日本における人的資本の情報開示の動向と取り組み企業の開示ポイント

  • 人的資本・健康経営・人事労務

2023/11/1

1.はじめに
(1)急速に進む人的資本の情報開示
昨今の国際的な関心の高まりを受けて、人的資本の可視化・開示に向けた取組みが日本でも急速に進んでいます。第一に、2022年11月に金融庁から「企業内容等の開示に関する内閣府令」の改正が公表され、2023年3月期決算以降、有価証券報告書の「サステナビリティに関する企業の取組みに関する開示」において、人材育成方針や社内環境整備方針の開示とともに、女性管理職比率等の非財務情報の開示が義務化されました(※1)。第二に、2020年9月に経済産業省から「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書(通称、人材版伊藤レポート)」、2022年5月に「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書(通称、人材版伊藤レポート2.0)」が公開され、経営における人的資本の重要性が広く認識されるようになりました。
日本企業は人的資本に関してどのような開示が求められており、取り組んでいる企業はどのように開示を行っているのでしょうか。

 

2.人的資本の開示にあたっての留意点
(1)人的資本開示の目的
人的資本開示の目的は、単に情報開示を行うことではなく、企業価値向上の実現につなげることです。KPIのモニタリングによる効果的な人的資本投資や、ステークホルダーとのコミュニケーションとそれに基づく適切な評価などを通じて企業価値の向上に貢献することが期待されています。しかし、そのためには経営戦略と人財戦略、人的資本投資の整合性を図り、価値向上に向けた「統合的なストーリー」を作り上げて、社内外に向けて伝えることが必要不可欠です(※2)。

(2)法定開示と任意開示
人的資本の情報開示を進めるうえでは、有価証券報告書での「法定開示」に加えて、法定開示を補完する形で「任意開示」を進めることが望ましいとされています(※2)。任意開示とは、統合報告書やサステナビリティレポート、中期経営計画、IRウェブサイトといった自社の独自媒体で情報を開示することです。有価証券報告書と整合的かつ補完的な形で任意開示を行うことで、投資家や従業員、取引先など様々なステークホルダーに対する発信と対話の機会を作ることができます。

(3)情報開示の2つの観点
有価証券報告書や任意開示の資料でどのような情報開示を行えばいいかというと、「人的資本可視化指針」(内閣官房)では以下の2つの観点が示されています。

① 「独自性」と「比較可能性」のバランス
他社の事例や特定の開示基準に沿った横並び・定型的な開示に陥ることなく、自社の人的資本への投資、人財戦略の実践・モニタリングにおいて重要な独自性のある開示事項と、投資家や採用候補者が企業同士の比較をするために用いる開示事項の適切な組合せ、バランスを確保すること。
② 「価値向上」と「リスクマネジメント」の観点
開示事項には、「企業価値向上に向けた戦略的な取り組み」に関する開示と、投資家のリスクアセスメントニーズに応える「企業価値を毀損するリスク」に関する開示の大きく2つの観点があることを意識し、説明方法を整理すること。

3.人的資本に関する情報開示のイメージ
これまで紹介した「人的資本開示の目的」、「法定開示と任意開示」、「情報開示の2つの観点」の3つの留意点について、人的資本経営に取り組む企業ではどのような開示を行っているのでしょうか。
取り組み企業では、企業価値向上の実現という目的を意識して、任意開示を充実させながら、経営戦略と連動させた統合的なストーリーを開示しています。また、「比較可能性」よりも「自社にあった独自指標」、「リスクマネジメント」よりも「価値向上に向けた戦略的な取組」の実施を前面に打ち出した開示を行うことで、自社の経営戦略に連動した人財戦略をどのように実行・モニタリングするか、その道筋をステークホルダーに説明しています。
実際の各社の開示事例を踏まえて、弊社でまとめた情報開示のポイントは以下の表1のとおりです。

4.終わりに
人的資本の情報開示は、開示を行うことがゴールではありません。人的資本経営のPDCAを回して人的資本の価値を高めることや、株主・従業員・取引先といったステークホルダーコミュニケーションの実現につなげることが重要です。今回ご紹介したポイントを意識していただくことで、各社で人的資本にどのように取り組むかを考えるきっかけとなれば幸いです。

 

(※1) 金融庁、「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案の公表について
(2022年11月7日)
https://www.fsa.go.jp/news/r4/sonota/20221107/20221107.html
(※2) 内閣官房非財務情報可視化研究会、「人的資本可視化指針」(2022年8月30日)
https://www.cas.go.jp/jp/houdou/20220830jintekisihon.html
(※3) 経済産業省、「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書 ~人材版伊藤レポート2.0~ 実践事例集」(2022年5月13日)
https://www.meti.go.jp/press/2022/05/20220513001/20220513001.html

執筆コンサルタントプロフィール

守屋亮佑、周藤滉平
ヘルスケア・人的資本マネジメント事業部 主任研究員

コンサルタントの詳細

コンサルタント紹介を見る

メールマガジンを申し込む

コラムトップへ戻る