労働安全衛生規則の改正により職場での熱中症対策が義務化! ~工場に求められる熱中症対策とは~
2025/9/8
1 労働安全衛生規則の改正
2025年6月1日に改正労働安全衛生規則が施行され、事業者は熱中症による死亡災害を防止するため、「早期発見のための体制整備」「重篤化を防止するための措置の実施手順の作成」「関係作業者への周知」を義務付けられました。これらの対応を怠ると労働安全衛生法違反として6か月以下の懲役、もしくは50万円以下の罰金が科されます。
熱中症というと、屋外作業が注目されがちですが、製造工場のような屋内作業場も例外ではありません。むしろ、工場特有の環境下では、熱中症が引き金となって重大な労災につながるリスクが潜んでいます。弊社では、この夏も多くの企業の事業所や工場等を調査していますが、義務化を受けて各社、様々な創意工夫等により熱中症対策を本格化していることがうかがえます。
本稿では、工場における省令の改正内容に則した熱中症対策方法や、2024年に工場で発生した死亡災害の事例とその対策方法を紹介します。
2 工場で求められる対策
(1) 報告体制の整備
暑さ指数(WBGT ※1)28度以上または気温31度以上の環境(暑熱な場所)で作業を行う場合、作業者が熱中症の症状を感じたり、他の作業者の異変に気づいたりした際に報告できる体制を整備し、周知する必要があります。
※1WBGT:Wet Bulb Globe Temperature、湿球黒球温度。熱中症を予防することを目的として1954年にアメリカで提案された指標で、自然湿球温度、黒球温度、気温(乾球温度)から求められます。
具体的な対策方法:
(1-1) 作業エリアごとに熱中症発生時の報告先を明示する
(1-2) 朝礼やミーティングで当日の熱中症リスクや連絡体制を周知する
(1-3) ウェアラブルデバイスを用いた作業者の熱中症リスク管理や、バディ制の採用により双方確認を実施する
工場では、距離を保って作業するため単独作業が多く、また、機械音やファンの音で周囲の声がかき消されやすいです。体調異変を訴えても、誰にも気づかれないことが現実に起こり得ます。よって、作業者の生体情報や作業環境の情報を計測できるウェアラブル端末等を導入し、作業者ごとの健康管理や熱中症リスクの高い作業場所の分析を行うことをおすすめします。また、熱中症リスクの高い作業場所では単独作業をさせないように人員を配置することが重要です。複数名の同箇所配置が難しい場合は、インカムやスマートフォンを使用して体調を定時確認することで、早期発見の可能性を高めることができます。
(2) 対応手順の作成
熱中症の症状が現れた場合の身体の冷却方法等の応急措置、医師等への連絡、病院等への搬送の手順をあらかじめ作成し、周知する必要があります。
具体的な対策方法:
(2-1) 熱中症発生時の対応手順を作成したうえで、搬送先となる医療機関をいくつか定め、作業場所や医務室等に掲示する
(2-2) 暑さが本格化する前(6月頃)に応急措置や対応手順を確認するための訓練を実施する
24時間稼働している工場では昼間だけでなく夜間の対応手順も作成し、人が常駐する所(守衛所等)に掲示することが重要です。また、工場外部の作業員(協力業者等)の情報を把握できていないケースがあるため、就業前に血液型や持病、連絡先等を確認し、緊急時、速やかに情報提供ができるような体制をつくることが重要です。
(3) 作業環境の改善
工場内の熱源対策や休憩環境の整備、暑さ対策用品の着用も重要です。
具体的な対策方法:
(3-1) 高温多湿な作業場所に適度な通風(除湿)または冷房を行うための設備を設ける
(3-2) 作業場所またはその近隣に冷房を備えた休憩場所または日陰等の涼しい休憩場所を設ける
(3-3) 空調服、冷却ベスト、冷感タオル等の暑さ対策用品を着用する※2
工場の特徴として、多くの電動機器が置かれていることが挙げられ、これが理由で二次災害が発生するおそれがあります。例えば感電事故です。工場では、事故防止のために長袖・長ズボン、手袋や安全靴の着用が義務づけられているケースがあります。これらの装備は作業には欠かせない一方、夏場には体温がこもりやすく、汗をかきにくい・熱が逃げにくいという難点があります。汗で濡れた衣服は電動工具や装置との接触時に感電リスクを高める可能性があります。半袖の場合も直接皮膚を多く露出することになり、汗により皮膚の電気抵抗が下がることで感電リスクが高まります。
また、熱中症によるふらつきや注意力の低下が原因で、電動機器への挟まれ・巻き込まれといった重大災害の引き金になる恐れがあります。
このような二次災害を避けるためにも、休憩場所には冷風機や飲み物(アイススラリーもおすすめです)、塩分タブレット、身体冷却用のクールシートを常備し、こまめに休憩を取るとともに、万が一に備えた作業環境の改善(余裕のあるレイアウト、安全装置の導入等)も必要です。
※2空調服はファンやケーブル、バッテリーの劣化や故障により静電気を発生させる可能性があります。空調服以外でも電気スパークが発生する可能性がある製品は引火性ガスや粉じんを扱う工程では使用を控えるなど、注意が必要です。
3 2024年の工場における熱中症による死亡災害の事例とその対策
2024年は熱中症による死亡災害が31件起きました。全事例の詳細は厚生労働省「令和6年 職場における熱中症による死傷災害の発生状況(確定値)」に記載がありますが、本稿では工場での死亡災害の事例を取り上げ、それぞれの事例の対策方法を紹介します。
発生月 | 年代 | 気温 (WBGT) |
事例の概要 | 対策方法 |
7月 | 20歳代 | 34.6℃ (30.5℃) |
被災者は工場内で作業に従事していたが、14時頃に体調不良のため早退することとなり、更衣室に向かった。16時過ぎに同僚が更衣室に入ったとき、倒れている被災者を発見し、救急搬送されたが死亡した。 | 対策方法(1-3)に記載の通りウェアラブルデバイスを用いて体調を詳細に把握することや、帰宅後(早退後)の報告体制を整備することで体調不良になった後に十分なケアをすることが必要です。 |
7月 | 50歳代 | 31.0℃ (32.3℃) |
被災者はクリーニング工場で作業中、10時頃体調が悪くなり、熱中症の疑いがあったことから保冷剤・経口飲料を渡して横になっていた。水分補給が難しい状態となったことから12時頃に工場長に病院へ搬送され、入院したが、翌日死亡した。 | 対策方法(2-1)に記載の通り熱中症発生時の対応計画を整備し、判断に迷う場合は#7119(救急相談センター)を活用するなど専門家の指示を仰ぐことが必要です。 |
8月 | 50歳代 | 35.4℃ (32.4℃) |
被災者は焼き上がったパンを窯から取り出すラインにて常時作業を行っていた。終業時刻である16時頃、事業場内で被災者が倒れているところを他の労働者が発見し、救急搬送されたが、同日17時頃に死亡した。 | 対策方法(1-3)に記載の通りバディ制を採用し、体調の双方確認をすることで、いち早く異常を発見できる体制整備が必要です。また、高温多湿な作業場所では長時間作業を続けないように作業環境の改善が必要です。 |
8月 | 60歳代 | 32.9℃ (31.0℃) |
被災者は自転車の車輪軸を加工するねじ切り機の作業を行っており、17時の勤務終了後、帰宅するため、自転車にて事業場の最寄り駅まで移動したが、駅の駐輪場で自転車にうつ伏せとなって動けなくなっていた状態で発見され、救急搬送されたが、16日後に死亡した。 | 対策方法(1-3)に記載の通りバディ制を採用し、体調の双方確認をすることで、いち早く異常を発見できる体制整備が必要です。 |
出典:厚生労働省「令和6年 職場における熱中症による死傷災害の発生状況(確定値)」より一部改変。
※現場での気温、WBGTが不明な事例は現場近隣の観測所で計測された値を参考として示している。
事例の概要を見ると、初期段階では軽度の体調不良、あるいは全く症状を訴えていなかったにもかかわらず、容態が悪化して死亡してしまうケースが見られます。また、体調不良を訴えなかったケースについて、本人の自覚があったとしても、業務中であることから周囲に迷惑をかけたくないという遠慮から報告をしなかった可能性も考えられます。このようなケースを防ぐためには、作業者同士で双方確認することや報告しやすい体制を整備することはもちろんですが、#7119(救急相談センター)のような相談窓口を活用し、些細な体調変化でも遠慮なく専門家に相談できる環境を整えることが重要になります。
4 まとめ
工場における熱中症対策は、法令遵守という側面だけでなく、働く人々の健康と安全を守るために不可欠です。事業者は作業環境を改善するだけでなく、作業者全員の意識向上を実現することが重要になります。
近年の猛暑は熱中症のみならず、火災や設備故障等様々なリスクを企業にもたらす可能性があります。これらの猛暑リスクについて「リスクマネジメント最前線」2019 No.7でも論じておりますので合わせてご覧ください。
参考文献
1) 厚生労働省 「令和6年 職場における熱中症による死傷災害の発生状況(確定値)」
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_58389.html
2) 厚生労働省 「労働安全衛生規則の一部を改正する省令の施行等について」
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc9174&dataType=1&pageNo=1
3) 独立行政法人労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所 「夏の感電危険性について」
https://www.jniosh.johas.go.jp/publication/mail_mag/2024/192-column-2.html
執筆コンサルタントプロフィール
- 豊田 漠
- 企業財産本部 研究員