ブルーカーボンクレジットの動向と今後の企業での活用

  • 環境

2024/4/26

 ブルーカーボンとは、2009年にUNEP(国連環境計画)の報告書「Blue Carbon」で提唱された概念です。広義には海洋や海洋生態系に吸収される炭素全般を指しますが、とりわけカーボンオフセットやカーボンクレジットの文脈では、以下の沿岸もしくは浅海域の海洋生態系へ貯留される炭素もしくは生態系そのものを指します(※1)

・海草藻場(seagrass meadows)(アマモやウミショウブ等)
・海藻藻場(seaweed, kelp forests)(ワカメやコンブ等)
・潮汐湿地・干潟(tidal wetlands, tidal marshes)(ヨシ等)
・マングローブ林(mangrove forests)(マングローブと呼称される樹種の総称)

 この4種の生態系が存在する浅海域の炭素の吸収量は、陸域の吸収量の約半分に相当するとされ(※2)、気候変動の緩和策として期待されています。本稿では、上記のブルーカーボンをクレジット化した、ブルーカーボンクレジットのイニシアティブをいくつかご紹介し、企業が購入する上での注意点について取り上げます。

●    代表的なブルーカーボンクレジットのイニシアティブ
 カーボンクレジットとは主にCO2の排出の削減・除去の貢献量に価格をつけ、取引を行うもので、いわゆる「カーボンプライシング」の一種に整理されます。日本国内では、Jクレジット制度やJCM(二国間クレジット)制度等が存在しますが、いずれのイニシアティブも自然由来のものはグリーンカーボンのみ(陸地の樹木等)が対象です。ブルーカーボンクレジットとしての売買は、2024年4月現在、ボランタリークレジット市場(自主的炭素市場)においてのみ行われています。
 ここでは国内・海外のブルーカーボンを対象とするイニシアティブのうち、代表的な2つの認証・発行主体とその方法論について紹介します。

■Jブルークレジット
 2020年7月に国立研究開発法人海上・港湾・航空技術研究所らによって設立された「ジャパンブルーエコノミー技術研究組合」が認証・発行を行うクレジットです。こちらは国内で初のブルーカーボンクレジット発行イニシアティブになります。設立の経緯や発行主体に鑑みると、ボランタリークレジットの中では、政府系のイニシアティブに近しいと言えます。
 クレジットの認証・発行は国内のプロジェクトが対象で、マングローブ、海草藻場、湿地・干潟のほか、海藻藻場、養殖の藻場における吸収量の方法論も含まれています。特に海藻の算定方法については、2013年に公開された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)湿地帯のガイドラインにも含まれていないため、他と比較すると先行したイニシアティブと言えます。

■Verified Carbon Standard;VCS
 VCSはアメリカの非営利団体である、Verraが発行するカーボンクレジットです。2022年度のデータでは、ボランタリークレジットで最も多く、世界の全クレジット発行量を加味しても、約42%を占める規模です(※3)。こちらは世界中のプロジェクトが対象になり、その中でもブルーカーボン算定の方法論が存在する数少ないボランタリークレジットの1つです。そのメソドロジー(方法論)は多岐にわたり、ブルーカーボンに関してはマングローブ、潮汐湿地、海草藻場についての修復や保全の方法論が存在します(※4)。一方で、先のJブルークレジットと異なり、2024年4月現在、海藻藻場のCO2吸収量の方法論は存在しません。

●   企業におけるブルーカーボンクレジット活用の注意点
 2024年4月現在、ブルーカーボンを含むボランタリークレジットは、企業の自主的な排出量の報告に利用できます。一方で、地球温暖化対策の推進に関する法律(温対法)や、GHG protocolでの排出量報告には使用できません。しかしながら、近年では排出量取引における、適格なボランタリークレジットの活用の議論や(※5)、後述する国内のブルーカーボンの吸収量算定・報告の取り組みが盛んであり、ブルーカーボンクレジットの利用は近い将来実現するとみられます。
 それでは、今後企業がブルーカーボンクレジットを購入する場合の注意点は何でしょうか。
 まずクレジットに関わる基準の対応です。国際的なサステナビリティ情報の開示基準であるIFRS S2(気候関連開示)では、排出量目標に関してクレジットを用いて開示する場合、企業に対してそのクレジットが自然由来・技術由来のものなのか、クレジットのベースになるオフセットが炭素削減・炭素除去(※6)なのかについて開示を求めています(※7)。これは、国内のサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が2024年3月に公開した気候関連開示基準(案)においても同様で、IFRS S2に追従する形でクレジットの種類の開示が求められています(※8)
 これらに鑑みると、ブルーカーボンクレジットは、そのほとんどが自然由来に分類されますが、炭素削減・炭素除去のクレジットの分類については、注意が必要です。例えば前述のVerraが発行するVCSにおいて、湿地生態系の修復(Restoring Wetland Ecosystems)のプロジェクトには、排出量の削減活動と除去活動が含まれ、そのどちらになるかはプロジェクトの内容によって決まるとみられます。加えて、2024年3月以降には、削減量と除去量を別々に検証・報告する要件が定められることとなっています(※9)。このように近い将来、企業がブルーカーボンクレジットを購入し、規制対応に利用する場合には、こうしたクレジットの種類についても購入前に十分な検討が必要になるでしょう。 

●   おわりに
 IPCCの次回評価サイクルであるAR7では、CO2除去(Carbon Dioxide Removal;CDR)やCO2回収・有効利用・貯留(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage;CCUS)に関わるメソドロジーレポートが公表される予定であり、いわゆる“マリンCDR”に分類されるブルーカーボンに関する言及も含まれることが予想されます。
 一方、国内でもブルーカーボンの吸収量算定の取り組みは進行中です。国際気候変動枠組条約(UNFCCC)に基づく国の排出量インベントリ報告では、2023年4月にマングローブによる吸収量が含まれました。また、2024年4月の報告では海藻・海草の吸収量を算定し報告する見込みとなっています。特に、海藻に関する吸収量の算定と報告は、世界初の取り組みになります(※10)
 このように国内外で、ブルーカーボンの吸収量算定の取り組みは進みつつあります。吸収量算定の取り組みが進むことで、国内外のブルーカーボンクレジットのイニシアティブにも影響を与えると考えられ、購入を検討する企業はこれらの動向に注視していく必要があります。


参考文献
(※1)環境省、「ブルーカーボンに関する取組み」 https://www.env.go.jp/earth/ondanka/blue-carbon-jp.html (閲覧日:2024年4月5日)

(※2)ジャパンブルーエコノミー技術研究組合、「Jブルークレジット®認証申請の手引き- ブルーカーボンを活用した気候変動対策 - Ver.2.4」 https://www.blueeconomy.jp/wp-content/uploads/jbc2024/20240312_J-BlueCredit_Guidline_v.2.4.pdf (閲覧日:2024年4月5日)

(※3)World Bank Group, “State and Trends of Carbon Pricing 2023 (English)” http://documents.worldbank.org/curated/en/099805106052321586/IDU0df4b14850029d0403c0811b0f1575605c07a (閲覧日:2024年4月5日)

(※4)Verra,“AREA OF FOCUS - BLUE CARBON” https://verra.org/programs/verified-carbon-standard/area-of-focus-blue-carbon/ (閲覧日:2024年4月5日)

(※5)GX リーグボランタリーカーボンクレジット情報開示検討WG、「ボランタリーカーボンクレジット情報開示検討WG最終報告書」 https://gx-league.go.jp/aboutgxleague/document/【GXL】ボランタリーカーボンクレジット情報開示検討WG%20最終報告書_日本語版.pdf (閲覧日:2024年4月5日)

(※6)環境省、「カーボン・オフセットガイドライン Ver.3.0」 https://www.env.go.jp/content/000209289.pdf (閲覧日:2024年4月5日)

 上記のガイドラインによれば、炭素削減(排出削減)はプロジェクトの実施によりベースライン(プロジェクトが実施されなかった場合の排出量)に対して排出量が減少する活動を示し、除去(炭素除去)はベースラインに対して温室効果ガスを大気中から除去する活動を示します。ブルーカーボンを例にとると、既に存在している海草藻場の劣化を抑制するプロジェクトは炭素削減に分類され、新たに海草藻場等を創出するプロジェクトは炭素除去に分類されると考えられます。

(※7)IFRS Foundation, “June 2023 IFRS S2 IFRS® Sustainability Disclosure Standard Climate-related Disclosures” https://www.ifrs.org/content/dam/ifrs/publications/pdf-standards-issb/english/2023/issued/part-a/issb-2023-a-ifrs-s2-climate-related-disclosures.pdf
 (閲覧日:2024年4月5日)

(※8)サステナビリティ基準委員会、「サステナビリティ開示テーマ別基準公開草案第2号「気候関連開示基準(案)」 https://www.ssb-j.jp/jp/wp-content/uploads/sites/6/2024ed01_04.pdf (閲覧日:2024年4月5日)

(※9)Verra,“VCS Standard” https://verra.org/documents/vcs-standard-v4-6/ (閲覧日:2024年4月5日)

(※10)環境省、「我が国インベントリにおける藻場(海草・海藻)の算定方法について」https://www.env.go.jp/content/000203001.pdf (閲覧日:2024年4月5日)

 

執筆コンサルタントプロフィール

三川 裕己
製品安全・環境本部 サステナビリティユニット 研究員

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