「首都直下地震の被害想定」の見直しの概要と前回想定との比較

  • 自然災害
  • 事業継続 / BCP

リスクマネジメント最前線

2026/2/10

目次

  1. はじめに
  2. 2025年想定における想定地震
  3. 定量的な被害量
  4. 企業活動への影響
  5. 過酷事象等発生の可能性
  6. 企業に求められる対策
  7. おわりに

「首都直下地震の被害想定」の見直しの概要と前回想定との比較- リスクマネジメント最前線PDF

執筆コンサルタント

木勢 さくら
ビジネスリスク本部 主任研究員
専門分野:防災・BCP

要約

2025年1219日に10年超ぶりに首都直下地震の被害想定が改定された。今回の想定では、想定地震モデルの見直しのほか、東京圏[1]の状況の変化や防災対策の進捗状況、近年の大規模地震の教訓等が反映されている。改定前と比較し、今回の被害想定は、防災対策の推進により全般的に軽減されている一方で、減災目標(10年で概ね死者数及び全壊・焼失棟数を半減させる目標)の達成とはなっておらず、引き続きの対策が必要とされている。なお、今回の想定にて、企業活動への影響についての記述も追加されており、各企業においてもBCPの策定等対策を進めることが求められる。

1.はじめに

企業の首都直下地震対策では内閣府ホームページで公表されている「首都直下地震の被害想定と対策について」が参照されることが多い。

首都直下地震の被害想定と対策については、東日本大震災を契機として首都直下地震対策検討ワーキンググループが設置され、201312月に「首都直下地震の被害想定と対策について(最終報告)」[2](以降、「2013年想定」)を公表、2015年3月に「首都直下地震緊急対策推進基本計画」[3](以降、基本計画)を閣議決定している。

今回、「2013年想定」の公表から10年が経過することから、見直しが行われ、新たな被害想定が公表された。

見直しにあたっては、首都直下地震モデル・被害想定手法検討会が地震モデル等の見直しを行い、20251219日に「地震モデル 報告書」[4]を公表、また、中央防災会議「防災対策実行会議」首都直下地震対策検討ワーキンググループが新たな被害想定・被害様相について検討し、同日に「首都直下地震の被害想定と対策について(報告書)」[5](以降、「2025年想定」)を公表した。

2025年想定では、東京圏を取り巻く状況の変化(将来への変化を含む)や、この変化が首都直下地震後の社会に及ぼす影響について、また、これまでの防災対策の進捗状況や、近年の大規模地震の教訓が反映されている。

本稿では、新たに公表された2025年想定について、特に企業に関連すると考えられる内容の概要を2013年想定と比較し、紹介する。

2.2025年想定における想定地震

2025年想定に記載されている想定地震について以下にまとめる。

基本計画では、首都直下地震対策の対象とする地震として「切迫性の高いM7クラスの地震」と、M8クラスの「大正関東地震タイプの地震」を選定している。2025年想定においても、地震による首都中枢機能[6]が影響を受ける範囲に大きな変化はないことから、現行の基本計画と対象地震の考え方を大きく変える必要はないとしており、最新の科学的知見による検討結果と発生可能性や首都中枢機能への影響を考慮した上で、「都心南部直下地震」及び「大正関東地震タイプの地震」を対象としている。

(1) 都心南部直下地震

都心南部直下地震は、フィリピン海プレート内で発生する、Mw[7]7.3の地震であり、この地震の場合、東京都江東区で震度7、埼玉県・東京都・神奈川県にまたがる範囲で震度6強、さらに茨城県を含む14県で震度6弱となることが想定されている。

2013年想定と比較すると、新たに東京都豊島区・千葉県千葉市美浜区において震度6強、東京都青梅市・千葉県東金市・栄町・長柄町・埼玉県さいたま市西区・茨城県つくば市・稲敷市において震度6弱、と想定されており、震度6弱以上の揺れの範囲がわずかに広がっている。

図1 都心南部直下地震(プレート内)の震度分布図 [8]

(2) 大正関東地震タイプの地震

1923年大正関東地震タイプの地震は、相模トラフ沿いで発生するMw8.2の巨大地震で、千葉県の一部と神奈川県で震度7、東京都を含む広い範囲で震度6強~6弱の強い揺れが想定されている。2013年想定と比較すると、特に埼玉県・東京都・神奈川県・山梨県・静岡県にて全体的に想定震度が下がっており、震度7の範囲が狭まっている。

津波については、東京湾内の津波高は2m以下である一方、伊豆半島先端から三浦半島、房総半島南部では3~6mの津波が到達し、地形の影響で千葉県館山市・神奈川県三浦市では、最大10mに達する場合もあると想定されている。

図2 1923年大正関東地震の震度の再現計算 [9]

3.定量的な被害量

本章では、2025年想定と2013年想定について比較し、想定される被害量がどう変化したのかをまとめる。2025年想定では前章2つの地震モデルについて定量的な被害量が公表されているが、2013年想定では都心南部直下地震についてのみ定量的な被害量が公表されているため、本章では、都心南部直下地震について取り扱う。

なお、以下表1と表2に示す2025年想定の数値は、2013年想定と想定するハザードや被害想定手法、人口や建物の曝露量等が異なるため、結果を単純に比較することはできないことに留意されたい。 

(1) 人的被害・建物被害

□ 人的被害

首都圏では人口集中により、強い揺れで家屋倒壊や急傾斜地崩壊が発生し、多数の死傷者が出るおそれがあるとされ、木造住宅密集地を中心に大規模延焼や同時多発火災等で被害が拡大する可能性が高いとされている。

2025年想定では、2013年想定と比較して、想定死者数が約5,000人減少している。内訳としては、建物倒壊等による死者数は建物の耐震化が進んだことにより、約6,400人から約5,300人へ約1,100人減少した。また、地震火災による死者数は感震ブレーカーの普及等の火災対策の推進等に伴う出火率減少により、約1.6万人から約1.2万人へ約4,000人減少している。

表1 都心南部直下地震の死者数の想定比較[10]
項目 2025年想定 2013年想定
要因別 建物倒壊等による死者 約5,300人 約6,400人
(うち屋内収容物移動・転倒、
屋内落下物による死者)
約700人 約600人
急傾斜地崩壊による死者 約70人 約60人
地震火災による死者 約1.2万人 約8,900人~約1.6万人
ブロック塀・自動販売機の転倒、
屋外落下物による死者
約400人 約500人
合計 約1.8万人 約1.6万人~約2.3万人

人的被害について、2025年想定では、2013年想定と比較して、概ね被害想定の数値は減少したものの、楽観視することはできないとしており、基本計画では、10年間で想定される死者数を概ね半減することを目標に掲げていたが、約35%減[11] にとどまった。この要因は、テレワークの増加等のライフスタイルの変化に伴い在宅率が増加したことに加え、住宅の耐震化率増加目標(95%)や家具の固定率増加目標(65%)が達成できていないことによると考えられている。

□ 建物被害

建物の耐震化は進んでいるものの、木造家屋を中心に多数の建物が倒壊・損壊するおそれがあり、急傾斜地の崩壊による家屋被害も想定されている。また、木造住宅密集地では延焼火災により、建物の焼失が大規模に発生する可能性が高いとされている。

2025年想定では、2013年想定と比較して、全壊及び焼失棟数が約21万棟減少している。揺れによる全壊棟数は建物の耐震化が進んだことにより約17.5万棟から約11.2万棟へ、約6.3万棟減少した。地震火災による焼失棟数は火災対策の推進や喫煙率の低下等のライフスタイルの変化に伴う出火率の減少により約41.2万棟から約26.8万棟へ約14.4万棟減少している。

表2 都心南部直下地震の建物被害の想定比較 [12]
項目 2025年想定 2013年想定
要因別 揺れによる全壊 約11.2万棟 約17.5万棟
液状化による全壊 約2万棟 約2.2万棟
急傾斜地崩壊による全壊 約1,100棟 約1,100棟
地震火災による焼失 約26.8万棟 約41.2万棟
合計 約40.2万棟 約61万棟

□ 帰宅困難者

地震が日中に発生すると、公共交通機関の停止で多数の帰宅困難者が生じ、徒歩帰宅が応急活動を妨げ、集団転倒等二次災害のおそれがあるとされるが、建物の危険性や余震への不安から職場や学校に留まれない人も多く、行き場のない帰宅困難者が発生する可能性があるとされている。

2025年想定では、2013年想定と比較して、被害想定手法の見直し[13]により、帰宅困難者は増加している。なお、この人数に加えて、観光・出張客等が約650千人~約880千人滞留することが想定されている。また、2025年想定から、帰宅困難者の内訳が公表されている。

表3 都心南部直下地震の帰宅困難者の想定比較[14]
集計区域 2025年想定(千人) 2013年想定
(千人)
合計 行き場の有無による内訳
うち行き場あり
(地震被害がない職場・学校等)
うち行き場なし
(地震被害を受けた職場・学校等、私事等、移動中)
うち要配慮者等
1都4県 約8,400 約6,700 約1,600 約2,500 約6,400~約8,000
東京都 約4,800 約4,000 約850 約1,300 約3,800~約4,900

(2) ライフライン被害・交通施設被害

□ 電気

大規模地震が発生すると、火力発電所が停止し、東京電力管内で最大5割が停電するとされている。特に震度6弱以上の地域では発電所が1カ月停止し、供給不足から計画停電が必要となることが想定されている。

2025年想定では、2013年想定と比較して、夏季の電力ピーク需要に対する供給不足の割合が被災直後及び被災1週間後で約3~4%増加しており、これにより被災直後の停電軒数が約400万軒(約33%)増加している。これは、電灯軒数が約630万軒と大幅な増加をしたことと、夏季の電力ピーク需要の増加によるものとされている。なお、電線被害等を理由とする停電に関しては、家屋耐震化や無電柱化により約109万軒から約72万軒と約37万軒減少している。

表4 都心南部直下地震の電力供給能力と夏場のピーク電力需要に対する不足割合の想定比較[15]
発災からの日数 2025年想定 2013年想定
供給力 ピーク電力需要に
対する不足割合
供給力 ピーク電力需要に
対する不足割合
被災直後 約2,700万kW 52% 約2,700万kW 49%
被災1週間後 約2,700万kW 52% 約2,800万kW 48%
被災1カ月後 約5,400万kW 6% 約5,000万kW 6%

※ピーク電力需要に対する不足割合は、100%-供給力/夏季のピーク電力需要で算出。

※被災4日以降の停電軒数は、計画停電や節電要請等の需要抑制対策により、少なくとも1日のうち決まった時間帯は電気を使えることが想定されることから、電力供給量の減少に伴う停電は考慮せず、電線被害等の物理的な被害のみを対象としている。これにより、2025年想定における停電割合は、被災直後で52%、被災1週間後で2%、被災1カ月後で2%と想定される。

□ 通信

停電や通信設備被害が発生すると、固定電話や携帯電話が広域的に使えなくなり、音声通話やメールアドレスの受信が大幅に制限されるほか、インターネットが利用できなくなる。また、これに伴いキャッシュレス決済が停止し現金需要が急増するおそれがあるとされている。

固定電話・インターネットについて、2025年想定では、2013年想定と比較して、不通回線数及び不通回線率が被災直後及び被災1日後で増加しているが、これは、2013年想定と異なりメタル回線のみではなく光回線も考慮した数値のためである。2013年想定以降、通信設備の耐震化等が進んだことにより、屋外設備(電柱・架空ケーブル)の損傷は減少しており、2013年想定と同様にメタル回線のみとした場合は、約230万回線(約49%)減少しているとのことである。

また、復旧予測日数について、2013年想定では停電の影響に伴い1カ月程度となっていたのに対し、2025年想定では電力の復旧予測の見直しにより、最大約1週間に短縮されている。

なお、携帯電話について、2025年想定では、2013年想定と比較して、基地局等の耐震化等の対策により基地局等の損傷は減少するものの、被災1日後の停波基地局率が固定電話・インターネット同様に増加している。なお、被災1日後に停波基地局率が最大となる理由は、基地局の非常用電源による電力供給が被災1日後に停止することが想定されているためである。

表5 都心南部直下地震の通信(固定電話・インターネット及び携帯電話)被害の想定比較[16]
発災からの日数 固定電話・インターネット※1 携帯電話
2025年想定 2013年想定 2025年想定 2013年想定
不通回線数
(千回線)
不通回線率
(%)※2
不通回線数
(千回線)
不通回線率
(%)※2
停波基地局率
(%)※3
停波基地局率
(%)※3
被災直後 約7,570 51% 約4,687 48% 3% 4%
被災1日後 約7,550 51% 約4,653 48% 51% 46%
被災3日後 約7,500 51%     51%  
被災1週間後 約360 2%     2%  
被災2週間後 約360 2%     2%  
被災1カ月後 約360 2% 約919 9% 2% 9%

1 2025年想定は「固定電話・インターネット」だが、2013年 想定は「固定電話」のみ。

2 不通回線率は、分母となる回線数を約14,700千回線(2025年想定)、約9,683千回線(2013年想定)と仮定。

※3 携帯電話の停波基地局率は、固定電話の不通回線率と停電の影響を考慮して算出している。また、携帯電話の停波基地局率は、電力の供給状況に大きく影響を受けることに留意する必要がある。

□ 上下水道

上下水道では、断水や下水処理の停止が発生し、特に耐震化されていない導水管・送水管で大きな被害が想定されており、復旧には1カ月以上かかる可能性がある。また、施設が無事でも停電により浄水場や処理場が停止し、断水が広がるおそれがあるとされている。

上水道について、2025年想定では、2013年想定と比較して、停電による浄水場等の機能停止を考慮しない場合、浄水場や管路の被害による被災直後の断水人口(最大断水人口)は、約120万人減少している。ただし、給水人口の増加や、停電による浄水場等の機能停止を考慮した場合は、約60万人の減少となる。

下水道について、2025年想定では、2013年想定と比較して、管渠の耐震化等の対策による効果はあるとしているが、処理人口の増加や想定するハザード(震度分布)の見直し、停電による下水処理場等の機能停止を考慮することとしたため、被災直後の支障人口(最大支障人口)が約50万人増加している。

表6 都心南部直下地震の上水道断水率等の想定比較[17]
発災からの日数 2025年想定 2013年想定
停電考慮あり※1 停電考慮なし※1 断水人口
(千人)
断水率(%)※2
断水人口
(千人)
断水率
(%)※2
断水人口
(千人)
断水率
(%)※2
被災直後 約13,810 29% 約13,180 28% 約14,440 31%
被災1日後 約12,910 27% 約12,280 26% 約13,545 29%
被災3日後 約11,110 24% 約10,460 22%    
被災1週間後 約7,420 16% 約7,420 16% 約8,516 18%
被災2週間後 約4,030 9% 約4,030 9%    
被災1カ月後 約1,170 2% 約1,170 2% 約1,402 3%

※1 「停電考慮あり」とは、停電に伴い、非常用発電設備を備えていない浄水場や下水処理場等が機能停止する影響を含めたもの。「停電考慮なし」とは、停電による影響を含めず、管路や施設の被災による影響のみで推計したもの。被災4日目以降は、浄水場や下水処理場等の重要施設は優先的に電力が供給されることが想定されることから、停電による影響は考慮しない。なお、1都3県での浄水を供給するために必要な非常用発電設備を有する事業主体の割合は、84%(令和2年度水道統計調査:日本水道協会)。

※2 断水率は分母となる給水人口約47,080千人(2025年想定)、約46,562千人(2013年想定)と仮定。

表7 都心南部直下地震の下水道機能支障率等の想定比較[18]
発災からの日数 2025年想定 2013年想定
停電考慮あり※1 停電考慮なし※1 支障人口
(千人)
機能支障率
(%)※2
支障人口
(千人)
断水率
(%)※2
支障人口
(千人)
断水率
(%)※2
被災直後 約2,000 5% 約1,800 5% 約1,499 4%
被災1日後 約2,000 5% 約1,800 5% 約1,499 4%
被災3日後 約1,400 3% 約1,200 3%    
被災1週間後 約560 1% 約560 1% 約1,199 3%
被災2週間後 約92 0% 約92 0%    
被災1カ月後 約50
-:わずか

1 表6と同様。なお、1都3県での下水処理場の非常用発電設備の整備率は、92%(令和2年度版下水道統計:日本下水道協会)。

※2 機能支障率は、分母となる要処理下水人口約39,600千人(2025年想定)、約38,580千人(2013年想定)と仮定

□  道路

大規模地震発生時、道路は発災直後から深刻な交通麻痺が起きる可能性が高く、交通量が増加し、帰宅者集中により混乱が悪化し緊急車両の通行も困難になると想定されている。流入規制や緊急交通路指定を行っても渋滞は解消されず、放置車両や沿道火災で翌日も通行不能のおそれがある。さらに、渋滞により点検・復旧作業が遅れ、資機材やがれきの仮置き場不足で道路啓開作業が長期化する。

2013年想定では、橋梁・高架橋の被害にのみに着目して想定していたが、2025年想定では、橋梁損傷以外に路面損傷、沈下、法面崩壊等にも着目して想定したため、高速道路・一般道路の道路施設被害の箇所数が、約1,080箇所から約10,900箇所に被害量が増加している。ただし、首都地域内の高速道路については、道路施設被害の箇所数が約620箇所から約80箇所に減少しており、阪神・淡路大震災以降、耐震補強が進んでいるとしている。

□  鉄道

電柱や架線、盛土の被害により首都圏の鉄道の多くが不通となり、特に地上線路は復旧に時間を要するとされている。地下鉄も点検のため全線が一時停止し、新幹線も広い区間で運休が見込まれる。

鉄道構造物被害箇所数について2025年想定では、2013年想定と比較して、耐震化等の対策の効果はあったとされているが、想定するハザード(震度分布)の見直しや推計に使用する基データの変更により、中小被害[19]が約840箇所から約880箇所に増加している。また、2025年想定から、鉄道施設被害(線路変状、路盤陥没等)の被害箇所数が公表されており、新幹線が約70箇所、在来線等が約6,200箇所、被害が出ると想定されている。

表8 都心南部直下地震の鉄道施設・構造物の被害想定(2025年想定のみ)[20]
区分 被害箇所数
鉄道施設 新幹線 約70箇所
在来線等 約6,200箇所
合計 約6,300箇所
鉄道構造物 大被害
中小被害 約880箇所
-:わずか

4.企業活動への影響 

本章では、首都直下地震が発生した場合における社会・経済への被害の様相のうち、企業活動への影響に関し、2025年想定で新たに追記された内容についてまとめる。

(1) 本社機能の停止・低下による被害想定

東京圏に集中する企業の本社機能が建物被災やライフライン障害、交通インフラの被害により停止・低下すると、全国の店舗や工場、取引先、消費者まで影響が及ぶおそれがあるとされている。

2025年想定では以下の記載が追加されている。

□  ライフライン被害の影響

本社機能の停止・低下は建物の被災だけでなく、電力・通信等のライフライン障害や交通インフラの被害によっても起こり得る点に留意が必要としている。また、首都圏に集積するデータセンター等が被災したり、電力や通信等のライフラインが被害を受けたりした場合に、企業のITシステムの維持に影響が生じ、企業活動全体が停滞するおそれがあるとされている。

□  車両を使用した経済活動の自粛

発災後72時間は人命救助や消防活動が最優先されるため、緊急車両の通行を確保する目的で一般の車両による経済活動が一時的に制限される。この車両利用の自粛により、企業の中枢機能や生産活動にも影響が及び、事業運営が滞る可能性が高まるとされている。

(2) 卸売・小売サービス産業等の被害想定

どの業界、業種でも共通であるが、東京圏では卸売・流通業やサービス業が集中しているため、情報システム障害や交通寸断が起きると企業活動は大きく低下する。また、小売・サービス業では建屋の倒壊や火災で設備等が被災すると、事業活動が停滞し消費者生活に深刻な影響が及ぶとされている。

2025年想定では以下の記載が追加されている。

□  ライフライン等被害の企業活動・リモートワークへの影響

ライフラインや交通インフラが大きく被災すると、出社が必須の業種では企業活動が停滞し、リモートワークが可能な業種でも電力や通信が確保されなければ業務が継続できず、企業活動全体に深刻な影響が及ぶとされている。

□  共働き家庭の制約と外国人労働力流出の影響

東京圏では共働き世帯が多く、学校が休校となると子どものサポートのため在宅勤務あるいは有給休暇を取得せざるをえなくなり、事業を継続するための人員が不足する可能性がある。さらに、外国人従業員が多い業種では、災害後に帰国が増えることで事業を維持できなくなるおそれもあるとされている。

(3) サプライチェーンの寸断による影響

東京湾岸には鉄鋼・石油化学をはじめ、情報電信機器や電子部品、設備機器等多様な産業の生産拠点が集中しているため、地震や港湾の被災によって工場の操業停止や輸出入の停滞が起きると、素材や部品供給途絶により国内外の幅広い産業に深刻な影響が及ぶおそれがある。

2025年想定では以下の記載が追加されている。

□  物資輸送の停滞

運送事業者のトラックが緊急物資輸送のために使用され、企業活動に係る物資輸送が停滞するとされている。

□  独自技術を持つ中小企業の復旧の遅れの影響

特定企業しか作ることができない重要な素材・中間材の生産拠点が被災すると関連産業全体に影響が広がる。一般的に中小企業は経営資源に制約があり、代替拠点の確保も難しいことから復旧に時間を要する可能性が高く、サプライチェーン全体で長期的な生産低下が生じるおそれがあるとされている。また、調達先を海外に切り替える動きが顕著となった場合は、生産機能の国外流出が進行するおそれがあるとしている。

(4) 影響の連鎖的拡大

大規模地震で工場や店舗が失われたり、従業員の被災によって労働力や物流生産機能の低下が長期化したりすると、体力の弱い企業は倒産する可能性が高い。生産活動の停滞が続けば、海外に流出した経済活動が元に戻らず、日本の国際競争力が恒久的に低下するおそれがある。また、日本経済への信頼が揺らぐと、外資企業の撤退が進む可能性がある。さらに、国家財政が悪化すれば国債や社債の格付けが下がり、海外からの資金調達が難しくなり、国の財政運営や企業経営にも深刻な影響が及ぶおそれがあるとしている。

5.過酷事象等発生の可能性

2025年想定では、過去の災害・事故等から想定し、首都直下地震の発生時に上記被害想定を超えて発生する可能性がある過酷事象についても大きく加筆されている。

その中でも特に企業に関連が深いと考えられる内容について以下にまとめる。

(1) 交通施設の大規模被災と出勤困難の長期化

大規模地震発生により液状化や地盤沈下が起きると地下設備や地下鉄が損傷・浸水し、道路に亀裂や段差が生じるほか、橋梁や高架道路の基礎がずれると長期の通行・運行停止に繋がる深刻な被害が発生する可能性がある。

また、新幹線や在来線で脱線が起きると、車両撤去が難航し復旧に最大2カ月かかる可能性があるとしており、鉄道が長期運休すると、出勤困難を招き企業の事業継続に影響するとしている。

(2) 大規模停電(ブラックアウト)の発生

地震で複数の発電所が停止すると電力需給バランスが急激に崩れ、周波数低下から連鎖的な設備停止が起き、首都圏全域がブラックアウトに陥る可能性がある。ブラックアウトすると、電力の需給バランスを取りながら、段階的に復旧を進めていくため、時間を要するとしている。

(3) 携帯電話基地局の機能停止

非常用発電機の燃料が枯渇、電力供給が途絶えることで大ゾーン基地局が停止すると、広域で携帯電話が使えなくなり、119番通報等の重要通信が困難になる。そのため、基地局の長期停止に備えて、衛星通信やHAPS等の非地上系ネットワークの活用を進める必要があるとしている。

(4) 上下水道の大規模被災

一部地域では、水道施設の耐震化が遅れており、地震で浄水施設や老朽化した基幹管路が被災すると大規模な断水の発生や復旧の長期化が起こることが懸念されている。下水道でも老朽化した幹線が被災すれば復旧に時間がかかり、緊急放流による衛生問題が生じる可能性があるとしている。

この他、首都直下地震発生と同時期に複数の災害が発生する可能性についても記載されている。

首都直下地震発生後に強風や大雨等が発生すると、強風や大雨による土砂災害の発生により被害が増大するだけでなく、地震により河川堤防等が損傷していた場合、通常より少ない降水量であっても河川の氾濫等大きな被害が発生するおそれがあるとしている。また、避難場所・避難所についても地震の避難場所・避難所が洪水の避難場所・避難所を兼ねているとは限らず、その場合は避難先を変更する必要がある。

加えて、首都直下地震発生後に火山噴火が発生し、降灰による輸送・移動手段やライフラインへの影響も生じると、応急対策活動のための移動が困難になるほか、飲食物等の備蓄品の枯渇等により在宅避難の継続が困難になる、広域避難の移動が困難になるといった事態が発生する可能性があるとしている。

同時期に発生する可能性があるのは自然災害だけではなく、社会の混乱に乗じ、サイバー攻撃が行われる可能性もある。電力等の重要インフラがサイバー攻撃を受けると、電力供給の停止、交通機関の混乱、通信障害等が発生する可能性があり、行政機関のシステムが攻撃されると、被害状況の把握や支援物資の手配が遅れるといった被災者への対応にも影響が出ることが想定されている。これを防ぐためにも、情報セキュリティ対策を強化し、サイバー攻撃への防御力を高めること、AIによる異常検知、自動対応等による能動的なセキュリティ対策の強化が必要であるとされている。

6.企業に求められる対策

2013年想定では、BCPの策定と備蓄、帰宅困難者対策について記載されていたが、2025年想定においては、首都直下地震発生時に起こり得る様々なリスクを念頭に置きながら、国民、企業等、地域、行政が一丸となって窮地を乗り越えるために、防災意識を醸成(「自分ごと」化)し、社会全体での体制構築に取り組む必要があるとして以下の記載が追加されている。

(1) BCPの策定

□  中小企業の BCP 策定の促進

中小企業におけるBCP策定の促進が課題とされた上で、中小企業は、経営資源が限られており単独での事業継続には限界があることから、他企業との連携を前提としたBCPの策定が重要であるとしている。

□  公共機関の防災計画との整合性

企業のBCPを実効性のあるものにするためには、国・自治体・ライフライン事業者の各種防災計画と整合させることが重要であるとしている。

□  本社機能の一時的移転の検討

首都直下地震ではライフラインや交通が広範囲に障害を受け、物資の入手も困難になるため、一時的に本社機能を首都圏外へ移転することも必要となるとして、首都圏外に代替オフィスを事前に確保しておく方法や、首都圏外の支社が本社機能を代行する方法等を検討し、BCPに明確に位置付けておくことが求められるとしている。

□  サプライチェーンの寸断への備え

首都直下地震が発生すると、その影響は全国や海外にも波及する可能性が高いため、企業は被災地域外も含めてサプライチェーンの可視化とリスク管理に取り組む必要がある。また、BCP策定では、取引先との取引関係を踏まえ、重要業務の復旧目標時間を揃える等計画の整合性を確保すべきである。さらに、業界全体で企業間の標準的な災害時対応の行動シナリオの構築や情報共有を進め、BCP訓練は単独ではなくサプライチェーン全体で共同実施することで実効性を高めることができる。加えて、サプライチェーンの寸断に備え、仕入れ先や生産拠点を国内外で複数確保する等代替手段の検討も重要であるとしている。

□  テレワークによる業務継続

鉄道の脱線等の鉄道での大規模な被害が発生すると、長期に渡り出勤困難となることが想定されている。そのため、テレワークによる業務継続をBCPに組み込み、平時から活用を進めることが重要であるとしている。

(2) データバックアップ等の備え

データのバックアップについては、同時被災リスクが小さく電力系統の異なる場所で行うことに追加して、2025年想定では、企業の情報システムは電源や通信回線を二重化して強化することが重要であり、クラウド利用時には停電の影響を受けにくい首都圏外のデータセンターの活用を検討すべきであるとしている。

(3) 企業間コミュニティの構築

2025年想定で新たに、企業間コミュニティの構築についての記載が追加された。企業が災害後も社会経済活動を維持するためには、同業団体や近隣企業等とコミュニティを形成し、連携して事業に取り組むことが重要である。特に経営資源が限られる中小企業は、平時から企業間コミュニティを構築し、災害時に人員・倉庫・備品等を相互に融通できる体制を整えることで、事業継続を可能にすることが求められるとしている。

7.おわりに

本稿では、「首都直下地震の被害想定と対策について(報告書)」の概要を2013年想定と比較し、紹介した。

首都直下地震の被害想定については、防災対策の推進が効果を発揮し全般的に改善しているものの、同時に東京圏の人口集中等に伴い、劇的な被害想定の数値の改善とはならなかった。特に、人的被害、建物被害については、減災目標が達成できておらず、依然として多数の死傷者が発生することが想定され、引き続きの対策が必要とされている。防災対策については、国や都道府県等の行政機関の施策が講じられることが期待されるが、耐震化率の向上や家具の固定率の向上等については、家庭や企業等個々が改善する意識を持ち、対策を実施しなければ目標到達は困難であると考える。

2025年想定では、企業が受ける影響についても記載が追加されており、各企業においては2013年想定に記載の対策に追加して、本稿でもまとめた企業に求められる対策を実施することが望ましい。

本稿が、貴社における防災対策強化を進める契機となれば幸いである。

 [2026210日発行]

関連サービスページ

参考情報

執筆コンサルタント

木勢 さくら
ビジネスリスク本部 主任研究員
専門分野:防災・BCP

脚注

[1] 東京圏・・・東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県
[2] 中央防災会議 首都直下地震対策検討ワーキンググループ「首都直下地震の被害想定と対策について(最終報告)」, https://www.bousai.go.jp/jishin/syuto/taisaku_wg/pdf/syuto_wg_report.pdf
[3] 首都直下地震緊急対策推進基本計画・・・都中枢機能の維持を始めとする首都直下地震に関する施策の基本的な事項を定めることにより、円滑かつ迅速な首都直下地震対策を図ることを目的として策定した首都直下地震による災害から国民の生命や財産を保護するための基本的な施策を定めた計画。,https://www.bousai.go.jp/jishin/syuto/pdf/syuto_keikaku_20150331.pdf
[4] 首都直下地震モデル・被害想定手法検討会「地震モデル 報告書」, https://www.bousai.go.jp/jishin/syuto/higaisotei/pdf/r7houkokusho1.pdf
[5] 中央防災会議 防災対策実行会議 首都直下地震対策検討ワーキンググループ「首都直下地震の被害想定と対策について(報告書)~首都中枢機能を維持し、膨大な人的・物的被害を減らすために、私たちみんなが「自分ごと」として捉え、共に立ち向かっていく~」,https://www.bousai.go.jp/jishin/syuto/taisaku_wg_02/pdf/r7houkoku3.pdf
[6] 首都中枢機能…東京圏における政治、行政、経済等の中枢機能のこと。(引用元:中央防災会議 防災対策実行会議 首都直下地震対策検討ワーキンググループ「首都直下地震の被害想定と対策について(報告書)」P.66
[7] Mw・・・モーメントマグニチュード。地震の規模をあらわす指標の1つ。
[8] 首都直下地震モデル・被害想定手法検討会「地震モデル 報告書 図表集」図4.15より一部抜粋
[9] 首都直下地震対策検討ワーキンググループ「首都直下地震の被害想定と対策について(報告書)」」図3より一部抜粋
[10] 下記資料を参考に弊社作成
首都直下地震対策検討ワーキンググループ「都心南部直下地震の被害想定【定量的な被害量】」, https://www.bousai.go.jp/jishin/syuto/taisaku_wg_02/pdf/r7higai_soutei1.pdf,P.7 首都直下地震対策検討ワーキンググループ「首都直下地震の被害想定と対策について(最終報告)~人的・物的被害(定量的な被害)」, https://www.bousai.go.jp/jishin/syuto/taisaku_wg/pdf/syuto_wg_siryo01.pdf,P.6
[11] 基本計画で掲げる減災目標に対する対策の進捗状況を把握するため、地震度(震度分布)及び被害量の算定手法については減災目標設定時(平成27年)の手法から変更せずに、これまでの防災対策やライフスタイルの変化等が関係すると考えられるデータや数値については2025年想定で用いるものに更新して、人的被害及び物的被害を推計している。この推計では、2025年想定での死者数は約1.5万人としている。(引用元:中央防災会議 防災対策実行会議 首都直下地震対策検討ワーキンググループ「首都直下地震の被害想定と対策について(報告書)~首都中枢機能を維持し、膨大な人的・物的被害を減らすために、私たちみんなが「自分ごと」として捉え、共に立ち向かっていく~」, https://www.bousai.go.jp/jishin/syuto/taisaku_wg_02/pdf/r7houkoku3.pdf, P.31)
[12] 下記資料を参考に弊社作成
首都直下地震対策検討ワーキンググループ「都心南部直下地震の被害想定【定量的な被害量】」P.6 首都直下地震対策検討ワーキンググループ「首都直下地震の被害想定と対策について(最終報告)~人的・物的被害(定量的な被害)」P.5
[13] 帰宅距離10km以内の人は全員が帰宅可能、20km以上の人は全員が帰宅困難、その間は1km長くなるごとに帰宅可能率が10%ずつ低減するものとして計算しているが、要配慮者等で居住ゾーン外へ外出している人は、外出距離によらず自力での徒歩帰宅が困難として、帰宅困難者として推計している。(引用元:首都直下地震モデル・被害想定手法検討会「首都直下地震の被害想定項目及び手法の概要」, https://www.bousai.go.jp/jishin/syuto/higaisotei/pdf/r7houkokusho4.pdf,P.48)
[14] 下記資料を参考に弊社作成
首都直下地震対策検討ワーキンググループ「都心南部直下地震の被害想定【定量的な被害量】」P.41,P.42 首都直下地震対策検討ワーキンググループ「首都直下地震の被害想定と対策について(最終報告)~人的・物的被害(定量的な被害)」P.25
[15] 下記資料を参考に弊社作成
首都直下地震対策検討ワーキンググループ「都心南部直下地震の被害想定【定量的な被害量】」P.30 首都直下地震対策検討ワーキンググループ「首都直下地震の被害想定と対策について(最終報告)~人的・物的被害(定量的な被害)」P.19
[16] 下記資料を参考に弊社作成
首都直下地震対策検討ワーキンググループ「都心南部直下地震の被害想定【定量的な被害量】」P.32,P.33 首都直下地震対策検討ワーキンググループ「首都直下地震の被害想定と対策について(最終報告)~人的・物的被害(定量的な被害)」P.20
[17] 下記資料を参考に弊社作成
首都直下地震対策検討ワーキンググループ「都心南部直下地震の被害想定【定量的な被害量】」P.28 首都直下地震対策検討ワーキンググループ「首都直下地震の被害想定と対策について(最終報告)~人的・物的被害(定量的な被害)」P.18
[18] 下記資料を参考に弊社作成
首都直下地震対策検討ワーキンググループ「都心南部直下地震の被害想定【定量的な被害量】」P.29 首都直下地震対策検討ワーキンググループ「首都直下地震の被害想定と対策について(最終報告)~人的・物的被害(定量的な被害)」P.18
[19] 中小被害・・・機能支障に至らない程度の橋梁・高架橋の被害(短期的には耐荷力に影響のない損傷)
[20] 下記資料を参考に弊社作成
中央防災会議 防災対策実行会議 首都直下地震対策検討ワーキンググループ「首都直下地震の被害想定と対策について(報告書)~首都中枢機能を維持し、膨大な人的・物的被害を減らすために、私たちみんなが「自分ごと」として捉え、共に立ち向かっていく~」P.37

PDFファイルダウンロード

「首都直下地震の被害想定」の見直しの概要と前回想定との比較PDF

リスクマネジメント最前線トップへ戻る