メタバース(Metaverse)におけるリスクマネジメント
- 経営・マネジメント
2022/11/7
目次
- メタバースとは何か
- メタバース参画企業のビジネスモデルと、メタバースのシステム構成、流通する情報
- 想定されるメタバースビジネスのリスクと、求められるリスク対策
- おわりに
メタバース(Metaverse)におけるリスクマネジメント- リスクマネジメント最前線PDF span>
執筆コンサルタント
青島 健二
ビジネスリスク本部 上級主席研究員
専門分野:新規事業開発、業務/IT 改革、企業リスク管理、海外現地法人管理
経歴:製造業にて人事労務、経営企画部門の業務に従事後、IT 系シンクタンクにて調査研究、及び各種コンサル ティングに従事。2005 年より、東京海上ディーアールに勤務。その間、タイ国東京海上火災保険に 3 年間出向。
2021 年にソーシャルネットワーク大手でありいわゆる GAFAM(Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft)の一角であるフェイスブック(Facebook)社が社名を「メタ(Meta)」に変更し、メタバース事業をFacebook に代わる事業の柱にすることを発表した出来事は、SNS ビジネスが曲がり角に来ていること、それと聞きなれない「メタバース」という概念を世界に浸透させる契機となった。以降、メタバースに参入する企業が日本でも相次ぎ、2022 年 10 月に開催されたアジア最大級の規模を誇る IT 技術とエレクトロニクスの国際展示会「CEATEC」(Combined Exhibition of Advanced Technologies)内に特設された「Metaverse EXPO JAPAN2022」[1]では、Meta 社やソフトバンク、テレビ東京など国内外の様々な業種から 31 社が参画し、それぞれのメタバース空間をリアル空間に再現するとともに、実際に体験できる環境を提供した。
世界的な IT 市場の調査会社である米国・ガートナー(Gartner)社は、2022 年 2 月にメタバースの将来に関する予想を発表し、2026 年までに、世界の人々の 25%(約 20 億人)がメタバースで 1 日 1 時間以上過ごすことになり、ビジネスでも活用されていくことを予測している。また、仮想通貨による資産運用会社である Grayscale Investments 社は 2021 年 11 月、メタバース関連事業の市場規模は将来に年間収益で 1 兆ドル(約 150 兆円)以上となる可能性があると予測した。[2]
本稿では、メタバースの概要を説明したうえで、メタバース関連市場に参入する企業を類型化し、それぞれの類型におけるビジネスモデルと流通させる情報の特徴、またそれぞれが有するビジネスチャンスとリスクについて考察することとする。
1. メタバースとは何か
(1)「メタバース」の定義
メタバースという用語は、米国のニール・スティーヴンスン(Neal Stephenson)が 1992 年に発表した SF 小説「スノウ・クラッシュ」(Snow Crash)内で用いられた造語(「超(Meta)」と「宇宙(Universe)」の組み合わせ)である。本作では、仮想現実が現実に近い状態まで進化しているという設定であり、人々はゴーグルとイヤホンを装着して仮想世界に入ることができ、仮想世界において人々はアバター(avatar:自分の分身となるキャラクター)を通じて行動することができるという設定であった。この小説で描写された仮想世界こそが、まさに現在事業化が進められているメタバースといえる。なお、「WIRED(つながっている場所)」、「Virtual space(バーチャル空間)」、「VR(Virtual Reality:仮想現実空間)」、「Cyber Space(電脳空間)」、「Digital Twin(疑似現実:主として法人向けビジネスの世界で用いられている用語)といった言葉も、メタバースと同様に仮想空間、またはそれに関連する用語である。
(2)「メタバース」発展の歴史
MMORPG(Massively Multiplayer Online Role-Playing Game:大規模多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム)は、オンラインにおける分身を用いた活動と利用者間の交流が可能となるゲームであり、メタバースの先駆者的な存在といえる。1970 年代に最初の MMORPG が登場して以降、現在に至るまで進化を遂げながら発展を続けており、国内ゲーム大手のスクウェア・エニックス社が開発したロールプレイングゲーム「ファイナルファンタジーシリーズ」の第 11 作目「ファイナルファンタジーXI」(略称:FFXI、FF11)[3]は MMORPG として 2001 年に発売が開始され、2009 年にはゲーム内の独自キャラクター数が 200 万を超えた。このゲームでは、参加者が作った独自キャラクターが敵を倒すというゲーム本来の目的以外に、キャラクター同士がゲーム内でコミュニケーションを取る機能や、ゲーム内で取得したアイテムがキャラクターにより出品され、オークションで競り落とせる機能、バザーで購入できる機能等が付与されている。この際、ゲーム内の仮想通貨「ギル」が売買に用いられるが、このギルが現実世界において、実際の通貨で売買されている。
また、オンラインシューティングゲームとして 2017 年にリリースされ、2020 年にはユーザー数 3 億 5000 万人を突破した「フォートナイト(Fortnite)」においても、ファイナルファンタジーXI と同様にコミュニケーション機能、売買機能をゲーム内に有し、かつ武器などのアイテムが現実世界において、実際の通貨で売買されている。さらに、歌手による有料コンサートが、フォートナイト内で開催されるようになっている(例えば 2020 年 8 月には、シンガー・ソングライターの米津玄師がフォートナイト内でバーチャルコンサートを開催)。さらに、任天堂が 2020 年に発売し世界で約 4000 万本を売り上げているコミュニケーションゲーム「あつまれどうぶつの森」においては、「オンライン就活情報交換会」をゲーム内で開催する企業が現れるなど、使途の広がりを見せている。
このように、メタバースはゲームの世界から発展を遂げているが、2020 年以降はコロナウイルス感染症の感染対策予防として用いられている「人と人が接触しない世界」をより円滑にするための手段として、メタバースが用いられ始めている。マイクロソフト社は、大部分のビジネスリーダーが想定したよりもはるかにリモートワーカーの生産性が高いこと、またリモートワーカーたちが互いに寂しく感じていること等に着目し、2022 年より米国で「Mesh for Microsoft Teams」の提供を開始している。これは、従来の企業向けコミュニケーションツールである TEAMS をベースとしつつ、仮想オフィスをネット内で提供するもので、米コンサルティング大手のアクセンチュア(Accenture)社などは、研修や会議でその利用を増やしており、新入社員研修ではすでに数万人が利用するに至っている[4]。
2. メタバース参画企業のビジネスモデルと、メタバースのシステム構成、流通する情報
(1)メタバース参入企業のビジネスモデル
現在メタバース市場に参入している企業は、スタートアップ企業ではなく既存の大企業であることが多い。故にメタバースは、まったく新しいビジネスを創造するためのものではなく、既存のビジネスを拡大するためにも有用なものと捉えることができる。事業者視点で見た筆者の考えるメタバース市場とは、以下の通りである。現実世界での事業拡大を企図する企業は、昭和・平成期における旧来型のビジネスを令和のコロナ禍において変革し、さらにその先にメタバースビジネスを見据える。一方で、スタートアップなどの新興企業は、仮想世界の中で先駆者として創業を果たし、その世界での主役となることを企図している。
図表5 現在のビジネス変遷と、メタバースによる新たなビジネス
(筆者作成)
A.現実世界での「事業拡大」
コロナ禍によって、2020 年以降現実世界でのビジネスは大きく変動した。日本では 2020 年 5 月に政府は「新しい日常」をスローガンに国民に「非接触」を呼びかけたことにより、「接触系業種」は大きく売り上げを落とし「非接触業種」は大きく売り上げを伸ばす結果となった。次項図は、経済産業省が毎年発表している「企業活動基本調査」[5]を、2019 年(2019 年 12 月または 2020 年 3 月までの一年間)と 2020 年(2020 年 12 月または 2021 年 3月までの一年間)で比較した上で、売上高が 10%以上変動した業種を抽出したものである。大きく売上高を伸ばした業種は「無店舗小売業」(前年比+17.1%)、「インターネット付随サービス業」(前年度比+12.2%)などであり、逆に大きく売上高を落とした業種は「生活関連サービス業・娯楽業」(前年度比-29.3%)、「飲食サービス業」(前年度比-18.0%)、「個人教授所」(前年度比-22.8%)などであった。
図表6 コロナ禍において売上高が 10%以上変動した業種
(経済産業省「企業活動基本調査」結果を基に筆者が加工・作成)
「新しい日常」は今後も常態化するように思われるが、一方で「新しい日常」に課題が発生していることも事実である。2020 年に消費者庁が発表した「消費者意識基本調査」においては、「インターネット上での商品・サービス購入で心配なこと、経験したこと」として、65%の回答者が「商品やサービスが期待とは異なる心配がある」とし、43%の回答者が実際にそれを経験したと回答した。また、「商品に関する情報が間違っている」、「トラブルになったときに解決できない」等、対面による現実世界と異なる部分で不安・経験が上位に挙がっている。また、「商品やサービスの購入時に「店員との会話」を重視する度合い」について、全世代にわたり回答者の 70%以上が「増した」または「変わらない」とし、従来型のコミュニケーションを引き続き求める消費者の意向が明らかになっている。これら、消費者の不満を解消するために、メタバースを利用して「事業拡大」を図るというのが、大企業などが企図するところである。
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図表7 インターネット上での商品・サービス購入で心配なこと、経験したこと (出所:消費者庁「消費者意識基本調査」(2020 年度)) |
冒頭で紹介した「Metaverse EXPO JAPAN2022」に出展した企業のうち、16 社はこの目論見に基づくものと思われる。以下はその詳細である。仮想店舗を設置し自社製品を販売、または他の企業に仮想店舗を提供する活動や、コンサートや展示会などのイベントを主催、または他の企業が実施するイベントの運営を支援する活動、ゲームを提供する活動、メタバースで必要不可欠であるVR ヘッドセットなどの端末を販売する活動、更に、企業内のテレワークにおけるコミュニケーションを促進するための仮想オフィスを提供する活動や VR 等による教育や研修を実施したい企業を支援する活動などを始めている。
B.仮想世界での「創業」
メタバースを具現化した SF 小説「スノウ・クラッシュ」や映画「マトリックス」と同様の仮想世界を作り上げ、仮想世界の中でビジネスを展開している、または展開しようとしている企業が「Metaverse EXPO JAPAN2022」に出展した。1 社は、米・Pixowl 社であり、もう 2 社は日本の SHIBUYA109 エンタテイメント社、それとコインチェック社であった。Pixowl 社は、仮想通貨の一つである「イーサリアム(Ethereum)」のブロックチェーン技術を基盤としたゲーム群「サンドボックス(The Sandbox)」を展開しており、同基盤内でリリースされたゲームはこれまでに 18 種類、ダウンロード数は 4,000 万回、月間アクティブユーザー数はピーク時には 100 万人を超えている。サンドボックス内では、ユーザーは仮想空間上に土地(LAND)を購入することや、レンタルすることができ、またオリジナルのゲームやアイテム、キャラクター、サービスを作成することができる。所有する土地やアイテム、キャラクターはイーサリアムまたはイーサリアムのブロックチェーン技術を活用した NFT(Non-Fungible Token)として、自由に売買することが可能である。
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図表9 サンドボックスで売買されている土地とアイテム (出所:コインチェック社ホームページ https://coincheck.com/ja/article/457) |
SHIBUYA109 エンタテイメント社は、サンドボックス内に「SHIBUYA109 LAND」を開設しており、2022 年 4 月には、109 周辺の LAND とオリジナルアイテムをセットにした「プレミアム LAND」を販売するなど、積極的な展開を図っている。またコインチェック社は、もともとは仮想通貨の取引仲介会社であるが、コインチェックが保有するサンドボックス内に土地を購入し、2035 年の近未来都市と称して「Oasis TOKYO」を開設、周辺の土地を販売する事業を行っている。どちらも、現実世界において鉄道会社やディベロッパーが用いた開発手法(街づくりを先に行い、土地の価値を上げた後で周辺や沿線の土地を販売していく手法)と同様の手法を用いている点が興味深い。
図表 10 サンドボックス内にある「SHIBUYA109 LAND」の土地と販売広告
(出所:サンドボックス https://www.sandbox.game/)
(2)メタバース内のシステム構成と必要スペック・機能
メタバースを最終的にコンテンツとして提供するためのリソースは、基本的に既存の情報システムにおけるシステム構成と同様である。ただしメタバースは、没入感を高めるための高い解像度、アバターや仮想現実の映像を滑らかに動かすことが求められるため、高いスペック、多様な機能を実装することが要求されている。
通信
アバターやメタバース内の世界を円滑に動かすためには、一定の速度が安定的に保たれる必要がある。10Mbps以上の通信速度が望ましい。
ハードウエア
アバターやメタバー ス内の世界 を円滑 に動かすため には、CPU(Central Processing Unit) と GPU(Graphics Processing Unit)両方が搭載されたハードウエアであることが望ましい。
ミドルウエア
既存の情報システムにおけるスペックと同様以上のスペックが求められる。
ソフトウエア
プラットフォームについては、アバター作成機能、ユーザー間のコミュニケーション機能は必要不可欠。売買のためのマーケットプレイス機能、e-コマース機能、NFT 機能などは搭載したいアプリケーションに応じて用意することが必要。開発・拡張の容易性について配慮することも重要。アプリケーションについては、ユーザ数を増やしていくために、感覚的に操作できるようなユーザーに優しい設計であることが望ましい。
リソース | 代表的なサービス、製品 | |
大分類 | 小分類 | |
通信 | 5G、4G | |
ハードウエア | パソコン | WindowsPC、Macbook |
スマートフォン | iPhone、Android端末 | |
ゲーム専用機 | PlayStation VR | |
VRヘッドセット | Meta Quest、PS VR2ヘッドセット | |
ミドルウエア | サーバ | Webサーバ、アプリケーションサーバ |
データベース | Oracle Database | |
認証 | Henge One | |
セキュリティ | ESET Internet Security | |
ソフトウエア | プラットフォーム | Quest、Sandbox、Office365 |
アプリケーション | VRChat、Mesh for Microsoft Teams | |
(筆者作成) |
3. 想定されるメタバースビジネスのリスクと、求められるリスク対策
(1)メタバースビジネスに共通的なリスクと、求められるリスク対策
メタバースは、ファイナルファンタジーXI がリリースされた 2001 年以降、既に 20 年以上の歴史があるが参画する企業が極めて限定的であり、またユーザーも限定的であった。従って本格的に普及すると思われる今後、メタバースビジネスが徐々に鮮明になっていくものと思われ、メタバースビジネスが抱えるリスクも並行して鮮明になっていくものと考える。現時点で考えられるメタバースビジネスのリスク、及び求められる対策について次項表に整理した。
リソース | 想定されるリスク | 求められるリスク対策 | |
大分類 | 小分類 | ||
通信 |
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ハードウエア | パソコン |
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スマートフォン | |||
ゲーム専用機 |
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VR ヘッドセット | |||
ミドルウエア | サーバ |
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データベース |
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認証 |
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セキュリティ |
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(筆者作成) |
(2)「現実世界での『事業拡大』」を目論むビジネスにおけるリスクと、求められるリスク対策
現実世界での事業拡大のためにメタバースビジネスに参入する場合は、現実世界におけるビジネスと仮想世界内におけるビジネスの差異を分析することで、リスクが明らかになるものと考える。以下はそのアプローチで抽出したリスク、及び求められる対策の一例である。
販売
百貨店などのビジネスが未だに一定の支持を得ている背景には、品揃えの多様さに加え「おもてなし」とも形容される高度な接客技術をそれぞれの社員が有しているからである。お客様を心地よくさせながら、洋服などをお勧めし、クロージング(購買行動)に持っていく、更にファンにしてしまう技術は百貨店のコアコンピタンスともいえる。アバターによる仮想店舗においても、実際の販売現場で接客されていた社員がアバターであればコアコンピタンスの多くは再現できるものと思われるが、それでも、お客様が実際に着ている服装はアバターからは判断できず、また視線の動かし方やちょっとした仕草などをメタバース上で再現することは困難と思われる。従って、メタバース上でクロージングに持っていくことにこだわってお客様を失うリスクを回避するために、状況をみて実際の店舗にお客様を誘導する行為も必要と考える。
興行
コンサートなどの興行をネット配信で行う場合は、天候不順による興業の中止や、観客が殺到することによる雑踏事故が起きなくなるメリットがある一方で、配信トラブルにより約束したコンテンツが提供できず、返金を余儀なくされるリスクがある。メタバースにより興行を行う場合、運営者側は安定したネット環境を確保するため、無線ではなく有線によりネットワークに接続し、配信することが求められる。また、配信中はチャット形式で返答のできるヘルプデスクを開設し、ユーザー側で起きている状況を逐一把握することで、配信トラブルが発生した際の対応を迅速に行えるようにしておくことが望ましい。
教育・研修
VR や AR(Augmented Reality:拡張現実)を用いた教育・研修はコロナ禍において、非対面で実施ができることから製造業や建設業における技術実習などで採用が急増した。例えばスーパーマーケットのチェーン企業であるウォルマート(Walmart Inc.)では、VR デバイスを 17,000 台導入して接客トレーニングを実施。買い物客が殺到するブラックフライデーやセール時の大量の顧客対応など、実際におこりうるシナリオを組み込んで従業員のトレーニングを行っている。集合形式で実習を行う場合と比べて、出張にかかる移動時間や出張費用の負担が軽減されるメリットもあることから、今後も主たる教育・研修の手段として定着することが予想される。一方で、VR、AR ともにあくまで視覚・聴覚による現実性の提供に留まっており、人間の「5 感」の残り3つ(嗅覚・味覚・触覚)は提供できていない。例えば火災の発生は、視覚・聴覚だけでなく嗅覚(煙の臭い)によっても察知できるが、それをメタバースによる研修では提供できないので、実際に火災が発生した際に煙の臭いをもとに行動を起こすという着意が欠落してしまう可能性がある。従って、教育・研修の対象となる業務の性格を踏まえ、適宜 VR、AR を補完する従来型の教育・研修を検討する必要がある。
(3)「仮想世界での『創業』」を目論むビジネスにおけるリスクと、求められるリスク対策
仮想現実内で事業を立ち上げるためにメタバースビジネスに参入する場合は、過去における仮想現実内でのトラブルを学ぶことや、先行する米国等の事業者の取り組みを学ぶことによりリスクが明らかになるものと考える。以下はそのアプローチで抽出したリスク、及び求められる対策である。
他ユーザーに対する虐めの横行問題
ファイナルファンタジーXI においては、ユーザー側の匿名性が許されたため実社会のルール、モラルを逸脱した行為、言動などが多く、例えばインターネット掲示板などで呼びかけ、同じ容姿のキャラクターを作成し、特定のユーザーに対して抗議を行う行動が過去に多数確認されている。また、集団で、対象となる相手に(ゲーム内にある)宅配機能を使って大量のアイテムを送りつけ、またチャットなどで誹謗中傷を行う行為も横行した。そのような悪質な行為はメタバースの世界を荒らし、不人気化させることで参加ユーザーの減少につながる可能性があるため、スクウェア・エニックス社では利用規約の改正を頻繁に行いながら、これら行為を厳しく取り締まっている。「第 7 条 禁止事項」に 7 項目の禁止行為、また「第 8 条 ユーザー登録の取消し・一時停止等」には 4 項目の取消し・一時停止条件を設け、更に2007 年 7 月より、規約違反行為の種別とアカウント数の内訳を毎月公表していた。2008 年 12 月度には、実に12860 のアカウントが強制退去処分にされている。従って、新規参入企業はメタバース内における規約をしっかりと定め、かつユーザーのメタバース内における行動をモニタリングすることがリスク対策として求められる。
権利帰属等の問題
SHIBUYA109 エンタテイメント社は、サンドボックス内での土地販売に際してオリジナル NFT をセットにして販売している。同社では、今後「109」のブランド力を活かし、キャラクターを NFT として販売していく模様であるが、これは、サンドボックスの利用規約がそれを保証していることによる。サンドボックスの利用規約を以下に抜粋するが、これらの条文について、新規参入企業は参考にすべきであろう。
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納税の問題
日本の国税庁は、2022 年 4 月に NFT に対する課税に関する見解を明らかにしている。その概要は以下のとおりである。メタバースビジネスにおける国の課税方針が明らかになっているので、新規参入企業はよく確認しておくべきであろう。また、ビジネスの変化に伴い課税方針が変化する可能性も否定できないことから、参入後も国税庁の動きを注視しておくことが求められる。
- NFT や FT(代替性トークン。例えば暗号資産)が、暗号資産などの財産的価値を有する資産と交換できるものである場合、その NFT や FT を用いた取引については、所得税の課税対象
- 役務提供の対価として、NFT や FT を取得した場合は、事業所得、給与所得または雑所得
- 臨時・偶発的に NFT や FT を取得した場合は、一時所得
- 譲渡した NFT や FT が、譲渡所得の基因となる資産に該当する場合(その所得が譲渡した NFT や FT の値上がり益(キャピタル・ゲイン)と認められる場合)は、譲渡所得
- 譲渡した NFT や FT が、譲渡所得の基因となる資産に該当しない場合は、雑所得(規模等によっては事業所得)
4. おわりに
メタバースは、現実世界とは別のもう一つの世界を市民に提供するものであり、近未来を描いた SF 小説や映画の世界を実現するものと言える。企業にとっては、もう一つの世界で覇権を握れるかもしれない機会でもあるので、今後もメタバースビジネスに対する関心は高まっていくものと考える。一方で、ビジネスの成功可能性を高めるためには、ビジネスがつまずく可能性を予見して善後策を講じておくことが肝要であり、本稿がその一助になれば幸いである。
[2022 年 11 月 7 日発行]
参考情報
執筆コンサルタント
青島 健二
ビジネスリスク本部 上級主席研究員
専門分野:新規事業開発、業務/IT 改革、企業リスク管理、海外現地法人管理
経歴:製造業にて人事労務、経営企画部門の業務に従事後、IT 系シンクタンクにて調査研究、及び各種コンサル ティングに従事。2005 年より、東京海上ディーアールに勤務。その間、タイ国東京海上火災保険に 3 年間出向。
脚注
[1] |
公式ホームページ https://mej2022.com/ceatec/ |
[2] | https://coinpost.jp/?p=318796 |
[3] | ファイナルファンタジーXI 公式サイト http://www.playonline.com/ff11/ |
[4] | https://news.microsoft.com/ja-jp/2021/11/04/211104-mesh-for-microsoft-teams/ |
[5] | 統計法(平成19年法律第53号)に基づく基幹統計調査であり、経済産業省企業活動基本調査規則(平成4年通商産業省令第56号)によって実施。2019 年分の調査では 29,295 社、2020 年分の調査では 29,250 社からの有効回答に基づく。 |