライバー自身がもつ、自身ではさほど問題と思っていないことが多い形式認知、安全確認の省略と操作の先行等に焦点を絞った正しい安全確認を習慣づけすることをねらいとした内容が望ましいといえる。
以 上(②へ続く)
※本稿は、「安全衛生のひろば」特集「なくそう交通事故」(中央労働災害防止協会、2015年4月号)に掲載された内容を加筆・修正しています。
(2015年12月24日発行)
参考情報
執筆コンサルタント
北村 憲康
主席研究員
