企業の津波避難対策のポイント

Tokio dR-EYE

2017/9/1

目次

  1. 津波ハザードマップ等を活用した危険性の把握
  2. 津波避難先の基本的な考え方
  3. 津波避難対策の概要

※2021年7月1日付の社名変更に伴い、TRC EYEはTokio dR-EYEに名称が変更となりました。

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執筆コンサルタント

濱口 隆史
主席研究員

 

臨海部に所在する事業所は堤外地に位置していることも多く、津波で被災する危険性が高い。特に切迫性が高まってきていると言われる南海トラフ地震による津波の被害を受ける地域では、津波対策に関心が高まっている。こうした状況を鑑み、本稿では、企業において津波避難対策を策定する上で押さえておくべき3つのポイント、①津波ハザードマップ等を活用した危険性の把握、②津波避難先の基本的な考え方、③津波避難対策の概要、について整理した。初めて津波避難対策を策定しようと考えている企業に役立てて頂くことを主な目的に情報提供するものである。

なお、津波被災後の事業継続に関しては、事業所の業種・業態等により大きく異なることや、行政機関等による臨海部の復旧作業等[1]に大きく依存すること、及び臨海部に所在する事業所が最優先で対処すべきことは人命の安全確保であるとの観点から、本稿においては事業継続には触れず、津波避難対策に絞って記述しているので予めご承知おき願いたい。

1.津波ハザードマップ等を活用した危険性の把握

(1) 津波到達予測時間と想定浸水深

臨海部に所在する事業所が津波避難対策を策定する上で最初に調査すべきことは、当該事業所の津波による危険性を把握することであり、その中でも最も重要な調査項目は、津波到達予測時間と当該事業所の想定浸水深である。

津波の到達予測時間については、地震の規模、地震の震源域の位置、海底の地形等により異なってくる[2]が、行政機関等では津波ハザードマップ等で最大規模の地震を想定した津波到着予測時間を開示している場合が多いことから、当該事業所が所在する行政機関等の津波ハザードマップ等の情報を入手し、それを活用すると良いだろう[3]

津波浸水深30cm到達予測時間分布図(三重県津市)

図表1 津波浸水深30cm到達予測時間分布図(三重県津市)
(出典:三重県)

次に想定浸水深であるが、こちらも同様に行政機関等が開示している津波ハザードマップ等の情報を活用すると良い。国土交通省のハザードマップシステム[4]はメッシュが細かく、また簡便で使い勝手が良いシステムなので是非参照にされたい[5]

図表2:主要都市の臨海部の津波浸水想定

図表2:主要都市の臨海部の津波浸水想定
(出典:国土交通省)

(2) その他の調査項目

津波避難対策を検討するにあたっては、前述の津波到達予測時間と想定浸水深が最も重要な情報になるが、以下の調査項目も津波避難対策を検討する上で有益な情報である。様々な制約等により必ずしも調査可能な項目ではないが、こうした情報を加えることで、具体的で実効性の高い津波避難対策が見えてくるようになる。

①    津波ハザード系の調査項目

  • 防波堤や防潮堤の津波に対する性能や耐震性(沈下や損壊の可能性)
  • 防波堤や防潮堤等の改修計画(耐震化の時期等)
  • 水門や陸閘の位置と地震発生時の開閉状況や閉鎖作業計画
  • 周辺地域の津波の石碑等の歴史的なモニュメントや津波被害の履歴情報

②    避難経路に関する調査項目

  • 避難経路及び事業所内の液状化の可能性
  • 避難経路の急傾斜地や崖の土砂崩れ、ブロック塀等の倒壊の可能性
  • 避難経路及び事業所内の危険物や有害物質等の状況(漏洩や流出の可能性)
  • 避難経路にある橋梁等の耐震性
  • 避難経路の外灯の状況(夜間避難時の照度)

図表3:液状化予測図(大阪府)

図表3:液状化予測図(大阪府)
(出典:大阪府)

③    避難先に関する調査項目

  • 近くの高台、行政機関等が定める津波避難場所、津波避難ビル等の避難先までの時間距離
  • 避難先の津波避難ビル等の入館方法
  • 津波避難ビル等の収用可能人数と周辺人口とのバランス
  • 想定浸水深よりも高さのある事業所内の建物の耐震性
津波避難タワー(宮城県石巻市西浜町) 津波避難タワー(宮城県石巻市西浜町)

図表4:津波避難タワー(宮城県石巻市西浜町)
(出典:宮城県石巻市)

2.津波避難先の基本的な考え方

(1) 高台避難

津波避難の大原則は、高台への迅速な避難である。津波避難について検討したことがある人なら誰もが知っている「津波てんでんこ[6]」の精神で、予め定めておいた高台までの避難経路に沿って最善を尽くし避難することである。ただし、高台まで相当な距離があり、近くに津波避難ビル等がある事業所では、地域に所在する住民等の数とその津波避難ビル等の収容人数を比べて充分な収容力がある場合、次善の策として津波避難ビル等を避難先にすることでも良いだろう。

(2) 垂直避難

一方、高台や津波避難ビル等まで避難できるだけの充分な時間がない(津波到着予測時間が早過ぎる)場合は、垂直避難を選択することになる。また、避難経路の安全確保が難しい場合[7]にも、高台避難を優先的選択肢としつつ垂直避難を併用することになる。

事業所内に想定浸水深よりも高い新耐震基準の鉄筋コンクリート造りの建物がある場合は、この建物を避難先に定めることになるが、想定浸水深よりも高いフロアの収容人数[8]と従業員数を比較し、充足していることが垂直避難の必須条件となる。

また、事業所内に想定浸水深よりも高い新耐震基準の鉄筋コンクリート造りの建物がない場合等は、事業所を移転するか、想定浸水深よりも高い鉄筋コンクリート造りの建物等[9]を建設するといった非常に大きな投資が必要になる。大掛かりな対策ではあるが、何もしないことは従業員や来訪者の人命を危険にさらすことになり、企業としての責任を果たしているとは言えない。こうした対策が完了するまでは、当座の対応として、例えば津波救命艇[10]を配備する等の対策も検討しなればならないだろう。

図表5:津波避難先の基本的な考え方のフロー図

図表5:津波避難先の基本的な考え方のフロー図

図表6:津波避難駐車場

図表6:津波避難駐車場
(筆者撮影)

図表7:津波・水害対応型救命艇

図表7:津波・水害対応型救命艇
(出典:株式会社信貴造船所)

――― 垂直避難と津波火災 ―――

津波によって漂流した船舶・自動車・ガスボンベ、事業所から漏洩した重油・軽油等が様々な要因で発火し、漂流して溜まった瓦礫等と一緒に火災に至ることがある。いわゆる津波火災である。垂直避難できる堅牢な建物等の周りには漂流した瓦礫等が溜まりやすく、近くで津波火災が発生した場合、堆積した瓦礫等を可燃媒体として延焼する可能性がある。延焼に至った場合、避難した建物等から更に避難しなければならないが、例えば、ヘリコプターの救援を待つ、泥沼の中を強引に避難するといった方法しかない。

3.津波避難対策の概要

(1) 津波避難の種類と対策の内容

図表5に示した通り、津波避難は大きく3つに分けられると考えられる。①高台や津波避難ビル等まで避難する、②高台や津波避難ビル等への避難を優先的選択肢としつつ垂直避難等も併用する、③垂直避難する、の3つである。

①高台や津波避難ビル等まで避難する場合の対策は最もシンプルで、安全な避難経路を定め、繰り返し津波避難訓練を実施し、従業員の即応力を向上し続けることに尽きる。

順序が逆になるが、③垂直避難する場合も比較的シンプルである。避難する堅牢な建物等の上層階(想定浸水深よりも高い階)に従業員が12時間程度は籠城できるスペースと、最大従業員数を超える必要量の各種備蓄品を整備することが中心的な対策となる。また、余震により避難スペースの什器や備品類によって従業員等がケガをしないための対策等も必要になる。あわせて行政機関等に対し、防波堤・防潮堤の強化、陸閘の閉鎖、水門の自動閉鎖システムの導入、液状化防止策等、事業所に留まらない周辺地域全体の減災対策を可能な範囲で要請しておくことも必要である。

最後に②高台や津波避難ビル等への避難を優先的選択肢としつつ垂直避難等も併用する場合であるが、これは①③と比べ雲泥の差がある。総務担当者が通常業務と並行して津波避難対策を早期に構築することは難しく、数ヶ月以上にわたり専任者を置くだけの業務量がある。対策の方向性は高台等への避難であることから、避難経路の安全性を向上させる各種対策を実施しながら、上述の①③の対策も同時に実施する必要がある。また、どのような状況の場合に高台等への避難を開始するのか、或いは高台等へ避難を諦め垂直避難するのか、その判断基準と根拠を予め明確に定めておき、意思決定者とその代行者に対し、確実に即断できる訓練等を実施しておくことが必要になる。

臨海部に所在する事業所は上述の津波避難対策を確実に実施し、企業としての最低限の責任は果たしておきたい[11]

図表8:津波避難の種類と対策の内容

(2) ハード・ソフトの減災対策

様々な災害における減災対策にはハード対策とソフト対策があるが、津波避難も同様である。ハード対策はソフト対策を実現するための環境整備と捉えることもでき、ハード対策とソフト対策を組み合わせることで減災効果がより一層高まる。以下に津波避難に関する代表的なハード対策とソフト対策を大括りなカテゴリーに分けて箇条書きにしたので、対策を策定する際に参考にされたい。

①    ハード対策

(ⅰ) 津波情報の収集と伝達

巨大地震発生時でも津波情報を収集し、避難指示を迅速かつ確実に従業員等へ伝達するための手段を整備することが必要となる。その主な手段は以下の通り。

  • TV、ラジオ、カーナビのTVやラジオ等
  • ワンセグ、ラジオのアプリ、防災アプリ、Twitter等
  • 館内・構内放送設備、メガホン等
  • SMS、LINE等
  • 放送設備等の非常用電源(停電用)
(ⅱ) 避難経路の安全確保

避難経路の安全確保が避難開始の前提条件になる。潜在している危険性を排除し、スムーズな避難行動に繋がる対策として以下が考えられる。

  • 避難経路及び事業所内の液状化防止策
  • 避難経路の急傾斜地や崖等の土砂崩れ対策、ブロック塀の倒壊防止策
  • 避難経路及び事業所内の危険物や有害物質等の漏洩や流出防止策
  • 避難経路及び事業所内の津波避難誘導標識、防災ピクトグラムの設置(図表10を参照)
  • 懐中電灯(夜間の避難時の照度確保)
(ⅲ) 地域全体の安全性向上

津波災害における減災効果が最も高いハード対策は、行政機関等が担う大掛かりな対策が中心となる。企業としては以下の対策を推進するよう行政機関等に働きかけることが望ましい。

  • 防災無線の設置場所の高密度化と停電対策
  • 防波堤や防潮堤の耐震化、防潮林の整備
  • 陸閘の閉鎖、水門の自動閉鎖システム等の導入
  • 防浪ビルの建設、土地の嵩上げ
  • 地域全体の急傾斜地や崖等の土砂崩れ対策、ブロック塀の倒壊防止策
  • 地域全体の液状化防止策
  • 地域の各事業所に対する危険物や有害物質等の漏洩や流出防止処置の行政指導
  • 地域全体の津波避難誘導標識、防災ピクトグラムの設置(図表10を参照)

②    ソフト対策

(ⅰ) 指揮命令・避難指示

津波避難対策を策定する事業所では、津波避難に関する意思決定組織とその責任者を予め定めておく必要がある。最低限、以下の項目を決定しておくことが望ましい。

  • 津波避難の指揮命令本部の責任者と構成員、各職場のリーダー
  • 津波(到着予定時刻、波高等)に関する情報収集体制
  • 指揮命令本部の設置基準
  • 津波避難開始の判断基準
  • 津波避難指示の伝達手順(含む:停電時の方法)
  • 休日夜間の運用方法(指揮命令、避難指示、情報収集、関係者への連絡等)
(ⅱ) 訓練による即応力の向上

津波の危険性を察知した際の理想的な行動姿勢は、指揮命令本部等からの指示を待つことなく予め決定された要領に従い、個々人が高台等の避難先へ迅速に避難することである。一斉避難の方法や避難先と避難経路を明確に定めておき、迷いのない避難を実現するための即応力を従業員の体に染み込むまで何度も訓練を繰り返すことが津波避難対策において最も重要な取り組みである。

  • 避難先までの津波避難マップの作成
  • 気象庁が発表する大津波警報、津波警報、津波注意報の意味とその正しい理解
  • 障害を抱える従業員や日本語を理解できない外国人従業員等の避難対応
  • 津波避難訓練の応用版の実施
  • 複合事象発生時(火災発生、危険物や有害物質等の漏洩等)の想定
    • 避難道路・橋梁の損壊時の想定
    • 負傷者発生時の想定
    • 夜間の停電時の想定
    • 来訪者の誘導[12]

図表9:津波避難マップの例(静岡市用宗港)
出典:静岡市

津波避難誘導標識等

(出典:経済産業省)

津波避難誘導標識等

(出典:一般社団法人日本標識工業会)

図表10:津波避難誘導標識等


以上、臨海部に所在する事業所の津波避難対策のポイントについて記述したが、津波避難対策は自然科学・社会防災学・工学の3分野に整理して取り組むとわかりやすい。津波避難対策の策定は、最初に所在地の津波の危険性を把握し(自然科学的アプローチ)、次に津波避難の方向性を定めた上で訓練による反復疑似体験等により従業員の即応力を向上させ(社会防災学的アプローチ)、あわせて事業所の実態に応じたハードの減災対策を実施する(工学的アプローチ)というのが基本的な流れである。津波避難対策は自然科学・社会防災学・工学の3分野に整理して対策を推進することも一案と言える。本稿を臨海部で働く従業員等の人命の安全確保に役立てて頂ければ幸いである。

参考情報

執筆コンサルタント

濱口 隆史
主席研究員

脚注

[1] 漂流物等の撤去、航路の浚渫、防波堤の復旧等。
[2] 津波の初期波形、海底地形の測定精度によって津波の計算結果が変わる点を予め留意しておくことが必要である。
[3] 県境等に所在する事業所においては、双方の県庁等が発表している情報を見比べ、厳しい被害想定を基準に検討した方が良い。
[4] 国土交通省ハザードマップポータルサイト http://disaportal.gsi.go.jp/index.html
[5] 専門機関等の津波シミュレーション・システムを活用することで、当該事業所の実態に沿った、より精緻な予測も可能である。
[6] 津波が来襲する恐れがある場合、個々人がバラバラでも高台へ一目散で逃げろという東北地方の言い伝え。
[7] 避難経路の液状化、急傾斜地や崖等の土砂崩れ、ブロック塀や橋梁等の倒壊、危険物や有害物質等の漏洩や流出等。
[8] 最低でも1㎡/人程度は必要。
[9] 津波避難を兼ねた立体駐車場を建設している事例もある。
[10] 株式会社セブン-イレブン・ジャパンのニュースリリース:「セブン‐イレブン3店舗に『津波救命艇』を設置」 http://www.sej.co.jp/dbps_data/_material_/_files/000/000/019/246/tsunamikyumeitei.pdf
[11] 南海トラフ地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法では、特定の事業者に対し、津波からの円滑な避難の確保を求めている。また、七十七銀行女川支店の東日本大震災津波訴訟では遺族側(従業員)の敗訴が確定しているが、昨今、津波災害に対する国民の意識が変化していることから、過去の判例に捉われることなく、現在の社会的なコンセンサスを踏まえた対応が必要になってきたと考えられる。
[12] 安全に避難できた後は、避難先での安否確認や行方不明者の捜索等の対応が必要。

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