事業者に求められる放火対策

  • 火災・爆発

リスクマネジメント最前線

2023/3/17

目次

  1. 事業者に求められる放火対策とは
  2. ハード対策
  3. ソフト対策
  4. まとめ

事業者に求められる放火対策- リスクマネジメント最前線PDF

執筆コンサルタント

若林 久人
企業財産本部 企業財産リスク第一ユニット エキスパートリスクエンジニア
専門リスク:自然災害、火災・爆発

 

一瞬ないし極めて短時間のうちに、人命や財産に甚大な被害や損失をもたらす火災。国内において、その火災発生の件数は年々減少傾向にあるが、1 件あたりの損害額は大きくなっている。そして、火災の出火原因のうち、依然として大きな割合を占めているのが放火(放火疑い含む)である。表 1 の事例のように近年でも大惨事につながるような事故が多く発生している。そこで、本稿では事業者に求められるその放火対策として抑えておくべきポイントについて解説する。 

年毎の火災発生件数(図1・左図)および火災による損害額の推移(図2・右図)


出火原因別火災発生件数(図3・左図)および2000年以降での放火による代表的な火災事例(表1・右表)
出典:総務省消防庁ホームページ 令和2年消防白書、附属資料1-1-28 火災による損害額の推移、消防庁「火災年報」平成23年~令和3年(1~12月)における火災の状況(確定値)をもとに弊社作成 https://www.fdma.go.jp/publication/hakusho/r2/data/56782.html

1.事業者に求められる放火対策とは

放火の予防・防止、放火による被害や損害を発生させない、または最小限に抑制するために必要な対策として、重要なポイントを整理する。対策は、ハード対策、ソフト対策に分類され、主なポイントとして以下が挙げられる。 

ハード対策

  • 行動監視
  • 侵入防止
  • 早期発見・迅速消火

ソフト対策

  • 放火されにくい施設環境作り
  • 日頃のコミュニケーションおよび従業員の行動特性の把握

ハード対策については2章で詳述し、参考として、発生後の人命安全対策として、国土交通省から公開された火災安全改修ガイドラインについても紹介する。
ソフト対策には、上記の他、近隣施設・住民とのコミュニケーション、施錠管理できない場所に夜間に可燃ゴミを捨てない、自衛消防団による火の用心パトロールの実施、火災発生時を想定した避難訓練の実施なども有効である。ソフト対策については3章で詳述する。

2. ハード対策

(1)行動監視

行動監視とは、基本的には監視カメラによる設備監視を指す。監視カメラは、現在では事務所ビルをはじめとする、中規模以上の事務所ビルや工場等においても標準装備とされ、放火を含めた犯罪の検挙および抑止に非常に効果を発揮している。監視カメラはもはや建物や施設の防犯対策を検討する上で欠かせない設備となっている。

監視カメラは、年々性能や機能の改善が図られており、画素数や画質などソフト面の向上だけでなく、ハード面も向上しており、例えば映像データをクラウド上で管理することも可能である。さらに、AI機能を搭載したカメラも登場し、現代社会の細かいニーズに応える技術も整備されつつある。

一方最近では、放火だけでなく、強盗などの凶悪な犯罪行為・事件が多発している。犯罪行為を行うグループは、従業員の不在時などを狙い、1 回に限らず何度も実行に移すケースが多い。昨今の物価の上昇や、景気悪化の懸念も含め、生活に困窮するケースから犯罪が増えるといった社会的背景もあり、従来以上に強固な防犯対策が急務となっている。そこで、ここでは防犯対策のうち、このような犯罪行為の防止・抑制に効果的な行動監視に係る最新技術について紹介する。

まず1点目として、複数台の監視カメラの画像・映像情報の統合技術である。これは、単体ごとの監視カメラの画像・映像情報を監視端末やクラウド上などで共有し、複数台の監視カメラの画像・映像情報を統合することにより、人物の顔の特徴などから特徴量を抽出・比較することで一定以上の類似度が算出された場合に同一人物と判定する顔認識技術をキーとしている。あるカメラにおいて殴る・蹴るといった暴力行為、万引きや荷物の持ち去りなどの窃盗行為、周囲を見回す・長時間滞留などの不審な行為、および放火などの犯罪につながるような特定の行動パターンをとる不審人物をリアルタイムで検知・特定した上でその情報を共有し、他のカメラでも同じ顔の人物を識別し、追跡、移動経路を解析・特定する技術である。

これらはAI技術を活用しており、他に敷地内や建物内へ入室した人数のカウント、既に登録してある人物(従業員、VIPなど)の認識や登録外の不審者(ブラックリスト登録者含む)を認識した際のアラーム発報、またプライバシー保護のため顔にモザイクをかけるなどの技術が既に実用化されている。AI技術は企業によって異なるものの、基本的には従来の顔認識から派生した技術であるが、現在では行為や行動そのものを捉え全身の特徴などの情報を使った人物特定技術も進んでいる。人の骨格や動きを読み取って、AIに蓄積された人間の行動データなどの中から分析し、敷地内ないし建物内へ不法侵入するなど不審者および不審行動を見つけて監視端末操作側の事業者・管理者に迅速な通知を行う、さらに高齢者や障害者の転倒の検知・検出を行うなど、防犯用途以外の緊急時の自動アラーム発報も可能となっている。将来的には、公道など市中にある監視カメラとも連携することで、安心・安全を支える社会インフラとしてより強固な広域行動監視システムが出来上がるものと推量する。

図4 AI 技術を活用した広域行動監視システムのイメージ
出典:弊社作成

2点目として、360度全方位カメラのVR撮影対応技術である。従来の全方位カメラの機能に加え、VR撮影が可能なタイプがあり、臨場感のある映像確認が可能となる。ただし、研究開発途上であり、現時点ではリアルタイムでのカメラ監視映像の確認を行うことが難しい。リアルタイムの行動監視用として固定タイプのカメラおよび360度全方位カメラを組み合わせて設置し、クラウド上にあるカメラの映像情報にインターネット回線からアクセスすることで、現場内に設置された監視PCだけでなく、個人のスマホ等、遠隔から常時モニタリングすることもでき、不法侵入など異常を検知した際にスマホ等へ通知する仕組みを持たせておくと、より防犯効果を期待できると考える。

さらに3点目として、AIの高度化による自律型警備ロボットがある。夜間や休日など従業員不在時などの現場巡回を人が行うのではなく、警備ロボットが担うことで省人化や省力化が図れ、落雷や地震等による停電のアクシデントがなく、あるいは太陽光発電などを活用することにより電源を供給・維持できれば24時間365日活動できる。実際に導入も進みつつあり、人口減少社会における人手不足を補う意味でも導入効果は高いと考えられる。ただし、敷地内や建物内での段差を超えられないなど一定の制約があるため、現時点では活用は限定されているのが実情である。

現在において、固定ボックス型の監視カメラでは200万画素または400万画素の監視カメラが主流であり、そのスペックがあれば顔の判別や手元の動作確認にも十分対応可能である。放火などの犯罪防止対策を目的とした監視カメラに求められる必要な仕様・性能は、顔が判別できること、手元の動作が確認できる画素数であること、そして監視カメラの死角となる部分を作らないことが重要である。

ここで、参考として、監視カメラ(固定・ボックス型および360度型)の設置場所について、以下事務所ビルを一例として示した。出入口や執務室、各居室にも1台設置することで全体に渡って撮影範囲をカバーし、死角を作らないことを主眼とした。なお、これらはビル全体の防犯システムと協調して実施するものとする。

 事務所ビル(テナント)への監視カメラ設備導入例

図5 事務所ビル(テナント)への監視カメラ設備導入例
出典:弊社作成

(2)侵入防止

侵入防止対策としては、敷地や建物への出入口扉や門、建物の窓など開口部の戸締りの確実な実施、敷地内や建物内の清掃・整理整頓、芝生や雑草の刈り取りなどを定期的に行い、侵入されやすそうな場所に物置きを置かない、伸びきった雑草や物品の保管等による死角を作らないことが大切である。その上で、侵入対策設備として、

  • 防犯センサによる侵入検知
  • センサーライトによる威嚇
  • 物理的侵入防止対策 

上記の厳格な運用を行うことが重要と考える。以下、それぞれポイントについて解説する。

a.防犯センサによる侵入検知

防犯センサには多種多様なものが存在するが、そのうち侵入検知用途のセンサとしては、主に赤外線タイプ、遠赤外線タイプ(人間の体温などを検知するパッシブセンサなど)、開閉を検知するタイプ(シャッターセンサ、マグネットスイッチなど)、振動検知タイプ(ガラス破壊センサなど)といったものがある。最近では、大規模建物・施設向けに数kmまでの長距離通信が可能なタイプが登場している。これらのセンサを的確に選定して、主に人目が行き届かない場所に設置することで、いち早く異常等に気づくことが可能になるなど効力を発揮する。

b.センサーライトによる威嚇

センサーライトの基本的な動作原理は、留守中に不審者等が敷地内・建物内に侵入・忍び込もうとした際に、人の動きや熱を感知する遠赤外線タイプの人感センサにより検出し、発光する仕組みとなっている。急に明かりがつくことで相手をひるませ、侵入や忍び込みを断念させる効果が期待できる。また、夜間などはライトの点灯により異変に気付くことができ、必要に応じて通報するなど、安全を確保する行動を取ることができるメリットもある。特に死角になる場所に優先的に設置すると効果が高くなる。最近では、猫などの小動物の通行による検知・誤作動がないよう機能改善が図られているものもある。

c.物理的侵入防止対策

大きく分けて敷地侵入防止対策と建物施錠管理がある。敷地侵入防止対策としては、生垣・壁・柵の設置、門扉施錠は当然のこととして、外壁などを明るい色に変更・塗装する、砂利を敷く、柵などに忍び返しを作る、有刺鉄線の設置などがあり、特に侵入を避ける必要がある施設については更に電気柵の設置といった方法などがある。高い壁の場合、壁の内側に侵入されると外部の目が届かず隠れやすくなるため、防犯対策として逆効果になる可能性がある。従って、縦格子状のフェンスなど外部からでも不審な動きが確認でき、容易によじ登れず、風通しを確保できるタイプのものが良いと考えられる。

建物施錠管理については、規模を問わず広く普及しているものとして入退室管理システムがある。施錠された出入口扉付近の壁などに設置された認証端末(カードリーダーなど)にICカードをかざすことで照合を行い、端末認証OKの場合に扉を解錠するタイプのものが一般的であるが、顔認証や虹彩認証を用いたウォークスルー型が登場し、主に大規模事務所ビルなどで採用されるようになってきている。コロナ禍でマスクを着けたままでも認証可能なタイプとしているものもあり、エレベータなどにも連動し目的階に自動で停止する機能を持たせるなど、完全非接触で事務所の室内まで入室できるようになっている。また、ICカードなどは紛失により悪意のある他者に使用されるおそれがあるが、顔認証や虹彩認証であればそのような心配も低い。悪用されるケースとしては、事前に撮影した顔写真などをもとに照合を行うなりすまし認証などがあるが、顔や虹彩の認証レベルを厳しくすることや、ICカードの照合や指紋認証、静脈認証装置などと組み合わせ2段階の認証方式を採用することで防止が可能である。このように、セキュリティ性も向上しており、今後より一層導入が進むものと想定される。

(3)早期発見・迅速消火

不審者の侵入や火災発生など異常事態の検知、迅速な発見には行動監視や侵入防止に代表されるような防犯設備や防災設備が必須である。火災の早期発見のために、屋内の火災検知として一般的に煙感知器や熱感知器が使用されるが、屋外では基本機能しない。屋外用は炎検知器が有効で、炎が発する特徴的な波長を捉えて、横・斜めの角度や離れた場所からでも火災を検知できる特長がある。防災設備のうち、防災センターや監視室などに設置されている火災受信盤は、火災感知などの異常発生時には警戒区域場所のランプが点灯するといった簡易表示であったが、最近では、異常発生場所が一目で分かるように絵や文字で場所や状況が表示される液晶表示装置を備えたものも登場している。

また、万が一の火災発生の場合には、素早い消火・鎮火のための充実した消火設備の設置も重要となる。
泡消火設備や自動散水を行うスプリンクラー設備のほか、より手軽に設置できる代表的な消火設備としてパッケージ型がある。手動で起動ハンドルを操作し、窒素ガスなどの消火剤を圧力により放射して消火を行う固定した消火設備であり、水源、加圧送水装置、配管などの別途設置が不要で、設備機器類に関わる費用がかなり抑えられるメリットがある。さらに、ドローンを用いた消火放水が可能になってきており、特に消防隊が入りにくい高層階の初期消火などにおいて効果が高いとされ、今後より普及が進むものと想定されている。

(4)防火・避難対策の強化(参考)

万一放火されてしまった場合には、安全な避難経路の確保が重要である。2021 年 12 月の大阪北区でのクリニック火災の教訓を踏まえ、階段が一つしかないビルの今後の防火・避難対策等について検討がなされ、当該ビルの課題を起点とし既存建築物等の対策として、「直通階段が一つの建築物等向けの火災安全改修ガイドライン」が、当該火災発生の 1 年後である 2022 年 12 月 16 日に国交省より公開された。当該ガイドラインは、大阪市北区ビル火災が、現行法令が想定する「一般的な火災」ではなく、「特殊な火災」にあたることから、「社会への負担の大きさを鑑み、規制的な手法によらず誘導的な対策を基本とするべき」、との、総務省消防庁及び国土交通省による「大阪市北区ビル火災を踏まえた今後の防火・避難対策等に関する検討会報告書」を踏まえたものである。

ガイドラインで示す措置は、直通階段が一つの既存不適格建築物(建築基準法施行令第121条第1項)だけでなく、現行基準においても二つ以上の直通階段が求められない規模・用途等に該当する直通階段が一つである既存建物についても適用対象としており、ポイントは以下のとおりである。

a. 2 方向避難の確保、および代替措置としての退避・救助スペースの確保

ⅰ)既存の直通階段から離れた位置への直通階段の増設又は避難上有効なバルコニーの設置
・直通階段が 1 つのみの建築物は、原則、以下➀②いずれかの措置を講じることにより 2 方向避難を確保
➀既存の直通階段の位置と一定程度離れた別方向の位置に直通階段を増設
②直通階段の増設が難しい場合、既存直通階段の位置と別方向の位置に避難上有効なバルコニーを各階に設置 

図6 2 方向避難確保のイメージ

図6 2 方向避難確保のイメージ
出典:国土交通省「直通階段が一つの建築物等向けの火災安全改修ガイドライン」を基に弊社にて作成

ⅱ)直通階段から離れた位置にある居室等の退避区画化(i)に対する補完的な代替措置)
対象建築物の敷地、構造等や時間的・費用的な負担等から i)の改修が現実的に困難な場合は、直通階段の位置と一定確度離隔した別方向の位置に以下の基準を満たす退避区画を設置する。
その退避区画化の方法として、居室単位で区画化する居室退避型と、通路(廊下)を一定距離毎に区画する水平避難型の 2 通りあるが、ここでは居室退避型について図 7 に示す。また、退避区画や避難器具が設置されていること及びその機能を示す表示に関する表示を行うことも重要である。

図7 居室退避型の退避区画のイメージ

図7 居室退避型の退避区画のイメージ
出典:国土交通省「直通階段が一つの建築物等向けの火災安全改修ガイドライン」を基に弊社にて作成

退避区画は、避難器具を用いた避難や消防隊による救助までの間、一時的な退避ができるように区画したスペースとして、i)の改修が現実的に困難な建物を対象として「直通階段が一つの建築物等向けの火災安全改修ガイドライン」で新設されたハード対策である。一方、消防庁は、「直通階段が一つの建築物向けの避難行動に関するガイドライン」(2022 年 12 月 16 日公表)の中でこの退避区画を利用した避難方法を紹介している。この避難方法は、直通階段や避難上有効なバルコニーを使用できない場合の「最終手段」であり、該当する建物関係者(従業員等)は、内容を十分に理解するとともに、火災時にガイドラインに沿った適切な避難行動及び避難誘導が行えるように訓練等を通じて備えておくことが求められる。

b. 避難経路の防護および上階への煙の拡散防止

火災発生階より上階への被害防止・抑制のため、直通階段等の竪穴部分について、準耐火構造の壁や火災時において適切な閉鎖状態を確保、煙を遮断できる防火設備等により防火・防煙化とし、避難経路の確実な防護及び直通階段等を介した上階への煙の拡散を防止すること。この措置は、既存不適格建築物だけでなく、直通階段が2つ以上の建築物を含め、新設・既設に関わらず建築物全般において講じることが望ましい。 

図8 出火階および出火階の上階における直通階段の防火・防煙区画のイメージ

図8 出火階および出火階の上階における直通階段の防火・防煙区画のイメージ
出典:国土交通省「直通階段が一つの建築物等向けの火災安全改修ガイドライン」を基に弊社にて作成

3. ソフト対策

本章ではソフト対策について紹介する。

(1)放火されにくい施設環境作り 

放火されにくくする 1 つ目のポイントとして、可燃物の排除がある。これは基本的な内容であり、日常の活動で整理整頓等が徹底されていれば特に問題にならないように思われるが、意外に忘れがちであることも多い。屋外に段ボール詰めされている保管物品などのほか、伸びきった雑草も可燃物となるため、不要な段ボールの撤去や雑草の刈り取り・手入れを行うなど、企業の日頃からの対策が問われている。

また、以前に比べ、配送サービスが非常に便利になり、活用しやすい状況となっている。事務所ビルで 1 階にスーパーやドラッグストアなどのテナント店舗が入っているような物件では、ストックのスペースが限られていることもあり、場合によっては不在時に置き配で玄関前や出入口前に段ボール箱が山積みになっているケースがあり、結果として建物・施設火災につながるといったリスクも高まっている。

倉庫施設では、外部に面した場所や人目につく場所に可燃性の保管物品や段ボール、木製パレットなどの可燃物が野積みされていることが多く、放火の対象になる可能性がある。

従って、日常における整理整頓により一般可燃物は極力排除するようにし、特に外部に面した場所や人目につく場所では可燃物を置かないことが重要となる。運送業者側で置き配をしないことが望ましいが、事業者側が止むを得ず利用する場合は宅配ボックスを利用する、敷地内の建物の外に野積みによる置き配をする場合は、人目につかない場所に配置し不燃シートないし防炎シートを活用することをお勧めする。その他、外部の不適切な場所に不要な可燃物がないか、終業時の管理者による定期的なパトロールも有効である。

2 点目として、放火などの犯罪行為者に不在であることを知らせないために、外部に接する場所での照明の常時点灯がある。放火などの犯罪行為は敷地内や建物内の従業員が不在時に多く発生するため、不在に見えないようにすることで犯罪行為の抑止力となる。深夜などの夜間で不在の場合でも、照明を点けておき警備員が常駐しているかのように見せかける(不在には見えないようにする)ことも重要となる。 

3 点目として、警備員や管理者による敷地内の巡回である。可能であれば敷地内を定期的に巡回するのが望ましいが、特に従業員が少なくなる早朝や夜間帯においては巡回することにより、犯罪行為の抑止力となり効果的であると考えられる。敷地内の定期的な巡回については、ハード対策でも触れたが自律型警備ロボットの性能が向上し、さらに安価で導入できるようになれば、警備員代わりになるため人件費を抑えることができる。また、警備ロボットは防犯以外の用途での活用も検討されているため、将来的には活用の幅が広がり警備ロボットの導入がより身近になると考えられる。 

(2)日頃のコミュニケーションおよび従業員の行動特性の把握

放火を未然に防ぐためには、実行や行動そのものをさせない、もしくはやりづらくさせる直接的なハード対策に加え、間接的なソフト対策も重要であり、(1)の対策のほか、周辺環境・状況把握、職場や近隣との日頃のコミュニケーションやもしもの際の協力関係構築、さらにはパートやアルバイトを含めた従業員の行動特性把握なども重要となる。

このうち、周辺環境・状況やコミュニケーション、従業員の行動特性に関するリスクについては、主に事業者外部リスクおよび内部リスクに分けられ、それぞれの低減・極小化策が必要となる。そして、それらのリスク分析のためには、事業者内外の環境・人的状況把握が必要である。とりわけ社会的状況を背景とした行為者の心理的状態が大きく関わっていると考えられる。従って、放火火災の予防や防止、極小化を図るためには、社会・行動心理学や精神神経学などに基づき放火行為を分析し、対処法を検討していく必要がある。

事業者外部リスクは、事業関係者外による犯罪リスクであり、主に窃盗目的で侵入した後に放火により証拠隠滅を図るといったケースがあり、一方、事業者内部リスクは、事業者内部による犯罪リスクであり、窃盗目的の他、会社や特定の個人に対する恨み・不満等、様々なケースがある。外部リスクについての対処は難しい反面、一方で内部リスクについては対処法が考えられ、以下それぞれの学説による対策へのアプローチについて検討する。

a.社会心理学からのアプローチ

放火の動機については、現在までに国内外で数多く研究され、様々な放火動機が指摘されているが、中心となる動機は怨恨であることが示唆されている。そして、職場内で生じる放火の背景には、従業員の不公平・不公正感、個人要因、ネガティブな感情・気分、職業特有のストレス、組織的要因などが挙げられている。

これらの解決には、職場の環境、組織体制、対人関係の改善に加え、自己実現、人生の目的、自己管理等の欲求が満たされることが重要である。これらは、作業者の持続的な幸福感(ウェルビーイング)とも密接にかかわっており、とりわけ日本人の場合は幸福感(ウェルビーイング)が自分の取り巻く人間関係に大きく作用しているとされている。また、放火が近年多発している背景には、放火の原因が職場のみならず、日常生活における不公平・不公正感等にも大きく影響されている可能性がある。

一方で、従業員の防犯意識を啓発するための活動を行うことも重要である。例えば、防犯セミナーや研修等である。事業所運営における安全・安心な職場について当事者意識をもって築き上げていくことが、重要と思われる。相互に行う声かけや挨拶も良好な人間関係構築に重要である。職場の美化啓発(5Sやゴミ拾い、休憩室や娯楽室のより快適なアメニティ導入)活動は、防犯対策のみならず、モラルを向上させる効果が狙える。作業員自らが、防犯マニュアルを作成する自主活動の励行(何らかのインセンティブを与えるシステムの構築が必要)、その周知徹底などを行うことも効果的であると思われる。

今までは、ウェルビーイングは短期では変化しづらいものという認識があったが、近年職場における新技術導入等の環境変化において、作業者のウェルビーイングは刻々と変化するという示唆がある。職場と日常の幸福度の変化を経時的に、かつ個人及び小集団等の組織レベルでの変化をとらえることにより、犯罪行為などの逸脱行動の予防策を検討することが可能となる。この幸福度や公正感の変化の把握は、50 人以上の事業所で毎年実施するストレスチェックでは見抜けない。なぜならば、ストレスチェックで測定している指標はメンタルヘルスであり、不公平・不公正感・幸福感のような常日頃の従業員の精神面や不適切行動についてのリスクは対象外となっているためである。

よって、事業者の内部リスク対策としては、パートやアルバイトを含む従業員の行動特性の把握に加え、日常における幸福感、職場における幸福感を測定することが重要となる。さらに、1回限りの測定では計り知れない時間経過による幸福感の変容が非常に重要なアラートとなるため、その兆候を見逃さないよう職場・家庭での多面的かつ継続的なモニタリングをしていく仕組みが必要と思われる。

b.行動心理学からのアプローチ

行動心理学からは、行動分析学的アプローチが挙げられる。行動分析学では、行動そのものへの直接的な働きかけではなく、環境との相互作用で行動を変容させることに主眼を置く。また、環境との相互作用に基づく行動は結果に基づいて将来のポジティブもしくはネガティブな行動の発生頻度が左右されるとする。特に適切な行動はその後も良い結果をもたらすといった効果が実証されている。

職場において本来賞賛されるような良い行動は無視され、不適切な行動にのみ叱責や無視といった罰が多用されることがある。そして、この負のループによって健康的な職場環境を阻害し、放火の原因である怨恨が募る結果となる可能性が高くなる。

よって、従業員の行動が認められポジティブな声掛けを増やすことによって、職場の雰囲気をよくするだけでなく、作業者の自己受容、達成感、帰属意識が高まり、放火等犯罪行為などの逸脱行動の発現を抑止する方策になると考えられ、そのような取り組みを推進していくことが重要である。 

c.精神衛生学からのアプローチ

精神衛生学的な観点では、様々な不満や抑圧などから職場での制御が不十分な激しい怒りの感情が募ることにより、日常の社会生活が送れなくなるおそれがあると考えられる。このような感情が積もることで精神衛生的に不安定になり、ストレスの高まりが苛立ちにつながり、攻撃性に転じて放火等犯罪行為などの逸脱行動に発展することが想定されている。

そこで、このような怒りの感情あるいは攻撃性の緩和のためには、従業員のストレス緩和や従業員満足度の向上、職場の安全管理、生産性向上、労働力確保のために事業所のアメニティを充実させる取組みが重要だとする先行研究がある。

また、ストレスに対する自己管理の方法として、マインドフルネスの実践が情動調整に役立つとの見解がある。マインドフルネスは「瞬間瞬間に立ち現われてくる体験に対して、今の瞬間に、判断をしないで、意図的に注意を払うことによって実現される気づき」と定義されており、この思考・思想法を体得することが有効であると考える。

日々の生活の中で、社会的規範や他人からの期待あるいは自身の思い込みなど、私たちの意識は様々な考えにとらわれており、そのような心の状態が自分を見失い、心身のバランスを崩すことにつながっている。今自分が経験していることをそのまま受け入れることで、あるがままの自分を見つめ、そこからポジティブな側面を引き出そうとするのがマインドフルネスの考え方である。このようなマインドフルネスの実践法の社会実装が安全かつ効果的に進むことで放火等の犯罪行為の抑制に繋がるものと思料する。

d.放火の社会的背景(参考)

その昔、放火は農村に多い犯罪と考えられた。理由として、①農村の家屋の内外に燃え易いわら、薪、枯れ草などが多く、放火犯人が火を容易につけやすいこと、②農村社会が持つ近隣間の固定的かつ強い結びつきに問題が生じた際に憎悪軽蔑、嫉妬、羨望などが発展し放火に至る場合が多いこと、③農村社会の経済的な貧困や封建的人間関係が放火を誘発するように思われること、が挙げられている。 従来の放火の動機で重要視された、「怨恨・憤怒」は上記の理由によって生ずる場合が多く、この動機が田舎型放火の特質を示すものとされた。

一方、現在は都市部の放火が近年増加しており、これら放火の動機で最も多いものが 「不満の発散」であったことから、この動機が都市型放火の特質であると指摘している研究もある。職場における放火は、その背景を考慮すると田舎型放火と都会型放火の両方が混在した動機が窺える。

この「田舎型放火」「都市型放火」の両面の動機を抑制するためにも、良好な人間関係を築けるような仕組みの構築について事業者や管理者が知恵を働かせる必要があり、かつ先述した a~c のソフト対策を職場内で実践していくことが必要になると考えられる。

出典:桐生正幸.最近18年間における田舎型放火の検討.Jap. Crim. Psychol., Vol.33, No.2(1995)
参考:
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なお本章の従業員の行動特性の把握について、各学説からの対策アプローチにつきましては、長岡技術科学大学の北條様より多大なご助言を頂きました。心より感謝を申し上げます。

4. まとめ

今回、本稿において事業者に求められる放火対策として重要なポイントを概説してきた。昨今、長引く不況の影響や社会情勢の一層の不透明化など様々な背景もあり、凶悪な盗難事件が相次ぐなど犯罪が増加する兆しがある。これまで述べてきたような対策を行ったとしても、それをかいくぐるような放火犯が出てくる可能性も否めないため、放火などの犯罪者と鼬ごっこになる懸念がある。

しかしながら、本稿で説明した放火対策を取ることで、犯行をやりにくくする、犯行を犯しても捕まりやすくなる、犯行の誘因抑制となる、犯行によるメリット(見返り)が減る、捕まった際に弁明が困難になるなど犯罪行為に対する抑止になると思料する。

放火による被害や損失は誰にでも身近に潜むリスクであり、本稿により抑止力としての放火対策に関する知見を深め、実際に対策を実行していただくための一助、もしくは参考としていただければ幸いである。

 [2023年3月17日発行]

参考情報

執筆コンサルタント

若林 久人
企業財産本部 企業財産リスク第一ユニット エキスパートリスクエンジニア
専門リスク:自然災害、火災・爆発

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事業者に求められる放火対策PDF

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