パートナーリングに関する経済安全保障リスクと企業の対応
- 経営・マネジメント
2026/8/25
目次
- パートナーリングに関する経済安全保障リスク
- 具体的リスクとその分析事例
- 企業に求められるパートナーリングに関する経済安全保障リスクへの対応
パートナーリングに関する経済安全保障リスクと企業の対応- リスクマネジメント最前線PDF span>
執筆者[*]
佐藤 遼次 東京海上ディーアール株式会社 企業財産本部 データビジネス創発ユニット 上級主任研究員
徳永 悠真 株式会社BeyondMarket CEO
川口 貴久 東京海上ディーアール株式会社 ビジネスリスク本部 兼 経営企画部 上級主席研究員
工藤 智宏 東京海上ディーアール株式会社 企業財産本部 データビジネス創発ユニット ユニットマネージャー
水野 貴之 国立情報学研究所 教授、株式会社BeyondMarket 創業者
| [*] | 本稿は「1.パートナーリングに関する経済安全保障リスク」を川口、「2.(1)サプライチェーンリスク」を佐藤と水野、「2.(2)実質的支配者(UBO)リスク」を徳永と水野、「3.企業に求められるパートナーリングに関する経済安全保障リスクへの対応」を工藤と川口が執筆した。 |
要約
企業に高いレベルの経済安全保障上の対応が求められる中、製品の購買・調達や販売、サービスやソフトウェアの利用、研究開発・技術開発に関する協業・提携、資本統合などのパートナーリング全般に関する経済安全保障リスクが注目を浴びている。パートナーリングに関する経済安全保障リスクは少なくとも、①武力紛争や輸出規制によって物品や役務(海上輸送・ITサービス等)の供給が停止する「供給寸断リスク」、②輸出管理もしくは金融制裁リストに掲載されたエンティティとの取引によって生じる「制裁抵触リスク」、③取引先・提携先・出資先などの企業の「外国の所有・支配・影響(FOCI)に関するリスク」、つまり、FOCIを通じた機微な技術・データ流出や重要インフラの機能停止リスクに大別される。本稿は、パートナーリングに関する経済安全保障リスクの具体例として、(1)イラン情勢起因のフォース・マジュールと供給中断リスク、(2)オランダNexperia社とパナマ運河に関するFOCIリスク/実質的支配者(UBO)リスクをとりあげ、実際のデータを用いた可視化・分析と企業の対応を紹介する。
1.パートナーリングに関する経済安全保障リスク
企業経営・事業運営は無数の企業との取引や協業が不可欠である。こうした取引や協業を「パートナーリング」と呼んだ場合、その形態は、①購買・調達、販売、取次・仲介といった商流・物流上のパートナーリング、②ソフトウェア、クラウドサービス(XaaS)、API連携・プラットフォームの利用など、主にデジタル分野の機能依存・組み込み型のパートナーリング、③共同研究開発、技術ライセンスの授受・許諾、戦略的アライアンス(長期的協業)といった協働・共創に関するパートナーリング、④少額出資・資本提携、合弁、買収などの資本上のパートナーリングなど多岐にわたる。一般論としては、①よりも②、③、④の順にパートナーリングの結合度が高く、その解消には困難を伴う。
企業はパートナーリングの形態や重要性に応じて、多様なリスクを管理している。例えば、調達先であれば品質・コスト・納期(QCD)のリスク、販売先であれば与信リスクなどが代表的であろう。
しかし、近年、地政学リスクが顕在化し、企業に高いレベルの経済安全保障上の対応が求められる中、パートナーリング全般に関する経済安全保障リスクが注目を浴びている。パートナーリングに関する経済安全保障リスクは少なくとも、①武力紛争や輸出規制によって物品や役務(海上輸送・ITサービス等)の供給が停止する「供給寸断リスク」、②輸出管理もしくは金融制裁リストに掲載されたエンティティ(組織・企業や個人)との取引によって生じる「制裁抵触リスク」、③取引先・提携先・出資先などの企業の「外国の所有・支配・影響(Foreign Ownership, Control, or Influence: FOCI)に関するリスク」、つまり、FOCIを通じた機微な技術・データ流出リスクや重要インフラの機能停止リスクに大別される。
| 経済安全保障上のリスク パートナーリングの形態 | 供給寸断 | 制裁抵触 | FOCI |
|---|---|---|---|
| 商流・物流上のパートナーリング(調達、販売等) | 〇 | 〇 | 〇 |
| 機能依存・組み込み型のパートナーリング(XaaS利用等) | △ | 〇 | 〇 |
| 協働・共創に関するパートナーリング(共同研究、アライアンス等) | △ | - | 〇 |
| 資本上のパートナーリング(出資、合弁等) | △ | - | 〇 |
〇:リスクあり。△:一定のリスクがあるが低い。―:リスクはほぼ無し。出典:筆者作成。
第一に、供給寸断リスクである。これは地政学的対立を背景として、武力紛争等の物理的変化や輸出規制等の政策的変化によって特定の物品や役務の供給が停止するリスクである。供給寸断リスクは、モノ(物品)の供給停止が注目されがちだが、実際には、保険料高騰や安全を理由とした海上輸送の停止、国家背景のサイバー攻撃等によるITサービスの停止といったサービス(役務)の停止も含まれる。
2026年の上半期だけを振り返っても、日本企業は地政学対立・経済安全保障に起因する供給寸断リスクに直面した。中国商務部は2026年1月、日本向けデュアルユース品目輸出規制を発表し、2月には計40の日系企業・機関を「輸出管理コントロールリスト」「輸出注視リスト」に掲載した。現状の影響を正確に評価することは困難だが、デュアルユース品目輸出規制は一般的な「軍事ユーザー」「軍事用途」の規制に加えて、「日本の軍事能力を高める最終ユーザー・最終用途」の規制を掲げ、将来の運用に大きな不確実性をもたらしている。2025年の米中通商交渉の過程における2度の中国の対米レアアース輸出規制が第二次トランプ政権の対中通商政策を転換させ、10月の釜山での米中「休戦」合意に至ったことを考慮すると、前述の対日輸出規制が拡大発動されれば、その影響は甚大だろう。
2026年2月末、米国・イスラエルによるイラン攻撃で始まったイラン戦争は、ホルムズ海峡の「商業封鎖」という事態に発展した。商業封鎖とは、軍事力による完全な物理的封鎖ではなくとも、保険・安全等の観点から実質的に商船等の往来が停止する状況を指す。企業は直接的な物理攻撃の標的にもなった。イラン・イスラム革命防衛隊(IRGC)系メディアによれば、IRGCは中東地域の米系テック企業を軍事攻撃の標的と宣言し、実際一部を攻撃した。標的に含まれたのは、Amazon、Google、IBM、Microsoft、Nvidia、Oracle、Palantir、Cisco、HP、Intel、Apple、Meta、Dell、JP Morgan、Tesla、GE、Boeing、G42(UAEアブダビ所在の政府系AIスタートアップ)、Spire Solutions(UAEドバイ所在のサイバーセキュリティ企業)である。この他にも、直接的な軍事攻撃の結果、生産を停止したり、契約に基づきフォース・マジュール(Force Majeure、不可抗力)を宣言したりする企業もあった。
第二に、制裁抵触リスクである。本稿の「制裁抵触リスク」とは、日本・米国・欧州連合(EU)や国際連合が指定する輸出管理規制もしくは金融制裁リストに掲載されたエンティティ(組織・企業や個人)との取引によって生じるもので、伝統的な経済安全保障リスクを指す。制裁抵触リスクは法令遵守・コンプライアンスの領域であり、金融機関や(安全保障貿易管理の対象となる物品を扱う)製造業では、顧客確認(Know Your Customer: KYC)ツールを導入することで、制裁抵触リスクのゼロを目指している。
問題は、迂回輸出・再輸出や販売先ロンダリング等により、自社製品が想定しないエンドユーザに販売・利用されるリスクである。直接的な販売先、その先の販売経路を確認していたとしても、実際の製品の最終ユーザーや最終用途を確認することは難しい。また、上流側・調達側での制裁抵触リスクもある。例えば、米国のウイグル強制労働防止法(UFLPA)は新彊ウイグル地区での製品を強制労働の産物とみなす「推定有罪」の原則で運用し、企業側に強制労働の産物でないことの証明を求める。
第三に、外国の所有・支配・影響(FOCI)に関するリスクである。これは企業体やその技術・データが外国政府の所有・支配・影響下におかれることで、安全保障上の機微なデータや技術が流出したり、経済社会に不可欠なサービスが停止したりするリスクを指す。
実際、対内投資や政府調達・重要インフラ調達に関する各国規制はFOCIリスクを極小化するように設計され、その規制は強化の方向にある。例えば、対内投資規制では、2025年改正外為法(外国為替及び外国貿易法)改正により「特定外国投資家」「特定外国投資家に準ずる者」というカテゴリーを創出し、複数の報道によれば、これは中国国家情報法(2017年6月施行)と中国企業を念頭においたものだという[1]。2026年改正外為法は、従来、規制対象外であった間接取得や役員選任の議決権行使を「対内直接投資等」の範囲に加え、米国の対米外国投資委員会(CFIUS)をモデルとした日本版CFIUSの導入を含む審査制度・執行強化を目指す。また重要インフラ調達規制では、2022年経済安全保障推進法が定めた基幹インフラの「特定重要設備(機器、ソフトウェア、保守運用サービスを含む)」の事前届出制度により、実質的に特定のFOCIリスクが排除されることとなった。データセキュリティ強化では、2026年改正経済安全保障推進法(2026年6月10日成立)において最終的に先送りとなったものの、FOCIリスク低減のための機微な個人データや基幹インフラの稼働に不可欠なデータの取扱いは今後も議論の対象となるだろう。
資本構造が単純明快であればよいが、実際には出資構造が複雑化・隠ぺいされることも少なくなく、取引先・提携先・出資先・出資元などの対象企業の実質的支配者(Ultimate Beneficial Owner: UBO)を特定することが必要である。場合によっては、対象の組織体そのもののみならず、創業者・経営者などの人物べースでのバックグラウンドチェックが求められる。
2.具体的リスクとその分析事例
本パートでは、パートナーリングに関する経済安全保障リスクとして、サプライチェーン供給寸断リスクとFOCIリスクの実例をとりあげて分析を行う。
(1)サプライチェーンリスク:イラン情勢起因のフォース・マジュールと供給中断
本パートでは、サプライチェーンの供給寸断リスクに関する分析のユースケースを紹介する。はじめに、企業のサプライチェーンリスク管理を平時と有事の2つのフェーズに整理した上で、2026年のイラン情勢の急激な悪化を起点とする事例――中東最大級のアルミニウム製錬企業Aluminium Bahrain B.S.C.(以下、Alba)によるフォース・マジュール宣言の発動とアルミニウムサプライチェーンへの影響――を取り上げる。サプライチェーンデータの分析を通じて、具体的な波及影響を即応的に把握できることを示す。
企業における経済安全保障の観点からのサプライチェーンリスク管理は、平時と有事の2つのフェーズに大別して考えられる。平時においては、自社のサプライチェーンが制裁対象企業・国との取引制限や輸出管理規制に抵触していないかの確認が求められる。また近年では、調達面に留まらずバリューチェーン全体での管理も求められるようになっており、自社が輸出した中間製品等が制裁対象の軍事関連企業に流れていないかといった輸出管理の観点からの確認も不可欠となりつつある。他方、有事においては、地政学リスクの動向を日頃から把握しつつ、いざリスクが顕在化した際に、その影響が自社および業界全体においてどのように波及するかを迅速に評価できる体制が求められる。以下では、このうち有事における対応に焦点を当て、直近で発生した米国・イスラエルとイランの軍事衝突による特定企業の稼働停止・生産減少が、サプライチェーンを介して及ぼす影響を分析する。
今回取り上げるAlbaは、バーレーン王国に本拠を置く中東最大級のアルミニウム製錬企業であり、年産約160万トンの規模を有する。イラン情勢の急変(ホルムズ海峡の実質的使用不能、および、イラン・イスラム革命防衛隊によるミサイル・ドローン攻撃の直撃)を受け、Albaは短期間のうちに2度にわたるフォース・マジュールを発動した[2]。フォース・マジュールとは、不可抗力事象を理由に契約義務の履行免除を認める条項であり、この条項の発動は、Albaからの供給途絶の長期化が現実味を帯びたことを意味する。
ここでサプライチェーンリスク管理の観点で把握したいのは、Albaからのアルミニウムという原材料の供給減少・途絶が、サプライチェーンを介して①具体的にどのような中間製品の製造不能に繋がり、②それによる供給逼迫がどれほど多くの企業・業界に同時に波及するか、という点である。①を把握することは、当該事象が自社に直接あるいは間接的に影響があるのかを知ることであり、②を把握することは、その影響のインパクトの大きさを知ることである。
これを調べることは、「データ」と「分析技術」の両輪が揃ってはじめて可能となる。データについては、企業の取引関係が広範に収録された外部データベースの活用が有用である。こうしたデータベースは、網羅性の点で発展途上という課題はあるものの、サプライチェーンリスクを俯瞰的に把握するためには欠かせないツールである。一方で、この取引関係データを単に繋げるだけでは、「アルミニウムのサプライチェーン」といった具体的な情報は得られない。なぜなら、取引関係とはそれ単体では「その企業同士の取引の有無」を示したものに過ぎないためであり、それがアルミニウムといった特定の財に関する取引であるかの“識別”を挟むことで初めて、モノの流れである“サプライチェーン”をデータから抽出することができる。このための手段として、具体的には、生成AIが持つ膨大な知識を利用して特定の財に関する調達/販売経路を半自動的に絞り込む技術が有効である[3]。
上記のデータおよび技術を用いて、Alba社のアルミニウムを起点とした下流のサプライチェーンを推定した結果を下図に示す。Alba社を起点として伸びている紫色の矢印は原材料、その先で伸びている緑色の線は中間財、そしてオレンジ色の線は最終財の流れを表している。
図 1:Alba社のアルミニウムに関する下流のサプライチェーン推定結果

出典:国立情報学研究所と東京海上ディーアールとの共同研究においてFactSet Supply Chain Relationshipsのデータを基に作成。
(水色:日本企業、青色:米国企業、マゼンタ:中国企業、グレー:その他)
Alba社と直接取引をしている企業(Tier1)は比較的少数であり、アルミニウムホイール専門メーカーであるHands Corp.(韓国)、アルミ圧延・加工大手のConstellium SE(フランス)などが特定された。そして、これらの加工メーカーを介して供給される中間製品として、自動車のアルミニウムホイールやアルミ系車輪・シャーシ、そして自動車・鉄道車両のアルミ構造材などが特定された。中でもHands Corp. を経由する経路が大半を占めており、同社が調達困難に陥ると、日米欧韓中を含む主要完成車メーカー10社超に対して、アルミニウムホイールの供給逼迫が同時に波及するという影響の大きさが示された。また、Constellium SE経由の鉄道車両向け経路も、代替製錬業者の選定・認定に時間を要すると考えられるため、供給途絶の影響が長期化しやすい点に留意が必要である[4]。
一方で、生成AIに一般知識として照会すると、Alba社の実際の供給先は建材・包装・電線など幅広い分野にわたるとの回答が得られたが、これらの取引関係はデータに十分網羅されておらず、今回のサプライチェーン推定では抽出されなかった。ただし、こうした生成AIへの照会から得られるのは、あくまで一般的な知識に基づく概括的なインフォメーションに過ぎず、「どの財が・どのルートで・どの程度で影響を受けるか」という企業の具体的な意思決定・行動に繋がる情報(インテリジェンス)を得るためには、実際の取引関係データに基づく分析が不可欠である。両者は相互補完的なツールとして位置づけることが適切である。
以上のように、外部データベースと生成AIを組み合わせることで、有事におけるサプライチェーンへの影響範囲を即応的に把握できることを示した。企業のサプライチェーンリスク管理において、こうした分析能力の確保が一層重要となっていると言えよう。
(2)実質的支配者(UBO)リスク:オランダNexperia社とパナマ運河に見る「裏の支配」
本パートではFOCIリスク、特に「実質的支配者(Ultimate Beneficial Owners: UBO)」リスクについて扱う。UBOとは法人事業の実質的な受益者のことであり、その法人経営を実質的に支配できる主体を指す。法人の意思決定を支配する役員や創業者親族等の自然人に加え、株式会社の議決を支配する直接・間接株主が含まれる。元来はマネロン対策のための規制項目であったが、現在では経済安全保障上の権益攻防の主戦場にもなっている。UBO開示の論点のひとつは、その把握コストの高さにある。当規制は株主名簿の提出にとどまらず、議決権行使に影響し得る間接的株式保有の追跡まで企業に求める。例えば、A社株をB社が50%超保有し、そのB社株をC社が50%超保有するとき、C社はA社を実質的に支配し得る。さらに、こうした直線的な支配構造のみならず、C社からA社に至るまでの間接的な株式取得が複数の経路を通じて蜘蛛の巣のように分散する場合、個々の株式保有率が微細であったとしても、分散した議決権を合算することで過半数を掌握することがあり得る。こうした間接保有構造は、UBOを隠す資金洗浄の文脈では散見されてきたが、経済安全保障の観点でも、こうした株式保有チェーンをUBOまで遡って把握することが各国の政策目標へと収斂しつつある。以下では、UBO把握の重要性について再確認するため、直線的あるいは分散的な間接投資が経済安全保障上の事案へと発展した例を取り上げる[5]
分析事例①Nexperia社に対する中国政府の直線的な間接支配とオランダ政府による介入
オランダ政府は経済安全保障上の懸念を理由として2025年9月に同国に本社を置く半導体メーカー、Nexperiaの経営権を掌握した。これに対抗して中国政府は、同社の中国拠点で生産・パッケージングされた半導体製品の海外輸出を禁じたことから、日系企業を含む世界の自動車工場が操業停止や減産に追い込まれた[6] 。
では、Nexperiaに、どのような経済安全保障上の懸念があったのであろうか。ここでは、中国政府によるNexperia株の間接保有の存在に注目する。図2は、中国政府が5法人を介在させることで間接的にオランダNexperiaの経営権を実質的に所有している様子を示している。Nexperiaの直接の株主(100%親会社)は香港のYuching Holdingであり、中国企業がその半数を超える株式を保有する。さらに複数の中国の投資ファンドを経由して、Nexperiaの最終的な出資主体は中国政府に帰属することが確認できる。つまり、当時、中国政府はNexperiaの株を直接保有することなく、同社に対して実質的な意思決定に影響を及ぼし得る構造を確立していた。このような直線型支配の存在は、財務情報などを丹念に調べれば発見は可能であるかのように見えるが、全ての懸念企業について同様の調査を実施する中でこのような支配構造を検出することは、砂浜で針を探すような難しさがあり、手作業では困難である。しかしながら、現在の国際情勢において、企業に潜むUBOを把握しておくことは、経営の持続可能性と結びつく地政学リスクを評価する上で不可欠である。
図 2:Nexperia社に対する中国政府の直線的な間接支配経路の解析結果

出典:Moody’s Orbis(2022)と公開情報を基に水野研究室が作成。矢印は、半数を超える持ち株比率を表す。
分析事例②パナマ運河に対する分散的間接支配とトランプ政権の介入
株式の間接保有による支配は直線型だけではない。次の事例で示すような分散型はさらに検出が困難である。2026年1月、パナマの最高裁判所は、パナマ運河を香港財閥が掌握する状態を違憲状態だとして売却を命令した。下記の図は2022年末における、香港のハチソン財閥によるパナマ運河港湾会社(Panama Ports Company)株への分散された間接保有の経路を表している。
図 3:パナマ運河社に対するVictor Li氏の分散的な間接支配経路の解析結果

出典:Moody’s Orbis(2022)と公開情報を基に水野研究室が作成。
黒の矢印は半数を超える持ち株比率を、赤の矢印は過半数未満の持ち株比率を表す。
パナマ運河港湾会社は、香港のHutchison Whampoaを通じて、ケイマン諸島に登記されている香港を拠点とする多国籍企業CK Hutchison Holdings(以下、CKハチソンとする)によって間接的に株式の過半数が押さえられている。このCKハチソンの株式の過半数を握ることが、パナマ運河港湾の経営権を間接的に確保することになる。この争いにおいて重要となるのが、ハチソン財閥の創設者Li Ka-Shing氏と、その後継者である息子のVictor Li氏が、分散型の間接保有を通じて、この支配権を確保している点である。Victor Li氏によるCKハチソン株の直接保有は過半数未満に留まるが、ケイマン諸島の2つの持株会社を通じてCKハチソン株を所有している。つまり、Victor Liはこうした分散型の株式所有の経路を通じて、CKハチソン株を半数を超えて間接所有していた。香港国家安全維持法第43条は、香港法人が安全保障のために当局へ協力することを罰則付きで義務化している。つまり、本事例では中国政府の影響下にある人物や法人を通じて、パナマ運河港湾会社が中国政府の影響下にあったのである。
改正外為法のもとで予定される新規制や、米国商務省産業安全保障局(BIS)が変更した50%ルール等が求める株式を通じた外国政府の影響の把握、つまり、間接保有を含めた所有構造の可視化には、このような直線的・分散的支配経路をUBOまで遡ることが必要となる。複雑な株式保有構造の把握は、人海戦術では困難が伴うが、昨今発展が著しいアルゴリズムを利用したデータ分析を援用することで短時間かつ高精度に可視化することができる。まずは自社および主要取引先に対する簡易的なUBO診断から着手することが、実効的な経済安全保障対応の第一歩となる。
3.企業に求められるパートナーリングに関する経済安全保障リスクへの対応
製品の購買・調達や販売、サービスやソフトウェアの利用、研究開発・技術開発に関する協業・提携、資本統合などのパートナーリング全般に関する経済安全保障リスクを管理するためには、既存のリスク管理態勢をさらに高度化させる必要がある。以下では、リスク管理体制の構築、包括的なデューデリジェンスプロセスの整備、リスクインテリジェンス態勢の整備・運用の三点について述べる。
(1)リスク管理体制の構築
本稿が取り上げたパートナーリングに関する経済安全保障リスクは、いずれも単一の事業部門・コーポレート部門では完結しない横断的課題であるため、全社として最適化され、抜け漏れのない組織体制が必要となる。
業務執行サイドにおけるリスク管理体制の「3線」モデル[7]を例にあげれば、第1線が取引先や調達先等のパートナーの一次評価・審査を担い、第2線(特定リスクの対応を担う主管部門)が二次的評価や監督を担う。ただし、第2線は複数の異なる部門が、様々なリスクに焦点を当てる形となる。例えば、新規取引先の登録という点では、経理部門が主に与信リスクを、安全保障貿易管理部門が制裁指定リスク、経済安全保障担当部門がFOCIリスクを二次評価・検証する、といった具合だ。
この際、重要なことは、第一に、複数の第2線がリスク情報や二次評価結果を共有できる仕組みを整備することである。複数の第2線がそれぞれ個別に第1線を通じて、パートナーリングに関する経済安全保障リスクを評価するのではなく、第2線が全体として、俯瞰的に経済安全保障リスクを評価することが重要である。第二に、単に法令遵守の観点のみならず、企業の主体的なリスク判断が期待される。例えば、FOCIリスクはパートナーリングの性質によって許容可能な閾値は異なるだろう。また、米国や中国の主要国の経済安全保障政策の動向によって判断結果が変わるかもしれない。そのため、経済安全保障動向を常時継続的にモニタリングする部門の関与が不可欠である。
加えて、監督側となる取締役会においてもサプライチェーンリスクやUBOリスクを考慮することが期待される。コーポレートガバナンス・コード(CGC)改訂案では、取締役会による内部統制や全社的リスク管理体制の整備・監督の文脈で、「国際的な経済安全保障を巡る環境変化等の地政学的要因によるサプライチェーン途絶リスク及び技術等の情報流出リスクへの対応等」も、収益機会にもつながり得るものであり、リスク管理態勢整備の要考慮事項の一つとした[8]。取締役のスキルマトリックスに「経済安全保障」の要素を明示し、必要に応じて外部の専門家を社外取締役・アドバイザーとして招聘することも一案である。
(2)取引先・提携先等のデューデリジェンスプロセスの整備
サプライチェーンリスクおよびUBOリスクの対応においては直接取引先のみならず、その先の多層的なサプライヤー(いわゆるN次サプライヤー)および株主チェーンを対象とした継続的なデューデリジェンス(DD)体制の確立が不可欠である。取引開始時の一回限りの審査では、株主構成の変化や制裁対象エンティティの間接的な関与、あるいはイラン情勢のような突発的地政学リスクに起因する供給途絶といった動態的リスクを捕捉することができない。
企業に求められるDD体制の要素は大きく三点ある。
第一に、直接取引先の背後に存在する制裁対象エンティティや特定国政府の支配・影響下にある企業を継続的に抽出・評価することである。各国の経済制裁リスト(米国OFAC・EU制裁等)や輸出管理規制(米国EAR・外為法等)は随時更新されるため、規制リストスクリーニングは取引開始時だけでなく、定期的(少なくとも年次)かつイベント・ドリブン(重大な地政学的変化が生じた際等)に実施されるべきである。そのリスクスクリーニングに必要なデータは膨大となるため、サプライチェーンの可視化およびUBO特定に関するツールを用いて、定期的にリスクをスクリーニングすることが必然となっていくだろう。
第二に、主要取引先に対して、実質的支配者情報の開示要求を契約条件として明文化することである。特に重要取引先との契約においては、「株主構成の重要な変更を通知する義務条項」や、「制裁対象エンティティとの関係が判明した場合の契約解除条項」を盛り込むことが望ましい。
第三に、リスクが顕在化した際の代替調達先の事前確保やコンティンジェンシープランの整備も、DD体制の重要な構成要素として位置づけるべきである。
(3)リスクインテリジェンス態勢の整備・運用
地政学的環境の変化とともに絶えず流動する経済安全保障リスクについて、企業は常時継続的な情報収集・分析態勢を構築・運用することが不可欠である。東京海上ディーアールのアンケート調査によれば、回答企業の約43%が公開情報の収集・分析を行っている[9] 。しかし、この回答率には、単なる主要経済紙の購読から、広範なデータ・情報の収集とインテリジェンス生成まで含まれ、取組みの成熟度には幅があると考えられる。
ここでいう「インテリジェンス」とは、単なる「インフォメーション」の収集ではなく、「特定の意思決定目的のために解釈・評価が加えられた情報」を指す。サプライチェーンの途絶予兆やUBOの変化を「知っていた」ではなく、「それを踏まえて行動できた」状態を目指すことが重要であり、インテリジェンスとは「実行可能なインテリジェンス/行動に繋がるインテリジェンス(actionable intelligence)」である。
リスクインテリジェンス態勢の整備・運用で重要な点は、第一に、経営層や事業部門といったインテリジェンス”消費者”の問題関心に適した情報収集・分析プロセスを構築することだ。情報収集用のツールやサービスを活用する場合も含めて、刻々と変化する「インテリジェンス要求」に適応する必要がある。第二に、市販情報(CAI)を含む多様な情報源に基づく公開情報分析(OSINT)態勢を整備することだ。今日では、光学衛星画像、合成開口レーダー衛星(SAR)画像、船舶自動識別装置(AIS)データ、ソーシャルメディア上のユーザー生成コンテンツ(UGC、いわゆるSNS投稿)、企業間取引データ等の多様な情報・データを活用し、武力紛争の蓋然性やサプライチェーン途絶予兆を即応的に分析することが一般的になりつつある[10] 。
以上(2026年7月16日脱稿)
著者および所属組織について
| 株式会社BeyondMarketについて ● 株式会社BeyondMarketは、計算社会科学における研究成果に基づいた大学発スタートアップ企業。 水野貴之(国立情報学研究所教授)と栗崎周平(早稲田大学准教授)が2026年に共同創業しました。 ● BeyondMarketと東京海上ディーアール株式会社は、UBOリスクやサプライチェーンリスクを中心とした経済安全保障関連ソリューションの 高度化・拡充を目的とした業務提携に向けた検討を開始したことを公表(PDF公表資料)しています。 |
佐藤 遼次 企業財産本部 データビジネス創発ユニット 上級主任研究員
2015年、東京海上日動リスクコンサルティング(現:東京海上ディーアール)入社。以降、工場・事業所の防災リスク調査(リスクサーベイ)業務、再生可能エネルギー施設の自然災害リスク評価、気候変動関連の非財務情報開示支援など多様な業務に従事。また、2018年より現在まで、国立情報学研究所との共同研究を主導、サプライチェ―ンリスクに関する論文執筆、学会発表多数。計算社会科学会会員。
徳永 悠真 株式会社BeyondMarket CEO
株式会社BeyondMarket代表取締役・CEO。早稲田大学政治経済学部在学中より研究アシスタントとして水野・栗崎プロジェクトに参画し、経済安全保障分野におけるデータ解析を担当。のちに同プロジェクトのスタートアップ化に伴い、設立時メンバーとして経営にも関与する。研究面では数理経済学を専門とし、国際誌への投稿経験を有するほか、早稲田大学現代政治経済研究所にて応用ゲーム理論の研究協力にも従事。
川口 貴久 ビジネスリスク本部 兼 経営企画部 上級主席研究員
2010年、東京海上日動リスクコンサルティング(現:東京海上ディーアール)入社。以降、リスクマネジメント態勢の構築・高度化支援、地政学リスクやサイバーリスク対応支援に多数従事。この他、一橋大学法学研究科非常勤講師(2022年4月~現在、ただし上期に限る)、経済産業省「地政学リスクを踏まえた製造基盤強化等に関する検討会」構成員(2026年3月~4月)等。修士(政策・メディア)。
工藤 智宏 企業財産本部 副本部長 兼 データビジネス創発ユニット ユニットマネージャー
2007年、東京海上日動リスクコンサルティング(現:東京海上ディーアール)入社。以降、自動車・半導体・製鉄などの業種を中心に火災・自然災害のリスク調査業務に従事、その後、2014年から2018年までインドネシアに駐在。アジア域の日系企業のリスクマネジメントに従事。2018年より現在まで、ユニットマネージャーとしてSaaS サービスであるChainable(チェイナブル)などのプロジェクトや、データを活用したリスク分析などの業務を主導。中小企業診断士。
水野 貴之 国立情報学研究所 情報社会相関研究系 教授、株式会社BeyondMarket 創業者
2007年、一橋大学経済研究所・講師、2011年、筑波大学システム情報系・准教授、2013年、国立情報学研究所情報社会相関研究系・准教授を経て、2025年より現職。専門は、経済ビッグデータにもとづく経済安全保障研究。2018年より東京海上ディーアールとサプライチェーンに関する共同研究を実施し、近年では、経済安全保障研究に関するJST大学発新産業創出事業やA-Stepのプロジェクトを率いる。2026年、これらのプロジェクトをもとに早稲田大学・政治経済学術院の栗崎周平准教授とともに株式会社BeyondMarketを創業。計算社会科学会理事。
脚注
| [1] | 「対日投資、「中国政府の協力企業」事前審査 情報流出防ぐ」日本経済新聞(2025年1月22日);梅川崇、横山恵利香「外為法に新制度導入、外国政府への協力企業に網-事前届け出を義務化」Bloomberg(2025年1月23日)。 |
| [2] | 「Aluminium Bahrain targeted by Iran, declares force majeure」IDN Financials(2026年3月29日) |
| [3] | 当該技術については、国立情報学研究所・早稲田大学・北海道大学が共同で開発し、特許を出願している(大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 他、特開2025-115955号、情報処理装置、情報処理方法、および情報処理プログラム)。 |
| [4] | 本分析は2023年時点のFactSet Supply Chain Relationshipsに基づくものであり、このデータの正確性について筆者は保証しない。2024年以降の取引関係の変化については反映されていないため、現在のサプライチェーンとは異なる可能性がある。また、実際の企業への影響は代替調達経路の有無等によっても変わり得るため、供給逼迫が一概に企業活動に大きな影響を及ぼすものではない点に留意されたい。 |
| [5] | 本項の分析には、水野研究室が発明したソフトウェアである「NPI Visualization」を用いた。また本分析は公開情報および商用データベースに基づく定量的解析であり、掲載企業・個人・団体による法令または契約上の義務違反を示唆するものではなく、具体的な関与も推定しない。 |
| [6] | 「Dutch chipmaker Nexperia urges Chinese units to help restore supply chain」Reuters(2025年11月28日) |
| [7] | 「3線」体制(かつては「3線防御」体制と呼ばれた)とは、米国トレッドウェイ委員会支援組織委員会(COSO)が示した内部統制に関する考え方で、組織におけるリスク管理の責任と役割分担を明確化したモデルである。具体的には、多様なリスクのオーナーである「第1線」としての事業部門、第1線のリスクマネジメント活動を支援・統制する「第2線」として主要なリスクの対応主管部門(例えば、人事、IT・サイバーセキュリティ、経理・財務部門等)、これら活動全般を独立した立場で監査する「第3線」としての内部監査部門から構成される。日本企業の多くでは、全社的なリスクマネジメントを推進・統制する「第2.5線」ともいうべきリスク管理統括部門を設置している。第2.5線は常設の組織のみならず、リスク管理委員会のような委員会形式が併用されることも少なくない。防衛産業や電気機械産業等では、第2線として「経済安全保障室」等の専任部門を設置するケースもあるが、経営リソース等の理由から広く普及しているとは言い難い。 |
| [8] | ただし、引用箇所は、「コンプライ・オア・エクスプレイン」の対象である「基本原則」「原則」部分の記述ではなく、対象外である「解釈指針」の記述である。「コーポレートガバナンス・コード改訂案(クリーン版)」、金融庁「コーポレートガバナンス・コードの改訂に関する有識者会議」令和7年度第3回会合 資料2(2026年4月3日)、19頁。 |
| [9] | 東京海上ディーアール株式会社編著『リスクマネジメント動向調査』(東京海上日動火災保険株式会社発行、2026年3月)、24頁。調査対象は159社、調査実施期間は2025年8~9月。 |
| [10] | 具体的なOSINTユースケースは、小原凡司、小泉悠、川口貴久他「地政学リスクとマルチモーダルインテリジェンス:ユースケースにみるインテリジェンス生成」(一般社団法人DeepDiveおよび東京海上ディーアール株式会社、2026年4月)を参照。 |
コンサルティングおよびソリューションの紹介
東京海上ディーアールは、企業の経済安全保障等の地政学リスク対応のため、多様なソリューションを提供しています。また東京海上ディーアールとBeyondMarketは、サプライチェーンリスクやUBOリスクに関する分析サービスの提供を開始しています。ご関心があれば、https://www.tokio-dr.jp/contact/service/ までお問合せ下さい(お問い合わせ時は「リスクマネジメント最前線をご覧になった」旨をご記載ください)。
