製造業の業務属人化リスクとその対策 - リスクマネジメント最前線

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2023/6/20

目次

  1. 急速に進行する業務属人化
  2. 業務属人化による影響
  3. 属人化を解消する取り組み
  4. おわりに

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執筆コンサルタント

犬塚 俊之
経営企画部 事業開発ユニット 主席研究員
専門分野:製造業をはじめとするオペレーション現場でのデジタル活用、安全対策、生産性向上等の支援

生産年齢人口の急速な減少に伴い、製造業での人材不足が顕著となっている中、スキル・ノウハウが継承されず、「業務の属人化」が進行している。筆者は日常的に多数の中堅・中小製造業の課題に対峙する立場にあるが、現場の諸課題の中でも、「業務の属人化」が目下の悩みであるとの声を多く聞く。
「業務属人化」とは「業務が人に属している」、つまり「業務の内容を知る者が、特定の個人に限られてしまっている」状態である。その結果、業務品質の不安定化、突発的な退職や休職により事業継続に影響が生じ、最悪の場合倒産に追い込まれるケースもみられる。
属人化を解消するための取り組みとして、従業員の働きやすさの向上、業務プロセスおよび必要なスキルを可視化し、作業教育そのものを標準化する取り組みが有効である。近年では、動画マニュアル等のデジタルツールを活用することで、作業教育の標準化を効率的に進めることが可能となっている。
本稿では、業務属人化の実態と企業が講じるべき対策について解説する。

1.急速に進行する業務属人化

(1)属人化が生じる背景

進行する人材不足

日本の総人口は2008年にピークを迎え、その後は減少が続いている(図1)。特に、少子高齢化を背景として15~64歳の生産年齢人口は大幅な減少が進んでおり、1995年の8,716万人をピークとして、2020年は7,509万人となり、今後は2030年に6,875万人、2040年には5,978万人になると推計されている。
製造業の現場でも、人材不足は深刻な問題である。若年層の製造業離れが進行しており、新規学卒入職者に占める製造業への入職割合は、2001年の18.4%から、2021年には12.5%まで低下している[1]。また、特に確保が課題となっている人材として「技能人材」を挙げる製造業は多く、大企業で41%、中小企業では60%にのぼる[2]

図1 日本の人口の推移(1970~2020年は実績値、2025~2065年は推計値)

図1 日本の人口の推移(1970~2020年は実績値、2025~2065年は推計値[3]
出典:内閣府「令和4年版高齢社会白書」

現場における作業教育の停滞

厚生労働省のアンケート調査によれば、能力開発や人材育成に関する問題点として、「指導する人材の不足(63.5%)」、「育成の時間がない(51.6%)」と回答した事業所が過半数に達している[4]
同調査によれば、製造業における計画的なOJT・OFF-JTを実施した事業所の割合は、2020年に入って低下している(図2~3)。新型コロナウイルス感染症流行による業績の悪化や、対面教育の機会の減少等が影響していると考えられるが、十分な教育の機会が提供できなかった事業所が増加したものと推測される。
このように、教育する側・教育を受ける側双方の人材不足と、それに伴い計画的な育成ができていないことが、製造業の業務属人化が進行している背景といえる。図1に示すとおり、人口減少のペースは今後さらに拡大することが予測されており、現場の技能人材不足と属人化の傾向も加速するものと考えられる。

製造業において計画的なOJTを実施した事業所(図2・左図) 同 OFF-JTを実施した事業所(図3・右図)
製造業において計画的なOJTを実施した事業所(図2・左図)、同 OFF-JTを実施した事業所(図3・右図)
出典:厚生労働省「能力開発基本調査(事業所調査)」2021年6月

(2)    業務属人化はなぜ起こるのか

冒頭に述べたとおり、「業務属人化」とは「業務が人に属している」、つまり「業務の内容を知る者が、特定の個人に限られてしまっている」状態である。対して、「業務標準化」は、業務の内容を手順書や仕様書のような目に見えるかたちに落とし込んで共有することを指す(図4)。


図4 属人化と標準化のイメージ図

図4 属人化と標準化のイメージ図
作成:東京海上ディーアール

教育に際しては、作業手順書を作成し、OJTを交えた指導によって注意すべきポイントを習得する方法が一般的であるが、先述のとおり、指導する人材の不足や、教育に充てられる時間が足りない、といった問題がある。
OJTは粘り強く、くりかえし指導する必要があり、教育する側の負担が大きい。特に細かな動作が重要となる製造現場の作業については、文字だけで表現した手順書や経験を元にしたOJTでは、人によって指導内容に違いが生じやすいため再現性に乏しく、教育を受ける側の混乱を招くことがある。これは、教育そのものが「属人化」している状態であり、結果として作業内容や理解度にバラツキが発生する結果となりやすい(図5)。


図5 作業教育の属人化のイメージ

図5 作業教育の属人化のイメージ
作成:東京海上ディーアール

2.業務属人化による影響

属人化が進行することにより企業にとって様々な影響が生じる。

(1)業務品質・生産性の不安定化

スキルが属人化すると、業務品質や生産性に個人差が生まれ、安定的な生産活動に大きな影響が生じる。
業務手順や成果物の水準が可視化されていないと、業務に再現性がなくなり、成果物の品質に大きなバラツキが発生しやすくなる。特定の担当者に属人化した状態では、作業ミスや品質低下が発生した場合にも、原因を客観的に把握することが難しく、原因究明や改善が困難になってしまう。
またノウハウが共有されない状態では、生産性にも大きな個人差が発生する。筆者が支援したある企業では、主担当の従業員とサブ担当の従業員(主担当の休業日に応援を担当)とで1作業サイクルあたりの所要時間を比較したところ、およそ1.8倍の開きがあった。

(2)事業継続への影響

属人化により、事業の継続に支障が生じるケースも多数発生している。普段は問題なく操業できていても、従業員の急な欠勤や退職により、特定の業務が実施できなくなる場合がある。
2023年4月、宮古島の食肉処理センターで、職員の契約切れにより、約1カ月にわたって大型家畜の処理ができなくなった。処理技術を習得していた職員が1名しかいなかったため、急きょ他拠点での処理に切り替える等の対策が必要となった[5]
また、新型コロナウイルス等の感染症による欠勤等、「人の不在」に対処する場合にも、属人化は大きな障壁となる。東京都の事業継続計画(BCP)の策定支援事例集[6]の中で、感染症を想定したBCPを策定した企業の多数が、「キーマンの業務継続困難時のリスク」「業務内容について把握している人間が限られている」「人的資源のバックアップ体制」等を、BCP策定における重要な課題として挙げている。
さらに、退職した人材の代替が利かず、事業継続の見通しが立たなくなり、倒産に至る例もみられる。2022年度の「人手不足」関連倒産は79件発生し、うち「従業員退職」が要因となった事例は最多の33件であった(図6)。


図6 「人手不足」関連倒産 要因別

図6 「人手不足」関連倒産 要因別
出典:東京商工リサーチ[7]記事を基に東京海上ディーアール作成

(3)企業価値への影響

業務が属人化した状態が続いた場合、特定のスキルを保有する従業員が退職すると、それまでに培ってきた技術やノウハウが消失してしまう。これは、企業のもつ価値そのものが失われることを意味し、社会全体にとっても大きな損失であるといえる。
また、近年注目されている「人的資本経営」の考え方の中でも、人材育成やスキル管理は重要な位置づけを占めている。2023年度からは上場企業に「人的資本の情報開示」が義務化されるなど、人材育成の取り組みの有無が企業価値を評価する指標の一つに位置づけられつつあり、同様の動きは中堅中小企業にも広がっていくものと予想される。

3.属人化を解消する取り組み

本章では、業務の属人化を解消するために、企業が実践すべき取り組み例について述べる。

(1)働きやすい職場環境づくり

厚生労働省が中小企業を対象に実施した調査[8]によれば、従業員が「働きやすい」と感じる職場では、従業員の仕事に対する意欲が高く、職場への定着が進みやすい傾向がある。仕事に対する意欲の高さは従業員間のコミュニケーションやチームワークの向上につながり、個人に偏っていた情報やノウハウが共有されやすくなる効果がある。また定着率の高い職場では、余裕をもって社内の教育を進めることができ、高度なスキル・ノウハウが継承される機会の増加につながる。
上記の調査では、「働きやすさ」を高めるために有効な取り組みとして、「本人の希望が尊重される配置」、「上司以外の決められた先輩担当者(メンター)による相談」、「提案制度等による従業員の意見の吸い上げ」等が例示されている。

(2)スキル情報の活用

属人化を解消するには、今ある業務を洗い出し、誰がどの業務のスキルを持っているかを可視化することが出発点となる。従来からISO9001等のマネジメントシステムでは「力量管理」が求められており、スキルマップの作成を通して各従業員の保有スキルを可視化する取り組みが実施されてきたが、情報の更新が滞りやすく、運用が途切れてしまいがちとの課題があった。近年では製造業においてもタレントマネジメントシステムの導入が進みつつあり、人事考課情報や過去の教育・研修実績データ等を組み合わせ、より高度なスキル管理を継続的に実施する企業が増えてきている。

(3)デジタルツール(動画マニュアル等)の活用による作業教育の標準化

実際に特定の作業をできる人を増やすためには作業教育の実践が必要だが、1章で述べたように、現場の人材が逼迫する中で、教育する側・教育を受ける側双方の負担が高いことが障壁となっている。これに対して近年、現場教育をスムーズに進めるための方策として、動画を取り入れた作業教育が注目されている。動画や写真等を交えた作業マニュアルを作成することで、細かい動作を繰り返し、再現性高く教育することができる。また、タブレットやスマートフォン等からいつでも動画を再生できるので、スキマ時間に振り返り学習することも可能となり、教育を受ける側にとってもメリットが大きい。
東京海上ディーアールでは、デジタル活用により作業教育をスムーズに進めるためのソリューションとして、動画作業マニュアル作成・配信クラウドシステム「miniつく動画」を提供している[9]。伝わる動画マニュアルを簡単に作成できる機能のほか、チェックフォームで作業の要点を繰り返し確認することで定着度を高める機能、マニュアルの導入・活用や作業手順の改善の支援を行うサービスを盛り込んでいる(図7)。
このように、教育する行為、教育を受ける行為を「標準化」することで、現場教育を担うリーダー職の「粘り強く、くりかえし」教える部分にかかる負担を軽減し、属人化の解消をスムーズに進めることが期待できる。


図7 miniつく動画の概要

4.おわりに

本稿では、製造業における業務の属人化リスクに関し、属人化の生じる背景、属人化が企業に及ぼす影響、そして企業がとるべき対策・対応について述べた。業務のノウハウを可視化し、定着させる仕組みを持つことで、事業の安定性・継続性を高めることが可能となる。
本稿が、貴社における業務属人化の解消に向けた一助となれば幸いである。

参考情報・サービスご案内

執筆コンサルタント

犬塚 俊之
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動画マニュアル作成・配信クラウドサービス「miniつく動画」

脚注

[1] 経済産業省「2022年版ものづくり白書」
[2] 経済産業省「2018年版ものづくり白書」
[3] 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計)」の出生中位・死亡 中位仮定による推計結果
[4] 厚生労働省「能力開発基本調査(事業所調査)」2021年6月
[5] 琉球新報 202344日付記事
[6] 東京都中小企業振興公社「BCP策定支援ポータル」策定事例
[7] https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1197551_1527.html
[8] 厚生労働省「働きやすい・働きがいのある職場づくりに関する調査報告書」20145
[9] miniつく動画 Webサイト https://www.tokio-dr.jp/mini-tsuku-douga/

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