「津波リスク評価高度化」に関する防災科学技術研究所との共同研究の成果について

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コラム

2025/11/25

■はじめに

2019816日の当社プレスリリース※にある通り、2019年度から2020年度にわたり、当社は防災科学技術研究所と「津波リスク評価高度化」に関する共同研究を行いました。この共同研究の成果のうち、津波ハザード部分の概要をご報告します。この共同研究では、確率論的津波ハザード(津波浸水深の空間分布)の計算方法として一般的に用いられる「津波伝播遡上解析」をベースとしつつ、機械学習モデルを用いて計算コストを下げる方法を構築しました。これにより計算コストが膨大となる津波ハザード作成の効率化が可能となり、従来では難しかった日本広域を対象とした津波浸水深評価と、それに基づく確率的津波リスク評価を実施しました。本コラムは、2021年に開催された第17回世界地震工学会議(World Conference on Earthquake Engineering)で発表した内容の概要です。

※ https://www.tokio-dr.jp/news/2019/20190819/pdf/pdf-20190816-01.pdf

■背景と目的

津波ハザードを計算する一般的な手法として、津波伝播遡上解析が挙げられます。津波伝播遡上解析では、水域から陸域にかけて粗い格子から細かい格子への計算格子を設定し、時刻歴での数値計算を行う必要があるため、非常に高い計算コストがかかります。この津波伝播遡上解析を広域で実施するには、膨大な計算コストを要します。

一方で、防災科学技術研究所において、南海トラフ地震をはじめとした4海域での津波波源を対象として、沿岸最大水位上昇量を出力とした、確率論的な津波ハザードのデータが整備されています。このデータは、多数の津波シナリオに対する沿岸最大水位上昇量を提供しており、機械学習モデルの入力データとして活用できる豊富なデータセットです。そこで、従来であれば膨大な計算時間を要する津波伝播遡上解析部分を、機械学習モデルで代替することを目指しました。本研究により、沿岸最大水位上昇量を入力値として、陸域最大浸水深の予測値を出力する機械学習モデル(サロゲートモデル)が構築されました。

■作成方法の概要

以下に本研究で用いた機械学習モデルの作成手順の概要を示します。

①    沿岸最大水位上昇量の算出
防災科学技術研究所研究資料第439号「南海トラフ沿いの地震に対する確率論的津波ハザード評価- 第一部 本編 -」に基づき算出しました。

②    沿岸最大水位上昇量の次元削減
主成分分析により、沿岸最大水位上昇量の次元を削減しました。

③    教師データの選定
津波浸水が全く生じない可能性の高いシナリオは教師データの対象外としました。上記のスクリーニング後の沿岸最大水位上昇量に対しクラスタリングを行い、クラスタ代表モデルを教師データとして設定しました。その結果、全てのモデルの最大水位上昇量分布と同程度の多様性を持つモデル群が選定されました。

④    津波伝播遡上計算
選定した教師データについて、浸水範囲および浸水深を計算しました。

⑤    陸域最大浸水深の算出
津波伝播遡上計算で算出された浸水範囲に対し、1イベントにつき最大の浸水深を算出しました。

⑥    陸域最大浸水深の次元削減
主成分分析により、陸域最大浸水深の次元を削減しました。

⑦    機械学習モデルの作成
上記の②を入力データ、⑥を出力データとする機械学習モデルを作成しました。

上記作業手順の流れを図1に示します。

図1 津波浸水深を予測する機械学習モデルの作成手順

■作成結果

ある震源域における波源断層モデルを対象に、機械学習モデルで予測した陸域の浸水深分布と、遡上計算により解析した陸域浸水深分布(正解値)を下図に示します。機械学習モデルで予測した結果が、遡上解析で計算された結果と近似的であることがわかります。

         図2 機械学習モデルを用いて予測した浸水深                 図3 遡上解析で計算した浸水深(正解値)

■まとめ

今回の共同研究により、機械学習モデルを用いて津波による浸水深を予測する手法を構築しました。これにより、様々な津波シナリオに対して、津波による陸域の浸水深を予測することができ、再現期間別の損害額が評価できる確率論的解析による津波リスク評価も可能になりました。

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参考文献

●    N. Kishida, T. Hayashi, N. Sakaba, R. Miyamoto , M. Korenaga, Y. Abe, H. Fujiwara, H. Nakamura, S. Shimizu, Y. Tokizane: Application of Predicted Inundation by Neural Network for Risk Estimation, 17th World Conference on Earthquake Engineering, No. C004632, 17WCEE, Sendai, Japan - September 27th to October 2nd, 2021
●    藤原広行, 平田賢治, 中村洋光, 森川信之, 河合伸一, 前田宜浩, 大角恒雄, 土肥裕史, 松山尚典, 遠山信彦, 鬼頭 直, 大嶋健嗣, 村田泰洋, 齊藤 龍, 澁木智之, 秋山伸一, 是永眞理子, 阿部雄太, 橋本紀彦, 袴田智哉, 大野哲平:「南海トラフ沿いの地震に対する確率論的津波ハザード評価」, 防災科学技術研究所研究資料, No. 439, 2020.
●    地震調査研究推進本部 地震調査委員会:「南海トラフ沿いで発生する大地震の確率論的津波評価」, 2020年1月
●    防災科学技術研究所, J-THIS津波ハザードステーション, https://www.j-this.bosai.go.jp/

執筆コンサルタントプロフィール

岸田 夏葵
企業財産本部 主任研究員

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