GHG排出量算定の基本
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2025/11/13
近年、企業の脱炭素経営は国際的な潮流として定着しつつあります。その基盤となるのが、自社の事業活動によって排出される温室効果ガス(GHG:Greenhouse Gas)排出量を正確に把握することです。
GHG排出量の算定は、単なる環境報告のための作業ではありません。自社の事業活動が地球温暖化にどの程度影響しているかを「見える化」し、科学的根拠に基づいた削減目標および削減計画を立てるための第一歩となっています。このコラムでは、GHG排出量算定の基本的な枠組みからScope1〜3の定義、算定方法を概観します。
1. GHG排出量算定の基本フレームワーク
GHG排出量算定の国際標準として広く用いられているのが「GHGプロトコル(GHG Protocol)1」です。これは世界資源研究所(WRI2)と持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD3)が共同で策定したもので、企業活動による排出を一貫性ある方法で測定・報告するための包括的な枠組みを提供しています。
GHGプロトコルの基本原則は、「関連性」、「完全性」、「一貫性」、「透明性」、「正確性」の5つです。すなわち、自社の事業活動からのGHG排出量を適切に反映し、かつ事業者内外の排出量情報利用者の意思決定ニーズに役立つようにすることを目的として(関連性)、選定したインベントリ境界の範囲内に含まれるすべてのGHG 排出源を漏れなく把握し(完全性)、年度間で有意な比較ができるように同一の方法で算定を行い(一貫性)、算定過程を第三者が理解できる形で説明し(透明性)、信頼性の高いデータを用いて精度を確保する(正確性)。これらの原則を満たしてGHG排出量を算定することが、ESG評価機関やステークホルダーからの信頼を得る前提となります。
2. Scope1〜3の定義と具体例
GHGプロトコルでは、排出源を3つの範囲(Scope)に分類します。これにより、企業は排出の「責任範囲」を整理し、重点的な削減領域を明確にすることが可能です。

出典:環境省「サプライチェーン排出量全般」
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/estimate.html
図1 GHG排出源の分類
・Scope1(直接排出)
Scope1は、企業が自ら所有または管理する施設・設備からの直接的な排出を指します。代表的な例としては、ボイラーや自家発電設備での燃料の燃焼、社用車での燃料の使用や、製造プロセスにおけるガス排出・冷媒漏えい※などが挙げられます。これらは企業の管理下にあるため、削減対策を講じやすい領域でもあり、燃料転換や高効率機器の導入といった技術的アプローチが有効です。
※いわゆる「5ガス」と呼ばれる主要7種類(非エネルギー起源CO2、CH4、N2O、HFCs、PFCs、SF6、NF3)のガス排出・漏えい
・Scope2(間接排出:エネルギー起源)
Scope2は、外部から購入した電力・熱・蒸気・冷水などの使用に伴う排出を指します。企業が直接排出を行わなくても、そのエネルギーを供給する発電所などでGHGが発生しているため、間接的な排出として算定対象に含めます。Scope2の算定方法には、「ロケーション基準」と「マーケット基準」の2種類があります。前者は国・地域ごとの平均的な電力排出係数を用いて、電力系統全体の排出実態を反映した排出量を算定する方法であり、後者は、企業が契約している電力メニューや再エネ証書(非化石証書、グリーン電力証書など)を考慮し、より実態に近い排出量を算出します。
・Scope3(その他の間接排出)
Scope3は、企業活動のバリューチェーン全体におけるScope2に含まれない間接排出を対象とします。原材料調達、物流、販売後の製品使用、廃棄、出張や通勤など、バリューチェーンの上流から下流までを含む広範な範囲が対象です。GHGプロトコルではこれを15のカテゴリに区分しており、企業は自社の事業特性に応じて重要性評価を行い、優先的に算定すべき範囲を定める必要があります。 例えば製造業では原材料や輸送、食品業では容器包装や廃棄、サービス業では出張や外注などが主要項目となります。Scope3は算定の難易度が高いものの、特に製造業では企業全体の排出量の7〜9割を占める場合があり、正確に把握できるかが脱炭素戦略の鍵を握っています。
3. 基本的な算定方法と実務の進め方
GHG排出量算定の基本構造は活動量と排出係数の掛け算です。

活動量とは、エネルギーや原材料の使用量など排出のもととなるデータであり、排出係数はその活動量あたりのGHG排出量を示します。例えば、電気使用量(kWh)ごとにおける排出係数(kg-CO₂e/kWh)を掛け合わせれば、電気使用に伴う排出量が求められます。
・活動量データの収集
実務上、最も手間がかかるのが活動量データの収集です。購買データ、請求書、メーター検針値、燃料使用記録などについて、事業全体における情報を収集する必要があり、部門をまたいだ連携が必要となります。算定の精度を高めるには、データ収集の責任部署を明確にし、年度間で再現可能な仕組みや手順を整えることが重要です。
・排出係数の選択
排出係数は、環境省や国際エネルギー機関(IEA4 )、気候変動に関する政府間パネル(IPCC5 )などが公表している公的データを用いるのが原則です。特に電気の排出係数は毎年更新されるため、算定年度に対応した値を用いる必要があります。また、燃料種別や用途によっても係数が異なるため、使用実態に最も近いものを選定しなければなりません。
・1次データの活用と重要性
算定精度を高める上で重要なのが、可能な範囲で1次データ(プライマリーデータ)を用いることです。1次データとは、サプライヤーや取引先から直接入手した実測値や実績値を指し、業界平均値や推計値である2次データ(セカンダリーデータ)と対比されます。例えば、Scope3の原材料調達において、購入金額に業界平均の排出原単位を掛ける方法(2次データ)よりも、サプライヤーから入手した製品ごとのCFP(カーボンフットプリント)データを掛ける方法(1次データ)の方が、より実態に即した算定といえます。
また、1次データの活用は算定精度の向上だけでなく、サプライチェーン全体での削減取組みを促進する効果もあります。データ提供を求めることで、サプライヤーや取引先の環境意識向上や具体的な削減行動を促すことにつながり、結果として企業サプライチェーン全体での脱炭素化が加速されます。ただし、1次データの収集にはサプライヤーや取引先の協力が不可欠であり、時間とコストがかかる場合もあるため、重要性(マテリアリティ)の高い排出源から段階的に導入していくことが現実的なアプローチです。
・実務上のポイント
算定をスムーズに進めるためには、まず「組織境界(バウンダリ)」を明確にすることが欠かせません。これは、連結ベースで算定するのか、あるいは運営支配ベース(コントロールベース)で行うのかを定めるルールであり、後者の場合は自社が実質的に運営を管理している施設を対象に含めます。
また、データ品質管理も重要です。データの収集・入力・検証の各段階でチェック体制を整えることで、後の監査対応や第三者検証(Verification)にも耐えうる算定が実現します。企業によっては、エクセルなどの表計算ソフトでの手作業から、専用算定ツールやクラウドプラットフォームへの移行を進めており、デジタル化が効率化と精度向上の両面で効果を発揮しています。
4. まとめ
GHG排出量の算定は、企業の脱炭素経営における出発点であり、最も重要な基礎工程といえます。Scope1〜3の全体像を理解し、信頼性の高いデータに基づいた算定を行うことで、環境情報開示に関する国際的枠組みにおける評価向上や、ESG評価機関あるいはステークホルダーからの信頼獲得にもつながります。
脱炭素化の進展に伴い、単なる報告義務から「経営判断の基盤」へとGHG排出量算定の役割は変化しています。今後、企業に求められるのは、正確な算定と透明性の高い開示、そして科学的整合性をもった目標設定です。自社の現状を客観的に見つめ、データに基づいた戦略的アクションを積み重ねていくことが、持続的な企業価値向上への近道です。
排出量算定支援」
※近日公開予定
1 World Resources Institute (WRI) and World Business Council for Sustainable Development (WBCSD) (2004), "Greenhouse Gas Protocol"
2 World Resources Institute
3 World Business Council for Sustainable Development
4 International Energy Agency
5 Intergovernmental Panel on Climate Change
参照文献
・World Resources Institute (WRI) and World Business Council for Sustainable Development (WBCSD) (2004), "Greenhouse Gas Protocol"
・World Resources Institute (WRI) and World Business Council for Sustainable Development (WBCSD) (2011), "Corporate Value Chain (Scope 3) Standard"
執筆コンサルタントプロフィール
- 木本 博之
- 製品安全・環境本部 エキスパートコンサルタント
