SSBJ基準の適用で求められる物理的リスクシナリオ分析の解説と弊社分析事例の紹介

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コラム

2025/3/21

1. はじめに

 2025年3月5日、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)より、一般開示基準および気候関連開示基準が公表されました。同時に、2027年3月期からは、時価総額の大きい企業から順次、適用の義務化が予定されており※1、今後に向けて、気候関連のリスクおよび機会の分析・評価を着実に進めておく必要があります。しかし、これら基準では、分析・評価の手法や開示方法の詳細が具体的に示されているわけではなく、各企業の裁量に委ねられたものとなっています。そこで、このコラムでは、気候関連開示基準第30~39項に定められている「気候レジリエンス」に関する開示に必要となる物理的リスクシナリオ分析の要点を説明し、弊社が提供している支援サービスを事例に、分析・評価の一例を紹介します。

2. 「気候レジリエンス」に関する開示要件とシナリオ分析

 気候関連開示基準における「気候レジリエンス」とは、「気候関連の変化、進展又は不確実性に対応する企業の能力」を示します。気候レジリエンスに関連する開示基準は、第30~39項までありますが、特に重要なのは第39項(1)です。第39項(1)では、「気候関連のシナリオ分析の結果が企業の戦略およびビジネス・モデルについての評価に影響がある」場合、その影響と対応について説明することが求められています。これは、物理的リスクを含む気候関連リスクに対してシナリオ分析を行い、各リスクが自社にどの程度影響を与えるのか、各リスクに対応可能(レジリエント)であるかを評価する必要があることを意味しています。
 ここでシナリオ分析とは、一般に、特定のシナリオ(環境、条件)を設定し、このシナリオが実現した場合の影響を評価する方法を示します。具体的な影響を把握できるため、各シナリオに対してより最適な戦略や対応策を検討することができます。気候関連開示基準の別紙Aでは、シナリオ分析に際して、企業の適切なエクスポージャーの考慮、合理的な気候シナリオの設定が望まれると記載されています。何を分析・評価するかは具体的に記載されていませんが、影響を受ける資産または事業の金額や割合、規模などを分析することで、各リスクに対応可能であるかを評価することができます。以降では、物理的リスクのシナリオ分析の事例と、それぞれの取り組むべき内容について説明します。

3. 物理的リスクのシナリオ分析事例①:脆弱な拠点および資産の評価

 事例の1つ目は、物理的リスクの影響を受ける資産の評価です。気象災害を網羅的に挙げた上で、自社資産がそれぞれどの気象災害にどの程度曝されているのかを、現在および将来気候下の観点で評価します。ここで資産とは主に自社拠点を指しますが、事業内容によっては、発電施設などのインフラや原材料の生産拠点なども該当します。代表的な気象災害は、洪水、高潮、土砂災害、風災といった国内でも既に顕在化している災害に加え、海外の一部地域では影響の大きい森林火災や干ばつ(水ストレス)、熱波などが挙げられます。この評価のポイントは、気候シナリオおよび災害の種類に応じて、様々なデータソースを当たる必要があることです。
 弊社サービスでは、特に事業影響が大きいと予想される下図の5つの気象災害を対象としたハザード情報を調査します。また、近年の災害を踏まえ、要望に応じて風災や森林火災なども対象としています。将来の気候シナリオは、2℃シナリオ(RCP2.6/SSP1-2.6)や4℃シナリオ(RCP8.5/SSP5-8.5)を対象として、2030~2090年の災害ハザードの推移を報告します。拠点ごとにこれらのハザード情報を得ることで、気候変動の影響を受ける資産または事業を把握することが可能です。

図1 弊社気象災害ハザードスクリーニングサービスで対象としている災害種類
(各種データソースを基に弊社作成)

4. 物理的リスクのシナリオ分析事例②:財務的影響額の定量評価

 事例の2つ目は、物理的リスクによる損失および財務影響の評価です。物理的リスクの影響が特に大きい場合、財務的影響(損失)の大きさを定量的に推計することが望まれます。例えば、洪水や高潮などの急性リスクは、災害の発生が突発的で対応が難しいとされています。これらの災害は、企業のキャッシュフローに即座に影響を与え、財務状況の悪化が予想されます。また、水ストレスなどによる原材料調達リスクは、コストの急騰を引き起こし、B/S上の流動資産の減少や短期負債の増加が見込まれます。このようなリスクの財務的影響(損失)を定量的に把握することは、企業の気候レジリエンスを評価する上では重要です。
 弊社サービスでは、洪水や高潮などの急性リスクを中心に、財務的影響額の定量評価を行っています。評価フローは図2のようになります。

図2 財務的影響額の定量評価のフロー(弊社作成)

 はじめに、全拠点を対象に気象災害のハザード調査を行います。これにより、評価対象とする災害の種類と拠点を特定します。
 次に、災害による損失額を評価するために必要な拠点情報を収集します。具体的には、拠点の建物・設備などの有形資産の情報、および売上高・営業利益などの財務情報です。洪水や高潮による損失を評価する際は、建物の構造や階数といった情報が重要ですが、全ての建物についての情報がなくても、主要な建物の情報で代表させることもできます。
 続いて、これらの情報を損失評価のモデルに入力し、気象災害による物的損失(建物・設備などの毀損)や利益損失(操業中断による逸失利益)を評価します。このモデルは、国土交通省の「治水経済調査マニュアル(案)※2」などを参考に設定できますが、弊社では、過去の被害実績から得られた知見を活かして、独自のモデルを構築し、より実態に即した評価を行っています。

5. 企業の気候レジリエンス

 これらのシナリオ分析によって、企業の気候レジリエンスを評価するための基礎情報を得ることができます。シナリオ分析結果を、自社の事業内容や財務諸表、リスク指標と比較、戦略やビジネス・モデルに影響を及ぼさないかを確認し、もし影響がある場合は合理的な対応が取られているかを確認します。例えば、シナリオ分析の結果として大きな損失が想定される場合には、予定している対策(例えば洪水であれば、止水板の設置や設備の嵩上げなど)の効果も評価し、開示することで、総合的にレジリエントであることを示すことができます。

6. 終わりに

 本コラムでは、SSBJより公表された気候関連開示基準を踏まえ、情報開示のために必要となる物理的リスクの分析・評価の流れについて解説しました。弊社サービスを事例に紹介しましたが、企業の状況に応じて取り得る方法は様々です。各企業の実態に合わせて、開示に向けた準備を進めていくことが望まれます。

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※1 金融庁 金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」(第5回)、2024年12月2日
https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/sustainability_disclose_wg/shiryou/20241202.html
※2 国土交通省 水管理・国土保全局「治水経済調査マニュアル(案)」、2024年4月
https://www.mlit.go.jp/river/basic_info/seisaku_hyouka/gaiyou/hyouka/r604/chisui_manual.pdf

執筆コンサルタントプロフィール

佐藤 遼次
企業財産本部 主任研究員

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