風災リスクモデルにおけるハザードとは
2025/11/26
目次
- CATモデルの3要素
- 風災ハザード
- おわりに
風災リスクモデルにおけるハザードとは - Tokio-dR EYEPDF
執筆コンサルタント
大垣内 るみ
企業財産本部CATモデリングユニット 上級主任研究員
専門分野:気候変動、自然災害
近年、自然災害の増加や激甚化により、企業や自治体では「いつ・どこで・どの程度の被害が発生するか」を事前に把握することが経営上の重要課題となっている。自然災害には地震、台風、洪水等様々あるが、それぞれ特徴があり、過去の観測データや理学、工学的知見をもとにモデル化する試みが過去20~30年の間に発展してきた。これをCATモデル(自然災害リスクモデル、catastrophe model)という。本稿ではCATモデルのうち特に、「風災リスクモデル」の「ハザード」について解説する。
1. CATモデルの3要素
「風災リスクモデル」とは、CATモデルのひとつで、強風によって生じる損害を、気象観測データ、物理法則、および工学的手法に基づいて確率的に評価するためのモデルである。
CATモデルは以下の3つの要素(図 1)で構成される:
・ハザード(災害の危険性):(風災の場合)強風がどの程度の強さで、どこに、どれくらいの頻度で発生するか
・エクスポージャー(暴露量):どこにどのような資産(建物、設備等)があるか
・脆弱性(被害の受けやすさ):(風災の場合)ある強風が吹いた時に、ある資産にどれくらいの損害が発生するか。
この3要素が重なったときにリスクが発生する。本稿では、この3要素のうち「ハザード」について、評価手法を解説する。

図 1 CATモデルの3要素(弊社作成)
2. 風災ハザード
(1) 仮想台風の生成
日本において強風被害をもたらす気象現象には、台風、爆弾低気圧、竜巻等があるが、このうち最も被害が大きいのは台風[1]である。そのため、ここでは台風を対象とした風災ハザードについて記述する。
台風による強風がどこにどれくらいの頻度で発生するかを知るためには、過去の台風観測データが重要な情報源となる。過去の台風観測を分析することで、日本各地域にどのような強度の台風が襲来したかを把握できる。しかしながら、人工衛星による気象観測が始まってからまだ50年程度であるため、台風を確率的に評価するには観測事例が不十分である。
そこで、台風による強風リスクを確率的に評価するため、統計的なばらつきを考慮した様々なパターンの「仮想台風」を生成し評価に用いる。その際、過去の台風データから得られた台風の特徴(上陸位置、中心気圧、進行速度等)を基に仮想台風を構築する。
例えば、ある沿岸に上陸する台風の平均中心気圧が980hPaであったとする。この場合、ばらつきを仮定して、970hPaや990hPaといった異なる中心気圧の台風も、頻度は下がるものの上陸する可能性があるとして、仮想の台風を量産する。こういった作業により確率的評価に用いることができる大量の仮想台風を生成することができる(図 2)。

図 2 仮想台風経路のイメージ(弊社作成)
(2) 台風による強風
では、どのような台風が来ると、どれくらいの強風が吹くのだろうか。これは物理法則と観測的な知見を組み合わせて推定することができる。図 3に台風による最大瞬間風速算出の概要を示し、以降それぞれの項目について解説する。

図 3 台風による最大瞬間風速算出の流れ(弊社作成)
① 台風による気圧分布
十分に発達した台風では、中心位置から同心円状に気圧が分布する。このことから、研究者は中心気圧と台風のサイズから、中心からの距離と気圧の関係を推定した。図4に台風中心から最も強い風が吹く位置までの距離RMと、台風中心から距離rの場所の気圧の関係一例を示した。このように、台風中心では気圧が低く、離れるに従い徐々に気圧が上昇する特徴的なパターンを描く。

図 4 台風の中心からの距離と気圧の関係(1例)(弊社作成)
② 傾度風速
気圧分布が求まると、次は流体力学の方程式を用い、気圧分布と台風中心からの距離、その他緯度や台風の進行速度から、傾度風(等圧線に沿った上空の風)の平均風速を算出する。傾度風は、気圧の勾配による力と地球の自転による力、さらに台風自体の移動による効果が釣り合った状態で吹く風のことである。
傾度風速と台風の中心からの距離の一例を図 5に示す。

図 5 台風の中心からの距離と傾度風速の関係(1例)(弊社作成)
③ 地表風速(10分間平均風速)
傾度風は上空の風速であるため、実際に建物や人々が存在する地表面の風速に変換する必要がある。地表面付近では、地面との摩擦や建物・森林等の障害物の影響により、上空の風よりも風速が弱くなる。この減衰の程度はどの程度凸凹しているかを表す「地表面粗度」と呼ばれる指標を用いて表現される
(図 6)。

図 6 傾度風が地表面粗度により弱くなり地表風速となる概念図(弊社作成)
④ 最大瞬間風速
さらに、地表面粗度や標高の分布によって決まる突風率(平坦地では1.5から2)[2]を乗じることにより、最大瞬間風速に変換することができる。
このようにして得られた仮想台風による最大瞬間風速情報が、風災リスクモデルの3要素の一つとして用いられる風災ハザードである。一例として、図 7に伊勢湾台風の経路と強度を想定した仮想台風による風災ハザードのイメージを示した。

図 7 伊勢湾台風の経路と強度をもった台風による風災ハザードのイメージ(弊社作成)
3. おわりに
風災リスクモデルは、気象学、統計学、工学的知見を統合した複合的な分野である。このモデルを活用することで、従来の「経験と勘」に頼った災害対策から、科学的根拠に基づく戦略的なリスク管理への転換が可能となる。
今後は、人工知能技術の活用や、気候変動の影響の適切な反映、高解像度気象データの活用等により、さらに精度の高い風災ハザード開発が期待される。自然災害は避けることができないが、科学的な予測により、その影響を大幅に軽減することは可能である。風災リスクモデルは、そのための強力なツールとして、災害に強い社会の実現に向けてますます重要な役割を果たしていくことになるだろう。
参考情報
執筆コンサルタント
大垣内 るみ
企業財産本部CATモデリングユニット 上級主任研究員
専門分野:気候変動、自然災害
脚注
| [1] | 気象庁, 災害をもたらした気象事例 https://www.data.jma.go.jp/stats/data/bosai/report/index.html |
| [2] | 気象庁, 気象観測ガイドブック https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/kansoku_guide/hpc.html |
