ASEANの海外子会社におけるコンプライアンス

Tokio dR-EYE

2020/2/4

目次

  1. 世界におけるASEAN諸国の腐敗度合い
  2. 贈賄行為について
  3. 社内不正について
  4. まとめ

※2021年7月1日付の社名変更に伴い、TRC EYEはTokio dR-EYEに名称が変更となりました。

ASEAN の海外子会社におけるコンプライアンス - TRC EYEPDF

青島 健二
ビジネスリスク本部 主席研究員

ASEANの海外子会社におけるコンプライアンス

シンガポールを除くASEAN各国では、法制度が先進国と比べ十分に整備されておらず、最終的な裁定が行政当局の判断に委ねられる場合がある。そのような場合、途上国においては便宜を図るために行政が自らお金を要求する、また逆に企業側が金品を提供するような行為が発生しがちだが、それらの贈賄行為が米国などの第三国の政府機関に摘発され、罰金を課される事態が増えている。また、「データ保護」など特定の分野については、世界的な法制度整備の動きを受け、ASEAN各国政府が法制度を急ぎ整備している現状が見受けられる。それら法制度には遵守されない場合の罰則規定も含まれているので、改定に対応できない企業は今後、制裁金等を課せられる可能性が出てくる。さらに、ASEAN各国の現地法人では、横領や製品の横流しといった社内不正が依然として比較的高い頻度で発生しており、その中には日本円にして数億円の被害に上るような事件も発生している。このように、ASEANの海外子会社を取り巻くコンプライアンスリスクは多種多様であるため、本稿にてリスクの具体的な内容と対応策を解説する。

1.世界における ASEAN 諸国の腐敗度合い

腐敗に対して取り組む国際的な非政府組織であるTransparency Internationalは毎年、世界12の組織が実施する調査結果をもとに、世界180の国・地域における腐敗指数「The Corruption Perceptions Index (CPI) 」を発表している。これによれば、シンガポールは欧米諸国や日本と同様に腐敗の少ない国の上位(180か国中3位)に位置づけられているものの、その他のASEAN諸国は先進国以下の評価であり、一定の腐敗があるものとみなされている。特に、ベトナム(同117位)やメコン3か国(ラオス:同132位、ミャンマー:同132位、カンボジア:同161位)は世界においても腐敗の多い国とされている。

[ASEAN諸国のThe Corruption Perceptions Index (CPI)スコア]
rank country score
zero (highly corrupt) to 100 (very clean)
2018 2017 2016 2015
3 Singapore 85 84 84 85
31 Brunei Darussalam 63 62 58 N/A
61 Malaysia 47 47 49 50
89 Indonesia 38 37 37 36
99 Philippines 36 34 35 35
99 Thailand 36 37 35 38
117 Vietnam 33 35 33 31
132 Laos 29 29 30 25
132 Myanmar 29 30 28 22
161 Cambodia 20 21 21 21

(出所:Transparency Internationalホームページ)

2.贈賄行為について

ここで、ASEAN域内で注意すべき、賄賂に関する法規制について整理する。

① 公務員に対する賄賂の禁止

ASEANのどの国においても、刑法等により民間組織が何らかの便宜を期待して公務員に賄賂を渡すこと(贈賄)、公務員が民間組織より賄賂を受け取って便宜を図ること(収賄)の両方が禁止事項とされている。大原則として、公務員への贈賄行為は絶対にしてはならない。

また、自国以外の国が定めている法規制が他国に及ぼしているもの(域外適用)があり、注意を要する。公務員に関する汚職禁止関連法の代表的なものとしては、米国連邦法であるFCPA(Foreign Corrupt Practices Act of 1977)、イギリス法であるUKBA(UK Bribery Act 2010)、それと日本の不正競争防止法がある。FCPAは、米国で上場している、またはADR(米国で発行される外国企業の株式)を発行している企業が同法に抵触した場合[1]に、200万米ドル以下の罰金が課され得るとされている。しかしながら、FCPA違反により得た金銭的利益の倍額、若しくは与えた損害の倍額いずれかが既述の最高罰金額(200万米ドル)を上回っている場合には、利益または損害の倍額が上限とされていることから、実際には10億米ドルを超える罰金事案も発生している。ASEANでは2004年、インドネシアの国有電力会社案件において、日本の商社がフランス企業の米国子会社、及びインドネシア子会社とコンソーシアムを組成し案件を受注するにあたり、インドネシアの国会議員や電力会社幹部への贈賄に関与していたとして、米司法省より8800万米ドル(約100億円)の罰金を課された。

[FCPA 関連 罰金等の額 上位事案]
Rank Company Counrty Year Amount
1 Petróleo Brasileiro S.A. – Petrobras Brazil 2018 $1.78 billion
2 Telefonaktiebolaget LM Ericsson Sweden 2019 $1.06 billion
3 Telia Company AB Sweden 2017 $965 million
4 MTS Russia 2019 $850 million
5 Siemens Germany 2008 $800 million
6 VimpelCom Netherlands 2016 $795 million
7 Alstom France 2014 $772 million
8 Société Générale S.A. France 2018 $585 million
9 KBR / Halliburton United States 2009 $579 million
10 Teva Pharmaceutical Israel 2016 $519 million

(出所:fcpablog.com)

なお、行政において事務手続きを迅速に実施することを促すことを目的に、比較的少額の 「Facilitation Payments」を民間組織が支払う場合がある。これについて、FCPA は同法の抵触事項とはしていないが UKBA、不正競争防止法はこれを原則として禁止行為としている。従って、Facilitation Payments は賄賂に該当することを認識する必要がある。

② 民間賄賂の禁止

ASEAN諸国のうちシンガポール、マレーシア、インドネシア、ベトナム[2]の4か国では、商業上 利益を得る目的で贈賄側が相手先企業に支払う「商業賄賂」についても禁止行為としているので注意が必要である。シンガポールの汚職調査局(CPIB)は「額や種類にかかわらず、あらゆる賄賂は許されない」としており、2018年には、フォークリフトの運転手2人をコンテナの回収や返却を遅延させないことの見返りとして、トラック運転手から複数回、1シンガポールドル(約82円)の賄賂を受け取った疑いがあるとして摘発した。

3.社内不正について

ASEANの海外子会社では、日本国内における支社や工場と比べ、比較的高い頻度で社内不正が発生している。2014年にバンコク日本人商工会議所(JCC)が実施した調査では、製造業の36.2%が「社内不正・不祥事が発生したことがある」と回答し、2016年にマレーシア日本人商工会議所(JACTIM)が実施した調査では、日系企業の29.2%が「工場・倉庫またはオフィスで金銭や物品を盗まれたことがある」と回答した。日本国内では、「社員は悪いことをしない」という性善説に基づいて企業経営がなされているかもしれないが、ASEANにおいて社内不正が発生している現状を踏まえ、性悪説に基づく企業経営を行う必要もある。以下、社内不正を「金銭」「物品」「情報」の観点で分類し、ASEANで発生している現状を整理する。

① 金銭の横領

タイやインドネシア、ベトナム等英語が公用語ではない国では、国内の取引先と取り交わされる契約書や請求書などは現地の言葉で書かれている。一方で、決済権限が社長など日本人駐在員に委ねられている会社では、決裁権者は文書に何が書かれているか不明であるため、通訳等の口頭による内容説明に基づいて決裁を行っている。ここで、通訳が不正を行おうとする現場の部課長と結託し、決裁権者に虚偽の内容説明を行った場合、容易に横領を許してしまうことにつながる。

[ベトナムにおける実際の事例]
A社は、日本人技術者1名、ベトナム人従業員70名程度で構成される製造業である。製造部門には日本人技術者が常駐しているが、総務部門にはベトナム人従業員のみ雇用し、一任していた。日本人技術者には、会計・経理の知識はなく、ベトナム語で記載されている書類に言われるがまま署名していたところ、経理部長が不正な引き出し、送金を行い、日本円にして数百万円を横領した。

上記事例では、日本人技術者が書類の内容について疑いを持たず署名していたことから、経理担当者が不正を行い始めた。よって、提出される現地語の書類について自らが内容の再確認を試みること(データであれば自らがインターネットで自動翻訳ソフトを利用することも有効)、また取引先・支払先の企業調査を第三者に委託してみること等が横領の抑止につながる。

② 物品の横領

日系企業に勤める現地社員の中には、外国企業である自社への帰属意識よりも、同じ国籍である同僚や取引先との仲間意識が勝り、仲間と分け合うために横領を企てるというケースが見受けられる。

[タイにおける実際の事例]
金属部品と、加工作業後に出る金属の廃棄物の不正持ち出しが増加していることに気がついたため、工場内に10台の監視カメラを設置した。監視カメラ設置後、不正持ち出しはしばらく収まったが、数ヶ月すると以前と同じ状態に戻ってしまった。調査の結果、タイ人管理職、ワーカー、廃棄物業者、警備員による組織的犯行であったことが明らかになった。

上記事例では、担当者が監視カメラのモニターを常時監視していないことが多く、また、録画された映像が一定期間で削除されることが社員に知られてしまっていたため、監視カメラによる抑止効果が不十分であった。また、外部業者とその社員が長年同一企業、同一人物であったため、癒着も生まれていたとのこと。よって、監視カメラを設置するだけでなく運用もしっかりと行うこと、外部業者については定期的に変更を試みること等が、横領の抑止につながる。

③ 情報の流出

ASEAN諸国の現地社員は、社内の情報を外部に持ち出すこと、インターネット内で無料提供されているアプリケーションを会社のPCにダウンロードすること等を躊躇しない傾向がある。またその背景として、日系現地法人における情報セキュリティの仕組みが日本での仕組みと比べやや脆弱であり、ローカル社員における上記の行動を仕組みによって歯止めをかけることが出来ていないことが挙げられる。会社の持つ重要な情報は大きく「個人情報」と「機密情報」に大別されるが、個人情報については2016年に欧州で制定された「EU一般データ保護規則(General Data Protection Regulation; GDPR)[3]」の影響を受け、ASEAN各国でも個人情報保護の制定化が進んでいる。GDPRに抵触した場合の制裁金はその性質により「最大1000万ユーロ(約12億円)または全世界年間売上高の2%」または「最大2000万ユーロ(約24億円)または全世界年間売上高の4%」と高額だ。情報管理については日本における情報セキュリティの水準に近づけていく取り組みが求めらる。

[ASEAN 各国における個人情報保護の法制化の動き]
分類 Counrty Data Protection Act Year
GDPRに類似した法律・運用を企図 Singapore Personal Data Protection Act 2012
Philippines Data Privacy Act of 2012 2012
Malaysia The Privacy, Data Protection and Cybersecurity Law 2019
Thailand Personal Data Protection Act B.E. 2562 2019
一部、GDPRの要素が採り入れられている Laos Law on Electronic Data Protection No. 25/NA 2017
Indonesia Regulations:
• Law No. 11 of 2008 on Information and Electronic Transaction
• Government Regulation No.82 of 2012 on Electronic System and
Transaction Operation and its implementing legislation
-
Vietnam Regulations:
Law on Protection of Consumers’ Rights 2010
Law on Cyber Information Security 2015
Law on Information Technology 2016
Law on Cyber Security 2018
-
個人情報保護に関する法制度無し Brunei
Darussalam
(no general personal data protection law) -
Myanmar (no general personal data protection law) -
Cambodia (no general personal data protection law) -

(出所:ZICO Law 社ホームページなどから編集)

4.まとめ

世界的にコンプライアンスに関する法規制が強化される中で、ASEAN諸国では国際的な流れに沿って法制度の整備が進められている。一方で、ASEAN各国の現地法人においては、世界的なコンプライアンス強化の潮流に社内の仕組み・運用が追い付いておらず、潜在的に抱えるリスクを低減できていない現状も見受けられる。不正の発生する3要素[4]である「機会・動機・正当化理由」を低減する取り組みがますます求められている。

[不正の3要素と求められる取り組み]

[不正の3要素と求められる取り組み]

(出所:不正のトライアングル理論をもとに、筆者作成)

以上

(本稿は、「シンガポール日本商工会議所 2020年2月月報」への寄稿について、同所の許可を得て一部改訂の上、転載したものである。)

参考情報

執筆コンサルタント

青島 健二
ビジネスリスク本部 主席研究員

脚注

[1] 抵触する主なケース。
・米国籍の従業員が贈賄行為に関与した場合
・米国から贈賄に関連する電話やメールを送った場合
・日本から米国以外の国に贈賄に関連するメールを送った際、そのメールが米国のサーバを経由した場合
・贈賄の支払いが米国の銀行を経由した場合 ・贈賄行為に米国人の代理人が関与した場合
[2] ベトナムでは2019年、改正汚職防止法、及び同法に関する政令59/2019/ND-CP号が新たに施行され、その中で商業賄賂の禁止が明記された。
[3]

GDPRの主な特徴。
・個人データの取得・処理・移転に厳格な規則を定めたもの
・域内の個人のデータ保護を目的に、第三国へのデータ移転を原則禁止
・適用対象は、域内に進出する企業
・域内に所在する個人にサービスを提供する企業などは、域内に拠点が無くとも「域外適用」を受ける

[4] 米国の犯罪学者 ドナルド・R・クレッシー (Donald R. Cressey) が犯罪者への調査を通じて導き出した要素を、W・スティーブ・アルブレヒト (W. Steve Albrecht) 博士が図式化した理論「不正のトライアングル」に基づく要素。

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