英国のEU離脱と今後のリスク ~FTA交渉の行方と新移民制度~

  • 海外展開

2020/3/26

 世界を驚かせた国民投票から3年半。2020年1月31日、英国はEU加盟国として初めてEUを離脱しました。社会の急激な変化を防ぐため、2020年12月31日までは「移行期間」となり、現在も離脱前と同じ状況が継続しています。その一方で、既に多くの企業では、コンティンジェンシープラン(緊急対応計画)を発動させ、欧州でのサプライチェーンの見直しや他のEU諸国への移転などの対応をとっています。そのため、移行期間終了後も大きな混乱はないとみられていますが、移行期間中に自由貿易協定(FTA)が成立しなければ、2021年1月から関税が復活し、「合意なき離脱」と同じ状況に陥るリスクを孕んでいます。

 実際のところ、大国間のFTA交渉は数年かけて行われるのが通例であり、ジョンソン英首相が主張する「ほぼ全ての品目で関税ゼロを目指し、カナダ型の包括的FTAを締結する」ためには、検討期間はあまりに短いと言えます。期間内の妥結の可能性としては、少なくとも英国がEUの規制やルールを受け入れた場合と想定されますが、ジョンソン首相はEUの規制やルールは受け入れないという強硬な姿勢を崩していません。また、仮に英国が受け入れたとしても、締結に係る膨大な事務手続きを勘案すると、なお不可能に近い状況にあると考えられます。ジョンソン首相は移行期間を延長しない方針を明確にしていますが、延長する場合は2020年6月末がその判断期限であり、離脱後のEUとの関係については、未だ予断を許さない状況です。

 英国に拠点を置く企業としては、FTA交渉の行方に加えて現地従業員の雇用についても留意が必要です。英国では2021年1月から、EU・非EU市民の区別なく、外国人に対する新移民制度が適用されます。2020年2月19日の英国内務省の発表によると、新移民制度では技能などに基づいたポイント制度を導入し、高技能者については受入上限を撤廃する一方で、低技能者に対してはビザ取得を厳しくする方針が示されています。非EU市民にとっては大きな変化はありませんが、これまで英国で自由に就労できたEU市民(特に低技能者)にとっては、今後英国での就労が現在に比べ困難になることが予想され、EU域内からの労働者への依存度が高い飲食や建設業界などで影響が懸念されます。

 

 また、英国内に拠点を置く企業は、現在雇用しているEU域内(注:EEAとスイスを含む)からの労働者、つまりEU市民である従業員に対しても注意が必要です。既に英国内に居住しているEU市民に対しては、別途EU 市民永住申請制度(The EU Settlement Scheme)が適用され、継続して5年以上居住している場合は永住資格(settled status)が与えられることになっています。また、5年に満たない場合でも、移行期間終了までに英国に居住した場合、5年の条件を満たしたのちに定住資格を申請できる権利、仮永住資格(pre-settled status)が与えられます。そのため、EU市民である従業員は申請期限である2021年6月末までに資格の申請をする必要がありますが、申請漏れや申請内容の不備等により、これまで適法に雇用してきた従業員が不法労働者となるリスクがあります。申請自体はEU市民である従業員自身が実施する問題ではありますが、企業としてもEU域内諸国出身の従業員に対し、何らかのフォローを施すことが推奨されます。

 

 移行期間終了後は、EU離脱法により、EU法の多くが英国の法律となって存続しますが、労働者の権利など産業界から是正を求める声がある分野については、今後順次法律の内容が変更されることも予想され、当面は注意が必要です。

 

執筆コンサルタントプロフィール

中村 静華
ビジネスリスク本部 主任研究員

コンサルタント紹介を見る

関連情報

メールマガジンを申し込む

コラムトップへ戻る