ミャンマーの概況とビジネスリスク
- 海外展開
2016/2/8
目次
- ミャンマーの概況
- ビジネスリスクと対策
ミャンマーの概況とビジネスリスク- リスクマネジメント最前線PDF
執筆コンサルタント
青島 健二
東京海上日動リスクコンサルティング株式会社 タイ・バンコク駐在 主席研究員
ミャンマー(Republic of the Union of Myanmar)の軍事政権(当時)は2010年にアウン・サン・スー・チー(Aung San Suu Kyi)氏の自宅軟禁措置を解除、翌2011年には軍政から民政への移管を実現させた。これらの動きを契機として、米国・EU等が1997年から続いていた経済制裁を、武器等の一部項目を除き停止し、それ以降ミャンマーにはタイ、中国、マレーシア等の各国からの投資が活発となっている。日本も他国と同様にミャンマーには高い関心を示しており、2015年12月末現在でヤンゴン(Yangon)日本商工会議所の会員企業数は280社を突破した。人口の多さと教育水準の高さ、豊富な鉱物資源等が魅力とされ「アジア最後のフロンティア」とも言われているミャンマー。しかし、企業が進出するにあたっては、越えなくてはならないハードルが数多く存在するのも事実である。
本稿では、ミャンマーの最新状況を説明したうえで、ビジネスリスクとその対策を整理する。
1.ミャンマーの概況
(1)政治・経済
■ 政治体制:大統領制、共和制
■ 国家元首:テイン・セイン(Thein Sein)大統領
■ 議会:二院制
2015年11月に実施された総選挙では、アウン・サン・スー・チー氏が党首である国民民主連盟(National League for Democracy: NLD)の獲得議席数が国会の上下両院の過半数を上回り、同党は単独で大統領を選出することができることになっている。2016年3月末以降に新政権が樹立される見通しである。
■ 一人当たり GDP:1,221USドル(2014年/IMF調べ)
■ 主要輸出品目:天然ガス(約4割)、豆類(約1割)
ミャンマーは1752年に樹立されたコンバウン朝(Konbaung Dynasty)が勢力を拡大し、一時はタイのアユタヤ地域も支配した。しかし、1824年の第一次ビルマ戦争で当時インドを支配していた英国に敗北して以降、衰退の一途を辿り、1886年から英国領インド帝国に1つの州として併合され植民地となる。一方、第二次世界大戦時にアウン・サン・スー・チー氏の父であるアウン・サン氏がビルマ独立義勇軍を率いて日本軍と共闘し英国軍を駆逐、1943年に独立しビルマ国が建国される。その後日本が敗戦したために戦後再び英国領となり、1948年には再び独立を果たしたが、1962年にクーデターが起こり独裁的な軍事政権が誕生した。
1980年代後半に発生した民主化運動により当時の軍事政権は将来的な総選挙と民政移管の実行を約束したものの、民主化活動家であったアウン・サン・スー・チー氏を3度にわたり軟禁する等したため、欧米等の先進諸国から経済制裁を受けていた。2010年にアウン・サン・スー・チー氏の自宅軟禁措置が解除されて以降は、民主化が急速に進んでいる。
(2)人的資源
■ 人口(2014年):5,148万人(JETRO調べ)
ミャンマーの人口は2012年時点では6,112万人と推計されていたが、2014年の国勢調査により推計値よりも約1,000万人少ないことが明らかとなった。理由として、ミャンマー国内では十分に産業が育っていないために、タイやマレーシア、シンガポール等、周辺国に労働力が流出していることか挙げられている。
■ 15歳~24歳の識字率(2015年):96.3%
■ 使用言語:ビルマ(Burma)語(公用語)、シャン(Shan)語、カレン(Karen)語、英語[1]
■ 宗教:仏教[2](89.4%)、キリスト教(4.9%)、イスラム教(3.9%)、ヒンドゥー教(0.5%) 等
(3)社会インフラ
a. 道路
■東西経済回廊
2011年末にメコン地域内の国際経済回廊である「東西経済回廊」におけるタイ・ミャンマー国境(メーソット(Mae Sot)-ミヤワディ(Myawaddy)間)の利用が可能となったが、開通当初はミャンマー側が1車線のため、通行可能な方向を毎日入れ替えなければならなかった。しかし、2015年8月にコーカレイ(Kawkareik)に迂回路が開通し上記の問題が解消したため、タイ・バンコクからヤンゴンまでは東西経済回廊を経由して30時間程度で行き来できるようになっている。
■ヤンゴン-マンダレー(Mandalay)高速道路
2010年にミャンマー国内初となる有料高速道路がヤンゴン-マンダレー間で開通し、同都市間の陸路での所要時間は従来の10時間以上から5時間程度に短縮された。しかし、高速道路と言っても道路の脇に柵等は存在せず、高速道路を横断する人の行き来が頻繁にあり、危険である。
■雲南(Yunnan)-マンダレー経済回廊
マンダレーから国境の町ムセ(Muse)までの約470kmは、ミャンマーの巨大財閥グループ(アジアンワールド)が管理・運営する有料道路で結ばれており、所要時間は11時間程度である。またムセから雲南省の省都である昆明(Kunming)までは約150km続く一般道路と約520kmの高速道路で繋がっており、所要時間は13時間程度である。中国はミャンマーとの貿易を年々拡大しており、中国からはオートバイや自動車、電気機器が、またミャンマーからは木材や鉱石、農業水産品等が輸出されている。
図1 ミャンマー地図
出典:Nations Onlineをもとに弊社作成
■ヤンゴン市内の一般道路
主要道路は舗装がなされているが、少し脇道へ入ると凸凹の道や舗装されていない道路がまだ多い。道路の損傷も目立っているが、舗装に使うアスファルトが高価なことを理由に、他の材料を混ぜて使用しているという背景を指摘する声もある。また、道路の水はけが悪く、雨が降ると至る所が浸水する。雨季中は道路が損傷しやすくなるため、政府は当該期間中は貨物トラックの積載量上限を31~50t程度に制限している。
朝夕の通勤時間帯における渋滞は深刻になりつつある。市内では駐車場が不足しているため多くの車が路上駐車をしており、これが渋滞の一因となっている。更に学生の登下校時には沢山の乗り合いトラックが路上で待機し、渋滞はより深刻となる。これに加えて、2015年3月に新車の輸入販売が解禁されたことから、国内での自動車販売台数の増加が見込まれている。将来的にラッシュ時の渋滞は更に深刻化していくものと思われる(写真1)。
写真1 ヤンゴン市内の道路
いずれも弊社撮影
b. 鉄道
ミャンマーの鉄道は国鉄によって管理されており、国内に「ヤンゴン-マンダレー線」、「ヤンゴン-ピィ(Pyay)線」等、8路線が存在する。ヤンゴン市内には東南アジアで唯一の環状線が走っており、外国人は1回1USドルで乗車することができる。ただし、多くは第二次世界大戦前のものが当時のまま利用されており、線路や車両は老朽化が進んでいる。そのため、速度は時速30km程度しか出せず、移動に時間を要するため、日常の交通手段としてはあまり活用されていない(写真2)。
c. 航空
ミャンマー国内には40の空港があり、うちヤンゴン、マンダレー、ネピドー(Naypyidaw)の3空港は国際線が就航できる空港として整備されている。バンコク-ヤンゴン間では、1日17便の定期便が行き来しており、ビジネスマンや観光客で賑わっている。ヤンゴン国際空港は外国人を受け入れる国際空港として設備等も比較的充実しており、チェックイン、外貨両替、食事等に困ることはない。
d. 港湾
1996年に供用が開始されたティラワ港(Myanmar International Terminals Thilawa)は、ヤンゴンの南25kmに位置している。河川港であるため水深が浅く大型船は入港できないが、5つのバース、2つのガントリークレーンを有する等、施設面は充実している(写真3)。一方、ヤンゴンの東南部約600km、バンコクの西350 kmに位置するダウェイ港(Dawei Port)は立地は必ずしも良くないものの、2万~5万t規模の大型船が25隻同時に接岸できるバースを建設中であり、本格的な国際港として期待されている。但しプロジェクトの進捗は必ずしも予定通りには進んでいない。
写真2 ヤンゴン市内の鉄道路線 写真3 ティラワ港の入口ゲート
いずれも弊社撮影
e. 電力
総発電量の約74%を水力発電に依存するミャンマーでは、3~5月の暑季はダムの貯水率が低下するため水力による発電能力が落ちる一方で、気温が上昇するため需要が増大し、結果として停電が頻繁に発生する。特に2013年4月には、ヤンゴン市内で24時間停電が21日間継続した。近年は雨季においても停電が頻繁に発生しており、電力事情は改善するどころか、年々悪化しているというのが日本人駐在員の一致した見方である。そもそもミャンマーでは、送電線が老朽化しており、ダムから市内に至るまでの電力ロスが大きいと言われているが、雨季には雷が落ちたり土砂降りの雨が降ると送電線が損傷し、周辺地域が停電することが多い。
また、総発電量の約21%はガス発電で、ミャンマーの天然ガスの確認埋蔵量は17兆6,500億ft3(立法フィート)、予想埋蔵量はその5倍の88兆7,000億 ft3とされており、予想埋蔵量はインドネシアやマレーシアに匹敵する。しかし、ミャンマーは天然ガスの深海調査技術を有していないため、ガス田開発は約8割をタイ、残り2割を中国に委託し、利権の多くもそれらの国が握るという結果となっている。こうして生産された天然ガスの7割は海外に輸出されているため、ガス発電が必ずしも十分な資源に裏打ちされているわけではない。
f. 医療
ミャンマーでは、優秀な学生は海外に留学することが一般的であるが、卒業後もミャンマーと比して待遇が良い当該国に留まって仕事をする者が多い。医師を目指す学生も同様に、卒業後もそのまま海外で医師となり働くため、ミャンマー国内では優秀な医師は少ないと言われている。盲腸だと医師に告げられ日本へ戻ったものの、整腸剤を飲んだだけで治癒したというケースもある。また外国人が通院するような病院でも衛生レベルが低く、医薬品への信頼性も低い。
g. 金融
手書きの通帳を拠り所として現金の預入れ・引き出しが行われる等、銀行業務は近代化が遅れていたが、現在は1,000台程度のATMが設置され(但し、現金引き出しのみ可能)、クレジットカードは主要ホテルやレストランで使用できるようになっている(但し、通信速度の遅いときは使用出来ない)。また2015年、日本の3メガ銀行を含む6カ国9行に銀行免許を交付したことから、更に金融の利便性は向上していくものと思われる。
h. 通信
通信インフラも金融同様に近代化が遅れており、2014年時点でのインターネット普及率は僅か2.1%に留まっている。一方、携帯電話の普及率は 2012年まで 10%程度の普及状況であったが、2014年に入って格安でサービスを提供する携帯キャリアが進出したことで、2015年には約60%まで普及率が上昇している。但し、繋がりやすさや音声品質といった点では一層の改善余地が残っている。
(3)工業団地
a. 概況
現在、ヤンゴン管区には20カ所の工業団地が存在するが、多くは土地を提供するだけであり、受電所や工業用水、汚水処理等の施設は自ら整備する必要がある。これらのインフラを含めた提供ができる工業団地には1998年に開設された「ミンガラドン工業団地(Mingaradon Industrial Park)」と2015年に開設された「ティラワ経済特区(Thilawa Special Economic Zone)」の2つがある。
b. ミンガラドン工業団地
ミンガラドン工業団地はヤンゴン市中心部から北へ約20km、ヤンゴン港から約24kmに立地している。もともと1998年に日本のゼネコンが開発したという背景もあり、電力や工業用水、汚水処理、通信、排水設備、消防設備等は揃っている。また、警備体制も確立されている(ミャンマーでは多くの法律は「制定中」の状況であり、消防法や排水基準に関する法律等も今のところ存在しない。ただし当該工業団地は近隣諸国の水準を勘案し、自主的に運用を行っている)。
2015年12月現在、30社(日系12社、香港10社、韓国2社、台湾2社等)が入居している。
c. ティラワ経済特区
日本政府とミャンマー政府が協力覚書に署名し、開発が進められている経済特区である。ティラワ港と工業団地から構成され、工業団地部分は2015年より第1フェーズ部分(4㎢)で企業の入居・操業が開始されている。2015年12月現在、52社が契約(うち日系26社)し、一部企業は既に操業を開始している。工業団地はタイやベトナムにおける大規模工業団地と遜色なく、消防施設や排水施設、警備体制等は充実している。ミャンマーで問題とされる電力についても、工業団地内に50MW規模の火力発電所(2基のうち1基は2016年中に稼動予定)およびガスパイプラインを建設中であることから、不安要素の少ない工業団地と言える(写真4)。
写真4 ティラワ工業団地内
いずれも弊社撮影
d. (計画中)ダウェイ経済特区(Dawei Special Economic Zone)
タイ政府とミャンマー政府が協力覚書に署名し開発が計画されている経済特区である。同区はヤンゴンの東南部約600km、バンコクの西約350kmに位置し、ダウェイ港と後背地約250㎢の工業地帯から構成される予定の経済特区であるが、2013年にタイ側が資金調達に失敗したことや、2014年にタイで軍事クーデターが発生し政権が交代したこと、地域住民の反対で発電所の建設に目処が立たないこと等、様々な理由によりその進捗は著しく遅延している。
e. (計画中)チャウピュー経済特区(Kyaukpyu Special Economic Zone)
2008年に昆明-チャウピュー間に石油・ガスパイプラインが開通し、チャウピュー沖合のシュエ(Shwe)・ガス田から1日約4億 ft3が中国に輸出されている。また、2014年にはチャウピューから近いマダイ島で深海港が完成し、石油タンカーの入港が可能となっている。2014年にはミャンマー政府は、同経済特区が石油ガスの一大基地になりつつあることに加え、約12億人の人口を抱えるインドから比較的近いという地理的特性も評価し、2014年に同地をSEZ(Special Economic Zone:経済特区)に認定している。中国の有力企業である中国中信集団(CITIC)やインフラ大手の中国港湾工程(CHEC)、タイの最大財閥であるチャロン・ポカパン(CP)グループ等、6社がコンソーシアムを形成し開発権を取得したことから、同SEZはダウェイSEZよりも速いスピードで開発が進む可能性がある。
2.ビジネスリスクと対策
1.で述べたミャンマーの最新状況等も踏まえ、今後進出を検討する企業が注意すべきビジネスリスクと対策について、以下のとおり整理する。
(1)自然災害
a. 水害(洪水・高潮)
- ミャンマーでは一般に6~10月にかけての期間が雨季と言われており、各地でモンスーンの影響を受けた豪雨が多発する。同国には大河川として、エーヤワディー川、チンドウィン川、シッタン川、タルウィン川等の河川が存在し、大都市のほとんどはこれら大河川の近くに位置している。そのためこれら大都市は、河川による運輸が発達し、経済活動の大動脈として役割を果たしてきたと言えるが、一方で洪水のリスクが非常に高い。2015年7月以降、北部・中部・西部の広い地域で、モンスーンおよびサイクロン「コーメン(Komen)」の影響を受けた断続的な豪雨により、深刻な洪水や土砂崩れによる被害が発生、少なくとも96人が死亡、約58万9,900 人が被災する事態となった。
近年では都市部への人口移動、宅地開発等により、洪水のリスクが更に高まっているとされる。政府としては洪水対策・治水対策を急いでいる状況であるが、オフィスや住居の選定にあたっては、その土地の標高や洪水履歴、入居する階の高さ等に留意する必要がある。
- サイクロンはインド洋等で発生する熱帯低気圧であるがミャンマーに上陸することも多く、これまでも甚大な被害が発生している。一般的にベンガル湾で発生したサイクロンは西に向かい、インド東部に上陸することがほとんどであるが、途中で東に転向する場合があり、この場合には、ミャンマーに接近または上陸することとなる。サイクロンがもたらす被害は、暴風雨・豪雨・高潮によるものが挙げられるが、ミャンマーにおけるサイクロン被害の大部分は高潮によるものである。
ミャンマー政府の発表によれば、1887~2005年にかけての119年間にベンガル湾で発生したサイクロンは1,248個(年平均10.5個)であり、そのうち80個(全体の6.4%、年平均0.67個)がミャンマーに上陸している。ミャンマーに上陸するサイクロンの数は少ないと言えるが、上陸した場合には甚大な被害をもたらす例が多い。2008年5月にはサイクロン「ナルギス(Nargis)」がエーヤワディー管区およびヤンゴン管区に上陸し、約1週間にわたりミャンマーの人口密集地を直撃し、死者8万4,537人、行方不明者5万3,836人、被害総額13兆チャット(101億USドル)に上る甚大な被害をもたらした。なお、このサイクロン「ナルギス」上陸に伴い、高潮が7.02mに達した地点もあった。
図2 サイクロン「ナルギス」上陸後のヤンゴン市内の浸水状況
出典:JICAミャンマー国ヤンゴン都市圏開発プログラム形成準備調査
b. 地震
- ミャンマー中央部を南北に走る大規模な断層であるザガイン活断層(Sagain Fault)は横ずれの活断層であり、過去にもマグニチュード(M)7.0以上の地震が数多く発生している。このザガイン活断層は、南はヤンゴン東部のバゴー(Bago)管区のバゴー県から首都ネピドー、更には第二の都市であるマンダレーを貫き、中国国境のカチン(Kachin)州まで伸びており、全長1,200kmに達する断層帯である。その他、ミャンマーには多数の活断層が存在しており、それらは比較的高い頻度で地震を発生させている。以下は、ミャンマーで過去に発生したM7.0以上の地震である。活断層近くの地域でオフィスや住居を選定するにあたっては、日系等外資系ゼネコンが建設した物件を選択することが望ましい。
図3 ミャンマーで 1900年以降に発生したM7.0以上の地震
出典:USGSデータベース
(2)コンプライアンス
- 米国は、旧軍事政権と関係の深かったミャンマー企業を制裁対象リスト(Specially Designated Nationals List: SDNリスト)に掲載し、米国企業との取引を禁じている(2016年1月現在、対象企業数は100社)。日系企業においても、米国系の金融機関等を介して制裁対象企業と取引を行った場合、口座が凍結される等の措置が講じられる可能性があることから事前にSDNリストの確認が必要である。
https://www.treasury.gov/resource-center/sanctions/SDN-Lis
ミャンマーの有力企業の多くは制裁対象であるため、これらの企業が運営する港湾や空港の利用が認められないことが、米国企業のミャンマー事業の足かせとなっていた。一方、2015年12月に米国は制裁を一部緩和し、米国企業のかかわる貿易事業について、制裁対象企業が保有するミャンマー国内の物流施設の利用を認めた。2016年6月までの時限措置ではあるが、2016年3月末に予定されるNLD政権の樹立がスムーズに進めば、延長される公算が大きい。
(3)採用・労務管理
- 教育水準が高く、仏教への信仰心の強いミャンマー人は日本人にとって「扱いやすく、親しみやすい」労働力とみなすことができる。さらに、2008年5月に起きたサイクロン「ナルギス」による大災害の際は、停電で電気、水道が使えない中で自主的に被災地に救援物資を届ける動きがある等、互助の精神が垣間見られた。
- 日本人と比べた場合、「あきらめが早い」、「予測に反することへの対応が困難」、「チームワークに欠ける」等の国民性も一部で指摘されている。そのような面も考慮しながら、従業員の採用や採用後の労務管理を行う必要がある。
(4)物流管理
- 主要道路を除き、舗装状況は必ずしも良好ではないので、破損しやすい部品や製品は十分に梱包したうえで運送する必要がある。
- 東西経済回廊を利用する場合、運送時の衝撃が大きい現在の状況下では、繊維製品や食品関連等の比較的衝撃に耐えうる商品に限定すべきである。またトラックの大きさや運送日程にも配慮する必要がある。
(5)工場・事務所管理運営
- 停電が頻繁に発生するため、工場が一定の生産量を確保するためには自家発電機の設置が不可欠である。また、自家発電機の導入にあたっては多額の費用を必要とするため、日光による採光や食堂の屋外設置等、電力を極力必要としないような工場設計が求められる。
- 事務所においては、停電によりサーバや端末が急に遮断されることを防ぐため、UPS(無停電電源装置)を設置することが望ましい。
- 煙草の不始末や発電機の過負荷等を原因として火災が発生する事例があることから、国や工業団地から求められなくとも消火器、消火栓等消防設備の設置は日本と同様の水準で行うことが望ましい。また、避難訓練や消火訓練を定期的に実施し、不測の事態への備えを万全にしておくことが求められる。
(6)駐在員自身のリスク
a. 治安・一般犯罪
ミャンマーの治安は比較的良好であるが、近年はヤンゴン市内で強盗や窃盗事件が増加傾向にある。特にタクシードライバーによる強盗は外国人がターゲットとなっていることから、夜間単独でタクシーに乗車することは控えるべきである。
b. 交通
ヤンゴン市内では日本で使い古した路線バスや観光バスが再利用されているが、日本は左側通行のためバスのドアは左側にあり、右側通行のミャンマーにおいては客が道路の中央に降車せざるを得ない状況となっていた。現在はバス扉の改修が進んでいるが、全てのバスが対応を終えているわけではない。どこから人が飛び出してくるかわからないので、自動車を運転する際は十分に注意する必要がある。
また、交通マナーが日本と比べて悪く、急発進やUターン等、予測が難しい運転も散見される。徒歩で移動する場合は周囲の車両に十分注意する必要がある。
c. 感染症
2012年はデング熱が流行し、日本人の中にも感染者が発生した。デング熱はマラリアと同様に蚊を介して感染し、重度の場合は死に至る可能性もあるため、半袖・半ズボン姿で池や水たまりの近くを歩かないよう注意するべきである。
d. 医療
ミャンマーの病院は技術、施設、衛生管理ともに十分ではない。手術を要する事態になった場合は、ミャンマー国内ではなくバンコクやシンガポール、日本で手術を受けるようにすることが望ましい。
e. 住居
入居する予定の住居に自家発電機が設置されているか、あらかじめ確認すべきである。停電すると水の供給も停止する場合があり、生活に重大な支障を及ぼすことになる。
(2016年2月8日発行)
※本稿は、弊社発行のリスクマネジメント最前線「ミャンマーの最新状況とビジネスリスク」(2013年10月11日発行)を加筆・修正のうえ、発行しています。
参考情報
執筆コンサルタント
青島 健二
東京海上日動リスクコンサルティング株式会社 タイ・バンコク駐在 主席研究員
参考資料
ADB「Asian Development Bank Myanmar」/JETRO「通商弘報」/三菱商事ヤンゴン駐在事務所作成資料/三菱東京UFJ銀行ヤンゴン支店作成資料 /
NNA Asia 記事 JICA資料等
脚注
[1] | ミャンマーは1886年~1937年までは英領インドに属していた歴史的経緯もあり、1962年に軍事政権に移行するまで英語の教育が盛んであった。また、1988年の市場経済復帰宣言後に英語教育が復活している。概ねヤンゴン市内では40歳未満と60歳以上は簡単な英語を話すことができる。 |
[2] | 仏教はタイなど等と同様に上座部仏教(小乗仏教)である。上座部仏教の教えは、釈迦によって定められた戒律と教え、悟りへ至る智恵と慈悲の(毎日の)実践を根幹に据えており、一般的に日本や中国よりも信仰心が厚い。これが治安が良いことの遠因であると言われている。 |