「ビジネスと人権」に関する企業評価の最新動向

  • 経営・マネジメント

リスクマネジメント最前線

2023/2/28

目次

  1. 企業の「ビジネスと人権」対応を評価する外部評価機関
  2. World Benchmarking Alliance および Corporate Human Rights Benchmark の最新の評価結果
  3. まとめ

「ビジネスと人権」に関する企業評価の最新動向- リスクマネジメント最前線PDF

執筆コンサルタント

木本 博之
製品安全・環境本部 CSR・環境ユニット 上級主任研究員
専門分野:ESG・サステナビリティ

佐藤 美沙紀
製品安全・環境本部 CSR・環境ユニット 主任研究員
専門分野:ESG・サステナビリティ

山田 真梨子
製品安全・環境本部 CSR・環境ユニット 主任研究員
専門分野:ESG・サステナビリティ

 

近年、企業による人権尊重の取り組みに対する注目が高まっている。2021年6月に改訂された日本版コーポレートガバナンス・コードでは、企業が積極的・能動的に取り組む検討を深めるべき課題として人権の尊重が明記されたほか、2021年11月にIFRS財団が設立した国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)でも人権に関する情報開示の基準化に向けた検討を今後行う予定としているなど、企業の事業活動およびその情報開示に「ビジネスと人権」の要素を組み込むことが求められている。本稿では、「ビジネスと人権」に関する企業評価の代表例であるWorld Benchmarking Alliance(以下、「WBA」)とCorporate Human Rights Benchmark(以下、「CHRB」)についてそれぞれの概要と、最新の動向を紹介する。

1.企業の「ビジネスと人権」対応を評価する外部評価機関 

企業の取り組み状況を評価する外部評価機関は多数存在しており、代表的な機関として、ESGすべての観点を対象とするMSCIやS&P Global (DJSI)、FTSE、また、気候変動、水セキュリティ、森林の分野で環境面での取り組みを評価するCDPなどが挙げられる。本項では、「ビジネスと人権」のテーマに特に焦点を当てて、企業の取り組みを評価しているWBAとCHRBの概要を紹介する。

(1) World Benchmarking Alliance (WBA)

WBAは英国の保険会社Aviva、オランダのNGOであるIndex Initiativeおよび国連財団が中心となって2018年に設立され、SDGsの達成に向けて企業行動のポジティブな変化を促進するため、企業の取り組みを評価して格付を実施・公表している。2019年には次項で説明するCHRBを吸収合併した。評価対象は、SDGsの達成への影響力が大きいとして選定されたグローバル企業2,000社(以下、「SDG2000」)で、毎年更新される。2022年12月2日時点では、評価対象企業の所在地は先進国だけでなくアルジェリアやベトナムなども含む85か国にわたり、日本からは162社が評価対象となっている。WBAでは、SDGsを達成するために社会や世界、経済で必要と考えられる7つの変革をシステム・トランスフォーメーションとして特定している(図表1)。SDG2000の全企業はソーシャル・トランスフォーメーションについて評価されるほか、業種や事業内容に応じて環境面の評価項目を含むその他のシステム・トランスフォーメーションについても評価される。各企業の評価結果は、例えばFood and Agriculture BenchmarkやTransport Benchmarkなどのベンチマークとして公表され、WBAのウェブサイト上で各ベンチマーク内の評価対象企業のスコアや順位などの結果を誰でも確認することができる。

WBAの評価において最も影響力が大きいのはソーシャル・トランスフォーメーションである。ソーシャル・トランスフォーメーションにおける評価は、企業の公開情報に基づいて企業の人権対応を評価するCore Social Indicators(以下、「CSI」)によって決まる。責任ある企業行動としてWBAが企業に求める「人権尊重」、「ディーセント・ワークの提供・推進」、「倫理的行動」の3つの分野の下に12の期待があり(図表2)、それらの期待に対する企業の取り組み状況をCSI 1~18の18項目にわたって評価し、その合算値が20点を満点に算出される。各項目の配点はCSI4(人権リスクと影響の評価)および5(人権リスクと影響の統合と対応)はそれぞれ2点、その他は各1点とされており、CSI 4および5には実質的に重みづけがされている。CSIのスコアはその他のトランスフォーメーションの評価においても一定の割合を占める構造となっているため、ベンチマークのスコアを向上させるには人権に関する取り組みの実施および情報開示が必須である。例えばFood and Agriculture Benchmarkにおいては、CSIのスコアは重みづけ20%を付与した上で全体の評価に組み込まれている[1]。CSIの最新の評価結果(Social Transformation Baseline Assessment)は第2章に後述する。

WBAが特定した、SDGsの達成に必要な7つのシステム・トランスフォーメーション ソーシャル・トランスフォーメーションを達成するための企業に対する12の期待

図表1(左) WBAが特定した、SDGsの達成に必要な7つのシステム・トランスフォーメーション
図表2(右) ソーシャル・トランスフォーメーションを達成するための企業に対する12の期待
出典:World Benchmarking Alliance, “Social transformation framework” (2021年1月)

(2) Corporate Human Rights Benchmark (CHRB)

CHRBは、2017年から企業の人権に関する取り組みの評価を実施・公表している。2019年に前述のWBAに吸収合併されており、WBAの評価方法にも影響を与えている。CHRBでは、人権への影響が大きく、高リスクとされるセクターの企業を対象として隔年で評価が実施され、2022年は自動車製造業、ICT製造業および食料・農業、2023年はアパレルおよび採掘の企業が評価される。評価対象となる企業は、WBAの評価対象であるSDG2000のうち、地域やセクターのバランスを踏まえて決定されている。前回の2020年の評価においては上述の5つのセクターで世界229社が対象となり、そのうちには日本企業27社も含まれた。WBAとCHRBは双方とも企業の人権への対応を評価しているが、WBAは評価対象を広くすることで、SDGsの達成に影響を与える企業の人権尊重に関する取り組み状況をより広範に把握する。一方でCHRBは、その中でも特に人権リスクの高い企業の取り組みをより深く評価することで、互いに補完するように設計されている。

CHRBの評価は、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、「国連指導原則」)やその他の人権に関する国際基準などを基に5つのテーマに分類されている。例として食料・農業セクターの評価テーマ一覧を図表3に示す。各テーマ内の指標はそれぞれ2点が配点されており、重みづけを踏まえた得点の合計値(100点満点)によってスコアが決定される。WBA同様、評価にあたっては、企業のウェブサイトや行動規範などの基準、統合報告書やサステナビリティレポートなどの企業が作成した報告書等の開示情報が用いられるため、スコア向上を目指すには取り組みの実施はもちろん、CHRBの評価基準を踏まえて自社ウェブサイトの拡充を図ることが必要である。また、テーマEにおいては、Moody’sグループのESG外部評価機関であるVigeo EirisやNGOのビジネスと人権リソースセンター、企業のESG情報を収集・提供するRepRiskが提供する外部情報も評価に用いられている。

 図表3 食料・農業セクターの評価テーマ一覧
テーマ 指標テーマ 指標数 重みづけ
A. ガバナンスとポリシー・コミットメント ポリシー・コミットメント 7 5%
取締役会レベルの説明責任 4 5%
B. 人権尊重と人権デュー・ディリジェンスの浸透 企業文化およびマネジメントシステムにおける人権尊重の浸透 9 10%
人権デュー・ディリジェンス 5 15%
C. 救済と苦情処理メカニズム  8 20%
D. パフォーマンス:企業の人権に関する取り組み  22 25%
E. パフォーマンス:深刻な申し立てへの対応 3 20%

出典:経済人コー円卓会議日本委員会による “Corporate Human Rights Benchmark Methodology (Food and agricultural products sector)”の日本語訳(2021年9月)をもとに弊社作成 

2.World Benchmarking AllianceおよびCorporate Human Rights Benchmarkの最新の評価結果

(1) World Benchmarking Alliance (WBA)

第1章にて解説の通り、WBAは企業の人権対応を評価するCSIの評価結果であるSocial Transformation Baseline Assessmentや、業種及び事業内容に基づく各種ベンチマークを発表している。本項では、2022年1月公表のSocial Transformation Baseline Assessment、2022年10月・11月公表のTransport BenchmarkおよびFinancial System Benchmarkの評価結果を概説する。

Social Transformation Baseline Assessment

WBAは世界で影響力のある企業1,000社について、Social Transformation Baseline Assessmentを実施し、上述の18のCSIを用いて評価を行った結果を2022年1月に公表した。1,000社の総売上高は約25兆米ドルで、世界のGDPの4分の1を上回る。これらの企業の中で20点満点中15点以上を獲得している企業は1%にとどまり、半数以上の企業が5点以下、また平均点は5.2点であった。

合計得点が最も高かったのはUnilever(イギリス)で17.5であり、それに続いてDiageo(イギリス)、Nestlé(スイス)が16点で並んでいる。これらの企業はいずれも人権尊重に関する項目で満点(10点)を獲得している。

Social Transformation Baseline Assessmentのスコア別企業数

図表4 Social Transformation Baseline Assessmentのスコア別企業数
出典:World Benchmarking Alliance,“Social Transformation Baseline Assessment 2022” (2022年1月)

CSI1~8の人権尊重に関する項目について、55%の企業が最高統治機関によって承認された人権尊重へのコミットメント(CSI1)を公表していた。また、66%が労働者のための苦情処理の仕組み(CSI8)を持っており、半数以上の企業(55%)が、地域社会やサプライチェーンの労働者など、企業によって悪影響を受ける可能性のある外部のステークホルダーが苦情や懸念を申し出ることができる手段を有していることも分かった。一方で、人権デュー・ディリジェンスに関するCSI3~5の3つの指標全てでスコアが0となった企業が78%にのぼり、3つ全てで得点している企業は7%にとどまった。

Social Transformation Baseline Assessmentの人権項目各指標に対する達成・未達成企業数(全体結果)

図表5 Social Transformation Baseline Assessmenttの人権項目各指標に対する達成・未達成企業数(全体結果)
出典:World Benchmarking Alliance,“Social Transformation Baseline Assessment 2022” (2022年1月)

評価対象となった1,000社の内、日本に本社を置く企業が67社含まれていた。そのうち食品・飲料製造会社が20社を占め、自動車製造会社(7社)、電力会社(6社)および重機械・電気機器製造会社(6社)が続いている。

Social Transformation Baseline Assessmentの人権項目各指標に対する達成・未達成企業数(日本に拠点のある67社)

図表6 Social Transformation Baseline Assessmenttの人権項目各指標に対する達成・未達成企業数(日本に拠点のある67社) 
出典:World Benchmarking Alliance、人権リソースセンター 「人権デュー・ディリジェンスに関する日本企業の評価から得られたエビデンス」(2022年5月)より弊社作成

評価対象となった日本企業の内、80%近くが人権尊重へのコミットメントを公表しており、この割合は全体平均(55%)を上回っている。人権デュー・ディリジェンスの実施を進められている企業の割合が人権尊重へのコミットメントを公表している企業の割合と比べて低くなっているのは、全体的な傾向と一致する。この調査では、人権デュー・ディリジェンスに関する日本企業の平均スコアはG7諸国に本社がある企業の平均スコアとほぼ同等であることもわかっている。救済へのアクセスの提供に関しては、労働者向けの苦情処理メカニズムを有する企業は半数近く(46%)に上ったが、第三者の個人やコミュニティ向けの苦情処理メカニズムを持つ企業は18%にとどまり、特に後者は全体平均の55%を大きく下回った。人権デュー・ディリジェンスの実施に関するCSI3~5の3つの指標全てで満点を獲得したのは、アサヒグループホールディングス、ファーストリテイリング、不二製油グループ、INPEX、KDDI、キリンホールディングス、三井物産、NEC、楽天グループの9社であった。

Transport Benchmark

Transport Benchmarkでは、世界の主要な運輸会社90社を対象とし、パリ協定に対する進捗状況と低炭素経済への公正な移行に向けた貢献度が評価され、2022年10月に評価結果が公表された。対象企業の選定においては、世界の航空、海運企業、道路輸送、鉄道企業等のうち、企業規模の評価指標(乗客数、輸送マイル数、船隊規模など)や、子会社やサプライチェーンを通じて世界規模の流通網を構築していること、(特に発展途上国において)炭素排出量に大きな影響力を持つことなどが考慮されている。選定された90社のうち、日本企業は9社であった。

Transport Benchmarkは、初めてAssessing Low-carbon Transition(以下、「ACT」)、Just Transition Indicators (以下、「JTI」)、およびCSIの3つの評価基準が統合されたベンチマークである。2022年以降の気候およびエネルギー・ベンチマークの評価は、低炭素経済への移行に向けた準備状況を評価するACTと低炭素経済への公正な移行に向けた貢献度を評価するソーシャル・トランスフォーメーション評価が統合されたものとなる。さらにソーシャル・トランスフォーメーション評価は、移行計画[2]が脱炭素化の影響を受ける労働者やコミュニティのための解決策を含んでいることを評価するJTIと、企業の公開情報に基づいて企業の人権対応を評価するCSI評価で構成される。Transport Benchmarkにおける内訳は、ACT、JTI、CSIがそれぞれ60%、20%、20%となっている(図表7)。参考として、気候およびエネルギー・ベンチマークにおけるソーシャル・トランスフォーメーション評価の測定領域を掲載する(図表8)。

Transport Benchmarkの測定領域 気候およびエネルギー・ベンチマークにおけるSocial Transformation Assessmentの測定領域

図表7(左) Transport Benchmarkの測定領域
図表8(右) 気候およびエネルギー・ベンチマークにおけるSocial Transformation Assessmentの測定領域
出典:World Benchmarking Alliance, “Transport Benchmark Methodology”(2022年4月)

WBAは、運輸セクターが脱炭素化と公正な移行に向けた行動を今すぐ加速することが必要であるとし、以下の5つの主要な評価結果を報告している[3]

  • 評価対象の半数以上が、長期的なネットゼロ目標を設定しているにもかかわらず、低炭素社会への綿密な移行計画が設定されておらず、中間目標が不足している
  • 輸送会社は、気候変動目標の達成に向け、断固としたリーダーシップを発揮し、1.5℃目標に沿った移行を主要なステークホルダーに促す必要がある
  • 運輸セクターにおける排出量削減に関する実証前の新技術や新しいビジネスモデルへの研究開発投資では、削減目標に対する不足を埋めることはできない
  • 運輸会社は、低炭素社会への移行を公正かつ公平に行うために、必要な行動を直ちに加速する必要がある
  • 効果的な人権デュー・ディリジェンスを実施している運輸会社はごく少数である

個別企業の評価結果では、ComfortDelGro Corporation(シンガポール)が1位であり、100点満点中47.8点を獲得し、内訳はACT:43.0、CSI:3.5、JTI:1.3であった。ACTでの得点率に比してCSI、JTIが著しく低くなっているが、このことはComfortDelGro Corporationに限らず、運輸セクター全体で同様の傾向にあった。CSIで10点以上を獲得したのは10.5点を獲得したA.P. Moller–Maersk(デンマーク)と10点を獲得したANAホールディングス(日本)の2社のみであり、JTIについては3.8点を獲得したSNCF GroupとAir France-KLM(ともにフランス)の2社が最高点で、ほとんどの企業が0~2点であった。このことは、運輸セクターにおいて、気候変動対応戦略やGHG排出量目標などの低炭素社会への移行に向けた企業の環境戦略が進んでいる一方で、ステークホルダーエンゲージメントや人権デュー・ディリジェンスといった、低炭素社会への移行を公正かつ公平なものにするための努力が十分でないことを示唆していると言える。

Financial System Benchmark

2022年11月、世界の395の金融機関を対象としたFinancial System Benchmarkの評価結果が公表された。395機関のうち、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)や銀行、生保、損保、国家公務員共済連合会や企業年金連合会など、日本からも26の金融機関が評価の対象となった。Financial System Benchmarkにおける各金融機関の評価は、CSIを含む合計32の指標によって決定される。評価に占める各分野の内訳は、ガバナンスおよび戦略が40%、プラネタリーバウンダリーの尊重(気候変動や自然、生物多様性)が30%、社会通念の遵守(CSIを含む)が30%となっている(図表9)。

Financial System Benchmarkの測定領域

図表9 Financial System Benchmarkの測定領域
出典:World Benchmarking Alliance, “Transport Benchmark Methodology”(2021年12月)

WBAは主要な評価結果として以下の5点を挙げており、すべての分野において金融機関によるさらなる取り組みが求められると報告している[4]

  • 大多数の金融機関は、自分たちが環境や社会に与えている影響を認識していない
  • ネットゼロ戦略へのコミットメントが少なく、中間目標の設定やトラッキングは事実上実施されていない
  • 金融セクターでは人権リスクと影響に関する報告はほとんどなされていない
  • 低所得国や中小企業、その他の排除されたグループへの融資が少ない
  • ほとんどの金融機関は、自らの融資活動が自然や生物多様性に与える影響を把握するプロセスを有していない

個別の金融機関に対する具体的な評価結果を見ると、395の金融機関のうち、100点満点中52.5点で1位となったのはBank of Montreal(カナダ)であった。Bank of Montrealは、ガバナンスおよび戦略が24.7/40点(3位)、プラネタリーバウンダリーの尊重が13.3/30点(7位)、社会通念の遵守が14.5/30点(2位)のすべてで上位に位置している。WBAは、Bank of Montrealは環境・社会の両面で自社の融資活動に関する影響の目標を設定し、そしてトラッキングしている数少ない金融機関の一つであると評価している[5]。実際にBank of Montrealの”2021 Sustainability Report and Public Accountability Statement”では、2025年に向けた目標として、環境面では2050年に融資先からのGHG排出量をネットゼロにする、社会面ではカナダにおける小規模事業への融資を100億カナダドルまで倍増させるなどの目標とその進捗状況を公表している[6]。なお、日本の金融機関の中で最高順位となったのは40位(28.6点)のみずほフィナンシャルグループであり、ガバナンスおよび戦略が7.8/40点(122位)、プラネタリーバウンダリーの尊重が13.3/30点(8位)、社会通念の遵守が7.5/30点(52位)であった[7]。同グループは本邦金融機関で初めて人権に関する取り組みに特化したレポート(「人権レポート2022」)を2022年7月に発行している。

(2) Corporate Human Rights Benchmark (CHRB)

CHRBでは、2022年11月に食料・農業、自動車製造業、およびICT関連製造業の3セクターにおける127社を対象とした評価結果を公表した。全体的な傾向として、多くの企業でCHRBによる評価開始以降、スコアは改善しているが上昇度合いは限られていること、人権対応の法制化が取り組みの促進材料になっていること、人権に関する責任を取締役会等の高いレベルに上げることが人権デュー・ディリジェンスの取り組み向上と相関があること、多くの企業でステークホルダーエンゲージメントを意味のあるアクションに反映できていないこと、サプライチェーンに対する人権尊重の取り組みが不足していること等が挙げられた。セクター毎の評価結果については以下のとおりである。

食料・農業

食料・農業関連企業は57社が評価され、最高位はUnilever(イギリス、得点は50.3点)であり、Wilmar International(シンガポール)、PepsiCo(アメリカ)がそれに続いた。10~20点のスコア帯に多くの企業が分布しているが(図表10)、3つのセクターのうち最高得点、平均得点(20.0点)ともに最も高く、全体の上位10社の内6社がこのセクターの企業であった。CHRBは、地元生産者を支援する動きや消費者の意識の高まりにより、このセクターへの監視の目が厳しくなり、企業の説明責任が高まったとみている。

CHRB 食料・農業セクターにおけるスコア帯別企業数

図表10 CHRB 食料・農業セクターにおけるスコア帯別企業数
出典:World Benchmarking Alliance, “Corporate Human Rights Benchmark 2022 Insights Report” (2022年11月)

自動車製造業

自動車製造業は29社が評価対象となり、上位3社は1位から順に、Ford(アメリカ、得点は39.0点)、General Motors Company (アメリカ)、Mercedes-Benz Group(ドイツ)となっている。その他の24社(83%)の得点は20点未満で、大半の企業が10点未満となった(図表11)。自動車製造業は、最高得点、平均得点(10.7点)ともに3つのセクターの中で最も低く、5社において全体スコアが0点であった。自動車関連企業の9割以上が0点である指標が16項目あり、食料・農業(2項目)、ICT関連製造業(7項目)と比較して多かった。CHRBではこの理由について、自動車のサプライチェーンが複雑であることに伴い、人権のモニタリングや企業の責任追及が難しいこと、またこのセクターにおける人権ベンチマークによる評価が比較的新しいことを挙げている。

CHRB 自動車製造業セクターにおけるスコア帯別企業数

図表11 CHRB 自動車製造業セクターにおけるスコア帯別企業数
出典:World Benchmarking Alliance, “Corporate Human Rights Benchmark 2022 Insights Report” (2022年11月)

ICT関連製造業

ICT関連製造業43社のうち、上位3社は上から、Hewlett Packard Enterprise(アメリカ)、Corning(アメリカ)、Samsung Electronics(韓国)となった。これらはいずれも30~40点のスコア帯に分布している。10~20点のスコアの企業の割合が最も多く、平均スコアは18.3点であった。最高スコアは39.1点で、自動車製造業セクター(39点)を僅かに上回った。ICT関連製造業の企業にはスコアが0点の企業はなく、また他の2つのセクターと比較して、セクター固有の人権関連慣行を評価するテーマDで特に高評価となっており、児童労働や強制労働の禁止、自社事業やサプライチェーンにおける生活賃金や労働時間に関する慣行等が評価されている。

CHRB ICT関連製造業セクターにおけるスコア帯別企業数

図表12 CHRB ICT関連製造業セクターにおけるスコア帯別企業数
出典:World Benchmarking Alliance, “Corporate Human Rights Benchmark 2022 Insights Report” (2022年11月)

日本企業に対する評価

評価された127社の内、日本企業は22社(食料・農業において6社、自動車製造業において7社、ICT関連製造業において9社)が評価された。全体の平均スコアは100点満点中17.3点であるのに対し、日本企業の平均スコアは14.0点と全体平均を下回った。A~Eの5つのテーマ別(図表3参照)に平均スコアを見ると、ガバナンスとポリシー・コミットメント(テーマA)、人権デュー・ディリジェンス(テーマB)では、全体平均(テーマA:2.1/10点、テーマB:5.3/25点)と大きく変わらないが、救済と苦情処理(テーマC)、人権に関する取り組み(テーマD)、深刻な申し立てへの対応(テーマE)においては、それぞれ全体平均と差が開いている(テーマC:20点中全体平均4.1点に対して日本平均は2.6点、テーマD:25点中全体平均3.0点に対して2.0点、テーマE:20点中全体平均2.8点に対して2.3点)。食料・農業ではサントリーホールディングスが57社中18位、自動車製造業ではトヨタ自動車が29社中8位、ICT関連製造業ではキヤノンが43社中12位となり、各セクターの日本企業の中では最高位となった。日本企業におけるトータルスコアでの最高位はサントリーホールディングスであった(127社中30位、スコアは27.2点)。

3.まとめ

WBAやCHRBの評価結果から、評価対象企業のみならず、多くの企業において、人権尊重の取り組みが十分でないか、あるいは取り組んではいるもののこれらの外部評価で要求されるポイントをおさえた情報開示が出来ていない状況にあることが伺える。WBAやCHRB評価対象企業では、今後は外部評価への対応も考慮して、「ビジネスと人権」への取り組みや情報開示の高度化が進められることが見込まれるが、国連指導原則ではサプライチェーン全体の人権への配慮を求めていることから、サプライチェーン上の企業に対しても「ビジネスと人権」への取り組みの推進が求められていくことが想定される。

本稿で紹介したWBAやCHRBでの評価基準は、対象企業のみならず、企業が人権尊重の取り組みを開示するにあたって参考とすることができるものである。「ビジネスと人権」への取り組み要請を機会と捉え、本稿を人権尊重の取り組みの高度化や情報開示の充実化の参考にしていただき、レピュテーションの獲得やステークホルダーとの関係性の向上、より高いレベルでのESG経営を目指していただければ幸いである。

参考情報

執筆コンサルタント

木本 博之
製品安全・環境本部 CSR・環境ユニット 上級主任研究員
専門分野:ESG・サステナビリティ

佐藤 美沙紀
製品安全・環境本部 CSR・環境ユニット 主任研究員
専門分野:ESG・サステナビリティ

山田 真梨子
製品安全・環境本部 CSR・環境ユニット 主任研究員
専門分野:ESG・サステナビリティ

脚注

[1] World Benchmarking Alliance, “Methodology for the Food and Agriculture Benchmark” February 2021
[2] 移行計画:組織の全体的な事業戦略の一側面であり、GHG排出量の削減など、低炭素経済への移行を支援する一連の目標と行動。(TCFDコンソーシアム、特定非営利活動法人サステナビリティ日本フォーラム訳「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)指標、目標、移行計画に関するガイダンス」(2022年4月)より)
[3] https://www.worldbenchmarkingalliance.org/publication/transport/
[4] https://www.worldbenchmarkingalliance.org/publication/financial-system/
[5] https://www.worldbenchmarkingalliance.org/publication/financial-system/companies/bank-of-montreal-bmo/
[6] https://our-impact.bmo.com/wp-content/uploads/2022/03/BMO_2021_Sustainability-Report-and-PAS_EN_FINAL_aoda.pdf
[7] https://www.worldbenchmarkingalliance.org/publication/financial-system/companies/mizuho-financial-group/

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