新型コロナウイルス感染症(COVID-19)をめぐる不確実情報の検証
- 感染症
- 経営・マネジメント
2020/5/18
目次
- COVID-19をめぐる不確実情報
- 不確実情報の検証
- おわりに
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)をめぐる不確実情報の検証- リスクマネジメント最前線PDF span>
執筆コンサルタント
川口貴久
ビジネスリスク本部 上級主任研究員

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)や新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に関連して、数多くの偽情報や不確実情報が広く流通している。個人レベルだけでなく、組織・企業でも偽情報・不確実情報に基づいて誤った意思決定・判断を行うリスクがあるが、このリスクは適切な情報の検証プロセスによって極小化できる。個人の注意力や組織のリソースは有限であるため、情報源の信頼性や情報の正確性・妥当性を評価する検証プロセスを確立してリスクを減らすことが重要である。
(1) COVID-19をめぐる不確実情報
① COVID-19をめぐる不確実情報
「偽情報」(一般的には「フェイクニュース」とも呼ばれる)や「不確実情報」(真偽不明の情報や概ね事実であるが文脈が誤っている情報等)は、平時よりも、災害時・有事において急速かつ広範に流布する。典型的なものは、東日本大震災(2011年3月)における「黒い雨が降る」等の放射能・放射線に関する不確実情報、熊本地震(2016年4月)における「動物園からライオンが逃げた」旨のデマ情報であろう。COVID-19についても、「トイレットペーパーが売り切れになる」「〇〇を食べれば予防できる」等の明らかな偽情報、検証可能な根拠がない不確実情報が流通した。こうした不確実情報は、ソーシャルメディアの発展を背景に急速かつ広範に拡散しているとみられる[1]。
COVID-19をめぐる偽情報・不確実情報は、COVID-19そのものと同等かそれ以上の速さ・範囲で拡散し、問題となっている。世界保健機構(World Health Organization: WHO)は拡散する「インフォデミック(infodemic)」に警鐘を鳴らしている。インフォデミックとは「情報が過剰に供給された状態で、正確なものもあれば、そうではないものもあり、人々が信用できる情報源や信頼できるガイダンスを必要としている際、これらを見つけるのが困難な状態」を指す[2]。
こうした状況に対応するため、WHOは「感染症情報に関するネットワーク(the WHO Network for Information in Epidemics: EPI-WIN)」という取組を展開している。以下は2020年5月3日時点で、WHOによるEPI-WIN上での検証結果、WHOが正とする内容の一部(抜粋)である。これらとは異なる内容が偽情報・不確実情報として広く流布していたということである。
① 漂白剤やその他消毒剤をスプレーしたり、体内にとりいれても、COVID-19を予防できないし、(人体にとって)危険である。
② メタノール、エタノール、漂白剤を飲んでも、COVID-19を予防できないし、(人体にとって)極めて危険である。
③ 第5世代移動通信システム(5G)はCOVID-19を拡散しない。
[筆者注]英国を中心に、5Gの電波・技術がCOVID-19を拡散しているとの偽情報が拡散し、5G関連施設への放火・破壊行為や作業員への嫌がらせが数多く報告された。
④ 10秒以上息をとめて咳がでなかったり、何も違和感がなかったりしたとしても、COVID-19やその他肺疾患に感染していないということではない。
⑤ COVID-19は高温多湿な気候でも感染が起こる。
⑥ 寒さや雪はCOVID-19を死滅させることはできない。
⑦ 暑い風呂に入ってもCOVID-19を予防できない。
⑧ COVID-19は蚊を媒介に感染することはない。等 [3]
WHOはCOVID-19関連の誤報や噂が特に流布されている4分野として、①ウイルスおよび感染症の原因や起源、②COVID-19の症状や感染経路、③有効な対処法、予防法、治療法、④公衆衛生当局やその他機関による介入政策の効果と影響、と指摘している[4]。また、オックスフォード大学・ロイタージャーナリズム研究所の研究者らが、偽情報(false)またはミスリード(misleading)と判定された225件の情報をより詳細に分析した。その結果、COVID-19関連の偽情報は図1に示すトピックスに分類されることが分かった。
図 1:COVID-19 関連の偽情報等のトピックス
分類 1 と分類 2 の対応関係の整理は便宜上、筆者が行ったもの。 1 つの情報に複数のトピックスが紐づく場合もあるため、上記のパーセントの合計は 100 にはならない。分母とな る 225 件は、非営利団体 First Draft が収集・管理する偽情報等のうち、2020 年 1 月から 3 月末までに英語で発信 されたものである。 出典:J. Scott Brennen, et. al., Types, Sources, and Claims of COVID-19 Misinformation, Reuters Institute & University of Oxford (April 7, 2020)より筆者作成。 https://reutersinstitute.politics.ox.ac.uk/types-sources-and-claims-covid-19-misinformation
② 偽情報・不確実情報の分類
不確実情報とは、偽情報に限定されない。真偽の判断がつかない情報、正しいが悪意のある情報も個人や組織の意思決定に悪影響を与える不確実情報である。前述のロイター研究所らの研究によれば、COVID-19関連の偽情報・不確実情報のうち、捏造されたコンテンツ・なりすましのコンテンツは全体の約38%であり、ミスリードな文脈や誤った文脈等の再解釈されたコンテンツは全体の約59%であった[5]。
「フェイクニュース」検証に関する非営利団体であるFirst Draftの共同創設者ウォードル(Claire Wardle)博士らは、「フェイクニュース」を3つに分類する(表1)。第一に、偽の情報であるが悪意のないもので、「ミスインフォメーション(mis-information)」と呼ばれる。具体的には、COVID-19関連のメディアの誤報や専門家の勘違い、統計上の誤り等である。
第二に、真の情報であるが悪意のあるもので、「マルインフォメーション(mal-information)」と呼ばれる。意図的にセンセーショナルな見出しをつけること等はこれに該当する。ソーシャルメディア大手のFacebook社は、(概ね事実である情報や様々な情報を組み合わせて)対立や混乱を引き起こす悪意ある情報を「偽の物語(narrative)」と呼び、「フェイクニュース」と位置付けている[6]。
第三に、偽の情報かつ悪意のあるもので、「ディスインフォメーション(dis-information)」と呼ばれる。第三者をだます目的で情報を捏造したり、情報の発信源を偽装することである。単なる愉快犯によることもあれば、外国政府機関の対外情報活動として展開されることもある。
また偽情報を打ち消すための対抗情報も、混乱を生む場合がある。例えば、トイレットペーパーを買い占めた人々の内、SNS上の「トイレットペーパーが売り切れになる」という偽情報のオリジナルを見た人は少なく、SNSやテレビ等上での「『トイレットペーパーが売り切れになる』というのは偽情報だ」とする対抗情報がほとんどであった可能性が高い。しかし、こうした悪意のない真の情報であっても、大きな混乱をもたらすことがある。
情報の発信者・拡散者の意図 | |||
悪意なし | 悪意あり | ||
情報の真偽 | 真の情報 | - |
マルインフォメーション (mal-information) |
偽の情報 |
ミスインフォメーション (mis-information) |
ディスインフォメーション (dis-information) |
出典:Claire Wardle, “Information Disorder, Part 1: The Essential Glossary,” First Draft (July 9, 2018); Claire Wardle and Hossein Derakhshan, Information Disorder: Toward an interdisciplinary framework for research and policy making, the Council of Europe (September 27, 2017)より筆者作成。
(2) 不確実情報の検証
①COVID-19をめぐる不確実情報の検証プロセス
COVID-19に関するリスク管理や危機管理に必要な情報の収集・分析は様々な要素から構成されるが、本章では情報の検証に焦点を当てる[7]。情報を検証するプロセスは、マテリアリティ(重大性)の評価、情報源(情報の提供元や発信媒体)の信頼性評価、情報そのものの信ぴょう性・妥当性評価から構成される。COVID-19関連の情報源と情報の具体例は以下のとおりである。
情報源 |
|
情報(の内容) |
|
出典:筆者作成。
COVID-19関連の情報に比べると、それらの情報を検証する能力・リソースは相対的に有限である。それゆえ、検証・評価すべき情報はある程度、見極める必要がある。具体的には、精緻なマテリアリティ評価は困難であるが、業務関連性や不確実性をふまえて、精査すべき情報の仕分けが必要である。
- 業務関連性: 企業・組織の要求事項をふまえて意思決定や対策にどの程度活用できそうか? 例えば、COVID-19およびSARS-CoV-2の疫学的特徴は予防対策に活用できる。また、COVID-19の感染状況の現状や見通しは、業務継続態勢に影響を与えるため、業務関連性が高いということになる。
- 不確実性: どの程度不確実性がありそうか? 明らかに不確実性が極端に低い情報は検証の優先順位を落としてもよいだろう。COVID-19に関する例ではないが、「5年後の日本の人口」は不確実性が低く、現状からの直線的な予測が可能であり、こうした情報に精査するリソースを割く必要はないだろう。
マテリアリティが高いと考えられる情報は、まず情報源の信頼性を確認することが重要である。情報源の信頼性を評価する際の観点は以下のとおりである。具体的な評価軸例は表3(P6)、COVID-19関連に特化した情報源の注意事項は「②COVID-19関連のケーススタディ(P7)」を参照願う。
- 情報源は過去に利用したことがあるか? それは信頼できるものであったか?
- 情報源を利用したことがない場合(感染症等はそのようなケースが多いと考えられる)、信頼できる第三者(民主的な政府、国際組織、信頼できる専門家等)がその情報源を利用しているか?
- 情報源に関するメタデータ(著者、発行日時、発行機関、コンタクト先等)が十分に開示されているか? 例えば、ソーシャルメディアのみで流通している情報はメタデータが十分ではないことが多い。
マテリアリティが高いと考えられる情報は、次に情報の内容(コンテンツ)そのものの正確性や妥当性を評価する必要がある。情報の信ぴょう性・妥当性を評価する際の観点は以下のとおりである。
COVID-19の疫学的特徴等の信ぴょう性は、社内・組織内に産業医等の専門家がいれば、専門家による検証・評価を得ることが望ましい。また中長期かつ重大な意思決定に関わる情報の検証については、組織内に「レッドチーム」[8]を編成して、情報を精査することも必要かもしれない。具体的な評価軸例は表4(P6)、COVID-19関連に特化した注意事項は、「②COVID-19関連のケーススタディ(P7)」を参照願う。
- 情報の内容は、他の独立した情報源に基づく情報と一致しているか?
これまでに収集した関連情報・背景情報と整合的であるか? - 第三者の情報(一次情報、二次情報)を引用している場合、出典やソースが明示され、原典にアクセス可能であるか?(検証可能性があるか?)
- 一次・二次情報に基づく「事実」と著者・作成者の「分析・意見」は明確になっているか?[9]
- 推論・解釈に不確実性がある場合、明確に判断・表現しているか? 全て「可能性がある」との表現で済ませていないか?(「可能性がある」は0%超~100%未満の幅広い蓋然性を含むものである)[10]
該当 | 分類 | 概要 |
A | 完全に信頼できる (completely reliable) |
過去に利用した情報源であり、信頼性ができるもの。まれにしかない。 |
B | たいていは信頼できる (usually reliable) |
これまでは有効であったが、特定の事案では多少の疑念があるもの。国連機関、軍組織、主要な NGO、実績のある科学ジャーナル、民主的で透明性のある政府等が該当する。 |
C | ある程度信頼できる (fairly reliable) |
これまで何度か利用された情報源で、一定程度の信頼性があるもの。いくつかのメディア報道や NGO 等が該当する。 |
D | 基本的に信頼できない (not usually reliable) |
これまで利用された情報源だが、その結果、信頼できないことがしばしばあったもの。いくつかのメディア報道(権威主義国家の政府系メディア等)や NGO、特定の政治団体の機関誌等が該当する。 |
E | 信頼できない (unreliable) |
過去に利用した実績がある情報源で、全く信頼できないことが明らかなもの。 |
F | 判断不可 ( reliability cannot be judged) | 過去に利用したことがない(見たことがない)情報源。 |
該当 | 分類 | 概要 |
a | 他情報源によって正しさが明らか(confirmed other sources) | 別の情報源によって、当該情報の正しさが確認された場合。 ただし、当該情報源と別の情報源が同一の一次情報を参照していないかは要確認。 |
b | 相当に正しい (probably true) |
別の情報源によって、当該情報の核心部分の正しさが確認された場合。通常、航空画像等はこれに該当する。 別の情報源による反応・反論があるものの、当該情報の核心部分については疑義がない場合。 |
c | 恐らく正しい (possibly true) |
当該情報に関する調査では、新たな関連情報は得られないものの、過去の経緯や背景情報と照らし合わせて整合的である場合。 |
d | 疑わしい (doubtful) |
過去の経緯や検証済情報と矛盾している傾向にある場合。 |
e | あり得ない (improbable) |
過去の経緯や検証済情報と明らかに矛盾している場合。 |
f | 真偽を判断できず (truth cannot be judged) |
当該情報と比較すべき他の情報がない場合。a~e に分類することが難しい場合、無理に分類せずに、f としても良い。 |
出典:表3および表4ともにISO22320, “Societal Security - Emergency Management: Requirements for incident response,” First Edition (November 1, 2011), pp16-17[国際規格2230「社会セキュリティ-危機管理:危機対応に関する要求事項」第1版(2011年11月1日)、16-17頁]をもとに筆者が追加・修正。
② COVID-19 関連のケーススタディ
COVID-19でよく参照される個別トピックスのケーススタディと留意点は以下のとおりである(なお、以下のトピックスは相互に独立・排他的な分類とはなっていないため注意願う)。
様々な環境下におけるSARS-CoV-2の安定性や生存時間、基本再生産数といった科学論文は企業・組織が対策・対応を検討する際に重要な情報となる。ただし、メディア等で科学論文の結論が報道される場合、結論の前提条件や制約が明示されないことも多く注意が必要である。
影響力の大きい結論を含む論文は、他の研究者らによる反応・応答を引き起こすことが少なくない。例えば、SARS-CoV-2がエアロゾル状態で最大3時間、銅の表面で4時間、厚紙で最大24時間、プラスチックやステンレスの表面で2~3日間生存することを指摘した有名な論文も同様である。同論文は、医学分野でインパクトファクター(被引用数等から算定される数値)の高いThe New England Journal of Medicine(NEJM)誌に掲載されたが[11]、同誌上では当該論文に対する反応があり[12]、WHOも当該論文の実験環境についてコメントしている。WHOは、NEJM論文の実験中のエアロゾル状態が統制された実験環境下で機械を用いて人為的に生成されたもので、「高出力の機械は、通常、人が咳をする状態を反映してはいない」と評価している[13]。もちろんWHOコメントは、当該論文の妥当性を直ちに否定するものではないが、感染予防の対応や公衆衛生政策に重要な影響を与えうる論文ほど、常に反応・応答といった対話の可能性があることに留意する必要がある。
情報源の信頼性
- 論文が掲載された媒体はインパクトファクターがあるものか?[14](被引用数が多い著名な学術媒体であるか? インパクトファクターは絶対的な信頼の指標とはならないが、相対的な信頼の指標となる)
- 論文の著者(自然科学分野では複数著者が一般的であり、複数著者の場合はファーストオーサー)は、当該分野で十分な業績があるか?
- 公開された論文は、適切なプロセス(別の専門家・研究者によるピア・レビュー、いわゆる「査読」等)を経たものか?
情報の正確性・妥当性
- 論文の結論や含意はどのような制約条件や前提のものか?(ほぼ全ての論文の結論は何らかの制約条件や前提がある)
- 発表された論文に対して、同媒体やその他媒体で反応・応答はあるか?(媒体によって名称は異なるが、コメント・応答は「Correspondence」や「Letter」と呼ばれる)
公的機関の統計情報も常に正確かつタイムリーであるとは限らない。COVID-19関連の国際機関・政府統計もオペレーショナルミスによる誤情報の掲載、集計結果の遅延・修正が度々発生している。例えば、WHO Situation Reportでは4月17日分の中国の新たな死者数は1,290人(前日16日までの累計死者数は3,352人)、4月22日分の日本の新たな死者数は91人(前日21日までの累計死者数は186人)が確認され、明らかに突出した数値であった。中国のケースは武漢市当局による死者数の上方修正、日本のケースは厚労省による都道府県発表の照合・突合のタイムラグが要因であることが後日、明らかにになっている。また、WHOや各国政府は、「感染確認症例数」の定義や確認手法を変更することもあり、注意が必要である。
情報源の信頼性
- 統計情報は、民主的かつ透明性のある政府・公衆衛生当局(その規制下にある医療機関・保健所等)によって生成されたものか?
情報の正確性・妥当性
- いつ公開されたものか? 情報の収集期間と公開時期を混同していないか?
- どのようにデータを収集したか?
- データの数と収集対象は適切か? データは代表性があるか? 偏りはないか? 収集対象についていえば、臨床による疑似感染確認数、PCR検査等による感染確認数(陽性者数)、患者数は異なる。
- データから母集団の特性を知るための解釈・推論は妥当か? 特に感染者数・死者数の国際比較は各国によってCOVID-19対応方針・戦略、検査方針・能力、感染拡大の段階・経過時間が異なるため、単純な比較ができないことに留意すべきである。
公式なプレスリリース・公開資料・答弁以外から、中央政府・地方政府・国際機関等の動向を収集する場合、メディアによる取材に依存することが多い。緊急事態宣言の延長可否や適用範囲等の今後の方針については、匿名の情報源による報道となる場合が少なくない。しかし、報道中の匿名の情報源が真に当該情報にアクセスできる立場にあるのか、第三者の情報を又聞き・憶測で述べているのかは読み手には分からない。情報源がいわゆる「政府高官」[15]であっても、後に事実ではないと判明することがある。匿名の情報源は注意深く扱う必要がある。
情報源の信頼性
- 報道機関は、特定国政府や特定集団の利益・意向を反映していないか?
- 独自調査や独自報道(いわゆる特ダネ)の署名記事の場合、当該記者は同分野で実績があるか? ただし、日本の主要日刊紙では記者名が明記されることは少ない。
情報の正確性・妥当性
- 見出しと本文は異なるものではないか? 見出しは特に文字数の制約があるため、簡潔な表現にならざるを得ず、前提条件や制約・留保が記載されることはほとんどない。また、新聞の場合、掲載できる情報量が異なり、見出しや本文が紙媒体とオンライン媒体では異なるものである場合がある。
- 国際機関・外国政府によるステートメントの邦訳の場合、原文と異なる意図・ニュアンスではないか?(必ず原文にあたらなければならない)
- 政治家・官僚の見解は、鍵括弧(「」)付きの発言そのものか、メディアによる要旨か? 発言の日時・場所が明示されているか? 発言の文脈は明確か?
- メディアが匿名の情報源を根拠に報じている場合、2以上の異なる組織に所属する情報源を根拠としているか?(単一の匿名情報源に依存していないか?)[16]あるいは、複数社が同じ内容を報じているか?(複数社が報じていれば、ウラが取れていることであり、概ね事実と判断して良いだろう。ただし、新聞各社が通信社の配信記事を掲載し、元の記事が1つである場合、それは報じているのは1社とカウントすべきである)
- 報道・分析記事の場合、新型インフルエンザ等対策特別措置法、感染症法、検疫法その他法律の解釈は、法の趣旨に照らし合わせて妥当か?[17]
テレビや新聞では毎日、多くの研究者・専門家がCOVID-19の見解を述べる。それらが、専門性や知識に裏打ちされた見解なのか、専門外の一般的な見解なのかを見極めることが重要である。
また日本では基本的対処方針等諮問委員会、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議(いわゆる「政府専門家会議」)、厚生労働省クラスター対策班の構成員の見解は、政府の基本認識や判断を推察する上で重要である。しかし、構成員である大学やシンクタンク等の研究者・専門家は多くの場合、個人として意見を述べる。例えば、政府専門家会議や厚生労働省クラスター対策班の構成員がソーシャルメディアやテレビ・新聞で何らかの意見を述べたとしても、多くの場合、それは所属組織を代表するものではなく、専門家会議やクラスター対策班のコンセンサスを得たものではない。
ただし、コンセンサスが得られていない情報は重要ではない、ということではない。会議体や組織体ではコンセンサスが得られないが、貴重な示唆に富む場合がある。専門家会議やクラスター対策班の構成員による学術講演や発表は重要である。[18]
情報源の信頼性
- 専門家・研究者の専門分野・経歴は、当該テーマを評価・分析する上で妥当か?
(ある分野で顕著な実績のある専門家・研究者であっても、別の分野では素人である)
情報の正確性・妥当性
- 専門家の見解は、鍵括弧(「」)付きの発言そのものか、メディアによる要旨か? 発言の日時・場所が明示されているか? 発言の文脈は明確か?
- 研究者・専門家の見解は、その専門性に基づく客観的分析のみなのか、専門性や分析結果に基づく提言・対策を含むのか、専門外や分析結果外の要素を考慮した提言・対策なのか?
近年、ファクトチェック機関による情報の真偽判定が一般化しつつある。ただし、ファクトチェック機関等による検証結果を活用する場合、いくつか留意点がある。現時点で、ファクトチェック機関による検証プロセスは自動化が推進されているが、完全な自動化ではなく、真偽判定には人間の関与がある。ほぼ自動化されていたとしても、偽情報を収集し、検証する情報を選定し、実際に情報を検証するアルゴリズムは人間が作成するものである。そのため、バイアスが混在する余地がある。
情報源の信頼性
- ファクトチェック機関の主要なメンバーはどのようなバックグラウンドを持っているか?
(ファクトチェックのプロセスや結論が偏向するようなバックグラウンドではないか?) - ファクトチェック機関は活動資金をどこから得ているか? 資金源は開示されているか?
- ファクトチェックのプロセスはどこまで開示されているか?
情報の信頼性
- 真偽判定の対象は何か? 真偽を判定している情報の前提条件・制約事項は何か?
- 真偽以外に重要な要素はないか?
(3)おわりに
COVID-19やSARS-CoV-2に関する偽情報・不確実情報は、感染症・ウイルスそれ自体と同等かそれ以上の速さ・範囲で拡散し、個人や組織が誤った意思決定・判断を行うリスクがある。しかし、企業・組織内で、もしくはリスク管理・危機対応を担う担当部署要員が情報を収集・分析し、検証・評価するプロセスを確立することで、誤った意思決定・対策を講じるリスクを極小化できる。感染症やウイルスは平時業務で扱うことが比較的少ないテーマであり、情報の精査は容易ではないと考えられるが、学術論文・報道・統計等の情報源の信頼性や情報そのものの信ぴょう性・妥当性を検証することが望ましい。
参考:COVID-19関連のオンラインリソース
日本のCOVID-19関連対策・政策について
- 首相官邸「新型コロナウイルス感染症対策本部」
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/novel_coronavirus/taisaku_honbu.html
COVID-19緊急対応対策や専門家会議の分析・提言 - 厚生労働省「新型コロナウイルス感染症について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164708_00001.html - 内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室「新型コロナウイルス感染症対策」
https://corona.go.jp/ - 各都道府県のCOVID-19関連サイト
例えば、東京都は次の通り。東京都新型コロナウイルス感染症対策サイト
https://stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp/
COVID-19およびSARS-CoV-2について
- 国立感染症研究所「新型コロナウイルス感染症(COVID-19) 関連情報ページ」
https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov.html - 一般社団法人 日本感染症学会
http://www.kansensho.or.jp/ - Centers for Disease Control and Prevention (CDC), “Coronavirus (COVID-19)”
https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-nCoV/index.html - European Centre for Disease Prevention and Control: ECDC, “COVID-19”
https://www.ecdc.europa.eu/en/covid-19-pandemic - World Health Organization, “Coronavirus disease (COVID-19) Pandemic”
https://www.who.int/emergencies/diseases/novel-coronavirus-2019 - Novel Coronavirus Information Center, “Elsevier’s free health and medical research on the novel coronavirus (SARS-CoV-2) and COVID-19”
https://www.elsevier.com/connect/coronavirus-information-center
医学総合誌The Lancetを発行するエルゼビア社によるポータルサイト。
確認感染症例数や死者数の推移
- 東洋経済オンライン「新型コロナウイルス 国内感染の状況」
https://toyokeizai.net/sp/visual/tko/covid19/ - Financial Times, “Coronavirus tracked”
https://www.ft.com/coronavirus-latest - World Health Organization, “COVID-19 situation reports”
https://www.who.int/emergencies/diseases/novel-coronavirus-2019/situation-reports
その他
- 政府CIOポータル「全国医療機関の医療提供体制の状況(β版)」
https://cio.go.jp/hosp_monitoring_c19
入院病床を有する病院(20床以上)の個別病院の外来(平日・土日)、入院、救急、透析、化学療法の受入れ状況(毎日更新)。全国、都道府県、個別病院単位で確認できる。 - Johns Hopkins Coronavirus Resource Center
https://coronavirus.jhu.edu/
ジョンズ・ホプキンス大学が運営するCOVID-19関連のリソース集。 - World Health Organization, “Coronavirus disease (COVID-19) advice for the public: Myth busters” (Last Accessed: May 3, 2020).
https://www.who.int/emergencies/diseases/novel-coronavirus-2019/advice-for-public/myth-busters
WHOによるファクトチェック結果。ただし、厳密な前提条件や留保は明確にせず、シンプルな結果を掲載している。 - MRC Centre for Global Infectious Disease Analysis, Imperial College London
https://www.imperial.ac.uk/mrc-global-infectious-disease-analysis/
英国政府のCOVID-19政策に影響を与える分析結果を多数報告(例えば、英国政府が当初目指した自然感染による集団免疫戦略からロックダウン戦略への転換を示唆するレポート等)。
以上
2020 年 5 月 3 日脱稿
[2020 年 5 月 18 日発行]
参考情報
執筆コンサルタント
川口貴久
ビジネスリスク本部 上級主任研究員

脚注
[1] | 林昌宏「人為的危機対応の通時的変化:自然災害発生時の災害情報をめぐる葛藤を中心に」、武田康裕編著『論究 日本の危機管理体制:国民保護と防災をめぐる葛藤』(芙蓉書房出版、2020年)、183-202頁;野村幸代「災害時のデマと流言:ソーシャルメディア発達の背景の下で」『TRC EYE』Vol.274(東京海上日動リスクコンサルティング株式会社、2011年6月3日)。https://www.tokio-dr.jp/publication/report/trc-eye/pdf/pdf-trc-eye-274.pdf |
[2] |
WHO, Coronavirus disease 2019 (COVID-19), Situation Report 86 (April 15, 2020).「インフォデミック」という言葉自体は感染拡大の初期、同Situation Report 13(Feb 2, 2020)でも指摘されている。同Situation Report 45 (March 5, 2020)、Situation Report 100 (April 29, 2020)も「インフォデミック」を使っている。 |
[3] |
WHO, “Coronavirus disease (COVID-19) advice for the public: Myth busters” (Last Accessed: May 3, 2020). |
[4] | WHO, Coronavirus disease 2019 (COVID-19), Situation Report 86 (April 15, 2020) |
[5] | Brennen, et. al., Op. Cit. |
[6] |
Facebook社によれば、「偽の物語」とは、「不一致を利用し、紛争を起こすため、意図的に対立的なヘッドラインや言い回しをすること。事実関係に同意していたとしても、異なるメディアや視聴者は適切な物語が何であるかについて全く異なる見解を持っているため、もっとも対処が困難な領域」とする。Guy Rosen, VP of Product Management, “Hard Questions: What is Facebook Doing to Protect Election Security?” Facebook News Room (March 29, 2018). |
[7] |
情報活動のプロセス全体は以下を参照。山内利典「リスクマネジメントにおける情報活動」『TRC EYE』Vol.98(東京海上日動リスクコンサルティング株式会社、2006年8月)。https://www.tokiorisk.co.jp/publication/report/trc-eye/pdf/pdf-trc-eye-098.pdf |
[8] |
「レッドチーム」は近年、自組織のサイバーセキュリティ上の脆弱性を検証するチームとして使われることが多いが、広義には認知バイアス・組織バイアスを極小化するために仮説検証・情報検証を行う態勢を指す。詳細は、ミカ・ゼンコ(関美和訳)『レッドチーム思考:組織の中に「最後の反対者」を飼う』(文藝春秋、2016年)。 |
[9] | 様々な見方はあるが、WHOや厚生労働省の感染確定症例数に関する統計情報は一次情報ではなく、二次情報、三次情報である。 |
[10] |
米国の情報機関は「発生可能性に関する判断(judgements of likelihood)」を表現する際、明確な用法に従う。特に明記しない限り、米情報機関の判断は、統計的分析から導出されるものではないが、確率的評価に相当する表現がある。例えば、「ほぼ確実(almost certainly)」と記述する場合は、それはおおよそ95-99%の確率に相当する。The U.S. Office of the Director of National Intelligence, Analytic Standards, Intelligence Community Directive (ICD) 203 (January 15, 2015), p.3. |
[11] |
Neeltje van Doremalen, et. al., “Aerosol and surface stability of HCoV-19 (SARS-CoV-6 2) compared to SARS-CoV-1,” New England Journal of Medicine (March 17, 2020). |
[12] |
Jessica H. Rubens, et.al., “CORRESPONDENCE: Stability and Viability of SARS-CoV-2,” New England Journal of Medicine (April 13, 2020). |
[13] |
WH0, “Modes of transmission of virus causing COVID-19: implications for IPC precaution recommendations,” Scientific brief (March 29, 2020). |
[14] |
各雑誌のインパクトファクターは、Web of Science グループのClarivate Analytics社が発行する年次レポートJournal Citation Reports(JCR)で確認できるが、契約が必要である。毎年高いインパクトファクターを得ている医学総合雑誌はNew England Journal of Medicine: NEJM(マサチューセッツ内科外科学会)、The Lancet(エルゼビア)、Journal of the American Medical Association:JAMA(米国医師会)、British Medical Journal:BMJ(英国医師会)、Annals of Internal Medicine:AIM(米国内科学会)、感染症分野ではThe Lancet Infectious Diseases(エルゼビア)、Clinical Infectious Diseases(オックスフォード大)、Emerging Infectious Diseases(米CDC)等である。個別論文の被引用数は、Web of Science、Scopus、CiNii Articles、Google Scholar等で確認できる。前者2つは有料であり、CiNiiは日本国内に特化しているため、注意が必要である。また公開されて間もない論文は当然、被引用数が少なくなる傾向にある。 |
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匿名の情報源であっても、一般には特定の役職を指し示す用語があるとされている。例えば、「政府首脳」は官房長官等、「政府高官」は内閣官房副長官を指すとされている。 |
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「外国政府による偽情報の拡散」という信ぴょう性の低そうなテーマに関する匿名情報であっても、次の報道のように「異なる米情報組織に所属」する6名の職員へのインタビューの場合、信ぴょう性は相対的に高いと考えられる。ただし、これはインタビューが事実であるという情報源への信頼性(ここではニューヨークタイムズ紙への信頼)に依存している。Edward Wong, Matthew Rosenberg and Julian E. Barnes, “Chinese Agents Helped Spread Messages That Sowed Virus Panic in U.S., Officials Say,” The New York Times (April 22, 2020). |
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法の趣旨や法制定時の想定は、各法律の「逐条解説」等を参照。新型インフルエンザ等特措法は、次のものを参照。新型インフルエンザ等対策研究会(編)『逐条解説 新型インフルエンザ等対策特別措置法』(中央法規出版、2013年)。https://www.chuohoki.co.jp/topics/info/2001291648.html |
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例えば、第94回日本感染症学会学術講演会(2020年4月18日)等。https://www.societyinfo.jp/jaid2020/files/programme_20200418.pdf |