東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会と企業のリスクマネジメント Vol.2 テロ・凶悪犯罪

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リスクマネジメント最前線

2020/3/19

目次

  1. 大規模イベントとテロリスク
  2. 東京2020大会に関連するテロ
  3. 企業の対策

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会と企業のリスクマネジメント Vol.2 テロ・凶悪犯罪- リスクマネジメント最前線PDF

執筆コンサルタント

川口貴久
ビジネスリスク本部/戦略・政治リスク研究所 上級主任研究員

 

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以下、「東京2020大会」とする)では国内外から多くの観光客が競技会場やその周辺を訪れ、全世界のメディアの注目を浴びることから、大会期間中や前後で様々なリスクが懸念されている。その中でも、テロ・凶悪犯罪は東京2020大会期間・前後で通常時よりも蓋然性が高まると考えられる。Vol.2となる本稿では、民間企業・組織等が懸念すべきテロ・凶悪犯罪を想定し、組織および個人に求められる対策を整理する。

(1)大規模イベントとテロリスク

①テロとは?

テロリズムに関する統一的定義はないものの、「政治的目的・動機をもった暴力」といえる。

テロといえば、中東、中央アジア等で顕著である(図1)。しかし、日本もテロとは無縁ではない。日本では過去50年間、少なくとも100件以上のテロが確認されている[1]

図1:テロ発生場所(2016-17年)

図1:テロ発生場所(2016-17年)
出典:Global Terrorism Database, National Consortium for the Study of Terrorism and Responses to Terrorism (START)より弊社作成(地図データはMicrosoft/Bing)。
テロヒートマップのデータは、2016年から2017年に発生したテロ24,383件より。色が赤に近いほどテロ発生件数が多い。

②過去の大規模スポーツイベントにおけるテロ

大規模なスポーツイベントや国際会議は世界中の関心を集める結果、テロや凶悪犯罪の蓋然性が高まる[2]。実際、過去の大規模スポーツイベントでは大規模なテロが発生・確認されている(表1)。

表1:過去の大規模スポーツイベントとテロ

発生年

開催国 イベント名 テロの概要
1972年

ドイツ

ミュンヘン1972オリンピック 五輪開催中の西ドイツ・ミュンヘンでパレスチナ系武装組織「黒い9月」が銃器を用いて、イスラエル選手団11名を殺害(いわゆる「黒い9月」事件)。→本稿(2)①を参照。
1987年 韓国 ソウル1988オリンピック 翌1988年に開催されるオリピックの韓国単独開催を阻止するため、1987年11月28日、北朝鮮工作員が大韓航空機を爆破。
1996年 米国 アトランタ1996オリンピック 7月27日、100周年オリンピック公園の屋外コンサート場でパイプ爆弾テロが発生(死者2名、負傷者109名)。→本稿(2)②を参照。
1996年 英国 欧州サッカー連盟(UEFA)欧州選手権1996 UEFA欧州選手権グループ予選のドイツ対ロシア戦の前日(1996年6月15日)、試合が開催される英国マンチェスターの市街地でトラックに仕掛けられた爆弾が爆発し、約200名が負傷。
 2002年 日本・韓国  2002国際サッカー連盟(FIFA)ワールドカップ 日韓ワールドカップ開催直前に、成田闘争の一環で、①革労協開放派のメンバーが千葉県成田市にある京成電鉄成田空港駅構内の車両に放火、②中核派のメンバーが千葉県職員宅の納屋兼車庫に放火。
 2013年 米国

ボストンマラソン

マサチューセッツ州ボストンで開催された第117回ボストンマラソン(2013年4月15日)のゴール付近で圧力鍋爆弾が爆発し、5名が死亡、約300名が負傷した。

出典:東京海上日動火災保険株式会社(東京海上日動リスクコンサルティング株式会社執筆)「日本社会・企業へのテロと対策: 2020 年を見据えて」『タリスマン』(2018 年12 月)、5 頁を基に作成

もちろん東京2020大会も全世界のメディアの注目を浴びることが予想されている。直近の先進国で開催されたオリンピック・パラリンピックとしてよく参照されるロンドン2012大会では、約220の国・地域にテレビ配信され、総計約48億人が視聴したと見積もられている[3]。東京2020大会も同程度の注目を浴びるだろう。

政治的動機を持つテロ集団や個人からすれば、自らの政治主張を公表するためには東京2020大会は非常に良い機会となる。当然、実際のテロや犯罪だけではなく、オンライン上でのサイバー攻撃やテロも懸念される(ただし、本稿では基本的に、サイバー攻撃等は扱わないものとする)。

大規模スポーツイベントではないが、サミット等の国際会議でも直接閣僚を狙ったテロや政治的主張を宣伝するためのテロ・凶悪犯罪・抗議活動が度々発生している。2005年7月に英国スコットランドのグレンイーグルズで開催された第31回主要国首脳会議期間中、国際テロ組織アル・カーイダ(AQ)がロンドン市内の複数の公共交通機関を標的として同時爆破テロを実行し、56名が死亡、約700名が負傷した。

民間企業・組織にとっては、自社・自組織が直接狙われる可能性は高くないと考えるかもしれないが、影響を受けるとすれば従業員・関係者等がテロに巻き込まれるようなケースであろう。

(2)東京2020大会に関連するテロ

前述のとおり、大規模スポーツイベントや国際会議は世界中のメディアの注目を浴びるため、政治的主張を発信したいテロ組織・犯罪者にとっては好機となる。東京2020大会も例外ではないだろう。  

ここでは、大規模スポーツイベントで懸念すべきテロ形態として以下のとおり整理した(表2)。以下、それぞれの詳細を述べる。

表2:大規模なスポーツイベントで懸念すべきテロ形態
分類

①外国の紛争関係に起因するテロ

②過激な抗議団体によるテロ

③疎外された個人や小集団によるソフトターゲットテロ

主体 外国政府機関(国際機関等のテロ指定団体)、反政府テロ組織 過激な抗議団体(過激な動物愛護・環境保護団体等) 社会に不満・憎悪を持つ個人や小集団
標的 政治的に対立する自国政府、外国政府、その他団体とその権益 自らの主張に反する事業・製品・サービスを提供する企業・団体 ソフトターゲット(商業施設等)
手法 銃撃、爆破、刺殺、車両突入、放火 不法侵入、器物損壊、放火 刺殺、車両突入、放火

企業への示唆

外国権益を狙ったテロに自社が巻き込まれる。 自社・自組織、関係組織が狙われる。 不特定多数を狙ったテロに自社が巻き込まれる。

出典:筆者作成

①外国の紛争関係に起因するテロ

第一は「外国の紛争関係に起因するテロ」である。これは海外における紛争・政治的対立が日本国内に持ち込まれ、テロとして顕在化する形態である。防衛大学校・宮坂直史教授は「国際紛争持ち込まれ型テロ」と呼ぶ[4]。これは現在の国際関係・紛争関係や地政学的対立が懸念される。  

オリンピック競技大会期間中のテロとして恐らく最も有名な、1972年にミュンヘンオリンピックでイスラエル選手団11名が殺害された事件(いわゆる「黒い9月」事件)は、イスラエル-パレスチナの紛争関係が西ドイツに持ち込まれたものである。過去、日本でも、インド国内でのヒンドゥー教徒とシク教徒の対立、サウジアラビアとイランの紛争、トルコ国内のトルコ系とクルド系の対立が持ち込まれ、テロや乱闘という形で顕在化している(表3)。

表3:外国の紛争関係・政治的対立が別の国で顕在化した事例
発生年月日 概要

顕在化した紛争

関係・政治的対立

1972

9月5日
五輪開催中の西ドイツ・ミュンヘンでパレスチナ系武装組織「黒い9月」が銃器を用いて、イスラエル選手団11名を殺害(いわゆる「黒い9月」事件)。 イスラエル-パレスチナ紛争

1985

6月23日
成田国際空港の手荷物サービスセンターで航空貨物が爆発。本件は、インド・シク教徒過激派がエア・インディア301便(成田→バンコク)を狙ったもの。本件の約1時間後には、エア・インディア182便が北大西洋上で爆弾テロにより墜落し、乗員乗客329名が死亡。 インド国内でのヒンドゥー教徒とシク教徒の対立

1988

3月21日
東京・千代田区で時限式爆発物が爆発し、サウジアラビア航空事務所が損壊した。同時刻頃、同区のイスラエル大使館付近の駐車場でも同様の爆発が発生。シンガポール、ドイツ等においても、サウジアラビア権益等を狙ったとみられる爆破事件が多数発生。 サウジアラビア-イラン紛争、イスラエル-イラン紛争

2015

10月25日
東京・渋谷区のトルコ大使館前で、11月1日に実施されるトルコ総選挙の期日前在外投票で集まったトルコ人とクルド人が乱闘に発展。警視庁は機動隊を派遣し、一時的に鎮静化するも再び乱闘が発生。 トルコ国内のトルコ系とクルド系の対立

出典:防衛大学校・宮坂直史教授へのヒアリングと公開情報を基に筆者作成

2020年夏に懸念すべき「国際紛争持ち込まれ」型テロは、その時々の国際関係・政治状況に依存する。2020年3月時点では、①中国政府とウイグル族の政治的対立[5]、②ミャンマー政府とロヒンギャ族の政治的対立[6]、③米国とイラン(特に革命防衛隊)の対立[7]が第三国で顕在化する恐れがある。  

企業にとっては、直接自らが狙われるわけではないものの、従業員や関係者がテロに巻き込まれる可能性がある。「国際紛争持ち込まれ」型テロ等が懸念される場合、紛争当事国の権益に近づかないことが肝要である。具体的な権益の例は以下のとおりである。

  • 当該国の外交施設(例:大使館、大使公邸等)
  • 当該国からの訪問団(例:議員、業界団体、スポーツ選手団)とその訪問先(業界団体事務所、スポーツ競技会場等)
  • 当該国の企業が提供するサービス・施設(例:当該国を代表する企業、航空会社)
  • 当該国の文化・社会的施設(例:宗教施設、XX人街、当該国の子女が通う外国人学校)等

②過激な抗議団体によるテロ

第二は「過激な抗議団体によるテロ」である。正当な手続き(届け出等)に基づく抗議活動やデモは民主国家で広く認められている。しかし、一部の過激な抗議団体は正当な手続きを経ず、場合によっては暴力的な手段を用いる場合がある。例えば、公共施設や民間企業施設敷地内への不法侵入、建物・設備等の破壊や放火等である。

企業にとっては、(1)自社が対象ではない抗議活動が発生し、これが暴動に発展し、自社関係者が巻き添えを食うケース、(2)自社そのものが標的となるケースがある。自社そのものが標的となるケースとしては、以下のような団体による抗議活動・テロが想定される。「過激な動物愛護団体」「過激な環境保護団体」による暴力行為は過去に度々確認されているため、特定業界は特に注意が必要である。

表4:大規模スポーツイベント等で発生したテロや抗議活動とその動機
発生年 発生場所 概要(下線強調はテロや抗議活動の動機)
1996年

アトランタ(米国)

7月27日、100周年オリンピック公園の屋外コンサート場でパイプ爆弾テロが発生(死者2名、負傷者109名)。実行犯のルドルフ(Eric Rudolph)によれば、テロの動機は妊娠中絶反対・同性愛者への嫌悪によるもの。
2007年

ロストック(注)

(ドイツ)
ドイツ・ハイリゲンダムサミットにあわせ、ロストックで最大8万人規模の反グローバリズム・デモが行われ、一部が暴徒化。約1,100名が拘束。
2012年 ロンドン(英国) スポンサー企業を非人道的・環境破壊的とする抗議活動が発生。
2014年 ソチ(ロシア) ロシアの反同性愛法への抗議活動や政治犯釈放運動が発生。
2016年

リオデジャネイロ

(ブラジル)
給与遅配や不当労働条件を批判する抗議行動が発生。
2018年 平昌(韓国) アルペンスキー会場とされた山林遺伝資源保護区域の環境保護を求める集会や署名活動が発生。

(注)独ロストックのみサミット開催に伴うもので、その他はオリンピック・パラリンピック競技大会期間中・前後に発生したもの。出典:公開資料を基に筆者作成

③疎外された個人や小集団によるソフトターゲットテロ

第三に「疎外された個人や小集団によるテロ」である。従来、テロは組織化された暴力行為であったが、近年では技術の発展等により個人でも一定規模のテロを起こすことが可能となった。こうした個人によるテロは「一匹狼」という意味で「ローンウルフ」型テロとも呼ばれる。「ローンウルフ」は社会への個人的な不満や憎悪を持ち、テロや凶悪犯罪に走るケースである[8]。  

元々あった社会への不満や悪意が単に東京2020大会期間中にテロや凶悪犯罪として顕在化することもあれば、東京2020大会で何らかの不利益を被った(と考える)個人がテロや凶悪犯罪を引き起こすことも懸念される。こうした人々は東京2020大会関連施設を標的とするかもしれない。もちろん東京2020大会に関係なく、社会への不満や悪意を抱く者は、東京2020大会関連施設に限らず幅広い標的を選定する可能性もある。

いずれにせよ、競技会場は厳重な警備・警戒体制が敷かれるため、競技会場“内”でテロ・凶悪犯罪が発生する可能性は低いだろう(競技会場周辺やセキュリティゲート前の行列等は除く)。むしろ、比較的、警備等が手薄な「ソフトターゲット」が標的となる可能性が高い。ソフトターゲットの例は以下のとおりである。

  • 市街地(繁華街、マラソンコースの沿道等)
  • 大規模商業施設(ショッピングモール、映画館等)
  • イベント会場(花火大会、ライブビューイング会場等)
  • 競技会場(セキュリティゲート手前の行列等)
  • 学校・医療機関・福祉施設[9]

「疎外された個人や小集団によるテロ」は、自動火器や爆発物を用いる可能性は低い。むしろ、誰でも入手可能な機材やモノを用いることが想定される。例えば、イスラム過激派組織「イスラム国(Islamic State: IS)」のオンライン機関誌『ルーミヤ(Rumiyah)』は多言語でソフトターゲットテロを教唆している。具体的には刺殺(Knife Attacks)、車両突入(Vehicle Attacks)、放火(Arson Attacks)、人質立てこもり(Hostage Taking)と、それぞれに推奨される標的や手法が公開されている[10]

④参考:イスラム過激派によるテロ

恐らく、多くの企業・組織ではメディア報道の影響により、テロといえばイスラム過激派を想像することが多いだろう。日本国内におけるイスラム過激派によるテロの可能性は否定できないものの、イスラム過激派が日本国内における主要なテロ脅威かどうかの評価・判断は極めて難しい。

実際、アル・カーイダ(AQ)やイスラム国(IS)等の過激派テロ組織は日本を標的の一つとしてあげている。また、公安調査庁は毎年年末に公開する『内外情勢の回顧と展望』において、「国外情勢」パートの国際テロではイスラム過激派を扱い、さらに東京2020大会の文脈では「(引用者注:オリンピック等の)スポーツイベントは、『イラク・レバントのイスラム国』(ISIL)などのイスラム過激組織にテロの標的として例示されており、テロリストにとって世界中の注目を集める格好の機会」と評価している。他方、『内外情勢の回顧と展望』は「国内情勢」パートの具体的脅威として「オウム真理教」「過激派(核丸派・中核派等)」「共産党」「右翼団体など」をあげるにとどまっている。[11] 

上記をまとめると、イスラム過激派は、通常時では、公安調査庁のいう「国内情勢」の主要な脅威ではないものの、東京2020大会期間中はリスクが上昇するものといえる。本稿でいう「外国の紛争関係に起因するテロ」も、イスラム過激派と結びつく場合がある。

米国情報機関が毎年発行する「年次脅威評価(Worldwide Threat Assessment)」2019年版によれば、イスラム過激派は中東のみならず、世界中にブランチ(支部)を構築し(図2)、「イスラム過激派は近年の重大な後退(イラク・シリア等)にも関わらず、欧米国家に対して直接的・間接的なテロを企画する能力を保有している」としている。

企業・組織は、イスラム過激派が日本国内における主要なテロ脅威かどうかに関わらず、世界および東アジア・東南アジアにおける動向を正確に把握しておくことが望ましい[12]。イスラム過激派の動向は、「外国の紛争関係に起因するテロ」や「疎外された個人や小集団によるソフトターゲットテロ」にも大きな影響を与える可能性がある。

図2:イスラム過激派の動向(米国情報コミュニティの評価)
出典:The Office of the Director of National Intelligence, Worldwide Threat Assessment 2019 (January 29, 2019), p.11.

(3)企業の対策

企業・組織は東京2020大会を前に、改めてテロ対策やセキュリティ対策を点検・見直し、必要な対策を講じる必要がある。以下の取り組みは東京2020大会をきっかけとして、大会後も各組織にとってソフト面の「レガシー」になると考えられる。

①自社・自事業のテロリスク評価

  • 「国際テロ組織(イスラム過激派等)が日本企業を狙っている」といった一般論・漠然とした不安ではなく、誰が・何を・どう使って・何を達成したいのかに着目し、自社において具体的に想定されるセキュリティ上の脅威(シナリオ)を特定する。
  • 自社の事業が特定のテロ組織や過激な抗議団体の標的となるリスクがどの程度あるかを評価する。

②事業拠点におけるサイトセキュリティの評価

  • 現状で自社事業拠点(本社、生産拠点、研究開発拠点、営業所等)のサイトセキュリティ上の脆弱性がどこにどの程度あるのかを評価・分析する。
    • セキュリティ・ゾーニングや導線設計、IDカード、監視カメラ(CCTV)等のハード面および左記機材の運用、敷地内入退場管理、車両点検等のソフト面で現状を分析・評価する。
    • 自社と施設管理会社、警備会社、清掃会社等との平時の役割分担を確認する。

③事業拠点における組織対応の手順化

  • テロ等が発生した場合の組織対応要領を策定する。
    • 事業拠点においてテロ等が発生した場合の組織対応要領、少なくとも、(a) 脅迫(爆破予告)、(b) 不審物発見、(c) 不審者発見等の事案を想定した組織対応要領を定める。
    • 事業拠点においてテロが発生した場合の自社と施設管理会社、警備会社、清掃会社等との有事の役割分担を確認する。
    • 事業拠点外でテロ等が発生した場合の組織対応要領(リスク評価、注意喚起、出退勤・移動の指示、安否確認等)や従業員がテロ等に巻き込まれた場合の組織対応要領を定める。
  • 机上演習や実働演習を通じて、テロ等が発生した場合の組織対応要領を確認・検証する。

④テロに遭遇した場合の個人対応要領の策定

  • テロ等に遭遇した場合の個人対応要領を策定し、従業員や関係者に開示する。
    • 銃撃に遭遇した場合
    • 不審物を発見した場合や爆発に遭遇した場合
    • 刃物等による襲撃に遭遇した場合
    • 車両突入等による襲撃に遭遇した場合

参考:「テロに遭遇した場合の個人対応要領」の考え方や具体的内容(一部抜粋)

例えば、米国土安全保障省(DHS)が推奨するテロに遭遇した場合の行動原則は、以下のとおりである(総称して、Run, Hide, Fightと呼ばれる)。

  • 第一に「逃げる(Run)」
  • 第二に、逃げることができなければ、適切な場所に「隠れる(Hide)」
  • 第三に、逃げることも隠れることもできず、他に手段がなければ最終手段として「闘う(Fight)」

「Run, Hide, Fight」は銃乱射(active shooting)への対処を念頭に置いた対策とされる場合もあるが、テロ等一般に適用できる考え方である。なお、外務省や英国政府は特に銃撃や爆弾テロ等を想定し、「伏せる(Lie)、逃げる(Run)、隠れる(Hide)」と周知している。

以上は原則論であるが、個別具体的なケースを想定した留意点等も周知することが望ましい。少なくとも、以下の具体的なケースに応じた留意点を周知する。

  • 銃撃に遭遇した場合
  • 不審物を発見した場合や爆発に遭遇した場合
  • 刃物等による襲撃に遭遇した場合
  • 車両突入等による襲撃に遭遇した場合

例えば、車両突入から「逃げる(Run)」場合は以下の点に留意すべきである。

  • 明らかに攻撃意思を持った不自然な暴走車両であった場合、速やかに当該車両の走行ルートから離れるため、予想されるルートに対して直角の方向に逃げる。その後は、近くの建物内に駆け込むか頑丈そうなもの(信号機、電柱、消火栓、樹木等)の陰に隠れること。
  • 逃げる際は、群衆の流れに沿って走らないこと(攻撃車両は大きな塊(グループ)を標的とする傾向にある)。等
平時からこうした要点を常に覚えておくことは難しいと考えられるが、知っているかどうかが生死を分けることがある。

[2020年3月23日発行]

参考情報

執筆コンサルタント

川口貴久
ビジネスリスク本部/戦略・政治リスク研究所 上級主任研究員

脚注

[1] 東京海上日動火災保険株式会社(東京海上日動リスクコンサルティング株式会社執筆)「日本社会・企業へのテロと対策:2020年を見据えて」『タリスマン』(2018年12月)、31-32頁。
[2]

詳細は、「シリーズ 東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会と企業のリスクマネジメント:Vol.1企業にとっての東京2020大会関連リスク」『リスクマネジメント最前線』2020 No.2(2020年2月20日)。
https://www.tokio-dr.jp/publication/report/riskmanagement/pdf/pdf-riskmanagement-229.pdf

[3] 公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会「大会に参加・参画・観る人たち(ロンドン2012大会時)」(2016年12月1日)。https://tokyo2020.org/jp/games/budgets/data/participant-JP.pdf
[4] 宮坂直史「テロへの備えは十分か(上)発生想定し救護体制整備」『日本経済新聞』(2017年7月12日)。
[5] 2019年7月以降(特に11-12月)、中国政府による新疆地区ウイグル人政策への国際的非難が高まっている。2019年7月、日本、英独仏豪等の国連人権理事会加盟の23カ国の国連大使は中国政府によるウイグル人の拘留と人権侵害を非難し、「新疆ウイグル再教育キャンプ」(中国政府は「職業訓練センター」と呼称)の閉鎖を要求した。他方、サウジアラビア、シリア、パキスタン、北朝鮮、ロシア等の55カ国は中国政府による新疆政策を支持する声明を発表した。また2019年11月16日、米ニューヨークタイムズ紙が中国政府の内部リークとして、400頁超の「新疆文書(Xinjiang Papers)」を報道して以降、欧米を中心に関心が高まっている。こうした状況下で、「東トルキスタン」(地理的範囲はおよそ中国新疆ウイグル自治区に相当)の建国を標榜する過激派テロ組織「東トルキスタン・イスラム運動(Eastern Turkistan Islamic Movement: ETIM)」等によるテロが懸念される。
[6] ミャンマー軍による同国内のイスラム系少数民族ロヒンギャの弾圧が国際社会の注目を浴びている。最近では、国際連合国際司法裁判所(International Court of Justice: ICJ)は2020年1月、ミャンマー政府に対し、ロヒンギャ族の虐殺を防止するため、「必要なあらゆる手段」を講じるよう命じている。
[7] 米国防総省は2020年1月2日(米国時間)、米軍は、米国指定海外テロリストであるイラン・イスラム革命防衛隊・コッズ隊(Quds Force)司令官のソレイマニ(Qasem Soleimani)将軍を殺害したと発表した。その後、イラン革命防衛隊と米軍の軍事的エスカレーションに発展した。コッズ隊は中東域内を中心に非合法活動に従事しているとみられるが、中東域外での非合法活動は十分に洗練されていないとの評価もある。Ilan Goldenberg, “Will Iran’s Response to the Soleimani Strike Lead to War? What Tehran Is Likely to Do Next,” Foreign Affairs (January 3, 2020).
[8] 個人が「ローンウルフ」型テロリストになる端緒として、テロ組織等による過激な広報・メディア戦略があげられる。また「ローンウルフ」に類似の概念として、「ホームグロウン」型テロがある。これは、欧米社会に生まれ育った移民2世・3世等が社会に適合できず、テロ組織の過激なメディア・広報戦略によってテロリストと化す現象を指す。日本国内でも、2014年10月、北海道大学の男子学生が「イスラム国」に参加するためにシリア渡航を企てたとして、警視庁公安部が同学生の関係先を捜索した。
[9] 前掲「日本社会・企業へのテロと対策」、12頁。
[10] それぞれの手法は、『ルーミヤ』第2号(2016年10月)、第3号(2016年11月)、第5号(2017年1月)、第9号(2017年5月)で公開されている。
[11] 鍵括弧内の引用元は、公安調査庁『内外情勢の回顧と展望』(2020年1月)、7頁。
[12] 例えば、東南アジアに目を向ければ、フィリピンにおけるイスラム過激派の活動は活性化している。テロ件数の急増のみならず、①イラク・シリアでの戦闘に参加した外国人戦闘員のフィリピンへの流入、②従来テロが多発していたミンダナオ島を含む中南部・島しょ部に加えて、北部(ルソン島)でのテロ計画が懸念されている。

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