水災リスクの脆弱性モデル構築に関する調査研究
- アナリティクス・リスク分析
- 自然災害
2025/11/21
近年、気候変動の影響等により豪雨災害が頻発し、水災リスクの適切な評価がますます重要となっています。本コラムでは、弊社で開発しているCatastrophe model(以下、「CATモデル」といいます)のうち、水災リスクの脆弱性モデル構築に関する調査研究の取り組みをご紹介します。
1.CATモデルにおける脆弱性モデルの位置づけ
水災リスクモデルにおける脆弱性モデルは、ハザード(浸水)と建物等の被害率との関係を示すものであり、建物等の資産がハザードに曝露した際にどの程度の被害を受けるかを定量化する役割を担っています。
脆弱性モデルの構築には、主に統計的手法と工学的手法の2つのアプローチがあります。現在、一般に公開されている水災リスクに関する脆弱性モデルの代表的なものとして、国土交通省の治水経済調査マニュアル1)の情報が挙げられます。これは、過去の水害における被害実態調査やハウスメーカーへのヒアリング等に基づき設定されたものであり、統計的手法をベースに工学的知見も反映して作成されたものです。家屋や家庭用品、事業所償却・在庫資産といった対象資産ごとに、5区分程度の浸水深帯別の被害率がまとめられています。
家屋の浸水深別被害率(国土交通省 治水経済調査マニュアル1)より引用)

弊社の開発する水災リスクの脆弱性モデルは工学的手法をベースに統計的手法を取り入れて作成されたものであり、以下のような特徴があります。
・ 建物の場合、用途、構造級、階数、建築年代といった様々な区分による脆弱性の違いを考慮するべく、これらの区分の組み合わせごとに脆弱性モデルを構築
・ 外水氾濫や内水氾濫等多様な災害によるあらゆる浸水深に適用できるよう、連続的な浸水深に応じた脆弱性モデルを構築
以下に、脆弱性モデルの構築における統計的手法と工学的手法の2つのアプローチについて紹介します。
2.統計的手法による脆弱性モデルの構築
統計的手法では、過去の水害における実際の被害データを分析し、浸水深と被害率との関係を統計的に導出します。この手法の利点は、実際の被害実績に基づいているため現実的な予測が可能なことです。一方で、データの質と量に大きく依存するため、被害事例の災害特性や地域特性が脆弱性モデルに含まれてしまうという課題があります。そのため、精度を高めるためには、より多くの正確なデータが必要となります。
例えば、過去の水害における複数の被害データに対して、それぞれにそのときの浸水深と被害率が得られた場合に、近似曲線を算出するなどして平均的な脆弱性モデルを作成することができます。下図はいくつかの被害データから対数近似により脆弱性モデルを作成した例となります。

統計的手法による脆弱性モデル(弊社作成)
3.工学的手法による脆弱性モデルの構築
工学的手法では、建物の構造特性とその構成要素ごとの浸水による被害特性を工学的に分析し、理論的に脆弱性を評価します。この手法は、実際に被害を受けた際には建物の構成要素ごとに被害程度を評価し修理交換を行う実態に即しており、統計データが不足している場合でも、建物の用途や材質等の区分ごとに評価可能な点が利点として挙げられます。
ここから、工学的手法による脆弱性モデルの構築手順について、平屋住宅を想定した建物を例に紹介します。ここでは、簡易的に建物の構成要素を床、壁、屋根の3つに分類します。
(1)構成要素ごとの脆弱性モデルの作成
まず、建物の構成要素ごとの脆弱性モデルを作成します。床は地盤面から45 cmの高さに存在し、床上浸水した場合はすべて交換が必要になると仮定します。壁は3 mの高さがあり、浸水した部分の交換が必要になると仮定します。屋根は、壁の最上部から1 mの高さがあり、浸水した部分の交換が必要になると仮定します。
これらの仮定により、構成要素ごとの脆弱性モデルが下図のように作成されます。

構成要素ごとの脆弱性モデル(弊社作成)
(2)構成要素ごとの資産割合の設定
続いて、構成要素ごとの資産割合を設定します。ここでは、床、壁、屋根の資産割合を2:5:3と仮定します。
(3)建物全体の脆弱性モデルの作成
最後に、構成要素ごとの脆弱性モデルをその資産割合に基づいて加重平均することで、建物全体の脆弱性モデルを作成します。(1)および(2)の仮定に基づくと、建物全体の脆弱性モデルは下図のように作成されます。

建物全体の脆弱性モデル(弊社作成)
4.まとめ
本コラムでは、弊社が開発しているCATモデルの中でも特に水災リスクの脆弱性モデルに関する研究事例を紹介しました。本コラムで紹介したように、弊社では統計的手法と工学的手法を統合し最新の知見を反映した脆弱性モデルを含むCATモデルを開発しています。本コラムで取り上げた研究成果を反映したCATモデルによって、様々な評価対象物におけるあらゆる規模の水災による損害額を評価することが可能となります。ぜひ、弊社で開発している水災リスクモデルを用いた各種サービスをご活用いただければ幸いです。
参考文献
1)国土交通省「治水経済調査マニュアル(案)」(令和6年4月版)
https://www.mlit.go.jp/river/basic_info/seisaku_hyouka/gaiyou/hyouka/r604/chisui_manual.pdf
執筆コンサルタントプロフィール
- 岩波 発彦 主任研究員、森口 暢人 研究員
- 企業財産本部
