国土の1/3が水没する洪水とは

  • 自然災害

2022/9/27

 パキスタンが国土の1/3が水没する洪水に見舞われているというショッキングなニュースが入ってきました。国土の1/3とは想像を絶するレベルです。日本は国土の7割が山地で、残りの平野や盆地に人口、都市、耕地のほとんどが集中しています。日本で国土の1/3が水没したら、国が立ち行かなくなると言っても過言ではないでしょう。日本でも近年水害が多発していますが、パキスタンと同じようなことは起こりえるのでしょうか。パキスタンの洪水は日本のこれからの水害の参考になるでしょうか。

1. 何が起こっているのでしょうか

 2022年8月末、パキスタンの国土の1/3が水没していると報じられました。いったい何が起こっているのでしょうか。

 パキスタンといっても、どんな国だったかな?と思われる方も多いかと思います。国土は日本の約2倍、人口は2億人を超えています。位置はインドの西隣で、インドモンスーンの影響下にある地域にあります。一年の多くは乾燥した気候ですが、例年7月、8月はインド洋から流入した大気がヒマラヤ山脈の南側で雨を降らせ、特に北部で降水量が多くなります(図1)。

 そうした時期である6月~8月に、今年は平年の10倍の降水量を記録¹し、パキスタンにおける観測記録上最大となりました。また、パキスタンは極地以外で最も氷河の数が多い国でもあり、これが融け出すことで洪水が悪化したと言われています※2。その結果、約85,000㎢(北海道程度の面積)の範囲で浸水が生じました(図2)。ここであれ?と思われるかもしれません。「北海道相当」は、「日本の2倍の面積の国の1/3」には程遠いのです。「国土の1/3」というのは、恐らく、「洪水が起こった地方をカウントし、その面積を足し合わせると1/3」なのではないかと推測します。それでも前代未聞の惨事であることには変わりはありません。

2. 大洪水の要因を考えてみました

洪水の原因となった過大な降水は、いったい何が原因なのでしょうか?詳細は今後の研究を待たねばなりませんが、ここでは前例を参考に考察します。

2-1. 2010年の洪水

 パキスタンは2010年にも国土の2割が水没する洪水がありました※6。このときも降水量は当時の観測史上最大となり、北部カブール川流域での洪水が後に南部ラルカナ周辺でも浸水をもたらしました。その後の研究によって、当時の降水には下記のような要因が挙げられています。

(a)ヨーロッパ、ロシアに熱波をもたらす、ブロッキング現象と呼ばれる大気の状態が影響した※7

(b)発達中のラニーニャによってインドモンスーンが強まる傾向にあった※8

(c)温暖化の影響は直接的には小さかった※9

2-2.2022年の状況を2010年の状況と比較

 それでは今年はどうでしょうか。先の3項目について比べます。

(a)この夏ヨーロッパを過酷な熱波が襲いました。これはブロッキング現象が原因と言われていますので、2010年と似た状況になっている可能性があります。

(b)今年は2010年よりもラニーニャ現象が強く出ているため、それが影響している可能性があります。

(c)温暖化に関して、パキスタンは温暖化が進行すると降水量が増加する地域に該当しています(図3)。氷河融解が進んでいることも、温暖化が一因と想定されます。2010年よりも温暖化が進行している今、これが今回の洪水に影響している可能性は否定できませんが、個別の異常気象が全て温暖化に起因するとは限らないことに注意が必要です。

 一方、2010年は主に北部で大雨となったことに対し、今年は氾濫を生じた南部ラルカナ周辺でより多くの雨が降りました(図4)。それにも関わらず、2010年と今年で氾濫が生じた地域は類似しています。この地域はインダス川に沿って低平な地形が広がっていることから、恒常的に氾濫の広がりやすい土地であると考えられます。実際におよそ100年に1度の洪水を表したハザードマップでもラルカナ周辺の広い範囲で浸水が想定されており、今回の氾濫も概ねこの中で生じています(図2)。

3. 日本で同レベルの洪水になる可能性があるのでしょうか?

 それでは、日本で今後似たようなことが起こる可能性はあるのでしょうか?先述のとおり、パキスタンはモンスーンの吹き込むヒマラヤ南部に位置しています。一方、日本は降水量の少ない中緯度帯にありながら、大陸の東端に位置すること、台風の経路にあることや急峻な地形によって例外的に降水量が多くなっています。このように地理的条件が異なることから、パキスタンと同じ要因で同様の洪水が起こるとは考えにくいです。今回パキスタンで洪水をもたらした要因は、以下のように、日本でも同じような影響が予想されることと、日本では違った影響が予想されることの両ケースあります。

(a)ブロッキング現象は異常気象をもたらす要因として知られていますので、降水過多・過小に影響する可能性があります。

(b)ラニーニャのときは一般に太平洋高気圧の北への張り出しが強まることから※12、インドモンスーンが強まるパキスタンとは異なり、晴天の多い夏らしい季節になります。

(c)温暖化の影響は日本でも今後増大していくことが予想され、線状降水帯や強い台風といった極端現象が激甚化すると予想されています。

 地形の面でも、山地が国土の大半を占める日本はパキスタンと様相が異なります。一方、大河川の下流域など、人の多く住む地域では低平な土地が広がっている場合も多く、そうした場所ではパキスタン同様、ハザードマップで広い範囲の浸水が想定されています。今回取り上げた要因のうち、特に長期的に影響が進行するのが地球温暖化です。温暖化が上げ底となり、他の条件と重なり合って過去に例をみない洪水の頻度が日本でも増加しています。これまで問題なかった設備や対処法で今後よいとは言えないことを念頭に対策することが肝要です。

 

※1時事通信社「パキスタン洪水、雨量は平年の10倍 インダス川が「湖」に」, https://www.jiji.com/jc/article?k=20220902043454a&g=afp

※2nature, “Why are Pakistan’s floods so extreme this year?”, https://www.nature.com/articles/d41586-022-02813-6

※3気象庁 世界の天候 https://www.data.jma.go.jp/gmd/cpd/monitor/index.html

※4UNOSAT, “Satellite detected water extent in Sindh Province, Pakistan as of 31 August 2022”, https://unosat.org/products/3348

※5UNDRR, “Global assessment report on disaster risk reduction 2015”

※6European Commission, “Global Flood Awareness System – Case study – 2010 Pakistan floods”, https://www.globalfloods.eu/get-involved/case-study-2010-pakistan-floods/

※7NASA, “Heavy Rains and Dry Lands Don’t Mix: Reflections on the 2010 Pakistan Flood”, https://earthobservatory.nasa.gov/features/PakistanFloods

※8気象庁「エルニーニョ現象及びラニーニャ現象の発生期間(季節単位)」, https://www.data.jma.go.jp/cpd/data/elnino/learning/faq/elnino_table.html

※9浜口ら「2010年パキスタン豪雨に対する地球温暖化の寄与度の定量化」, 土木学会論文集B1(水工学) 69 (4), I_337-I_342, 2013.

※10IPCC, “Climate Change 2021 The Physical Science Basis”から弊社改変

※11Emergency Response Coordination Centre, “DG ECHO Daily Map | 02/09/2022”

※12気象庁「日本の天候に影響を及ぼすメカニズム」, https://www.data.jma.go.jp/gmd/cpd/data/elnino/learning/faq/whatiselnino3.html#2

 

執筆コンサルタントプロフィール

大垣内 るみ、安嶋 大稀
企業財産本部

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