新たに公表された「水害リスクマップ」とは

  • 自然災害
  • 経営・マネジメント

2022/12/29

 2022年度より、国は「水害リスクマップ」という新たな水害情報の公表を進めています。2022年12月に国土交通省が開設したポータルサイト¹には、水害リスクマップとこれに付随する「多段階の浸水想定図」が掲載されています。これらは従来のハザードマップと何が異なるのでしょうか。本コラムでは水害リスクマップの位置づけや前提条件をまとめるとともに、これを企業の備えに活用する上でのポイントを説明します。

1.水害リスクマップの特徴
 従来のハザードマップ(洪水浸水想定区域図² )と、水害リスクマップや多段階の浸水想定図との主な違いは表 1のようにまとめられます。

 従来のハザードマップは、どのような規模の災害が起きた場合でも、人々が確実に避難できることを主目的として作成されてきました⁴。そのため、100~200年(河川によって異なる)や1000年に1度の雨量といった大規模な災害が想定され、様々な条件(堤防決壊箇所など)の中で最大となる浸水深さが地点ごとに計算されています(図1)。
 一方、水害リスクマップはより多様な目的に向けて作成されており³、行政においては立地施策⁵、企業においてはBCP(事業継続計画)策定の促進などの活用が想定されています。避難においては、非常に確率が低いとしても最悪の事態を想定しておくことが基本となります。一方、種々の対策を組み合わせる中では、災害の程度、発生頻度、それらに応じた費用対効果などを踏まえることも重要です。このような観点から、水害リスクマップは10~50年に1度の雨量という、従来のハザードマップと比べてより身近な規模の災害がカバーされています。
 表示方法も、浸水が生じる場合(浸水深さ0cm)、床上浸水する場合(浸水深さ50cm)、1階が水没する場合(浸水深さ300cm)がそれぞれ何年に1度の雨量によって起こり得るかを塗り分けた形となっています(図2)。これにより、種々の対策を検討する上での使いやすさが向上されている点も水害リスクマップの大きな特徴です。なお、多段階の浸水想定図はこれらをハザードマップと同じ形式で表したものです。
 さらに、前述のポータルサイトにリンクが掲載されている河川事務所などのホームページでは、将来的に河川堤防などの整備が進んだ場合の想定も示されています。

2.活用上のポイント
 ハザードマップや水害リスクマップでは、その地域において一定時間内に降った雨量の頻度(○年に1度の雨量)を指標として災害の規模が表現されています。日々の雨量は地域によって異なるため、この指標は雨量そのもの(○mm)よりも水害の規模を表す上で適していると言えるでしょう。近年は雨量の頻度をリアルタイムで見られるようになっているため⁸ 、災害の前後においてはこれと水害リスクマップを比較するなどの使い方も考えられます(実際の比較例は2022年9月21日のコラム「令和4年台風第14号の特徴と災害への備え」をご参照ください)。
 一方、特に災害の起こりやすさに応じた対策を考える上では、雨量の頻度と浸水の頻度とがイコールでない点に注意が必要です。同じ雨量であっても、雨が地域のどこに降るかであったり、堤防の決壊有無・箇所⁹ などによって浸水の様相は大きく異なります。水害リスクマップでは多くの地域で浸水が頻発するようにも見えますが、特に高い頻度(短い年数)の結果はこうした要素の影響を受けやすいと考えられます。
 さらに、前述した将来の堤防整備状況における水害リスクマップについては、堤防整備自体が現時点の計画に過ぎないことや、気候変動に伴う災害の激甚化を踏まえると、将来の水害リスクが必ずしもそのとおりにならない点にも留意すべきでしょう。
 堤防の決壊などを踏まえた真の「浸水頻度」を見積もることはまだまだ研究途上です。現時点においては、雨量の頻度が水害リスク情報の指標として適切であることは間違いありません。水害対策の検討に際しては、それぞれの前提を正しく把握した上で、多様な情報を如何に活用するかを考えてゆくことが求められます。

 

¹国土交通省「水害リスクマップ一覧」https://www.mlit.go.jp/river/kasen/ryuiki_pro/risk_map.html

²ハザードマップ(浸水想定区域図)には、他に雨水出水(内水)や高潮を対象としたものがありますが、本コラムでは洪水(河川氾濫)によるものを取り上げます。

³国土交通省「水害リスク情報の充実(水害リスクマップ(浸水頻度図)の整備)」https://www.mlit.go.jp/river/kasen/ryuiki_pro/pdf/risk_map.pdf

⁴水防法第14条

⁵例えば、基礎自治体が定める立地適正化計画では、防災指針の参考として多段階の浸水想定図が利用されているものもあります(下記は久留米市の例)。https://www.city.kurume.fukuoka.jp/1050kurashi/2070machi/3030toshi/files/bousaisisin.pdf

⁶国土交通省 関東地方整備局「洪水浸水想定区域図(想定最大規模等)」https://www.ktr.mlit.go.jp/arajo/arajo_index038.html

⁷国土交通省 関東地方整備局「荒川水系荒川及び入間川流域 国管理河川からの氾濫を想定した水害リスクマップ【現況河道(R3.5末)】」https://www.ktr.mlit.go.jp/arage/arage00953.html

⁸防災科学技術研究所「大雨の稀さ情報」https://midoplat.bosai.go.jp/web/3p-rainrp/index.html

⁹ハザードマップでは、河川堤防の様々な箇所が決壊した場合を想定しています。水害リスクマップの比較的小規模な雨量に対し堤防決壊をどのように想定しているかについては、本コラム執筆時点では作成要綱が未公開であるため不明です。

執筆コンサルタントプロフィール

安嶋 大稀
企業財産本部 リスク定量化ユニット 主任研究員

コンサルタント紹介を見る

メールマガジンを申し込む

コラムトップへ戻る